一週間の期間限定でリピート放送中
先週の土曜日はアンコール都響の放送があったのだが、ちょうどその時は京都に遠征して広上ファイナル真っ最中だった。
ということで見逃していたのだが、後で3/19までエムキャスでアンコール配信をやっているということを聞いたのでようやく今日視聴してみた。
曲目は新世界とガーシュウィンということでそんなに興味があるとは言えないのだが、指揮が剛田ことアラン・タケシ・ギルバートというのは興味がある。いかなるゴーダイズムを炸裂させた新世界になるかが興味深いところである。
ちなみ元々のコンサートでは新世界とガーシュウィンの間にバーンスタインのウェストサイドが演奏された模様だが、放送ではそれは省略されている。放送時間の関係ということも考えられるが、それよりは著作権の絡みのようである。
アンコール都響(2018年7月21日)東京芸術劇場コンサートホール
指揮:アラン・ギルバート
ドボルザーク 交響曲第9番「新世界より」
ガーシュウィン「パリのアメリカ人」
初っ端からゴーダイズム全開というか、かなりアクの強い演奏である。冒頭から可聴域スレスレの超弱音で始まるのが驚くが、とにかく強弱変化の激しいメリハリの強い演奏である。しかもそのメリハリが単に強弱変化のみならず、テンポにも反映している。ドンとぶちまけたかと思えば、そこから突然に超弱音に落としたりなど実に変化が激しい。
また管の演奏などにもニュアンスを持たせたものが多いので、テンポや音色が一種独特で、いつもの聞き慣れたこの曲とは異なった印象に聞こえる。それらの仕掛けのすべてに賛同するわけではないが(実際に聞いていると「エッ」と思わずつんのめりそうになる場面もいくつかあった)、強烈な個性であり、これはこれで情感豊かなのは事実である。新世界で洗練されたドボルザークでなく、もっと泥臭いスラブ的なドボルザークの姿を描き出すようである。
とは言うものの、個人的にはあまりに個性が強すぎて引っかかるところの多い演奏である。仕掛けが多すぎてそれが全体の流れを止めている感がややあるのである。聞き慣れすぎている曲だけにそれが余計に引っかかる。例えば有名な第四楽章など普通に気持ちよくぶっ放しても良いように感じるのだが、彼はそこであえて1つ溜を作っている。とにかくこの溜で随所でリズムを変更してくるのだが、それが独得の味付けとなっている。
散々聞き慣れた通俗名曲とさえ言われるこの曲を、かなり独自の味付けで新たな印象を持たせるという意味では興味深くあるのだが、果たしてこれが正解であるかどうか。その判断が難しい。とりあえず私の感想としては「もっと普通に突っ走っても良いんじゃない?」というものである。
後半はガーシュウィンであるが、元々ジャズ的な即興性の強い作曲家だけに、ここでゴーダイズムを全開させられても違和感はない。ウィットに富んだこの曲をなかなかに自在に演奏しているという雰囲気である。この曲の描く小洒落たパリの風景が目に浮かぶような鮮やかな演奏である。ギルバートもノリノリで、やはりニューヨーク生まれで長年ニューヨークフィルの音楽監督を務めたバリバリのアメリカ人だけに、どうも彼はこっちの方が本領のようだと感じた。