徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

ノートルダム大聖堂の火災

 ノートルダム大聖堂の火災のニュースには驚かされた。石組みの建物のイメージがあったのだが、屋根などは木製であり、今回は木造の塔が焼け落ちたらしい。それにしてもあまりに打つ手なしの状況で燃え上がっている様には、何かの消火設備とかはなかったのだろうかと考えてしまう。

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 日本の建造物は大抵は木造なので防火対策はかなり大変である。姫路城などもあちこちに消火栓を作っているとのことだし、白川郷の茅葺き集落には多数の放水銃を装備してある。そのような装備がされていたらと思わずにはいられない。

 まだ損害状況は明らかではないが、美術品など貴重な品々は運び出されて無事とのことで不幸中の幸いである。美術品等はとりあえずルーブルに収蔵するそうだが、もしかしたらこの際に「大ノートルダム展」の類いが企画されるかも。場合によっては全世界行脚して、ついでに修復用の寄付を募るなんて展開も想像してしまう。

 出火原因はまだ明らかではないが、失火の線で捜査が進んでいるようだ。しかしパリ市民の多くは燃え上がる大聖堂を見た時に、まずテロを疑ったとか。あり得る話だけに嫌なことだ。しかし今回の事件によるフランス人やキリスト教徒の失意の大きさを見ていると、図らずしも新しいテロの方法をテロリスト共に教えてしまったのではという嫌な気持ちになる。

 何か事件が起こる度にテロリスト共に新しい犯罪の形を指導したに等しいことが起こってきた。オウムの地下鉄サリン事件は大都会で化学兵器を使用するという新しいテロの形を世界中に宣伝してしまったし、秋葉原で無差別殺傷した加藤智大の事件では、人混みの中に車で突っ込むという新しいテロの形を示してしまい、これはすぐに模倣者を生んでしまった。文化財テロという新たな形のテロが出てこないことを願うのみ。

 人類は戦争の悲惨さの記憶などの平和を守るために役に立つ経験からはあまり学ばないのに関わらず、破壊や殺戮に関しては常に学んですぐに応用しようとするという愚かな生き物でもある。その一方で今回の災害で身の危険をいとわずに消火活動に従事した消防士達のような崇高な者もいる。いつになったら人類の英知が人類の愚かさを完全に克服できるんだろうか。