徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

読響第221回土曜マチネーシリーズ&「ゴッホ展」「正倉院展」「リヒテンシュタイン」「ハプスブルク展」etc

 翌朝は予定よりも寝過ごした。今日は芸術劇場での読響を聴きに行く予定だが、その前後に美術館のハシゴをするつもり。とりあえず昨日購入しておいた朝食を腹に入れると9時過ぎに慌ててホテルを出る。

 今日の午前中は渋谷近辺の美術館を回るつもり。まずはサントリー美術館へ出向く。

 

「黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部ー美濃の茶陶」サントリー美術館で11/10まで

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 桃山時代に美濃で盛んとなった陶器やそれを現代に甦らせた荒川豊蔵、加藤唐九郎の作品を併せて展示。

 ぽってりとした厚手の生地に釉薬が特徴の志野、深い黒が多彩な色彩を帯びて目に映る瀬戸黒、軽快さを秘め鮮やかでもあり模様入り作品も多い黄瀬戸、緑の色彩が目立つ奇想の器・織部。それぞれ多種多様な陶器であるが、これらがすべて美濃で製造させていたとは驚くべきところ。まさに百家争鳴と言って良い状態である。これは桃山時代の一種のバブル的な空気を反映したものであろうか。

 これに対して豊三や唐九郎の作品は研究に基づく再現と言うだけでなく、新たな感性を加えた創作も入っている。表面をあえてざらざらにした作品などもあった。諸々の創意が加わっているために、上記のどの分類と言いにくいような作品もあったようである。

 個人的にはユニークな織部、また色彩に深さを感じる瀬戸黒に主に惹かれるところ。


 サントリー美術館の次は渋谷まで移動して、ここからバスで次の目的地へ。それにしても渋谷駅周辺は、安藤忠雄による大馬鹿設計の駅のせいでその混乱がまだ収拾されていない。実用設計が出来ないデザイナーに実用建築を依頼するとどういうことが起こるかという格好の事例である。そういう意味では安藤忠雄が東北復興の件から手を退いたのはむしろ幸いだろう(もっとも最初から彼がそんなこと出来るはずもなかったのだが)。彼には東北の復興が完全になった後に、復興記念のモニュメントをデザインさせるのが良い。さぞかし斬新で芸術的な作品をデザインしてくれるものと思われる。

 

「大観・春草・玉堂・龍子ー日本画のパイオニア」山種美術館で10/27まで

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 タイトルの4人の作品を集めた展覧会。大観は朦朧体の時代から、それを通過して大成するまでの作品を網羅しているが、春草は残念ながらその境地に達する前に病気でこの世を去ってしまった。つくづく夭逝が惜しまれる画家である。

 大観の作品も良いが、個人的には龍子の大胆な大作や、非常に精緻であって静謐な玉堂の作品に魅せられた。龍子の「鳴門」などはまさに渦に巻き込まれそうな気がするぐらいの迫力がある。

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大観の富士の絵

 

 展覧会を一回りしたが、既に疲労が結構溜まってきている。次の目的地に行く前に一息ついていきたい。美術館内の喫茶で展覧会連携メニューである和菓子と抹茶のセット(1200円)で一息つく。和菓子は横山大観の富士の絵をモチーフにしたもの。きんとんの饅頭なので非常に甘いのだが、これを口に含んでから苦い抹茶を飲むと非常に爽やかなバランスになる。これぞまさに日本の情緒。日本人に生まれて良かったと感じる瞬間である。久方ぶりにマッタリと落ち着いた気分になるが、実際のところはスケジュールに追われていてそんなにゆっくりとしてもいられない。結局は喫茶には滞在10分ほどで次の予定地を目指す。店員からは「なんだこの慌ただしい客は?」というような驚きの目つきで見られるが、それは致し方ないところ。

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上記の絵をイメージしたのがこの和菓子

 バスで渋谷に移動すると次はBunkamuraへ。毎度の事ながら渋谷の人出は異常である。歩道を真っ直ぐに歩くことさえままならぬ上に、多国籍の奇妙な風体の連中がウロウロしている。エキゾチックと言うよりはファンタジックだろうか。エルフやドワーフやホビットが混ざっていても、ここなら違和感なさそう。

 

「リヒテンシュタイン侯爵家の至宝」Bunkamuraで12/23まで

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 リヒテンシュタイン侯爵家に伝わる美術品や工芸品などを展示。侯爵家らしく、まずは一族の肖像画から始まり、次に宗教画があってから工芸品の類いになる。

 宗教画にはルーベンスなどもあったが、全体的に印象の強い作品はあまりない。それよりは面白かったのは陶器類。実に煌びやかで美しい作品が多く。陶器が「人の手になる宝石」と呼ばれる所以が理解できるような気がする。

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人の手になる宝石

 侯爵家コレクションだけに、全体的に品の良い作品が並ぶ。ただそのことが芸術的には今ひとつ面白くないということにもなってしまうのであるが。

 

 展覧会の鑑賞を終えるとそろそろホールへの移動だが、その前に昼食を摂っておく必要がある。手早く済ませるためにBunkamura裏の「横浜家系ラーメン道玄坂」「つけ麺」。海鮮系の出汁だが若干しょっぱめに感じる。

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Bunkamura裏のラーメン屋

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やや太めの麺のつけ麺

 昼食を終えるとホールへ移動する。天皇即位の儀式が近いせいなのか、それともテロが懸念されるようなイベントがあるのかは不明だが、今日は入場の際に荷物検査を行っていた。

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東京芸術劇場

 

読響第221回土曜マチネーシリーズ

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指揮=ユーリ・テミルカーノフ
ヴァイオリン=セルゲイ・ハチャトゥリアン

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73

 テミルカーノフの演奏はゆっくり目のテンポによるゆったりとした演奏。ハチャトゥリアンのヴァイオリンも非常に美しい音色が特徴。ただ美しすぎる演奏とこの曲の曲想からあちこちで落ちている客も見られたというのが実際。決して弛緩した演奏ではなかったのだが、落ち着きすぎているきらいはあったか。

 ブラームスの2番もゆったりと謳わせてきた。弦を中心に美しく奏でる演奏は、この曲にとっては非常に適しているのだが、テミルカーノフと読響という組み合わせからはもう一団次元の高い演奏を期待してしまう。特に弦を中心にさらにシットリとした情緒が欲しかったというのが本音。私の耳にはやや淡泊めに聞こえてしまったのが残念。


 コンサートを終えると美術館巡り夜の部に突入する。上野に移動するとまずは国立西洋美術館を訪問するつもりだったが、「ゴッホ展」が待ち時間なしの状況のようなので、まずそちらを訪問することにする。

 

「ゴッホ展」上野の森美術館で1/13まで

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 ゴッホの最初期のハーグ派の影響で薄暗い絵を描いていた頃から始まる。この時期の作品は後のゴッホの作品に見られるような鮮やかな色彩はなく薄暗くしかもあまり上手くない絵である。同時期のハーグ派の他の画家たちの絵も展示されているが、技術的には明らかに彼らの作品の方がゴッホより上である。

 ゴッホらしい色彩が見え始めるのは印象派の影響を受けるようになってから。この頃からゴッホの色彩に対する独自研究の結果なども反映して色彩は派手さを増していく。ただこの頃の絵はまだおとなしいという印象があるのであるが、それがゴッホが狂気を帯びてくるにつれて禍々しさを帯びた非常に緻密なゴッホらしい絵となっていく。その究極の一つの形が糸杉の絵であり、そのうねるような表現には圧倒されずにいられない。

 こうして見ると、やはりゴッホの才能の開花は狂気の進展と表裏一体であることを感じずにはいられないのである。そういう点でやはりゴッホは破滅型の悲劇の天才であったとしか言いようがないところである。


 ゴッホ展の次は国立西洋美術館を訪問。

 

「ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史」国立西洋美術館で1/26まで

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 ヨーロッパの王族になどにつながる名門ハプスブルク家に伝わる秘宝の数々。先程のリヒテンシュタイン侯爵家などとも年代的に重なる作品もあるが、さすがにこちらの方が質量共に充実している。

 印象に残るのはベラスケスの手になる肖像画など。ルーベンスやレンブラントといった有名どころも余さず網羅しているのはさすがだと言える。全体的にコレクションのレベルは極めて高いことが明らかである。

 絵画などの多数秀品もあったが、個人的には実は一番興味深かったのは冒頭で展示されていた全身鎧だったりする。機能的でありながら装飾などの美的な部分にもかなり配慮してあり、これはまさに工芸品の域に達している。全身鎧は当時はかなりの高級品であって、高級貴族のためのものであったということも頷けるものであった。


 かなり疲労が溜まってきたが、今日最後の目的地となる東京国立博物館を目指す。それにしても関西人がわざわざ東京で「正倉院展」に行くというのもおかしな話だが、関西において奈良というのはかなり辺鄙な地であるから、関西人としてもなかなか訪問しにくい場所であるというのは、関西に土地勘のある方なら納得していただけると思う。それに毎年正倉院展は異常に混雑することでも知られているし。と言うわけで、実はここ数年正倉院展は行っていないというのが実態だったりする。

 博物館に入館するが、実のところ既に体はかなりのガス欠状態でフラフラしている。このまま展覧会に入っても鑑賞に身が入りそうにないので、給油と休息のために休憩コーナーに出店している鶴屋吉信餡トーストと抹茶ラテを頂くことにする。

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絶品の餡トーストと抹茶ラテ

 餡トーストといえば名古屋の定番だが、それを鶴屋吉信が手がけるとかくも絶品のスイーツになるということである。また抹茶ラテも抹茶の味が本格的で美味い。さすがに和菓子?は京都である。

 一息ついて生き返ったところで展覧会の方に入場する。

 

「正倉院の世界-皇室がまもり伝えた美-」東京国立博物館で11/24まで

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 正倉院について紹介すると共に、正倉院に収蔵される名品について展示。ただ展示品については、色褪せてしまっている布地や文書の類いは私には今ひとつ興味を持てない。全体的に展示数もあまり多くはなかった印象。

 これ以外では信長がその一部を切り取らせたことで有名な名香・蘭奢待などの珍品なども展示。なおこの香木は信長以降では明治天皇がやはり一部を使用したらしい。そんなに長い年月において香りが抜けないのはどういう成分なのかという科学的側面に興味のあるところ。

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正倉院の扉を再現

 やはり面白いの工芸品などとなるのであるが、装飾を施された琵琶には感心した。それと同時に本展ではこの琵琶の復元の課程を紹介するなど、文化財の保存と修復の作業に力点を置いた展示になっていたのが特徴。この辺りは本館で開催されていた「文化財展よ、永遠に」とも連携したテーマとなっていたようだ。

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復元した琵琶

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螺鈿細工などがスゴイ

 

 これで今日の予定は終了、ホテルに戻ることにする。ホテルに戻る途中の南千住界隈で夕食を摂る店を探してウロウロするが、回転寿司屋は待ち客でごった返している状況だったので、「中華料理 一力家」チキンライスを摂ることにする。ケチャップをあえてからかなり強めにシッカリ火を通しているという印象であり、通常のチキンライスよりは焼き飯的な印象が強いが、これはこれでありかも。とりあえずこれで600円はさすがにCPは良い。

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南千住の一力家

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強めに炒めたチキンライス

 ホテルに戻ると疲労が強いが、とりあえず入浴だけは済ましておくことにする。しかし風呂から上がるといよいよ体が全く動かなくなってしまう。ベッドの上に横たわっている内に知らない間に意識を失い、結局はこの日はそのままかなり早めに就寝してしまう。