徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

カーテンコールで朝比奈隆/大フィルの黄金時代の演奏を

 未だコンサート再開への道のりはかなり遠い状況であるが、大フィルがカーテンコールで過去の音源を公開するようである。

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 第一弾は1999年のシューベルトの「未完成」とチャイコの5番。これから4週に渡って順次1週間ほど公開になるとのこと。

curtaincall.media

 

朝比奈隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団

シューベルト/交響曲 第7番 ロ短調 D.759「未完成」(1999.7.11収録)
チャイコフスキー/交響曲 第5番 ホ短調 作品64(1990.11.5収録)

 まずはシューベルトであるが、いわゆる一般的な「美しい」演奏とは随分と異なる。低域を中心にドッシリと構えて、やや荒っぽいぐらいの力強さを感じる演奏。随分とゴリゴリとした印象の演奏である。所々それが行き過ぎていてカクカクとしたようにさえ聞こえるのは、朝比奈の解釈によるところがあるのだろうが、単純にオケの技倆の問題である場合もある。私は最近の大フィルの音しか知らないのだが、それに比べると迫力はあるが流れるような優美さはない。いわゆる「ヘタウマ」的な雰囲気が強い。非常にアクが強いのであるが、不思議とこの曲のように私としてはやや退屈に感じる曲の場合は、逆に面白かったりする。

 後半はさらに時代が10年ほど遡ってのチャイコフスキーの演奏。冒頭から木管の演奏がやや前のめりでいささか心配になる展開。ここに限らず、正直なところ随所に「オイオイ」と言いたくなる部分はある。端的に言えば、蹴躓いてドンガラガッシャンという雰囲気である。洗練とは対極のかなり無骨な音楽を展開している。どことなくカクカクした印象はこの曲でも。第二楽章などは流れるようにと行かず、所々突っかかる印象なので、個人的には「それは違うだろ」とツッコミ入れたくもなる。結局はそのカクカクぶりは最後まで。

 大フィル自体が現在の弦楽セクションがほとんど女性になっている大フィルとは全く違った音を出しているが、アプローチ自体が異質。明らかに近年のアンサンブル重視の演奏と違い、各パートの自己主張も強い。この時代の朝比奈/大フィルの演奏は賛否両論(それもかなり極端な)を耳にするが、それを頷けた次第。かなりアクの強いいわゆる「大時代的巨匠演奏」である。要は感性の合う者は絶賛するだろうし、そうでない者はボロクソだろう。私は比較的泥臭い演奏を好む者だが、さすがにここまでアクの強い演奏は「少し違うだろう」の感の方が強く出る。

 この時代はちょうど私の音楽鑑賞がブランクになっていた時代で、朝比奈隆の実演も私は聞いたことがない。だから私にとっては朝比奈は一種の伝説の人であったのであるが、今回こうして彼の演奏を聞くに及び、確かにある種のカリスマであることは実感したのである。