灼熱地獄の中を美術館のはしご
翌朝は7時半に目覚ましがなるまで爆睡。やっぱりこの一週間はかなりハードだったんで疲労が半端なかった模様。目が覚めるととりあえず朝食に出向く。
例によって朝食メニューは代わり映えしない。この辺りがこのホテルの難点ではある。とは言ってもこの近くに朝食を摂れる店はないし。

今日は京響の定期演奏会だが、その前に美術館に立ち寄る予定。まずは例によっての福田美術館である。開館は10時なのでそれに間に合うように逆算して、9時頃にチェックアウト。それまでの間に昨晩の原稿をアップしておく。
今日は朝から天気が良いのは良いが、そうなると異常に暑い。なお昨晩は気が滅入る行程だったホテルと駅の間も、外が明るいし人通りもそれなりにあるという状況だとそう遠く感じない。人間、精神にかなり支配されていることが分かる。

九条駅から地下鉄で四条に移動、ここで阪急に乗り換える前に機動力を大幅に削ぐキャリーはコインロッカーに預けておく。身軽になると阪急で嵐山まで。ただ嵐山に到着した途端に殺意を感じるような熱気。夏の京都名物、気候が本気でこちらを殺しに来るである。福田美術館までの10分足らずの間だけでかなり汗だくになった上に消耗してしまう。

「万博・日本画繚乱ー北斎、大観、そして翠石ー」福田美術館、嵯峨嵐山文華館で9/28まで

かつて万博はその国の最先端の技術を披露する場であったが、美術もその範疇に含まれていた。明治になって世界的に独自の技術をアピールする必要に迫られた日本は、そこに代表的な日本の絵画を送り込んだという。そのような画家たちの作品を展示。
まずは葛飾北斎の名品の展示から始まる。この辺りは流石の安定感を感じさせられる名品である。



さらには横山大観、菱田春草、今尾景年、上村松園ら蒼々たる画家たちの作品が並ぶ。





第二展示室は本展の主役と言える「タイガー大橋」こと大橋翠石の作品が一堂に展示。本人の非社交的な性格も相まって、没後は急速に存在が忘れられた感のある大橋翠石だが万博では金賞を受賞しており、当時は明らかに日本を代表する画家と認識されていたという。実際に彼の虎の絵は多くの観客の度肝を抜いており、解剖学的にも正確でリアルな彼の虎の絵は、それまでの西洋画とは異なる世界であると評されたらしい。



翠石の絵画で驚かされるのはまずその毛並みの表現。1本1本の毛が感じられるその表現は、当時の欧米の絵画関係者の度肝を抜いたらしい。さらには解剖学的に正確というのは、その毛皮の下に、猫か特有のしなやかな骨格と筋肉の存在を感じさせること。翠石は猫が好きで、猫の絵を描いていたら「猫が描けるなら虎の絵も描いてみたら」と勧められたのが虎を描き始めたきっかけとか。何となく納得できる。





第三展示室には翠石をライバル視していたらしき竹内栖鳳の作品が。「翠石が虎なら自分は獅子を」と思ったのかどうかは定かではないが、栖鳳らしき獅子の絵が展示されている。なお万博では金賞を受賞した翠石に対し、栖鳳は銅賞だったというから、嫌でも対抗意識を燃やすというものだろう。


福田美術館の見学を終えると、嵯峨嵐山文華館の方を訪問することにする。しかし外は朝よりもさらに灼熱度が増しており、まさに命の危険を感じる暑さ。このとんでもな暑さのせいか、流石に今日は嵐山もインバウンドはやや少なめではある。太陽からの日差しの痛さを感じつつ、嵯峨嵐山文華館にたどり着く。

1階の展示は福田美術館でもあった万博関係作家の作品の展示。橋本雅邦の作品なども展示されいる。





2階の展示にも引き続いて万博関係作家及びタイガー大橋コーナーである。翠石のタイガー以外の作品も展示されているが、翠石は動物が好きだったとのことだが、確かに虎に限らず動物画が抜群に上手い。






灼熱地獄には宇治金時ドーピング
翠石の絵画を中心に十分に堪能して嵯峨嵐山文華館の見学を終えたところで移動であるが、もうこの時点で体力の消耗が半端ない。明らかに体に暑気が入り込んでしまっていて、無理に活動したら熱中症になりそう。時間に余裕があるわけではないが、やはり一服したいという気持ちがある。そこでここの喫茶を覗いてみる。ボッタクリの嵐山では何も飲み食いしないと決めていたのだが、覗いてみるとここはまともな価格なので宇治金時ドーピングをしていくことにする。

最初にレギュラーサイズの宇治金時を注文しようとしたら「かなり大きいですが、大丈夫ですか?」と聞かれたので、ハーフサイズに変更する。結果としてこれが正解。ハーフサイズが私がイメージしていたレギュラーサイズの大きさ。レギュラーを頼んでいたら、食べきれないか無理に食べきって腹を壊すのがオチ。これでも今の私にはやや大きめぐらいである。シロップもタップリかかっている上に抹茶の苦味も感じる本格的なもの。これで700円はこの界隈ではあり得ないほどのまともな価格。

宇治金時ドーピングのおかげでようやく体も冷えたので再び灼熱地獄の中に移動のために繰り出していく。このシーズンになるとミネラル麦茶と宇治金時がまさに私のライフラインとなる。なおもう一つのライフラインであるミネラル麦茶はステンレス魔法瓶に装填して持ち歩いているのは言うまでもない。
次の目的地は京セラ美術館。京福電鉄で太秦天神川で地下鉄に乗り換えて、東山まで一本・・・のはずだったんだが、京福電鉄に乗りこんだところで疲労(嵯峨嵐山文華館から嵐山駅の移動だけでまたやられてしまった)でぼんやりしているうちに降車駅を乗り過ごしてしまい、気が付いたら終点の四条大宮に。
とんだミスである。それでなくても喫茶に立ち寄ったことで時間をロスしているのに、さらに無駄に時間を過ごすことになってしまった。慌てて駅すぱあとでルート探索。一番オーソドックスなのは阪急で烏丸まで移動してから地下鉄だが、それはいかにも無駄が多い。そこでさらに調べたところ46系統のバスで京セラ美術館の最寄りまで行けることが判明、それを利用することにする。
とはいうものの、大渋滞の祇園周辺を抜けて行くルートのバスだけに、途中での時間遅れは必至。結局は運賃は節約できたものの、時間は想定以上にロスして目的の京セラ美術館に到着する。東山駅からここまで歩かずに済んだことだけがメリットか。

「どこ見る?どう見る?西洋絵画!」京セラ美術館で10/13まで

サンディエゴ美術館と国立西洋美術館のコレクションでルネサンスから19世紀の印象派の時代に至る西洋絵画の歴史を概観しようという企画である。
西洋絵画の最初はまずは宗教画から始まる。

その宗教画から外れて、人間中心のルネサンスが開花することになる。ここで登場するのがダ・ヴィンチなど。なお会場にはダ・ヴィンチの作品はないが、そのダ・ヴィンチに影響を受けたらしき画家の作品がある。技倆的には明らかにダ・ヴィンチには劣るが、それでもダ・ヴィンチを敬愛していたのだろうことは覗える。ダ・ヴィンチに傾倒しすぎたせいか、ダ・ヴィンチのクセ絵までも再現してしまっているのには笑えるが。


ルネサンス期の巨星と言えばジョルジョーネにティントレットである。この両者の作品も展示されている。さらに曲者ヒエロニムス・ボスの作品も。




さらに精密描写で知られるネーデルランド絵画も登場。


そして時代は17世紀のバロックへと移る。歪な真珠を意味するバロックは当時のモダンアートであった。ここで登場するのはまさに前衛的でインパクトの強いエル・グレコ。あの不自然に伸ばされた人物像は、現代人の目から見てもギョッとする。まさに当時最先端の現代芸術だったろう。

修道院の画家たるスルバラン。謎の静物画として「美の巨人たち」で取り上げられていたコターンの奇妙な静物画なども登場する。



そしてスペインの精密な着色彫刻、私の一押しのムリーリョなども登場。


劇的な明暗表現で衝撃を与えたカラバッジョの影響下にある画家たちの作品なども登場。


フランドル絵画の巨星ルーベンス、17世紀オランダ絵画が続く。



そして時代は18世紀となってヴェネチアの風景画、民俗画。


フランスでは女流画家も登場した。


いよいよ時代が19世紀となると印象派につながる流れが出てきて、西洋絵画も多彩になってくる。やはりこの時代の作品が私には一番馴染みやすいか。




西洋絵画の流れを一目瞭然で理解するという企画だったようだが、流れが複雑に錯綜していて理解しにくい部分もあったかもしれない。各時代の絵画にそれなりに詳しいつもりの私でも、年代的なところが怪しいので流れとして理解しにくい部分があった。また一定レベル以上のそれなりの作品は並んでいたが、超一級品と言えるような目玉に欠けている感はあった(例えばダ・ヴィンチとフェルメールとか)。また「なぜこの画家に触れていないの?」という画家もあり(ラファエロとか)。まあ展示できる作品がなかったからだろうとは思うが。そのために展覧会としての印象は意外と地味。
美術館の見学を終えたところで13時半ごろ。京響のコンサートが北山の京都コンサートホールで14時半からだからとても昼食に立ち寄っている余裕がない。結局はこの日は昼食抜きでホールに駆けつけることになる。私の遠征はいつもスケジュールが切迫すると昼食が犠牲になる。昔は昼食抜きで山城連荘アタックをして、途中でガス欠で倒れそうになったこともある。まあもう既に若さのない今となってはそんな無茶は到底無理だが。
ホールに到着したのは開演の30分前ごろ。流石に途中でガス欠はヤバいので、間に合わせとしてホールの喫茶で高級サンドイッチを腹に入れておくことにする。どうも連日このパターン。これは非常に経済効率が悪い。

とりあえずの軽食を済ませるとホール入り。間もなく指揮者の高関のプレトークが始まる。内容はマーラーの交響曲の版の話という、いかにも高関の研究者としての側面が出たような話であった。なお本日の第5番も複数の版があるらしいが、マーラーの改訂はブルックナーなどとは違って、曲の長さ等は変わらずに音の響きなどを変化させるものだとのこと。自分で実際に演奏してみて、気になったところなどを適宜修正していたらしい。ちなみに本日演奏するのは最終の版だが、それに高関が一部独自の変更を加えているという。
京都市交響楽団 第702回定期演奏会

[指揮]高関 健
[ティンパニ]中山航介(京響首席打楽器奏者)★
カーゲル:ティンパニとオーケストラのための協奏曲★
マーラー:交響曲 第5番 嬰ハ短調
一曲目は完全に現代音楽である。不協和音が中心の騒音のようなオケの音の洪水の中でティンパニが鳴り響く謎な曲。ティンパニはかなり技巧的であるがそこは中山の技術は安定している。
段々と曲が盛り上がって、クライマックスはティンパニの大連打となる。そして怒涛の連打の後に最後はティンパニを突き破って、奏者の中山がその中に頭ごと突っ込んで終わりというオチが付くという仕掛け。

音楽としては私の理解を超えているが、アトラクションとしてはなかなかに面白かったというところ。私は以前から現代アートは一発芸のアトラクションと言っているが、そういう意味では確かに現代音楽も現代アートの一環ではある。
休憩後の後半は本命のマーラーの5番。高関の演奏はかなり抑えめのテンポで重々しいもの。ただ重々しくはあるが重苦しくはない。基本的に演奏自体は陽性である。音色は明るめでとにかく美しい。京響の弦楽アンサンブルの精度の高さは以前からであるが、最近はそこに艶のようなものが加わってきているが、それが今回は端的に現れている。高関は非常に美しく魅力的な音楽を奏でている。
音楽自体は起伏に富んでおり、かなりメリハリのついた演奏をしている。時々感傷的な思いがよぎることがあるが、そのまま虚無の果てに沈むことはなくやがては美しも楽園的な世界に戻ってくるという印象の演奏となっている。
第3楽章では大活躍するホルンソロをあえて最前列に引っ張り出してさらに目立たせるという工夫を高関は行っており、こうすることで今まで目立つ裏方レベルだったホルンが、実はこの楽章の主人公であったのだということを明確にするという面白い演出を行っていたが、これは実は非常に効果的。高関は「マーラーが考えていたが忙しくて実現できなかったアレンジをする」というようなことをプレトークで言っていたが、これもマーラーがやるはずだった演出だろうか。舞台裏での管楽を多用したり、音を明快にするためにあえて管楽器に筒先を持ち上げさせて演奏するなどという工夫を様々仕掛けているマーラーからすれば、確かにこういう演出もあり得たかもしれない。
有名な第4楽章はまさに楽園の音楽となっていた。最初から舞台配置としてハープが最前列に配置されているので、この楽章の主役たるハープの音色が前面に出て冴えわたるという印象。高関の演奏は総じてこういう細かい色彩をつけることに拘っていたように感じられた。
最後までどっしりと構えて色彩的で美しいマーラーの世界が展開したのが今回の演奏。改めてこの曲の魅力に気づかされた感じがする。なかなかの快演と言える。
コンサートを終えるとゾロゾロと退場だが、一階のロビーに件のティンパニが展示してあり、そこに黒山の人だかりが。近くで見てみるとやはりティンパニは大きい。

宿泊は河原町のカプセルホテル
これで今日の予定は終了なので後は今日の宿泊ホテルに移動。明日はびわ湖ホールまで出向くので、河原町界隈で宿泊するつもりで確保したのがカプセルホテルのGLANSIT京都河原町。比較的最近に出来た施設のようである。なお女性の使用を優先している模様で、女性には専用ラウンジなどがある模様。こりゃ「男性差別だ」と声を大にして叫ぶ奴もいるかも(笑)。まあ近くには男性専用のサウナなんかもあるから、気に入らなければそちらに行けということか。

場所は本当に河原町の繁華街の近くだが、そもそも「歩く道徳教科書」とも言われている品行方正な私には繁華街はあまり得意な場所ではない。さっさと宿に入ってしまう。
私が確保したのはプライベートカプセルという個人的ワークスペースのついているタイプのもの。入り口にはドアがあって、法律の関係でカギはかけられないが個室の形式になっているものである。


とりあえずはチェックインを済ませて荷物を置くと、夕食を摂りに出かけることにする。とはいうものの店は全く分からない。結局は近くのビルの4階の和食店に入店したが、結果としてこれは失敗。京都の和食店とは思えないような雑な料理(生魚をぶった切っただけとしか思えない刺身が最たるもの)で、もしかして中国系?なんてことも頭を過ったが、これで3000円ほどとは納得のいかないところ。京都はとにかく美味しいものを食べようと思うと懐と経験値が物をいうところである。インバウンドが増加したことで一見狙いのボッタクリ店が増えたのが困りもの。


夕食を終えて宿に戻ってくると、とりあえず入浴して汗を流すことにする。ここには当然ながらシャワールームはあるが、一か所浴槽付きの風呂があるのが面白いところ。まだ時間が早めのせいか人影がないのでその風呂を使ってしっかりと汗を流す。

入浴を済ませるとプライベートスペースにPCを持ち込んで作業。ただやはり暑さにやられたせいの疲労が強すぎて仕事が捗らないので、しばしベッドに横たわってぼんやり。ようやく気力が回復してきたところで這い出してきてしばしの入力作業を行う。
疲れてきたころに寝台に潜り込んで就寝する。それにしても既に2日目にして疲労がシャレにならないレベルになっている。つくづく体力が落ちたものである。
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