神戸まで阪急で移動
翌朝は目覚ましをかけた8時まで爆睡。体に相当の疲労が残っているが動けないほどではない。また足にも痛みがいささか残っているが、普通に歩く程度はどうにかなろう。
とりあえず急いでレストランに行くと朝食を済ませる。いささか時間が遅くなっているせいか、それでなくても貧弱な朝食がさらにメニューが減っていてかなり貧弱なことに。でもないよりはマシか。

今日は疲労することも考慮して予定をあまり詰め込んでいないのでチェックアウト時刻の10時ギリギリまでホテルで休養を取ってから出発する。今日の予定であるが西宮でのPACオケの定期演奏会が目的。ただその前に神戸方面の美術館に一か所だけ立ち寄るつもり。
最初の目的地は小磯記念美術館。JRを使う手もあるが運賃を考慮して烏丸から阪急で移動することにする。どうも阪急はカービーとタイアップした列車を走らせている模様。阪急はなんとでもタイアップする印象があるが、それだけ鉄道だけの収益ではしんどいということだろう。関西の私鉄の雄である阪急でこの状態だと、後の私鉄は推して知るべし。もう既に公共交通機関を民間が支えるのは社会的に限界が来ているようにも感じる。



これで西宮北口まで移動すると、とりあえず機動力を削ぐキャリーはここでコインロッカーに入れてから御影まで移動する。
阪急から小磯記念美術館に行くルートは、岡本からJR摂津本山まで歩いて、住吉まで一駅だけJRで移動してから、六甲ライナーでアイランド北口というのが通常ルート。しかしこのルートは帰りも通るルートなので同じルートなのも芸がない。そこで運賃節約も兼ねて御影からみなと観光バスで移動するルートを取ることにした。なおこのルートの難点はバスの本数が1時間に2本程度しかないことである。
しかしタイミングの悪いことに御影に到着したのはバスの発車直後。都合30分ほどバスを待つことに。ではこの間に昼食を摂ろうかと駅の回りを一回りしたものの適当な店は見つからず。仕方ないので駅前のパン屋「ケルン」(御影界隈に何店か構えるパン屋の模様)に立ち寄って渋皮栗のパンとクロワッサンを購入して急場を凌ぐ。パンは価格も妥当で味もまずまずで悪くなかった。もっともスライスバターを挟んだ固めのフランスパンは、本来は家に持ち帰ってトースターで軽くあぶってから食べるのが正解だろう。その点では今回はやや残念。


しばらく待った後にバスは到着。乗客はそんなに多くはなく、これではこれ以上の増便は望めないだろう(どころか路線維持も出来るか微妙なライン)。小磯記念美術館向かいのウエストコート3番街前には十数分で到着する。
「小磯良平展―幻の名作《日本髪の娘》」小磯記念美術館で3/22まで

洋画家・小磯良平の生涯に渡る画業を概観する大回顧展。なお目玉となっているのが韓国国立中央博物館が所蔵する「日本髪の娘」の里帰り展示である。本作は李王家美術館が購入の後に消息不明となっていたのだが、2008年に韓国国立中央博物館によって再発見されたのだという。

小磯良平は1903年に神戸で生まれ、東京美術学校の西洋画科に進み、猪熊弦一郎、荻須高徳らと画架を並べて学んだという。そして1928年(昭和3年)にフランスに留学する。なおフランス留学した日本人画家はもれなく当時の最先端の潮流の影響を受けることになるのがお約束で、明治期に留学した画家たちは印象派の、大正期に留学した佐伯祐三はフォーヴの影響を受けたのであるが、昭和初期に留学した小磯はキュビズムの洗礼を浴びたようである。この時期の作品には明らかにキュビズムを志向した作品も見られる。その一方で小磯はルネサンスの画家であるヴェロネーゼの作品に感銘を受け、群像表現を志すようになったという。この辺りが後の小磯の画風に顕著に影響を与えていることは見て取れる。
世界に戦雲が漂い始めた1936年に帰国後は、藤田嗣治と共に従軍画家として中国に渡るなどをし、戦争画なども描いている。しかしこの時期に群像画の傑作とも言われる作品も制作しており、小磯自身は後に戦争画を描いたことは本意ではなかったと語っているとか。そのせいか、本展には小磯の戦争画の展示はない。
戦後は迎賓館の壁画を制作するなど、洋画界の大家として後進の育成などにも携わるようになる。その一方で当時急激に勃興していた抽象画なども研究していたという。もっとも小磯が抽象画を手掛けようとした作品は、私の目から見ても「柄ではないな」という感が強く、小磯自身もそれを感じたのか結局は具象の世界に回帰して、小磯と言えば連想するような都会的でお洒落な肖像画の世界で多くの傑作を残した。
私自身は以前から小磯の画風の振れが非常に気になってはいた。というのは、基本的には洗練された柔らかい画風が本領に思われるのに、時折バランスを崩しそうな異様に強い線が登場することがあるからである。これが若き日にキュビズムの洗礼を浴び、戦後には抽象画を志向したこともあったと言われれば大いに腑に落ちた。とりあえず生涯に渡って研究は続けていたようであり、これは大家という名にふんぞり返ってしまう連中よりは評価しても良い。
とりあえず本展で小磯良平という画家の思考をたどることが出来たような気がする。なかなかに有意義な展覧会であった。
美術館を後にすると六甲ライナーとJRと阪急を乗り継いで西宮北口へ。まだキチンと昼食を摂っていないが、もろもろで細かい時間ロスを重ねたせいで余裕がない。結局は今回もまた駅前のケンタで間に合わせの昼食を摂ることに。なんかここのホールはこのパターンが多すぎる。本来ならガーデンズがもっと使い物になれば良いのだが、あそこは混雑が異常なうえにやけにCPの悪い店ばかりなので・・・。

兵庫芸文は例によって佐渡人気を反映してなかなかの入り。
>PACオケ第166回定期演奏会 佐渡裕 ガーシュウィン&バルトーク

指揮:佐渡 裕
ピアノ:上原ひろみ
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
ガーシュウィン:ピアノ協奏曲(へ調の協奏曲)
バルトーク:管弦楽のための協奏曲
一曲目のガーシュインは上原のとんでもない演奏に尽きるだろう。名演とも熱演ともどちらもピンとこない。あえて表現するなら「凄演」とでも言うべきか。
ガーシュインのピアノ協奏曲は第一楽章からかなりジャズ的で華々しい。上原の演奏はそれを明快に表現しており、若きPACオケもバリバリとノリノリで応えている。
最もガーシュインらしいとも言われる第二楽章は、バラード的な情緒が全開となる。上原はそれを極めて美しく、さらには色っぽく表現する。ただここでPACオケはいささか弱点が露呈する。どうしても演奏に茶目っ気や色気が不足している。以前より若きPACオケは元気なバリバリした表現は決まるが、こういう歌わせる曲調になると棒になりがちと感じていたが、もろにその弱点が露呈した印象。
第三楽章はだんだんと曲調が激しく早くなっていくのだが、そうなってからが上原の本領発揮。アクロバチックというか、曲芸的というか、力強くて素早い腕使いがもう目で捉えられない状況。仕舞いには上原自身が立ち上がってガツンガツンと始める状況。これはほとんどサーカスである。
最後までその状況で場内は圧倒される。当然演奏終了後に場内が爆発的な声援に満たされたのは至極当然。興奮しすぎて「ブラボー」でなく「ウォー」というような声も多い。しかもアンコールの2曲がさらに上原大回転の圧倒的な技術披露になり、最後は場内のかなりの観客が立ち上がる状況で、場内は興奮の坩堝。
さて私であるが、正直なところポカンとしてしまった。音楽的感動とは別次元でこれはアスリートの圧倒的なパフォーマンス間近で見せられたのに近い。そのせいか「すごいな」と感心はしたが、意外に冷めていたというのが本音。頭の中を過っていたのは「ガーシュインってこんなとんでもな曲を書いてたの?」という疑問。まあこれは曲自体を知らないので何とも言えない。
まあとんでもないものを披露されたのは間違いない。休憩時にいつになくCD売り場に行列ができて、上原のCDが飛ぶように売れていたがそれもさりなん。私も遠征記のバックナンバーを繰って、今まで上原の演奏に遭遇したことがなかったかを再確認しようと考えたから。
上原は登場時からいわゆるドレスでなく、何となくポップな服装をしていたので「どうも趣が違うな」と感じていたのだが、要はジャズピアニストとして登場したようである。もっともそこらの並みのジャズピアニストではなく、かなりのテクニシャンであったのであるが。
休憩後はメインのバルトーク。3日続けてのバルトークとなるが、今年は何かバルトークの記念イヤーだったっけ? バルトークの作品の中では比較的メジャー曲になるこの曲は今まで何度か聞いたことがあるが、ブンチャカとやかましいだけの取り止めのない曲という印象だけが残っている。
ただ今回は3日続けてのせいで耳が大分慣れたのか、不思議なほどに聞きやすい。騒音のように聞こえていた音楽も、実はメロディラインがありまさにオケの楽器が入れ代わり立ち代わりで協奏曲をやっているらしいということが今回初めて分かった。
まあ単純に耳が慣れたというだけでなく、そこには佐渡の解釈も加わってのことではあろうとは思われる。佐渡のアプローチは例によって特に奇をてらわないオーソドックスなもので、私が以前から言っている「佐渡裕の演奏は彼の人物ほどにはアクがない」というところと合致している。奇をてらわない分、ストレートで明快だったように感じられた。佐渡のこのアプローチは曲によってはどうしても「浅さ」を感じさせるところがあるのであるが、今回の曲の場合には正解であったように思われる。
また2025年度版PACオケのキャラクターとしても、情感豊かな微妙な旋律よりは、元気にバリバリやる方がまとまるというところがあることから、この曲のようにいささか「うるさく」感じる曲の方がまとまりが良くなっている。
そしてこのように音楽が分かるようになったところで、初めて「ああ、バルトークって実は民謡だったんだ・・・」ということが実感できた次第。これはなかなかに面白い体験であった。


カーテンコールがあって(佐渡によると「今日は結構疲れた」とのことだが、確かに上原のあの演奏に付き合ったら疲れるだろう)、アンコールは昨年あたりから佐渡がしょっちゅう取り上げる大友良英の「そらとみらいと」の第三部の「祭りと空と」。というわけでやはり今回のコンサートのテーマは民謡だったようである。
この遠征の前日の記事