徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

「クリムト展」 at 豊田市美術館&N響豊田公演&タヌキの里信楽訪問

 この金曜日には豊田で開催されている「クリムト展」を見学のために車で遠征することとなった。私自身はクリムト展は東京で見学済みなのだが、今回はちょっとした家族サービス。まあ私自身ももう一度見学しても良いかとの考えもあった。ただどうせ豊田まで行くのなら何か他にも組み込めないかと調べたところ、ちょうどこの金曜日にN響の豊田公演があることが分かったことから、決行をこの日に設定した次第。

タヌキの里、信楽を訪問

 出発は金曜日の早朝。豊田まで高速で一気に突っ走るが、このまま豊田に直行するのも芸がないので、行きがけの駄賃で途中の信楽に立ち寄ることにする。

 信楽ICで高速を降りると、まずは信楽高原鉄道の信楽駅に立ち寄ることにする。ここは駅前に巨大なタヌキ電話が立っているが、駅内にも信楽焼の土産物屋があり、一帯がタヌキワールドと化している。

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信楽駅

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駅前に立つ巨大たぬきでんわ

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タヌキのテツコ駅長

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駅内の売店では

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タイガースタヌキが

 信楽駅を見学の後は、駅の向かいにあるそば屋「そば処山久」で昼食を摂ることにする。注文したのは「牛すじそば」。甘辛く炊き込んだ牛すじがそばに加えてあり、長田のぼっかけそばに近いものがある。そばも出汁もなかなかに美味。

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そば処山久

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タヌキがお出迎え

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牛すじそば

 

 ところでタヌキと言えばこの方々ですが、間もなく発売の模様です。私もこのシリーズは読んでおります。

 それにAmazonってこんなものまで扱ってるんですね。これには私も驚きました。

   

陶芸の森

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陶芸の森陶芸館

 昼食を終えると近くの陶芸の森に出向いて、近代陶芸の展覧会を鑑賞。諸々のいかにもな作品が展示されていたが、大量の大根の作品が一番笑えた。

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周囲にも作品多数

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なぜかパンダ

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この辺りは謎作品

 陶芸の森の見学を終えると豊田に向かうことにする。再び新東名に乗ると、そこから湾岸道に接続して豊田を目指す。かつては西名阪の鈴鹿や四日市付近は慢性の渋滞だったが、新名神の亀山-四日市が開通したことで道路の流れが非常にスムーズになっている。2時間ほどで豊田市美術館に到着する。

 豊田市美術館はトヨタ様のお膝元で車社会の豊田市らしく巨大な駐車場を完備しているのだが、驚いたことにその駐車場がほぼ満車状態。停める場所がなくて壁際に縦列駐車させられることに。それしても今日は暑い。車から降りた途端に灼熱地獄で目眩がする。

 

「クリムト展 ウィーンと日本1900」豊田市美術館で10/14まで

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 ウィーンの世紀末を彩る画家・クリムトの作品を中心にウィーン分離派などの作品を紹介。展覧会の目玉の一つは、クリムトが分離派展のために制作した壁画「ベートーヴェンフリーズ」の復元品。

 クリムトの初期の修業時代からの作品から展示されているが、いかにも修行中と感じさせる古典的なカッチリとした作品から始まって、段々と世紀末的退廃ムードを帯びていくのを感じさせる構成となっている。なお彼が初期に共同製作を行っていたマッチュ(クリムトの弟のエルンストの死去で3人での共同製作は解消した)は、その後には順当に印象派的展開をしており、両者の芸術的志向がズレていっているのも感じることが出来る。

 切り落とした敵将軍の首を抱えて恍惚とした表情を浮かべている「ユディト」などは退廃ムードと怪しさ全開でいかにも世紀末的雰囲気を漂わせているクリムトらしい作品で強烈に印象に残る。またエロティックで儚げな「ヌーダ・ヴェリタス」なんかも実にクリムトらしい作品。

 やはり圧巻なのは怪しげでありながらどこか荘厳さも感じさせる「ベートーヴェンフリーズ」だが、これなどは実に金箔を効果的に用いている。悪趣味でグロテスクでもあるのだが、なぜか目を離せなくなる作品である。

 本展の目玉ともされているのが、いかにもクリムトらしい「女の三世代」。幼児期から始まって、青年期を経て老人に至るという女の一生を一枚に集約している絵画。女性の絵画に執着したクリムトらしいところ。ただ私的には彼がオーソドックスに女性の肖像画を描いた「オイゲニア・プリマフェージの肖像」の鮮やかな色遣いにクリムトの本領である色彩感覚を感じて興味深かったりする。


 場内はかなり混雑していたが、それでも東京都美術館の時よりは少ないようではあり、鑑賞には特に問題はなかった。やはり東京というのは異常な都市であると再認識。

 

豊田駅前で夕食を摂る

 クリムト展の見学を終えると夕方頃、夕食を摂ってからホールに向かう必要がある。コンサートがあるのは豊田市コンサートホールなので、そこの地下駐車場に車を入れると、夕食のために駅前の松坂屋のビルをウロウロ。夕食の前にクールダウンを兼ねてお茶でもするかと喫茶に入ってパフェを頼んだが、あまりにひどすぎる内容(近年稀に見る大ハズレだった)に辟易したのでさっさと夕食を摂る店を探すことにする。

 結局は「名古屋丸八食堂」に入店する。ここは味噌カツ「矢場とん」、名古屋コーチン料理「鳥開総本家」、きしめん「カネ勘」、ひつまぶし「うな匠」という四大名古屋飯が一軒に同居しているという特殊な形式。これで後は餡トーストとエビフリャーがあれば名古屋飯完全制覇である(笑)。余所者が駅前でお手軽に名古屋気分を満喫できるという食堂であるが、よくよく考えるとここは名古屋でなくて豊田だ。

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名古屋丸八食堂

 何を食べるか迷ったが、「名古屋コーチン親子丼」を注文する。名古屋コーチンは普通の若鶏よりもしっかりした肉で、噛みしめると味がある。内容的にはまずまず。ただ赤味噌王国の特徴なのか、若干しょっぱめの味付けが関西人の私にはちょっと合わない。関西人としてはもう少し甘味が欲しい。

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名古屋コーチン親子丼

 夕食を終えるとホールに向かう。ここのホールはビルの10階にあるが、3台しかないエレベーターの容量が完全に足りておらず、エスカレーターで延々と10回まで登るのを余儀なくされる。前に来た時も感じたのだが、この構造はどうなんだろうか? エスカレーターで延々と登らせるのはせいぜい4階くらいまでというのが一般常識だと思うが。豊田市はトヨタ様が強いので車は最優先にするが、エレベーターメーカーがあるわけではないのでそっちは付けないということか? もしトヨタがエレベーターも作っていたら、ビルにはエレベーターが10台くらい設置されることになるだろう。

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ホールへは大勢の観客がゾロゾロ

 ホールに到着したのは開場直後でちょうど大勢の観客がゾロゾロと入場していたところ。シューズボックス型のホール内はほぼ満席に近い大盛況。東海でもN響人気は高いか。地元の公演でないのでチケット入手に苦労した結果、確保できた席は一階のやや奥。ステージまではいささか遠い。

NHK交響楽団豊田公演

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ヴァイオリン:川久保賜紀

チャイコフスキー/幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」op.32
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 op.26
チャイコフスキー:交響曲 第2番 ハ短調「小ロシア」op.17

 一曲目のフランチェスカ・ダ・リミニに関しては元々の曲想がややゴチャゴチャしたところがあるためか、パーヴォがかなりメリハリの効いた指揮をしているにもかかわらず、ややグダグダした印象の演奏になったところがある。

 二曲目のブルッフについては、川久保の演奏は妙にクール過ぎるという印象を受ける。どうもあまり情感が籠もらずにサラッと弾き流したように感じられる。過度に感情を込めすぎるのもどうかというのはあるが、この曲に関してはもう少し叙情とか哀愁という類いの感情があった方が旋律の美しさがもっと前面に出る気がする。おかげであまり何も残らない演奏となってしまった。

 メインのチャイコフスキーの2番については、パーヴォがやたらに快速テンポで突っ走るのに驚かされた。勢いがあってメリハリの効いた演奏ではあるのだが、やはりいささか急ぎすぎのように感じられる。これが最近のパーヴォの芸風なんだろうか。確かに最近のパーヴォは以前よりも溜めやら煽りやらが激しい感があるが、今回についてはひたすらに飛ばした印象。やはりもっと謳わせるべきは謳わせた方が良いように思うのであるが。

 最後にアンコールが一曲、チャイコフスキーのエフゲニー・オネーギンからポロネーズだったのだが、これがなかなかにノリが良くてメリハリの効いた好演。相変わらずN響はアンコールになると「さあ、ようやく仕事が終わって帰れるぞ」という気分が反映した名演になるようだ(笑)。


 コンサートを終えると長駆して帰宅したのである。さすがに帰り着いた時には日付が変わっていた。これについては「宿泊費をケチるな」とブーブー文句を言われる羽目になってしまった上に私も異常に疲れて週末一杯疲労が残る羽目になってしまった。昔の感覚で「名古屋なら日帰り圏内」と考えていたのだが、もうそれをするだけの体力はないほど衰えたか。認めたくないものだな、年齢故の衰えとは・・・。