徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

倉吉市街を見学して三朝温泉で宿泊する

 翌朝は7時に起床。体にやや重さはあるが、予想していたほどには足に痛みがない。しかし昨日2万2千歩も歩いたダメージがないはずはないし、それがダメージにならないほどの体力もない。これは今日の午後あたりから遅れて痛みが出るのではないかと嫌な予感がする。

 簡単に身支度をすると朝食へ。ホテルモーリスの特長は大浴場と充実した朝食バイキング。メニューの品数が多いバイキングで朝からガッツリと和洋両用で頂く。

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ホテルモーリスのガッツリ朝食

 朝食を終えるとチェックアウト時刻の10時まで、風呂に入ったりテレビを見たりでマッタリ過ごす。今日は特に予定もないのでゆっくりした出発である。

 さあチェックアウトの前に着替えだというところで大ポカをしていたことに気づく。なんとアンダーシャツの着替えを持ってくるのを忘れていた。今回は年始でボーッとしていたせいか、どうも準備に忘れ物が多い。しかしそれにしてもシャツを忘れるとは。少しボケてきたか? 仕方ないのでチェックアウト後に隣の鳥取大丸で仕入れるが、価格の高さにぶったまげることになる。こんなところにもデパートが低迷する理由が伺える。昨日の時点で気づいていれば車を飛ばしてイオンに行ったのだが・・・。

 さて今日の予定だが、三朝温泉への移動という以外には何も決めていない。漠然とあるイメージは、三朝温泉に行く前に倉吉の白壁土蔵地区でも回ろうかと言うもの。鳥取でどこか立ち寄るところがあればよいのだが、全く思いつくところがない。そこでさっさと鳥取ライナーで倉吉に移動してしまうことにする。この区間は距離はそれほどでもないのだが、単線なので列車のすれ違いのための停車時間が長く、それが所要時間の長さにつながっている。

 

重伝建の倉吉は萌えの町でもあった・・・

 1時間ほどを要して倉吉に到着。駅に降り立つといきなり萌え看板のお出迎え。もしかしてまた何かの聖地巡礼になってしまったか? 私にはそんな意図は微塵もないのだが、どうも最近は各地でこの手の聖地に出くわすことが多くなった。別にどうでもいいことなんだが一番嫌なのは、私がその手の地域をうろついていると、その風体などから聖地巡礼の一員だと判断されること。

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いきなり萌え看板がお出迎え

 ただこの看板の作品には心当たりがない。新手の萌えアニメだろうか? 私個人としてはこれよりも隣にあったダサイ看板のセンスの方が好きなんだが。

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しかし個人的にはこのダサさの方が好き

 横道に逸れたがとりあえず市内見学である。まずはキャリーをコインロッカーに放り込んでからバスで赤瓦・白壁地区まで移動する。倉吉の中心地は駅から結構距離がある。

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倉吉は生憎の雨

 実のところ、ここに来るのは初めてではない。しかしかれこれ8年前になり、その時は山陰地域鉄道旅行のついで短時間立ち寄っただけ。そこで今回、改めてじっくりと町並みを見学しようと考えた次第。

 

赤瓦・白壁地区を見学する

 赤瓦・白壁地区まではバスで10分程度。この辺りはかつての城下町の名残だそうで、背後に控える打吹山にはかつては打吹山城が存在したという。しかしその打吹山城も江戸時代には廃城となり、その後は倉吉の町は城下町から宿場町へと変遷を遂げたらしい。打吹山は現在は公園となっているようだが、城の遺構はほとんど残っていないようだし、既に昨日のダメージで足が斜面に対応するのはきつい状態になっているので、今回はそちらを訪問する気はない。

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重伝建の町・倉吉

 倉吉には造り酒屋なども残っており、白壁の風情ある街並みが残っている。その中には観光客を対象にした商店なども結構あり、多くの観光客で賑わっている。各地の重伝建地区の中では観光開発が比較的軌道に乗っている方のように感じられる。ただあちこちに立っている萌え看板が少々気になる。

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萌えの町・倉吉

 

町屋レストランで昼食を摂る

 街並みを一回りしたところでお昼時。ちょうど「清水庵」なる飲食店があったのでここで昼食を摂ることにする。町屋を利用した風情ある建物で、私は二階に通される。

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町屋を利用した店舗

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二階の座敷に通される

 ハンバーグ定食やエビフライ定食などのメニューもあるようだが、倉吉まで来てそんなものを食ったのでは面白くない。もっとご当地色のあるメニューをと思って調べたら、この店は薄く切った餅を鍋で頂く「餅しゃぶ」が名物らしい。そこで餅しゃぶにえびやほたてにうどんなどを加えた「餅しゃぶスペシャル(1620円)」を注文する。

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餅しゃぶスペシャル

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薄い餅が12種類

 鍋のセットと12種類の薄い餅が出てくる。まずは普通に鍋として頂く。その後、餅を入れてしゃぶしゃぶ。餅は出汁に入れて数秒で柔らかくなるので、そこを頂く。微妙に味が違うのだが、そう大きな差はなくいずれも普通に餅(笑)。

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まずは普通に鍋として頂く

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そして餅しゃぶ

 餅を頂いた後は最後はうどんで締めて終了。なかなかに美味であった。うどんを加えたことでボリューム的にも十二分。これは観光地飯にしては上々である。

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締めはうどんで

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さらにデザート付き

 

里見氏ゆかりの大岳院を見学

 食事を終えた後は、白壁地区の東端に当たる大岳院を見学。表にかなりトップヘビーな門があるのだが、その構造のせいで地震でダメージでも受けたのか補強がかましてある状態。なおこの寺院は南総里見八犬伝で有名な里見氏ゆかりの寺院とのことである。元々は房総地区の大名だった里見氏だが、里見忠義が幕府から倉吉に国替えを命じられて、そのまま不遇の内にここで短い生涯を終えたとのことである。忠義の死に際しては8名の家臣が殉死しており、彼らは八賢士と呼ばれてこの寺院に葬られている。このエピソードが南総里見八犬伝の元ネタとなったらしい。八犬伝ゆかりなのか、現在の大岳院は犬関係の像が多いのが特徴。

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いかにもトップヘビーなこの門は地震で損傷した模様

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次の門は大丈夫だったのか?

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大岳院

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里見家墓所

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里見と言えば八犬伝でしょうか

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そういうわけであちこちに犬の像が

 なお里見忠義は大久保忠隣の謀反に協力したとの咎で国替えを命じられたらしいが、これは江戸の近くに外様大名が存在することを嫌った幕府による言いがかりの可能性が高いだろう。実際に里見氏の安房は東京湾を封鎖できる位置にあり、幕府としては見過ごすわけにはいかない戦略的要衝である。江戸幕府は関東周辺は譜代で固める政策をとっており、常陸にいた佐竹氏なども秋田に国替えされている。

 

豪商・倉吉淀屋の屋敷

 大岳院の見学後は白壁地区を西に移動して、倉吉淀屋を見学。この建物は江戸時代の大阪の豪商・淀屋の番頭だった牧田仁右衛門が開いた倉吉淀屋の跡らしい。大阪の淀屋が幕府に睨まれてつぶされることを予見した淀屋四代目当主の重当が、取りつぶし後に淀屋復活のための足場とするべく密かに牧田をこの地に送り込んだのだとのこと。淀屋の五代目当主・広当は父の言いつけ通りに淀屋の金を湯水のごとくばらまき、ぜいたくの罪で淀屋は取りつぶしになって広当は大阪追放となり、淀屋の資産(今の金で100兆円以上とのこと)は没収となったという。その後、倉吉に送られていた牧田は淀屋の看板を掲げ(それまではあえて看板には屋号を入れずに商売を行っていたらしい)、後に倉吉淀屋の五代目の四男が淀屋清兵衛を名乗ることで大阪淀屋の再興もなった・・・とのことらしいのだが、どうもよく分からないところのある話である。またこの両淀屋も、徳川幕府が滅ぶ8年前の1859年に資金を朝廷に献上して突如閉鎖したというのだから、どうもまだまだ裏がありそうな気もする。

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倉吉淀屋の屋敷

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なかなか大きい屋敷

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裏庭から

 明治以降は普通の住宅として使用されており、近年までは3軒の貸家として使用されていたらしいのだが、最近になっての調査でこの建物に関するゆかりや江戸時代からの旧家であることなどが判明、市の指定文化財となって保存整備がされることになったとのこと。現在も旧状に復元するための工事が行われている。なおこの建物は釘を用いずにすべて木組みで建てられていることが特徴とか。やはり古い名家らしく良い木材を使用しているが、これも後に貸家にする際に低い位置に新たに張った天井を、整備に当たってはがしてから分かったことらしい。実際に全国各地には、この手の実は文化財級のぼろ屋というのがまだあるような気がする。

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屋根の木組みの模型

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確かに立派な屋根である

 この建物のいきさつは観光ガイドの方から伺ったのだが、この時に先ほどからずっと気になっていた萌え看板の正体も判明した。コナミが音楽のネット配信で打ち出したバーチャルアイドルらしい。彼女たちの活躍する舞台が倉野川市という架空の都市らしいのだが、それが白壁土蔵の町でどう考えても倉吉がモデルだとのこと。そこで市長がこれは町おこしのチャンスと、その架空の倉野川市と倉吉市の姉妹都市提携を決め、彼女たちは倉吉の観光大使キャラになったということらしい。しかしこの効果が侮れないとのことで、遙か関東から聖地巡礼に来るオタまで現れたとか。昨年春に企画した桜祭りイベントでは、人口5万人の町に6千人の観光客(つまりオタ)が押し掛け、倉吉周辺のホテルはすべて満室という大盛況になったらしい。萌えパワーも侮れない。こりゃ毎年恒例の某テレビ局のやらせチャリティー番組も、「愛は地球を救う」から「萌えは地方を救う」にキャッチコピーを変えた方がいいんと違うか。安倍内閣も建前としては地方創生を唱えてるんだから、安倍内閣の広報機関を自認している某局は率先してその政策に協力すべきだろう。

 

豊田家住宅

 倉吉淀屋の次はここの南にある豊田家住宅を見学。こちらは旧豪商の商家で、国登録有形文化財に指定されているとのこと。こちらもかなり良い材料を使用した豪邸である。そのためか、老朽建築なのに先の地震でもビクともしなかったらしく、庭の石塔までが先端の石が少し回っただけで全く崩れもしなかったとのこと。やはり先人の技術力は侮れないとのこと。ただいずこも同じで現在も保存整備のための費用には苦労しているらしい。所有者にしたら、ぶっ潰して駐車場にでもした方が収益があるというのが本音だろう。実際にそれでぶっ潰されてしまう文化財級の建築もこれまた少なくはない。国は文化財に指定するのは良いが、十分な保存費用は出さないというところに問題がある。概して日本の文化行政はお粗末である。

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豊田家住宅

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中庭の塔は先ほどの地震でもビクリともしなかったそうな

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とにかく細工が細かい

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座敷の細工もとにかく凝っている

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風情のある佇まい

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塔の先端だけが回ったのが分かる

 

三朝温泉清流荘で宿泊

 これで重伝建地区の見学は終えたので、バスで倉吉駅に戻ると、ホテルからの送迎バスを待つ。駅からホテルまでは十数分。宿泊ホテルは以前にも泊まったことがある清流荘

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清流荘は何やら工事中

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落ち着いた部屋だ

三朝温泉街散策

 ホテルにチェックインを済ませると夕方に貸切浴場の予約を入れ、市街地を軽く散歩に出る。河原には露天風呂もあるが、これに入浴するのはかなり度胸がいる。三朝温泉の温泉街は以前に見学しているので改めて見て回るところもないが、相変わらずレトロな風情のある温泉街である。今時射的場なんて、ここ以外では福島の東山温泉でしか見た記憶がない。

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温泉街の散策に出る

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この開放的すぎる露天に入浴するには度胸が必要

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ここは共同湯

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何の石碑かは詳細を知らない

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レトロ感漂う町並み

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風情があるというか何と言うか

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温泉街と言えば射的場

 

ホテルの浴場で入浴

 温泉街を一回りして帰ってくると貸切浴場で入浴。相変わらずしっとりとした良い湯である。まさに体が癒やされる気分。昨日は山道で二万二千歩、今日も市街地をかなり歩き回ったのでとにかく体にダメージがある。ここは良くほぐしておくことにする。

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貸切浴場

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こちらは露天風呂

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入浴後は地サイダーで一服

夕食はカニ尽くし

 風呂からあがってきて一息ついた頃に部屋で夕食。夕食はお約束のカニ尽くし。とりあえずカニを堪能である。

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 腹が膨れると眠くなってくる。疲れもあるしこの日は早めに就寝する。