いよいよ最終日
翌朝は7時半に目覚ましが。しかししばし体が動かない。なんせ昨日は美術館回りで何だかんだで1万3千歩以上歩いていて、コロナ以降ほとんど運動していなかった私の体はガタガタ。しばしウダウダしてからようやく体が動くようになると、まずは風呂に湯を張る。
体を温めるとようやく活動可能となった。昨日購入しておいたおにぎりを朝食にすると、とりあえずは原稿を1本仕上げてから荷造りをする。ホテルをチェックアウトしたのは10時前。
さて今日の予定であるが、メインは午後2時からフェスティバルホールで開催されるロイヤルフィルのコンサート。それまでが空き時間ということになるので、とりあえずホール近くにアキッパで確保した駐車場に車を入れると、そこから地下鉄で移動、向かうは大阪歴史博物館。
歴史博物館に入るととなりのNHK大阪で何やらイベントが開催中。どうやら朝ドラ「らんまん」のPRイベントの模様。イベントには興味ないので、それを横目に見ながら博物館の方へ。
歴史博物館はリニューアルされたと聞いていたが、確かに展示室の構成が変わっている。以前は特別展の展示室は10階だったのだが、10階に上がると常設展がそこから始まっており、順々に降りていったら6階が特別展自室という構成に変わっている。
10階はお約束の古代から始まる。土器などの展示から始まり、難波宮の復元模型などか展示されている。
9階に降りると中世ということになり、江戸時代などの大阪の町並みを再現している。
8階を経て7階が大大阪時代とのことで、古き良き戦前の大阪が繁栄していた時代の再現である。
常設展示を抜けると6階が特別展示室である。
「異界彷徨-怪異・祈り・生と死-」大阪歴史博物館で6/26まで
昔から人は災いなどを異界の妖怪によるものとして、それらを祀って鎮めたり、場合によっては逆に守護神に昇華させたりなど様々な対応を取ってきていた。そのような「異界」が現代よりも身近にあった時代を偲ばせる展示を集めている。
最初はド定番の天狗の面に御稲荷さんの神棚である。いずれも妖怪でありながら、神の使いに昇華された例とも言える。
で、この次に唐突に登場するのが橋本関雪による屏風というのだから、今ひとつ分かりにくい展示でもある。まあいわゆる「邯鄲の夢」を描いた作品なので、妖怪ではないものの超常体験と言えばそうなるが。
さらに妖怪のスターである龍やカッパも登場する。
道成寺のエピソードを元にした梵鐘型の兜などは、禍々しさの一方でなかなか洒落たセンスでもある。
また妖怪は思いの外、日常生活に入り込んでいたようで、妖怪をかたどった土製の面子とか、芸能に用いれた面や人形なども展示。
後半は災い封じのいわゆる縁起物など。伏見山の土を作った猿の人形は縁起物だという。また伊勢神宮・石清水八幡宮・春日大社の三社を描いた目出度い掛け軸なども。
それに五月の節句はそもそも子供が健康に育つことを祈っての行事であった。さらに西国三十三所霊場巡りで使用したというセタなるものも展示されている。
太古からの人と妖怪の微妙な関係を示す展示の数々であった。こういう趣向もたまには面白い。
昼食はカレーにする
そろそろ昼時なのでどこかで昼食を摂りたい。とは言うものの、食欲はやや落ち気味であまりガッツリと食うという気力も。カレーでも食うかと思いついたのは「ミンガス」。梅田まで移動して久しぶりに立ち寄る。流石に以前の具なし朝カレーは悲しかったので、今回はロースカツカレー(860円)を頂く。
相も変わらず懐かしい味である。特別に美味いカレーでもないのに、なぜか私には懐かしい。毎度のことながら奇妙な気がするんだな。ここのカレーを食べると。
昼食を終えるとホールへの移動だが、まだ開場までに時間があることと、地下鉄代の190円(それにしても上がったもんだ)をケチって、食後の腹ごなしもかねてホールまで歩くことにする。相変わらず日曜にはシャッター街化しているドーチカを抜けて肥後橋へ。20分とかからずにホールに到着する。
ホールは明らかに観客が多い。やはり辻井人気がすごいんだろう。さて私の確保した席だが、3階奥の隅の最安席。辻井付きの公演に高い席はいらないという原則に従ったのだろうが、今となっては良く確保できたもんだと驚く。
3階席を見回すと、4列目以降はほぼ埋まっているというところ。ただ不自然なのは前から1~3列が中央ブロックを除いてボッカリと空席なこと。いわゆる「S席の一番悪い席」が売れ残ったと言うところだろうか。チケットが辻井価格で割と高めだったことと、ロイヤルフィルの日本での知名度が一般的にはそれほどでもないという辺りで、辻井の力を持ってしても完売とは及ばなかったようである。
ロイヤルフィル大阪公演
指揮/ヴァシリー・ペトレンコ
ピアノ/辻井伸行
管弦楽/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
曲目/チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番[ピアノ/辻井伸行]
ショスタコーヴィチ:交響曲 第8番
一曲目はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。辻井の十八番なのか演奏機会が多いように感じられる協奏曲である。あの印象的な冒頭であるが、オケが先行してからピアノが劇的に入るので、アイコンタクトの取れない辻井でも、冒頭でズレが生じる危険がないというメリットもあるように思われる。
さてロイヤルフィルであるが、なかなかに良い音を出す。弦楽陣はシットリと安定感があり、管楽陣も引き締まったそれでいて柔らかい音色を出す。ペトレンコの指揮の下、統率のとれた音楽を繰り広げる。
辻井のピアノは相変わらずキラキラとした演奏であるのは変わらないが、前回聴いた時から感じたのだが、最近になってやや早弾きの傾向が現れてきているように思われる。完全暗譜の上に曲自体に慣れていることから起こる現象だろうか。それが顕著だったのが第3楽章で、あの楽章はそもそもからテンポが上がりやすい要素があるんだが、辻井の演奏が進むにつれて速度が上がってきて、段々と後ろのオケがせわしなくなってくる感がある。ただそれでも崩れることなくペトレンコの指揮に合わせてくるのは流石と言うところか。いささか無手勝流になりかかっていた辻井を裏から上手く支えていた。
辻井の真価が発揮されるのはやはりアンコール曲の方。曲目は知らないのだが(もしかして自作か?)なかなかしみじみと聞かせる。やはり辻井はすべてを自分で組み立てられるソロの方がしっくりくる。
後半はショスタコの8番。前半を聞いただけでロイヤルフィルはかなりレベルの高いオケだと感じていたが、もう初っ端から唸らされる。「何という音を出すんだ・・・」思わず心の中で呟きが出る。とにかく弦の音色がとんでもなく美しい。16型の4管編成という巨大編成なので、普通のオケならどうしても少々ガチャガチャするものだが、そういう乱れが一切ない。弦の音色が完全に重なって1つの楽器として聞こえる。極めて純度の高い音色であって、不純物を一切感じさせない。これだけでも圧巻なのだが、管楽器の方は奏者の名人芸が光る。ところどころ入るソロセクションで、各奏者がとんでもなく美しい音色を出してくる。名人レベルの奏者にかかると、これらの楽器がこんなに美しい音色を出せるのかと呆れる次第。
ペトレンコはこのロイヤルフィルのポテンシャルを最大限引き出したメリハリの効いた演奏を展開する。やはりスゴいのは強弱の振幅。ショスタコは聞こえるか聞こえないかという最弱音から、まるでヒステリーのような乱痴気騒ぎの最強音までとにかく触れが激しいのだが、ペトレンコはまさにそれをそのまま表現する。最弱音は耳に聞こえるかどうかというレベルまで絞り、最強音はまさに騒音になる寸前。しかしそこまで弱音を絞れるのも、それだけの強音を出しても割れたり濁ったりという耳障りなことにならないのも、すべてロイヤルフィルの力量。ペトレンコはそれを把握した上でコントロールしているようである。
結局はこの凄い演奏に飲まれて、正直なところ曲のことは全く知らない上に普通だったらそう面白いと感じない可能性の高いこの曲を、最後まで全力集中で聞き入らされてしまったのである。思わず溜息が漏れてしまった。なんて演奏をするんだ。
これでこの週末ライブ三連荘は終了。やはり最後の最後にとてつもないものを聞かされたという印象である。ロンドン交響楽団などにも似たような圧倒的なものを感じさせれられたことがあるが、やはり英国の歴史は侮れないか。
この遠征の前日の記事