大フィル定期に出向く
さて今日は大阪フィルの定期公演に出向くことにした。土日が多い大阪フィル定期にしては珍しい平日公演である。恐らく尾高のスケジュールの関係だろう。ちょうどのこの翌日の金曜日に私は大阪出張があることから、今回は自腹で大阪に宿泊することにするつもりである。
木曜日の仕事を早めに終えると、JRで大阪に移動する。明日の出張の準備も持参しているので、今回は一泊にしてはやや大荷物であるので動きがとりにくい。夕食は移動がてらに大阪の駅マルシェに立ち寄ることにする。昨今の食欲不振を考えるとあっさり目のものが良いということで、久しぶりに「だし茶付けえん」に立ち寄ることにする。「鯛茶漬け」に「肉じゃがコロッケ」を付ける。

しばし待った後に料理登場。味は変わらないんだが、やはり価格がかなり上がっているのとボリュームがやや減少したのが気になるところ。露骨にアホノミクスの悪影響が及んでいる。しかもこれからはその大失敗のアホノミクスを継承すると言っている馬鹿が後継なので、事態はより悪化しそう。庶民にとってはこれからさらに生活が貧困化することを強制されるだろう。私にしてもいつまでコンサートなんか行っていられるか・・・。なおコロッケについては肉じゃがコロッケと言っている割には味が薄い。中濃ソースが添えられているのでそれを付けろということだろうか。確かにソースを付けた方が味のバランスが良くなる。

昼食を終えたところでフェスティバルホールへ移動する。私がホールに到着したのはちょうど開場直後。とりあえず大きなキャリーはクロークに預けると入場。流石に昨今は寒くなってきているので、アイスコーヒーではなくホットコーヒーを頂きながら開演時刻を待つ。

今回は尾高による現音(正確に言うと近音だろうか)系のプログラムの上に、後半はポーランドの作曲家というかなりマイナーな路線のためか、ホールの入りは今一つであり、2、3階席の入りが下からでは分からないが、推測したところ全体で6~7割というところだろうか。まあこういう「攻めた」プログラム編成が出来るのも定期演奏会の特徴だが、今年の大フィルのプログラムは特に攻めている印象を受けている。

大阪フィルハーモニー交響楽団第592回定期演奏会

指揮:尾高忠明
チェロ:スティーブン・イッサーリス
湯浅譲二:哀歌-for my wife Reiko-
シューマン:チェロ協奏曲イ短調
パヌフニク:カティンの墓碑銘
ルトスワフスキ:管弦楽のための協奏曲
一曲目は湯浅が亡くなった奥方に捧げた哀歌である。奥方の死後にしばし作曲のできない状態に陥っていた湯浅が、再起を図る時に書いた曲らしい。現代音楽系でメロディラインはあまりハッキリしない曲ではあるが分かりにくい曲ではない。そのタイトル通りに切々とした美しさや痛々しさが感じられる曲である。
二曲目はシューマンの比較的マイナーな協奏曲。チェロ協奏曲一般の中ではどちらかと言えばメジャーな部類なのかもしれないが、チェロ協奏曲という分野自体がマイナ-で、ドヴォルザークのものが知名度で突出しているために、どうしても他はマイナ-にならざるを得ない。
とにかく目立つのはイッサーリスの音色の抜群の美しさ。美しくて深い表現力豊かな演奏である。正直なところ、最初の一音を聞いただけで「どうやってこんな音色を出せるんだろう」と感心したところがある。曲はシューマンらしいロマンチックなものであるが、やはりシューマンらしくいささかまとまりの悪さもあるもの。
14型→12型と変化したオケは、後半は16型でポーランドのシリーズ。一曲目は木管フル編成に金管はチューバだけという奇妙な構成の作品。1940年のポーランドとソ連の戦いで、ソ連に降伏したポーランドの捕虜たちがカティンの森で大量に殺害された事件を扱ったもの。死者たちに対する哀歌の一面と非道に対する憤りを秘めているようなところのある音楽。音楽自体はそう奇怪なものではないが、ポーランドらしい難しさは秘めている。
そこに金管をフル編成にして打楽器を大量動員したのがラストのルトスワフスキ。この曲自体は今まで何回か聞いているはずなんだが、正直なところいまだに良く分からない曲である。印象に残るのは派手派手な打楽器群。とにかく派手でやかましい曲というイメージしかない。
大阪フィルの演奏は明確でキレのあるまずまずのもので、そこは尾高の曲に対する理解も影響しているのだろう。とはいうものの、先月のオールニールセンに続いて今年の大フィル定期らしいかなり攻めたプログラムは、私のようなものにはいささかツラかったのは事実であったりする。