ちょうどさっき、佐渡がPACのテスト公演で「大規模な曲は当分普通のようには出来ない」と言っていて、その中で兵庫芸文のオペラ用の反響板を取っ払ってサブ舞台も使用しての大編成オケの演奏という奇策を掲げていた。しかし年末の第九なんかもまず不可能と思われる中で、スイスロマンド管が超斬新な配置によって奏者のソーシャルディスタンスを解決して第九の演奏を実行するということを行ったようである。無観客ライブの模様を収録している。
なんとシューボックス型のホール(ジュネーブのビクトリアホールらしい)の真ん中に設置した特設ステージ(ステージがLPのデザインになっているのが洒落ている)上に指揮者のノットが立って、ここで360度に向かって指揮、奏者はステージだけでなくホール中に散らばっての演奏という極めて大胆な配置。これは度肝を抜かれた。ただ指揮者からの距離は先ほどのPAC公演の比ではないので、ノットも奏者から見えやすいようにかなり大きな身振りの指揮をしており、これは体力の消耗は通常の倍以上ありそう。どう考えても若くてパワー溢れる指揮者でないと不可能だろう(日本の秋山御大なんかが真似したら演奏中に死にそう)。それにいくら身振りが大きくても、下野のような小柄の指揮者だったらやっぱり見えなそう。
それにしてもこんな一見滅茶苦茶な配置でもしっかりとした演奏になっているのはさすが。元々パワフルなノットの指揮が通常の3倍ぐらいのパワフルさになっているから、それが楽団員にも乗り移っているのか、荒々しいまでにパワー溢れる演奏である。そう言えばノットがスイスロマンドを引き連れて来日した時も荒々しいぐらいにパワフルな演奏だったのが記憶に残っている。あの演奏については「雑すぎる」という批判もあったが、私はノットのノリノリぶりと漲るパワーに魅了されて、2019年度のベスト3位にその演奏を挙げている。
正直なところその時の熱演を彷彿とさせるようなパワー溢れる熱演である。相変わらず演奏のキレはなかなかであり、一言で言えばキレキレのノリノリ。もっともさすがにこの状況ではノットもオケを完璧にコントロールするのは困難であろうから、細かいテンポ設定なんかは結構勢いで行っているような雰囲気も覗えたが(細かいところを挙げたらかなり危ない場面もあった)、ノットとオケのツーカーの関係があってこそ成立するものだろう。なお第4楽章になったらどこかから急に湧いて出てきた合唱団が二階席に出現していることから、第3楽章と第4楽章の間は編集があったと思われる(もしかしたらノットも給水ぐらいはしたかも)。
ところでマイクはどこにセッティングしたんだろう? 当然ながらステレオ感は滅茶苦茶のはずなんだが、PCシステムで聞いていて意外にその不自然さは感じなかった。定位が不明であちこちから聞こえてくるコーラスは、図らずして天上の音楽めいて聞こえてくる効果があった。さすがにホールの各所にこれだけ分散したら、音速による微妙な時差(音速はたかだか秒速340メートルに過ぎないので、34メートルで0.1秒も時差が生じてしまうので音色が濁る)も無視できなくなりそうな気もするんだが。
それにしても絢爛豪華なビクトリアホールのグルリに展開したオケとコーラスによる大スペクタクルは、映像的な見世物としてもなかなかの出来だった。この試みは映像あってこそ価値を持ちそうである。
小規模のオケとツーカーの関係の指揮者と考えると、パーヴォとドイツカンマーの組み合わせで公演なんかしたら配置の無理も最小限に出来て、まずまずの演奏が出来るような気がする。検討してくれないかな? どうせこの秋の来日は無理だろうし。