徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

甲斐の山城巡り&「歌川国芳の時代」at 中山道広重美術館

 この日は7時に起床すると早速入浴。夜の間に風呂の男女交換がなされており、こちらの風呂はやや狭いがワイン風呂なんかがある。ただあまり浸かりすぎていると疲れが出てくるので、手早く体を温めるだけにしておく。

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朝食バイキング

 9時頃にはホテルをチェックアウト。今日は最終的には恵那まで長駆移動する必要があるので、行動を全体的に早める必要がある。まず最初に目指すのは須玉ICの近くにある若神子城。

若神子城 甲斐を巡っての徳川と北条の争いの最前線

 若神子城は本能寺の変後、支配者不在となった甲斐を巡って徳川と北条が争った時に、北条方の最前線の拠点となった城である。現在は歴史公園として整備されており、北条式の薬研堀の跡が残っており、さらに狼煙台が復元されている。この時代の高速情報伝達網である狼煙ネットワークの一環をなしていたらしい。

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拍子抜けするぐらい普通の公園になっている

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北条流薬研堀の跡

 狼煙台は老朽化でかなりガタが来ていて立ち入り禁止。現地は単なる普通の展望公園という趣であまり城跡らしさはないところ。

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狼煙台はかなり老朽化している

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遠くに富士山を望む

獅子吼城・・・は残念ながら断念

 次はこの奥にある獅子吼城を目指したのだが、駐車場のある根小屋神社で何やら神事がなされているようで、その参加者の車で一杯で車を止める場所がない。それにどこからアクセスしたら良いのかも分からないしということで今回は諦めることにする。

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この山上に獅子吼城があるはずだが・・・

谷戸城 平安時代から続く地形を利用した城郭

 次は谷戸城を目指すことにする。八ヶ岳が見える荒涼とした雰囲気の地域をしばし車で走る。風景の雰囲気は以前に車で走った富良野を思い出す。

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八ヶ岳の風景

 30分ほど走ると歴史館に到着。ここにはこの地域で発掘された土器などが展示されているが、縄文土器の造形がすごい。まさに「縄文は爆発だ!」。

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歴史館

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縄文は爆発だ!

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このいかにもの石碑は子孫繁栄の意味とか

 歴史館のすぐそばに谷戸城の登り口がある。歴史館の展示から分かるようにかなり古くから多数が居住しているのがこの地域だが、谷戸城は平安時代末期に逸見清光が築城したと考えられているとのこと。彼の子孫から後の武田氏が出ている。徳川と北条による争い(天正壬午の乱)においては北条方がこの城に布陣したらしい。なお近年の発掘調査では陶磁片などの多数の遺物が出土したとのこと。現在は国の史跡として保存整備されている。

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谷戸城登り口

 谷戸城のある小山はそう高いものではないのだが、東西に川があり、南は結構切り立っているので意外に守備力はありそうだ。また中央に近づくにつれて傾斜がきつくなっており、それを土塁と堀で守っている。ここの城が奇妙なのは、堀が土塁の内側にあることでこれは通常の逆。土塁を越えて堀内に落ちた敵を仕留めるのだろうか?

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谷戸城の模型

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縄張図

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二の丸の土塁と堀

 本丸は最高所にあり、入口は単純な食い違い虎口となっている。高い土塁に囲まれたそれなりの広さのスペースである。難攻不落とまでは感じないが、それなりの兵力を置いて守るには十分な城郭だろう。

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本丸の食い違い虎口

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土塁に囲まれた本丸

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90度に折れ曲がった搦め手虎口

 これで今回の城郭巡りの予定は大体終了。後は恵那に向けてひたすら走る。まだ摂っていなかった昼食は途中の諏訪湖SAに入って摂るが、さすがにGWでSAは超満員。フードコートは席もない状態だったので、奥のレストランに入ってさくら丼を注文する。

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諏訪湖SAで休憩

赤身の馬刺しが美味い。やはり馬刺しは赤身がサッパリしていて良い。特に期待はしていなかったのだが、予想を上回るメニューで上々。

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赤身がサッパリしたさくら丼

 この後は延々と高速道路を走るのみ。しかし道路は混雑していて走りにくいし(途中で何度か渋滞でスローダウンすることも)、中央道は結構起伏もカーブもあるしで大変。ようやく夕方頃に恵那に着いた時にはヘトヘト。

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これがかつての中山道とか

 恵那で宿泊するのはシティホテルミチ。初めて使用するホテルだが、実は本遠征で一番不安だったのがこのホテル。と言うのは当初は恵那ではルートインを使用するつもりでいたのだが、最近のルートインはドーミーインの悪癖に学んだのか、GW特別価格を設定しておりとても宿泊する気にならない価格になっていたのである。そこでやむなく他のホテルを探さざるを得ない状況になった次第。

 やや昭和臭がするホテルで設備に古さは感じるが、汚いというほどではない。部屋の照明が暗いのが気に入らないが、まあまあといったところでとりあえず安心する。

 ホテルにチェックインすると隣の広重美術館を訪問する。

「歌川国芳の時代-木曽街道六十九次之内を中心に-」中山道広重美術館で6/9まで

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 国芳の木曽街道六十九次之内は広重の東海道五十三次のような宿場町の風景を描いた作品ではなく、宿場名から連想した説話や歌舞伎の人物などを描写した作品である。だから内容的にはいわゆる武者絵の類い。国芳が最も得意としたジャンルでもあり、外連味タップリの迫力ある画面構成の作品などが並んでいる。

 さらに本展では国芳の美人画なども展示。こちらには結構オーソドックスな表現で、やはり国芳の本領は武者絵の方にあるように思われた。

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当時の絵草紙屋の再現

 美術館訪問後は夕食を摂る店を探してウロウロ。「あたりや」なる鰻屋を見つけたのでここに入店する。注文したのは「ウナギ丼(2700円)」

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あたりや

 今時この価格でウナギ1匹が入っているのはCPとしては良いか。ウナギは関西風の香ばしい焼き方。ただいささか焼きが入りすぎていて香ばしいというよりは焦げばしい。またやはりこの地域は味付けが関西人の私にはやや塩っぱい。個人的にはもう少し甘みのある方が好き。

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うなぎ丼

 夕食を摂ると近くの菓子屋やスーパーでおやつを買い求めてからホテルに戻る。部屋に入るとしばしダウン。テレビを見ながらベッドに転がっている内に意識を失い、気がついたのは30分後。そこで起き出してシャワーを浴びる。

 やはり体に溜まる疲労が半端ではなくなってきている。この日もやや早めに就寝する。