翌朝は一面の雪景色
翌朝、6時半頃に自動的に目が覚める。今朝からなかなか寒い。そして外を見ると一面の白づくめ。昨晩の間に積雪があったらしい。風景が一変している。これだから東北は分からない。
とりあえず朝食のために食堂へ。牛乳が付いているのだが、残念ながら最近は牛乳を飲んだら確実に腹を壊す体質になってしまったのでこれはパス。ヨーグルトだけを頂くことにする。後は結構オーソドックスな和食である。なお今は時世柄バイキングではない型式となっている。窓の外を覗くと駐車場が遠目に見えるのだが、かなりヤバい状況が予測できる。
食事を終えると玉の湯で朝風呂を浴びて身体を十分に温めてから早めに出かける身支度を始める。今日はこの天候であるから今後の予定がスムーズに行かない可能性があるので予定を前倒しにすることにする。
東北の豪雪に悪戦苦闘する羽目に
さてホテルをチェックアウトして車を出そうとするのだが、まずは車にたどり着くまでが一苦労。車周辺は足首の上までザックリと埋まってしまうぐらいの柔らかい雪が積もっている。その中をえっちらおっちら歩いて車を見てみると、案の定というか車が完全に雪に埋まっている。これではどうにもならないのでまずはホテルに戻ってブラシを取ってきて車の上の雪を下ろす。
こうなる可能性も考慮して、一応は昨晩駐車した時にワイパーは立てて、サイドブレーキは引かずに駐車している。それをやっていなかったら、今朝はワイパーやブレーキが凍結していた可能性があるだろう。とりあえず排気口が塞がっていないことを確認してから(排気口が雪で塞がって車内に排気ガスが流れ込んで事故になる例は多い)エンジンをかけて車を温める。しかし車が完全に雪に埋もれた状態。車を出そうとしたものの、雪につかえて車が全く前に動かない。仕方ないのでホテルでシャベルを借りてくると今度は車の前の雪かき。今日は朝からいきなり肉体労働である。
車の前の雪をかなりかいたが、前進しようとするとタイヤが空回りして車が横滑りする。車の下は雪が積もっていないので、どうやら雪の上に前輪が乗りあがる過程でうまくいっていない模様。バックは可能なので、一旦下がってから一気に前進すると乗り上げる感触があってようやく車が前に進む。
何とかエッチラオッチラと車道まで出たが、ここまでで大分時間をロスってしまった。すんなりいかないことを想定して早めにチェックアウトしたのが正解だったようだ。雪国は大変と聞いているが、そのほんの一端を垣間見ることになった。確かに毎朝これではたまらない。
後は八甲田を降りていくだけだが、この道も難儀。完全に積雪しているので、たとえスタッドレスを履いていても滑るときには滑る。特に前車の轍から外れた時が要注意。ちょっと油断したらいきなり車が横を向きそうになる。一般に言われていることだが、急制動、急ハンドルなど急が付く操作はタブーというのを身に染みて感じる。急ブレーキをかけると車が横に滑るし、急発進もタイヤが空滑る、そして急ハンドルはハンドルと関係ない方向に車がすっ飛んでいく。確かにこの状況だと冬期は道路を閉鎖するのが正解である。とにかく雪道走行には慣れていないので、急な下り坂などはギアをローに入れてエンジンブレーキを利かせながら慎重に降りていくことに。
下に降り切って青森市街に到着するとようやく雪は溶けてベシャベシャの道路になる。こうなるとようやく普通に走れるが、ここでも要注意はスタッドレスタイヤは濡れた路面での性能はノーマルタイヤに劣ること。とにかく運転に気を抜けない。
さて今日の帰りの飛行機は13時だが、その前に一カ所だけ立ち寄りたい。初日に行けなかった青森県立美術館に立ち寄る。
「生誕110周年記念 阿部合成展 修羅をこえて~「愛」の画家」 青森県立美術館で1/31まで
青森生まれの阿部合成の初の回顧展とのこと。浪岡出身の阿部合成は、京都で日本画を学び、上京して画家としての活動を行う。その時期に描いた作品が出征する兵士を見送る人々を描いた強烈な絵画「見送る人々」である。
この作品は注目を集めたが、どうやらこれが「反戦的な画家」として当時の狂った時勢の中では拒絶される原因ともなったという。彼はその後画壇を離れ、出征してシベリア抑留も経験しているという。香月泰男がシベリア抑留を経験したことで、それまでの色彩に富んだ絵画が真っ黒い絵画に一変するということが起こっているが、やはり彼も極限生活を経験することで、画業に影響があったようである。その後は日本から逃げるようにメキシコに渡ってそこの風俗などを描いている。
メキシコから帰国後は宗教的要素の強い作品を描くようになったという。ここには髑髏などのモチーフが頻繁に登場することになる。それが彼の晩年の境地になったらしい。
まあとにかくインパクトの強い画家ではある。「見送る人々」だけは知っていたのだが、他にこういう作品を描いた画家だというのは全く知らなかった。それにしてもやはりあのくだらない戦争は、多くの人々の心に大きな影を落としたことがよく分かる。
アレコの鑑賞プログラムを見学
阿部合成展を見学した後は、この美術館の目玉であるシャガールのアレコの舞台背景画が今回4点揃った(第3幕をフィラデルフィア美術館改修に伴って長期借用できることになったらしい)ことにちなんだ鑑賞プログラムを見ていく。
バレエ「アレコ」のストーリーは貴族の青年アレコがジプシー娘のゼンフィラと恋に落ち、彼女と共に気ままな生活を送るが、やがてゼンフィラの心は別の若者に向かい、嫉妬に駆られたアレコはゼンフィラと若者を刺し殺すという悲劇である。そのバレエのストーリーと当時の状況などを交えながら照明で演出しつつ作品を紹介という内容になっている。
背景画自体は一目見ただけでシャガールだと分かるほどいかにも彼らしいもの。内容はバレエのストーリーに沿った強烈なものとなっており、作品の巨大さも相まって実に印象深い。なお4作が揃うのは来年の3月頃までとのことなので、残り期間はもう少ない。私はタイミングが良かったようだ。
青森空港から大阪へ飛ぶ
何だかんだで時間を取ったので残り時間が少なくなってきた。美術館を出ると空港まで急いで移動である。なおこの空港は空港に入るのに有料道路を通らないといけないのでその料金を徴収される。つまり空港の前に関所があるのである。青森は未だに室町時代ぐらいなのだろうか。空港に入るだけで金を取られる空港なんて初めてである。正直なところ「せこい」という印象しかない。
レンタカーを返却すると空港内で昼食を摂ることにする。現在、空港利用者には当日限りの飲食用500円クーポン(1500円以上使用で利用可能)を配布中とのこと。そこでそれを持って空港内の「ライアン」でデミグラスハンバーグにライスをつけたものが昼食。
うーん、空港内レストランだから期待はしていなかったが、それにしてもそれなりである。そもそも空港に入るだけで通行料が徴収されるような状況ではまず地元民の使用はないであろう。となると客は空港利用者の一部だけ。ビジネス的にはしんどい状況になるのは必然。実際にフードコートなんかもガラガラだった。まあ私は割引クーポンとGoToチケット1枚で支払いしたから実質的にはただ飯だったのであまり贅沢は言わないが。これで1500円しっかり払ってたら、オイオイってところだろうな。
もうすでに12時を回っているので保安検査を受けてカウンターへ。青森空港内はあからさまにガラガラである。私の大阪便は例によってボンバルディアだが、そのボンバルディアに20人も客がいない。やはり大阪がGoTo除外になったこの状況下で、あえて青森から大阪に向かおうという客もいないのだろう。どうも席の様子から見ると、直前キャンセルが相次いだという雰囲気がある(ガラガラにもかかわらず、なぜか隣り合った席が塞がっていて、後で移動したなんて例が数件)。
再び雪がやや激しくなってきた中をボンバルディアは離陸。雪雲を突っ切るときには視界0の上に少々揺れるが、それを抜けてしまえば上空は晴れている。こうしてみると、天候って本当に雲の下だけなんだな。辺り一面に雪雲が垂れ込めているので、上空から見ると雪原の上を飛行しているような錯覚を起こす。
疲れからウトウトしてしばらくした頃に大阪空港に到着する。大阪空港に降り立つとさすがに青森で着ていた厚手のコートはいささか暑すぎるが、着替えるのも面倒なので、コートを軽く羽織った状態で駐車場の車を取りに行く。
京都の湯の花温泉へ向かう
さてこれからだが、青森でもう一泊せずに今日戻ってきたのは明日は京都市響の定期演奏会があるから。それに備えて今日は京都で一泊だが、どうせなら京都市内でなくて京都近郊の温泉地で宿泊したいと考えた。そこで目をつけたのが京都の亀岡の湯の花温泉。
大阪空港から湯の山温泉へはひたすら北上である。阪神高速池田線を経て国道173号をひたすら北進、それから分岐して国道477号に右折するところで正面に怪しいお城風建築物が見えて「?」となったのだが、後で調べたところによると歴史文学博物館だそうな。安土城をモデルにしたとも言われているようだが、昨今よく登場する安土城の復元とはイメージが大分違う。むしろ私は清洲城に似ているなと感じた。
段々と山道になっていく中を突っ走る。辺りが薄暗くなりかけた頃にようやく湯の花温泉に到着する。
宿泊はホテル渓山閣
湯の花温泉は山の中の道沿いに巨大ホテルが林立しているところ。私が宿泊するのはその一番奥(京都側から見れば一番手前か)にあるホテル渓山閣。
向かいの駐車場に車を置くとチェックイン。部屋はダブルの広い部屋。典型的な温泉巨大ホテルである。京都方面からのGoTo客なのか、館内には結構な数の観光客が押しかけている。
部屋に荷物を置くととりあえずは大浴場で入浴する。風呂はいかにも大ホテルらしく広くて綺麗で快適であるのだが、やはり泉質が弱放射能泉で循環ありの湯なので、青森で体験してきた強烈な本物の温泉に比較するとどうしてもさら湯みたいなものなのは否定できない。
入浴を終えると部屋でまた原稿執筆。ただここのホテルはWi-Fiがないのがつらいところ。iPhoneでテザリングするしか仕方ない。最近は温泉ホテルでもWi-Fiが出来るところが増えてきたのだが、その対応はまだのようである。綺麗にはしているが、全体的に設備が一昔前のものであるのは否定できない。
夕食は京懐石で
夕食はレストランで。メニューはいわゆる京懐石だが、さすがに料理については京都である。東北の基本的に味付けが塩っぱいしかない地域とは違う。東北は良いところなのだが、以前から根本的に残念なのは料理の食材は良いのだが、味付けが関西人の私からするとさっぱりであること。基本的に塩っぱい味付けしか存在しない。その辺りはさすがに京料理は味付けに奥深さがある。料理の味付けについては満足できるものだった。
夕食後は一息ついてから再び風呂へ。さらに土産物など買い求めてから(GoTO地域券が2000円分出ている)、部屋に戻るとまた原稿執筆。やはり私の遠征はひたすら部屋で原稿書いてばかりというのが実に多い。私の生活ももう少し考え直した方が良さそう。文筆業でもないのに日常の大半を執筆に費やしているというのはいささか異常な気はする。
夜も10時頃になるととにかく眠くなってくる。関西に戻ってきたらテレビのチャンネルは増えたものの、やはり見るべき番組が全くないのは変わらない。結局はこの日も眠気に任せるままやや早めに就寝するのである。