徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

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アニメ関係の記事は新設した「白鷺館アニメ棟」に移行します。

白鷺館アニメ棟

芦屋で「山崎隆夫展」鑑賞後に、西宮で宝塚市交響楽団のコンサート

西宮まで車で走る

 この週末は西宮へアマオケ宝塚交響楽団のコンサートに出向くことにした。通常これだけだとJRと阪急を乗り継いでいくところだが、今回は電車では立ち寄りにくい美術館に立ち寄るのと、つい先日に乗り換えた車の長距離テストを兼ねて車で繰り出すことにする。

 車は17年落ち(走行12万キロ)のノートがつい先月に不慮の事故で全損になったのをきっかけに、ノートのe-powerの中古(8万キロ走行の年代品でバッテリが少々心配)に乗り換えたところ。e-powerはハイブリットというよりも、ガソリン発電機付き電気自動車なので走行感覚は今までのものとまるで違う。とにかくアクセルを緩めると回生ブレーキでガッと減速するので、エンジンブレーキが超強い車という感触で、以前の車だと信号前の減速はアクセルから足を離してブレーキ操作だけで詰めていたが、今の車はアクセルに足をかけたままアクセルを緩めて回生ブレーキを緩めながら距離を詰め、止まる所でアクセルから完全に足を離して停止という操作になる。今までとはアクセル操作がかなり異なるので戸惑うことも多い。また回生ブレーキが車が完全に停止するレベルで効くので、緊急操作以外はワンペダルで運転できてしまうところがある。しかしこれは慣れてしまうといざという時に緊急ブレーキを踏めなくなったりアクセルを間違って踏んだりの危険があるような気がする。また後続車からしたら、ブレーキランプの点灯なしにグッと減速する車は怖いのではないかなんてことも考える。

 高速を走っていても車重が重いせいか、加速にしても減速にしても以前のガソリンノートに比べるとやや鈍重な感覚。特に加速がガソリンAT車のキックダウンのような荒っぽい加速がない。そのために前の車に置いて行かれる感覚があるうえに、前が急ブレーキを踏むと慣性で一気に車間が詰まる(ここでピピピという警告が鳴る)ので、どうしても車間を長めにとった運転になる。危なくて前の車の後ろに付けられない(まあ元々車間0の煽り運転をしたりする人間ではないが)。

 試行錯誤を繰り返しながらしばし高速を突っ走るが、高速走行はe-powerにとっても低燃費走行が可能なのか、メーターの残り走行可能距離の数字がグングンと増えていくのに驚いた。家の周りをウロウロしていた時には、せいぜいリッター15キロ程度だったのが、最初の目的地に到着した時にはリッター26キロをたたき出していたのには流石に度肝を抜かれる。

 最初の目的地は六甲アイランドの小磯記念美術館。地下の駐車場に車を置くと美術館へ。

小磯記念美術館

 

 

「時をかける版画 小磯良平の版画と藝大版画研究室の人々」小磯記念美術館で12/14まで

 小磯良平は戦後に東京藝術大学で教鞭をとり、版画教室の開設に尽力したという。小磯自身の版画作品及び、その時に版画教室で指導に当たった木版画の小野忠重、石版画の脇田和、銅版画の駒井哲郎らの作品及び、小磯の銅版画制作の一部を担当した中村忠良、その同級生の星野美智子、野田哲也、柳澤紀子ら版画家たちの作品を展示する。

 小磯の版画作品に関しては、彼の端正なスケッチをそのまま版画にしたというようなもので、殊更に版画向けの技法を駆使したというような印象は受けない。なお小磯はエッチングを好んだとのことだが、私の目には小磯の作品は線が柔らかくなる石版画の方がマッチしているように感じられた。

 小野の木版画は社会的ネタの多いやや重苦しさのある作品。それに対して脇田のリトグラフは抽象に見える表現が多くて私には理解しにくい。なお駒井哲郎は言うまでもなく日本を代表する銅版画の巨匠であり、その作品には独特の雰囲気が濃厚に漂っている。

 中林ら弟子組の作品は、時代の違いか技法に凝ったものが多く、また写真を取り入れたりデジタルを使用したりなどいかにも今風になっている。内容もやや抽象に近づいていくという現代アート的なものであり、私には理解しにくいものであると同時に、版画を使う必然性が感じられなかったりする。


 小磯記念美術館の見学を終えると次の目的地へ。次の目的地こそが住宅地の奥にあって鉄道ではアクセス不可能なかなり難儀な美術館である。ここに立ち寄るつもりだったのが、わざわざ車を持ってきた大きな理由の一つである。

芦屋市立美術博物館

 

 

「山崎隆夫 その行路 ―ある画家/広告制作者の独白」芦屋市立美術博物館で11/16まで

 大阪生まれで神戸育ちの山崎隆夫は画家を目指していたが、家業がうまくいかなくなったことから芸術学校への進学を断念して神戸高等商業学校(今の神戸大学)に入学、芦屋在住の小出楢重に師事して洋画を学び、さらには3年後に小出が死去すると林重義に学んで画家としての修行を重ねた。

小出楢重「仏蘭西人形」

同じ人形を描いた山崎隆夫「人形」

林重義「雪景山水」

山崎隆夫「卓上の電話」

 

 

 その一方で三和銀行に就職し、そこで画才が見込まれて広報担当に抜擢され、菅井汲、吉原治良らと組んで、人気女優の写真やイラストなどを使用した斬新な数々の広告を打った。そしてその活躍が注目され、今のサントリーに招かれ、有名なトリスウイスキーの広告などを手掛ける(イラストは菅井汲によるもの)。

有名なこの広告を手掛けたのが山崎

トリスのこの有名なキャラも(イラストは菅井)

 晩年の山崎は茅ケ崎に居を構え、画家としての絵画制作に打ち込んだという。そのような複雑な経歴を送った山崎の生涯の創作を追いかけている。

 初期の絵画を見ると見事なほどに師匠の影響を受けているのが分かるが、その後も画壇の流行などに乗っかった作品があったようである。どうもスタンスが定まらずミーハー的な印象も受けるが、そういう感性が広告を担当するとなった場合に武器になったのではという感が強い。

こういう抽象画を描く一方で

こういう写実的な作品も描いている

富士を描いた「山下雷電」

一方でこれも富士が題材の「きつねのよめいり」

 晩年の作品なんかはまさに好き勝手という印象で写実絵画に近いものから抽象絵画の手前まで脈絡なく気分の赴くままに創作をしていたという印象を受ける。こういう自然体がこの人物の真骨頂のようである。

一見抽象画っぽいが実は「大池寺刈込庭」を描いたもの

具象とも抽象とも言い難い「燃え上る雲」

 

 

 これで美術館関係の予定は終了。後は14時に兵庫芸文で開催のコンサートに駆けつけることなるが、その前に昼食は摂っておきたい。さて気分であるが、洋食は少々重い。そこでそば屋を検索したところ、近くに「手打ちそば 相田」なるそば屋がある模様。グーグルで調べたところ、駐車場もあるようであるのでそこに向かうことにする。

かなり年季の入った雰囲気の店

 美術館からそば屋へは10分とかからずに到着。駐車場が空いていたので車を入れると入店する。

 何を食べるか迷う。メニューが写真がなくて文字だけのタイプなので内容をイメージしにくいのは難点。最初は鴨なんばを注文したのだが、鴨が品切れとのことなので天ぷらそばの大盛りに切り替える。

ボリュームはかなりある

 しばし待った後に天ぷらそばが登場。いささかボリュームがあり、これを見た時に「大盛りにする必要はなかったな」と感じる。天ぷらの油の匂いがいささかくたびれているように感じるのが気になる。

 そばは二八とのことだが、ずっしりと重めのそばである。しかも微妙に太めであるので温そばにするとやや団子感があってのど越しが良くない。こりゃ冷そばにするのが正解だったかなと少々後悔。

 昼食を終えるとホールへ。しかし車に搭載の純正ナビがどうも見にくいこともあって(パイオニアのナビ画面に慣れすぎていた)、途中で道を間違えてガーデンズ周辺の渋滞に巻き込まれる羽目になっていささか時間をロスする。それでもとりあえず問題なく会場に到着。

 既に開場時刻になっているのでさっさと入場。またホールの中は閑散としているが、待っていると次第に客が増えていく。最終的には1階席で7割程度、4階席までどうやら観客が入っているというアマオケにしてはかなりの入りとなる。

場内はほどなく席が埋まっていく

 

 

宝塚市交響楽団 第76回定期演奏会

指揮:髙谷光信
管弦楽:宝塚市交響楽団

ショスタコーヴィチ:ロシアとキルギスの民謡の主題による序曲 op.115
ハチャトゥリアン:組曲「仮面舞踏会」
チャイコフスキー:交響曲第2番 ハ短調 op.17

 一曲目はショスタコが民謡を主題にした作品。音楽祭のための祝典序曲であるとのことで、かなり派手でにぎやかしい作品である。特に中盤から終盤にかけてはショスタコ的な乱痴気騒ぎになるという印象。

 宝塚市交響楽団の演奏であるが、中盤以降正真正銘の乱痴気騒ぎになっていた。また髙谷の指揮が結構煽るタイプの指揮であり、それでなくてもブンチャカやりがちのアマオケを更に乗せるところがある。まあそれでも宝塚市交響楽団のアマオケにしてはレベルの高いアンサンブルは崩れることはなかったが。

 二曲目はハチャトゥリアンの仮面舞踏会。彼らしく音楽自体にどことなく異国情緒が漂うところがある。快活な一曲目のワルツからなかなかに盛上がっていたが、コンマスのソロが冴える二曲目の夜想曲はなかなかに美しい。緩急の差も十分に付けられるのが宝塚市交響楽団の技量ではあるのだが、全体的にやや元気に偏っている感もあった。

 休憩後の後半がチャイコの交響曲の中では比較的演奏機会の少ない第2番。民謡などから主題を取っていることもあってやや泥臭さもある曲である。

 この曲についても今までの演奏と同傾向で、やっぱり髙谷はかなりガンガン行くなという印象。一応歌わせるべき部分ではそれなりに歌わせるのであるが、それよりはフォルテッシモでガンガンとやる方が真骨頂という雰囲気で、本人自身がかなり楽しそうに腕を振り回している印象。オケもそれに煽られてかなりガンガンとしたパワー押しの演奏となっている。まあ悪くはないのであるが、もう少し陰影が欲しい気もする。

 なお宝塚市交響楽団は全体的にレベルの高いアマオケであるが、やはりどのアマオケでも概して持っている「ホルンが弱い」という弱点を抱えている。どうもホルンという楽器はかなり難しい楽器らしく(ホルンどころか楽器一般が全くできない私には技術的なことは全く分からないが)、プロでもしでかしがまま見られることから、アマとなれば相当にしんどいのだろう。本公演でも特にチャイコの2番がホルンが重要な部分を担当するだけに、それがかなり危うかったのはどうしても耳についた。演奏自体の難点を指摘するならやはりそれに触れないわけにはいかない。

 コンサート自体はなかなかの盛り上がりで、それを受けてのアンコールがチャイコのエフゲニー・オネーギンよりワルツ。これがなかなかに美しい曲であり、宝塚市交響楽団のアンサンブル力を披露するのに最適な曲となっていた。