連休最終日に外出
想定外のトラブルに振り回されている内にGWも何だかんだで最終日。ここに来て外出することにした。目的はアマオケ・関西シティフィルのコンサート。今回は会場は池田市民会館というやや珍しい場所(私が訪問するのは初めてである)。当初は珍しい場所まで出向くついで、早朝に出発してこの近郊の山城に立ち寄ってという壮大なプランを企画していたのだが、このGWは心身共に疲労しきってしまったことと、今日は雨だという天気予報からすべてを断念。結局は近くの美術館に一箇所だけ立ち寄るだけにした。
移動は電車でも良かったのだが、疲労の度合いとそもそもは山城プランを企画していたことから車で行くことにする。いつもよりは混雑の目立つ中国道を突っ走って池田まで移動するが、出口を出てから迷走(大阪周辺は初見殺しの道路が多すぎる)、目的の美術館の地下駐車場に車を入れた時には予定をかなり過ぎていた。
「四条派ですが、実は-詩情派。呉春」逸翁美術館で6/15まで
池田ゆかりの文人画家で、円山応挙から絵画を学び、後に四条派の核となった呉春の作品を通してその生涯を概観する。
呉春は最初は画家ではなくて詩人の松村月渓としてその活動を開始している。だから初期の作品はあくまで絵画は詩に添える挿絵のような軽い文人画である。
それが本格的に与謝蕪村の絵画を学ぶようになり、画業としての比重が増してくる。そしてより研ぎ澄まされた高度な文人画へと進化していく。この頃から呉春の作品は詩の添え物としてではなく、単独の絵画として確立していく。
この時代の呉春はいかにも文人画的なのびやかで大らかな画風であるのだが、それが一変していくのは円山応挙に写生を学ぶようになってからである。それままでのやや大雑把に見える画風から、緻密で正確な写実的描写へと変化していく。
そのような呉春の代表作とも言えるのが、重要文化財でもある「白梅図屏風」。応挙的な写実絵画の要素を持ちつつ、呉春本来ののびやかで洒落た要素も含んでおり、やや窮屈ささえ感じさせる応挙とは異なり、もう少し軽やかな空気を感じさせる逸品となっている。

小さい美術館なのでそう時間もかからずに見学を終了すると、ホールへは車で10分足らず。途中の国道沿いには駐車場付きの飲食店が複数あったので、そこで昼食を摂ってから移動することも考えたが、ホールの駐車場が大きくなかったことを思い出して、満を持してホールに直行する。

予感的中というか、まだ開場時刻まで余裕があるにも関わらず、ホールの駐車場は結構な混雑になっていた。もし開演直前に来て「他の駐車場に回ってくれ」と言われたら、土地勘のない場所で困るところだった。
ただ車を置くことを優先した結果として昼食の選択肢は極端に狭まる。結局は歩いてすぐのロイヤルホストに立ち寄って珍しくも美味しくもなく価格はそれなりに高い昼食を摂ることになる。

懸念していたとおり、食事を終えて外に出たときには雨がパラパラ。本降りになる前に慌ててホールまで走る。なおホールに到着したときには、予想通りに駐車場が満車になっていて後から来た車は他所に回されていた。

池田市民会館(アゼリアホール)は大ホールと小ホールが隣接していてエントランスが分かれているタイプ。一昔前の市民文化会館というところか。大ホールは1000席ほどあるようだが、オケ用にステージを拡張しているので前の100席ぐらいはつぶれている模様。ホール自体は実にオーソドックスなもので、特筆すべきものはなし。音響もまあ普通の一昔前の文化会館だが、その時代のものにしてはまだマシな方か。

場内を見渡すと9割以上は埋まっていて、ほぼ満席に近い状態。シティフィルはなかなかの人気の模様。どうも池田市長も推しているようである。
関西シティフィル第19回ファミリーコンサート

指揮/白水大介
ワーグナー/楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
プロコフィエフ/組曲「ロメオとジュリエット」より抜粋
ブラームス/交響曲第1番 ハ短調 作品68
アンコール
ヨハン・シュトラウスⅡ世/「春の声」
一曲目はワーグナーの堂々たる音楽である。ただ冒頭がダーン・ダーンダダダーンと綺麗に決まれば格好良いんだが、どうしても管楽器陣が初っ端から完璧に音程が合うとはいきにくく、ドワーンドワーンドワーンという感じになってしまうのは、どうしてもアマオケではありがちである。この曲はワーグナーらしく旋律が錯綜する部分があるので、どうしてもゴチャゴチャしがちに感じられる部分がある。その辺りをもう少しスッキリとブイブイと押していけたら、もう少し爽快な演奏になったのだろうが。
二曲目はプロコらしいかなり泥臭い節回しなども散見する独特な曲。ただし泥臭さの中に美しさも共存している。その美しさをシティフィルはなかなかに上手く現していたように感じられた。まだまだ管の音にアマチュアを感じさせるところはあるものの、全体のアンサンブルとしてはなかなか上々のものであった。
ラストは重厚なブラームス。この重厚な曲を適度な躍動感も持ちつつの中庸な表現。表現自体には特筆するようなものはないのであるが、演奏自体のレベルはまずまず高い。弦楽陣もややぎこちなさはなくもないが、歌わせるべきはしっかりと歌わせてきており、管楽陣もそれなりに引き締めてきていた。シティフィルの地力の高さを感じさせるには十分なものであった。
満員に近い観客の盛り上がりを受けてのアンコールはヨハン・シュトラウス。流麗にして軽妙なこの曲をしっかりとまとめあげてこの日のコンサートは終了となったのである。