徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

PACオケ第121回定期演奏会 ミラノフ&児玉桃のチャイコフスキー

 この土曜日はPACのコンサートに出かけることにした。実はPACは演奏レベル的にあれなのと、曲目がチャイコフスキーのマンフレッド交響曲という決して出来の良いとは言えない曲であることから当初は行くつもりがなかった。しかしこの日がスケジュール的に空白になったことから少し調べたところ、指揮がミラノフであるということ(ミラノフは以前にPACで結構名演をしている)とたまたま比較的良い席が売りに出ていたこと(多分直前キャンセルがあったのだと思う)から急遽聴きに行くことにした次第。

 

三ノ宮で昼食

 土曜の昼頃に家を出ると昼食は乗り換えの三ノ宮で摂ることにする。立ち寄ったのはミント神戸地下の「海山」。海鮮丼が中心の店のようだが、寿司居酒屋というところである。「まぐろつくし丼」を注文する。

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ミント地下の海山

 丼はマグロの赤身やビンチョウ、さらにネギトロなどが盛り合わせてある。ここに黄身醬油をかけて頂くらしい。味的にはまずまず。私的にはご飯が寿司ご飯であることが有り難い。

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マグロつくし丼

 昼食を終えるとまだホールに向かうに若干早かったことから、数年ぶりに三ノ宮センター街をうろついてみる。しかし全く何のあてもない繁華街ウォークはかえって孤独感を深めるだけ。以前の「偉人たちの健康診断」で、永井荷風は浅草などの繁華街をうろつきながら、そこで孤独感を深めて創作意欲に結びつけていたという類いの話があったが、文豪でない私はこの孤独感を何で埋めれば良いのだ? 劇場映画「わが青春のアルカディア」の主題歌(渋谷哲平が歌ったやつ)では「孤独でなければ夢は追えない」とあったが、私には今更追うべき夢ももうないし(もう既に人生の先は見えている)。

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 しばしサンブラ(三ノ宮をブラブラの略・死語)をした後、ホールに向かう。チケット販売サイトの情報では、今回はほぼ完売に近かったはず。補助席まで出ている模様である。それでも空席がいくらか目につくのはご時世か。

 

PACオケ第121回定期演奏会

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指揮:ロッセン・ミラノフ
ピアノ:児玉 桃

〜オール・チャイコフスキー・プログラム〜
ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調
マンフレッド交響曲

 チャイコフスキーのピアノ協奏曲は児玉の演奏は非常に力強くて堂々としたものである。またテクニック面でも揺らぎはない。ただいささか早弾きの傾向があり、音色は力強いもののいささか色気に欠けるきらいはある。ロマンティックに聴かせるべき場所で、ガツンガツンとやや固めのタッチなのはいささか残念。なおバックのPACオケについても、残念ながら所々でアンサンブルの甘さのようなものは垣間見える。

 後半のマンフレッド交響曲についてはミラノフはかなりスケールの大きな指揮を行っている。第一楽章についてはPACの管楽陣にもう一段のキレの欲しさを感じる。全体的に音色が甘いというか弱い。この楽章はもう少し厳しさが必要。第二楽章以降は尻上がりに調子が上がっていった印象だが、最終楽章についてはそもそも曲自体が冗長すぎる構成になってしまっているので、どうしても緊張感が緩んでダレてしまうのは否定できなかった。やはりこの曲はチャイコの魅力は散見できるものの、そもそもの曲自身の出来は今ひとつである。さすがにミラノフといえども、それはどうしようもなかったようだ。

 アンコールに「白鳥の湖」があったのだが、これがミラノフがノリノリのなかなかの名演。今のPACオケもマンフレッドのような厳しさを秘めた曲よりは、こういうロマンチックな曲の方が相性が良いように感じられた。