徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

西宮でエサ=ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団を聴く

 どうもここのところ体調が良くない。つい3,4日前に謎の激しい嘔吐と腹痛で2日間寝込んだ直後だ。もしノロウイルスだったら家族に感染とかしたら大変だと思っていたが、幸いにしてその様子はないようだ。しかしそうだとしたら、一体原因は何だったんだろうか?

 こんな週末は本来なら家で静かにしておくべきなのだが、こんな時に限ってどうしても外せないコンサートがあったりするのである。この土曜日はサロネン指揮のフィルハーモニア管弦楽団の演奏会のために西宮に出向くこととなった。どうも仕事は勤勉ではないのに、遊びになると異様に勤勉だと言われてしまう所以である。ただ体調があまり良くないので家を昼頃に出てホールに直行することにする(元々の予定では立ち寄り先も考えていた)。列車の中では持ち出した深夜アニメを見ながら時間をつぶす。

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兵庫県立芸術文化センター

 ホールに到着したのは開場直前だった。もう既に入口前に行列が出来ている(全席指定なのでわざわざ待つ必要もないのだが、これこそが日本人の習性)。それに続いてゾロゾロと入場。私の席はホール中央付近のかなり良い席。今はそのシートでこの原稿を入力している(笑)。会場の入りは8~9割というところか、ポツポツと空席が見える。

 

エサ=ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団

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ヴァイオリン:庄司紗矢香

シベリウス:交響詩「大洋の女神」op.73
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番op.77
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

 一曲目はいかにもシベリウスらしい幽玄とした曲である。これを安定感抜群のフィルハーモニア管弦楽団の弦楽陣がドッシリと描くところに、雰囲気抜群で管が響く。さすがに上手いオケだなとつくづく感心しながらうっとりしている内に終わってしまった。

 二曲目はもう庄司のヴァイオリンが圧巻と言うしかない。消え入るように終わった第一楽章に続く乱痴気騒ぎの第二楽章を経て、哀愁漂う雰囲気の第三楽章なのだが、ここで先の楽章と一転してしっとりと雰囲気タップリの庄司の演奏には完全に魅了されてしまう。そして第三楽章終盤の長大なカデンツァ。抜群の技倆で圧倒的な表現力を示しながら徐々にテンションを上げて怒濤の第四楽章である。とてつもない技倆が必要であることは素人にも分かるのだが、それを難なくこなしてしまう庄司のテクニックの凄さ。しかも単に技術に走るだけでなく、情感タップリに歌えるのだからこれは最強である。

 この曲が終わった時点で場内は興奮の坩堝と化した。庄司のアンコールの後も拍車が鳴り止まず、強引に照明をつけると共に団員が引っ込んで無理矢理切り上げざるを得なくなってしまっていたが、それも当然の名演。正直なところこの曲は得意とは言いがたい私でも、最後まで興味深く聞き入ってしまった。庄司紗矢香、ただ者ではないというのが本音。

 前半だけでもお腹いっぱいになりそうだが、メインの春の祭典がこれまた凄かった。サロネンの熱のこもった指揮に応えて、フィルハーモニアの管楽器が唸る、吠える、まさに野生の雄叫びである。しかしそれでも決して雑にはならず、漲る緊張感の中で寸分の狂いもなく統率が取れるのがこのオケの凄さ。さらに管楽器がこれだけ吠えまくったら並の弦楽陣だと完全に力負けしてしまうところなのだが、弦楽陣も管楽器と対等に渡り合えるというパワーにこれまたこんな凄まじい曲でも全く乱れない技術。迫力のあるサウンドに圧倒されながら、オケの技倆に唸らずにはいられなかったのである。

 まさに聞いている方も翻弄されているうちに怒濤のごとくに曲が終わってしまった。サロネンのペースは決して早いものではない(むしろ速度は抑えめに感じた)にもかかわらず、聴いた印象としては疾風怒濤というイメージが焼き付く。それだけのサウンドスペクタクルが次々と押し寄せたと言うことである。

 終演後の場内は爆発的な熱狂に満たされた。思わずボルテージが上がってしまうようなとんでもない演奏であった。その熱狂は楽団員引き上げ後も収まらず、サロネンの一般参賀あり。


 いきなり新年からとんでもない名演が飛び出してしまった。これは今年も春から幸先が良さそうだ。そう言えば体調が悪いのを忘れてしまっていた。こういうのを音楽療法というのか(笑)。