翌朝は7時に起床。とりあえずレストランに朝食へ。朝食バイキングはまずまず。
朝食を追えると朝風呂へ。武雄温泉の湯でゆったりと体を温める。
朝風呂を済ませると荷物をまとめてチェックアウト。送迎バスで博多駅まで送ってもらう。今日の予定は19時から九州交響楽団の演奏会。しかしそれまでに博物館や城郭に立ち寄る予定。
博多駅に到着するとタイムズレンタカーでノートを借りる。まず最初に立ち寄るの福岡市立博物館。微妙に交通の便が悪い位置にあるので公共交通機関ではアクセスしにくい場所にある。
「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」福岡市立博物館で12/22まで
幕末に登場した奇想の浮世絵師・歌川国芳の作品を紹介すると共に、彼の弟子に当たる「芳」の字を名に持つ一門、特に明治にかけて活躍した月岡芳年を中心に紹介するという展覧会。
いきなり目を惹くのは国芳の大胆かつ力強い武者絵。その過剰なまでの力強さ。時には大画面を活かした大スペクタクルは、今日の劇画を連想させると共に、場合によっては特撮的にさえ見える。
一方で貪欲に新しい手法を求めた国芳が洋画を取り入れたと思われる作品も展示されていた。この辺りの画業に対する貪欲さは弟子の芳年などにも引き継がれているようである。芳年の作品には国芳の影響だけでなく、明確に洋画の影響が覗える。このような洋画の表現がリアルで力強い肉体表現に反映しているようだ。
また一部のコーナーでは残酷絵も展示。国芳の首が飛んでいる絵などは、残酷を通り越してむしろ滑稽に見えたりもするが、これは誇張も取り入れた巧みな漫画的表現とも言える。またここでは芳年や落合芳幾による「血みどろ絵」とも呼ばれた作品も展示されている。
その後は国芳の風刺画などを経て、「芳」の一門の作品などを展示。中でも芳年の精緻な作品が光る。彼が国芳の弟子として学んだ期間は決して長くはないらしいが、明らかに国芳のDNAを引き継ぐと共に、彼自身の境地をさらに開いているのが覗える。
非常に見応えがあり、実のところこれのためだけでも九州くんだりまで来た価値を感じさせる内容であった。やはり国芳、芳年の作品は面白い。館内には当時の絵双紙屋を復元している展示もあったが、当時はこのようにブロマイド的にこれらの絵を販売していたということを考えると、確かに一般庶民の受けを狙った表現という意味では今日のコミックにつながってくるのも理解できる。
続100名城の基肄城を見学する
博物館の見学を終えると次の目的地へと移動する。そもそもわざわざレンタカーを借りたのはここに立ち寄るため。次の目的地は基肄城。百済救援のための白村江の戦で唐・新羅連合軍に大敗した大和政権が、来るべき唐の侵攻に備えて大宰府を守るために水城、大野城と共に整備した古代山城である。今回水城と共に続100名城に選定されている(大野城は100名城に選ばれている)。以前に訪問したことがあるのだが、その際には山上まで車で登ったものの、灼熱地獄の上に水を持参するのを忘れるという決定的ミスをしたために途中撤退している。そこで今回リターンマッチということ。
山上はそもそもスキー場になっているのであまり広い道とはいえない(その上に路盤の状態も良くない)までも、山上まで車道が通っている。山上に駐車スペースがあるので、そこから山上に上ることにする。
スキー場になっている斜面を直登になるが、傾斜がきつくなる辺りで散策路が右手に見えてきているので、そちらを経由して上ることにする。
とは言うものの、既にこの時点で足はガタガタ。それどころか吐き気までしてくる状態。この一年ほどまともに運動らしい運動をしていないもので、どうしようもないほどに体力が低下している模様。実に情けない次第。脚力が弱ってしまって老人のようなヨタヨタした歩きになっているのを感じてしまう。
ヘロヘロになりながらようやく山頂に到着。ここには巨大な石碑が建っている。また周囲には巨石がゴロゴロしている。そして何よりも見晴らしが抜群。確かに地形的に要衝である。
ここから北に向かって尾根筋に沿って山頂までの広大な領域がかつての城域の模様。山頂手前では三重の堀切の跡も見られる。これが本丸というべき場所か。ここには城跡碑及び説明看板も立ててある。
ここからさらに北側の別の峯に向かってグルリと城域はつながるようだが、そちらに進むと道が鬱蒼としてきた上に、かなり下らないといけない(ということは帰りはキツい登りが待っているということだ)ようであることから、途中で引き返してくることにする。残念ながら現在の状況では古代山城を一回りするだけの体力はない。
スキー場の急斜面を足下に気をつけながら降りてくると、ここから車で一旦下山して、麓にある水門を見学に行くことにする。水門に至るには途中で民家の間の路地を庭先をかすめながら走るような箇所があるので、ノートで道幅ギリギリ、大きな車だったら進退窮まるだろう。また元々あった登山道は土砂崩れとかで通行止めになっているので、その手前に車を置く。
水門はかなり巨大な石組み。予想外の規模の大きさに驚く。古代山城はとにかく技術はなかったはずなのだが、それを人力で補っている印象。当時の大和政権にそれだけの動員力があったということか。だとすると、九州地域での支配力がそれなりにあったということになる。
博多に戻ってきて喫茶で一服
久しぶりの山歩きでかなり疲れた。それにもうとっくに昼食時をかなり過ぎているので腹が減っている。しかしこの周辺には飲食店どころか店自体が何もない(と言うか、民家自体も多くはない)。そこで移動することにする。九州国立博物館に立ち寄ることも考えたが、現在の出し物は「三国志展」ということで、これは東京で既に見学済み。また太宰府に参拝する気もないし(今更受験する気はない(笑))、結局は福岡城でも見学しようと博多まで戻ってくることにする。
護国神社の近くの駐車場に車を置いて、どこかで昼食をと思ったのだが困ったことにこの周辺には意外なほどに飲食店がない。しかも既に3時になっていて、大抵の店は昼休みかランチメニューは終了している。そこで最悪ガス欠の事態を防ぐためにせめて糖分だけでも補給しようかと見つけた喫茶店「BIOTOP」で季節のパフェを注文。
芋のパフェということだが、味はなかなかに良い。その上に洒落ているので女子にはインスタ映えで喜ばれそう。ただこれで1500円(+税)というのは明らかに価格が高すぎ。
久しぶりに福岡城を見学
とりあえずの臨時のエネルギー補給は済ませたので福岡城に登ることにする。実はここはかなり以前に一度訪れたきりであり、その後は何度か近くを通って見事な石垣に心惹かれたものの、なかなか立ち寄る時間がなかったのである。以前の見学はかなり駆け足だったため、いつかもう一度見学したいと思っていたところである。
南口から巨大な堀を横手に見ながら登っていくと、最初に多門櫓が出迎えてくれる。これは数少ないこの城の現存建築物らしい。
この多門櫓に沿って進んで回り込んでいくと二の丸に上ることになる。多門櫓がある廓は二の丸南郭らしい。この曲輪だけでもかなり広い。
二の丸を進んでいくと本丸裏手に登る通路があり、そこを上ると天守台の裏側に出る。
そこから埋門の跡を抜けると天守台の枡形入口に出る。
そこから登った先が天守台。かなり規模の大きな天守台であり、礎石跡などから推測したところでは五層の巨大天守があったのではないかと推測されるとのことだが、そもそも天守は存在しなかったという説も有力である。ただ天守がなかったとしても既に十二分な高さがあるので、高層建築のなかった当時だと十二分な視界は有しているので機能的には問題ない。もし天守を立てなかったのなら、江戸幕府を憚ってということになるだろうか。
ここから枡形虎口を降りてくると広大な本丸。本丸には何やら怪しい物体が多数並べてあるが、どうやらチームラボによるライトアップイベントが行われている模様。入場ゲートで作られていた。ただ入場料1200円というのは少々高くないか?
下の二の丸もかなり広い。北東隅には門の跡らしい枡形が見られる。
とにかく黒田の居城らしくやたらに規模の大きな城郭であり、随所に高石垣もあって「見せる」ことも意識した構造になっていたように思われる。今日でも見ごたえ十分で、さすがに100名城に選定されていることはあるということか。昔に見学した時は速足で一回りしただけだったので、ほとんど何も覚えていなかったということが今回よく分かった(笑)。
ようやくかなり遅めの昼食
福岡城の見学を済ませると、予定よりもかなり早めだがレンタカーを返却してホテルに入ることにする。かなり疲れているし、大分遅くなったがやはり昼食は摂っておきたい。結局この日の昼食は博多駅地下の「八仙閣」で「セットメニュー(1500円)」を注文する。
「チャーシュー麺(ハーフ)」「エビ炒飯(ハーフ)」「エビチリ(ハーフ)」の組み合わせ。チャーシュー麺はいかにも中華料理屋のラーメンと感じるシンプルでホッとする味。正直なところもう少し量が欲しかった。一方の炒飯は思ったよりも量が多い。飯にパラッと感があまりないが、味はマズマズ。ただエビチリについてはどうも一味か二味ぐらい足りない。使用しているエビはバナメイだと思われるが、エビ自体の味の薄さがそのまま料理の味の薄さにつながっている印象。
宿泊は駅前のルートインホテルで
昼食を終えたところでホテルにチェックインすることにする。今日のの宿泊ホテルは交通の便も考えて駅近くのルートイン博多駅前。ただこのホテルは立地の良さのせいか、平日にも関わらずルートインとしては宿泊料が結構高い。今まで何度か利用しているが、正直なところ宿泊料がジリジリと上がっていて、最近はそれを負担に感じるようになっている。
ホテルにチェックインすると、とりあえずシャワーで汗を流す。今日はかなり歩いた上にやや暑めだったので汗でぐっしょりである。汗を流してから着替えると再び外出。コンサートはアクロス福岡で開催なので地下鉄で天神まで移動する。
アクロスに到着した時には既に開場となっていた。ゾロゾロと入場。アクロスはシューズボックス型の構成のホールで、東京のオペラシティと構造が類似していると言えるだろう。音響はまずまずのようである。
そのうちにロビーコンサートが始まる。そう言えば、東京でも新日フィルなどはロビーコンサートをするし、シティフィルもやっていた。また地方では札響、名フィルなどはロビーコンサートをしていた(アンサンブル金沢も大阪公演でやった)。しかし関西ではこれをやるオケはない。この辺りは文化の違いだろうか。
九州交響楽団第380回定期演奏会
指揮 ヴァレリー・ポリャンスキー
チャイコフスキー/交響曲 第1番 ト短調 作品13「冬の日の幻想」
チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」第2幕
チャイコフスキーの一番については、ポリャンスキーがかなり細かい指示を飛ばしているのが分かる。やはり手兵のロシア国立交響楽団などと違い、ツーカーの関係というわけには行かないからだろう。ポリャンスキーの演奏は、爆演指揮者という巷の評判とは異なり、かなり細かいところのバランスまで細心に注意を払った精密なものである。
そのポリャンスキーの指示に従って九州交響楽団もなかなかに切れのある演奏をしていた。ロシア国立交響楽団のような緊張感漲る演奏というよりは、もっとおおらかさが感じられるのは九州交響楽団のカラーだろう。どうもピアニッシモに関してはポリャンスキーが求めているレベルの静謐さ緻密さに至っていない感はあったものの、破綻のない充実した演奏であった。
曲自体にまだ作曲家の未熟さが散見される交響曲第1番と違い、さすがに2曲目の「くるみ割り人形」はよく計算されている曲である。その曲をポリャンスキーはさらに細かい計算で盛り上げてくる。今まで私はポリャンスキーのテンション漲る演奏は何度か聞いたが、ここで初めてポリャンスキーのユーモア溢れる茶目っ気のある演奏を聴くことになった。正直なところ「このオッサン、思っていたよりもずっと幅が広いな」という印象。九州交響楽団の演奏もノリノリといったところでなかなかの熱演。
場内の大盛り上がりにアンコールがチャイコフスキーの「四季」から「秋」。これがまたメロメロのメロドラマで甘いというか酸っぱいというか、あまりの美しさに魅了されてしまう。あの厳ついオッサンがこんなロマンティックな演奏もするのかと再度驚き。
今回はとにかくポリャンスキーの表現の幅の広さに圧倒された。さすがにポリャンスキー。初顔合わせの九州交響楽団をここまでドライブするのには驚いた。これは今後も他のオケとの共演に期待できる。とりあえず目下のところは来年度に新日フィルとの共演がある模様である。
満足してコンサートを終えるとホテルに戻る。ホテルに戻ると地下の居酒屋でかなり遅めの夕食を摂ることにする。
遅めの夕食にしては明らかに食べ過ぎてしまった。同じ階の大浴場に入浴して汗を流すと、昨日の原稿だけアップしてこの日は就寝することにする。