美術館を回ってからコンサートへ
翌朝は目覚ましで7時半に起床。昨日は昼間は仕事で部屋籠りだし、夜に北山まで行っただけなのに体のあちこちに疲労が残っている。正直なところ体が重い。しかしまずは朝食を摂りに行く。

朝食を終えると直ちにチェックアウトのための準備。今日は嵐山の福田美術館と大阪の肥後橋界隈の美術館2つに立ち寄ってから、15時からフェスティバルホールでの大フィルの定期演奏会。スケジュールにあまり余裕はないので9時過ぎにはホテルを出て、福田美術館開館の10時ごろに現地に到着したい。
予定よりも若干の遅れはあったが阪急嵐山に到着、ここから福田美術館まで重たいキャリー(なんせ仕事用と副業用の2台のPCを入れている)を引きずって移動する。嵐山界隈はこの時期は寒さがひどいせいか、今日はインバウンドは比較て少なめ。おかげでキャリーを引きずりながらでも歩きやすくはある。

「昭和100年記念 あの頃は ~栖鳳・魁夷・又造らが起こした昭和の風~」福田美術館で4/12まで

昭和の時代は戦争などもあって世の中が激変する中で、日本画家たちも翻弄された。そのような時代とともに変化した日本画について展示する。
昭和の初期の戦前から戦中にかけては、日本画は伝統的な和の世界が中心で、作品の形態も掛け軸や屏風などが中心であった。



戦中になると世の中が戦争に染められていく中、日本画にも戦争の勝利を願うような題材を求められるようになる。神仏を描く作品や、横山大観のように富士山などの題材でもろに戦意高揚に直結する作品を描く者も現れる。



終戦の年の2月に逝去した橋本関雪は戦闘機になぞらえて鷹の絵を描いているが、「戦時を描く必要があるならば自分に依頼を、そして、その分だけ若い作家には自由な学びの機会を」と訴え続けていたという。世相が若き芸術たちに悪しき抑圧となることを懸念していたのであろう。

戦後になると日本画は思わぬ逆風に合う。「花鳥風月などの旧来の価値観を払拭できない日本画なんかを珍重していたから戦争に負けた」という、ほぼ八つ当たりにしか思えない「日本画滅亡論」が声高に叫ばれるようになったからだという。ここで日本画家たちは台頭する洋画に対抗できる表現力を出すために、絵の具を厚塗りで重ねるスタイルを採用するようになる。
国民画家とも言われた東山魁夷は、厚塗り系という印象はその淡い画面のせいで持っていなかったのだが、確かに戦前の墨絵的に絵の具を薄く溶いている絵画に比するるとかなりの厚塗りである。


杉山寧のスフィンクスなどはまさに厚塗りの極致。


そして洋画とまともに張り合うような作品といえば、日本画の改革者・加山又造が登場する。


第三展示室は嵐山ゆかりの池田遙邨と冨田渓仙の作品が展示されている。


昭和の日本画の大きな流れを感じさせる展覧会。それにしても戦争というのは多くの芸術家にも大きな影を投げかけた。日本画家に限らず、藤田嗣治などは戦争協力で戦犯扱いにされる可能性まで浮上していたというし、小磯良平も戦争画についてはほぼコメントしていないというから、その悪影響の度は半端なかったわけである。にも関わらず、再びこれをしたがる馬鹿な権力者はいくらでもいるという人類の愚かしさに思いを巡らせることしばしである。
福田美術館を後にすると阪急で大阪に移動する。阪急梅田から地下鉄西梅田までしばしの移動だが、今の私の体調ではこの大したことない距離が結構堪える。昼食を摂る場所を考えないといけないが、もう面倒くさいので途中で見かけた「ミンガス」に入って「とんかつカレー」を注文する。

見慣れたカレーだが、なんか美味しくない。これは味が落ちたか、私の体調か。まあ後者が9割だと思うが、以前より味が落ちている可能性も無きにしも非ず。
とりあえずの昼食を終えると肥後橋へ移動。まずは遠い方の美術館から向かうことにする。私が呼ぶところの「中之島キューブ」こと中之島美術館である。

「サラ・モリス 取引権限」中之島美術館で4/5まで

ニューヨーク在住で幾何学的抽象絵画で知られる芸術家がサラ・モリスだという。その作品は絵画にとどまらず、映像や彫刻、ドローイングなど様々な分野に展開しているという。
最初に登場するのはデザインのような作品。さらには映画ポスターをもとにして加工したドローイング作品などが登場する。


そして都市を連想させる直線で描かれたやはりデザイン。さらに曲線も用いたものもあるが、簡潔で色彩感覚の鋭さを感じさせる作品群である。



さらには音をモチーフにしたデザインなどもあるが、これらはイコライザーを思わせる。

スパイダーウェブのシリーズはその名の通り蜘蛛の巣のようなデザイン。直線主体だがそこに変化を感じさせる。

そして本会場のスペースに合わせてこの会期向けに描いたという巨大壁画が登場。

現代アートにおける彼女の位置づけがどのようなものなのかの知識は皆無なのだが、一つ引っかかったのは、彼女の独自性とはどこにあるかというところである。私の目には全ての作品が「いかにも今時の現代アートにありがち」と映り、彼女の独自のものが今一つ見えなかった気がする。大型作品ばかりドカドカと展示してある構成といい、残念ながら私には1800円という入場料はかなり割高に感じられたのが事実。
中之島美術館の見学を終えるとキャリーを引きずりながら戻ってくる。次の目的地はフェスティバルゲート西館4階の中之島香雪美術館。エレベータで上がると結構な行列が出来ていたので驚く。この美術館でここまで客が来ていたのは初めて。大原美術館は結構ネームバリューがあるが、大阪方面では訪問したことのない人が多いんだろうか
「大原美術館所蔵 名画への旅―虎次郎の夢」中之島香雪美術館で3/29まで

わが国初の西洋美術館として設立された大原美術館は、倉敷紡績の大原孫三郎の資金援助のもとで洋画家の児島虎次郎がヨーロッパで買い付けてきた作品が元となっている。その児島の画家としての作品とともに、大原美術館のコレクションの目玉作品といえる名品が、大原美術館の改修に伴う長期休館の機会に引っ越し展示されることとなった。
虎次郎は渡欧して西洋絵画を学んだのであるが、その作品には印象派などの当時の流行の影響がみられる。ただ虎次郎自身は単なる西洋人の猿真似に終わらず、日本人としての芯の残った絵画を如何にして描くべきかに悩んだという。その虎次郎の苦闘ぶりは何となく作品を見ていても感じられる。ヨーロッパの風景を描いた作品は普通の洋画としてしっくり来ているのだが、日本の道頓堀を描いた作品などは日本らしさの表現が中途半端でどこか地に足がついていない印象を受ける。



一方で彼が収集した作品はまさに当時であるから可能であったと思われる珠玉の名品揃いである。クールベの海の絵、ミレーの風景画、シダネルの静物画などがあるが、特に目を引くのがエル・グレコの「受胎告知」である。インパクトが非常に強く、一度見たら忘れない作品である。




さらにはモディリアーニやムンクなどの個性の強い作品も収集しており、ヴラマンク、ゴーガンなどまで網羅している。




また現在でも日本人受けしやすい印象派作品群もピサロやモネの定番の睡蓮、ドガの踊り子などまで網羅しており、最後はセザンヌまで。




流石に大原美術館らしい名品揃い。大原美術館を2回ぐらい訪問している私は、恐らくここの作品は大体1度は目にしているはずなのだが、改めて見ても圧倒されるような名品が多い。大原美術館を訪問したことのない者なら、当然この機会に是非とも鑑賞すべきだろう。
これで本日の美術館の予定は全終了。後は大阪フィルのコンサートのみである。既に開場時刻を過ぎている。道路向かいのフェスティティバルホールに向かうことにする。
今回は尾高が得意とするエルガープログラム。いずれも聞いたことのない内容が並ぶ。
大阪フィルハーモニー交響楽団 第595回定期演奏会

指揮:尾高忠明
メゾ・ソプラノ:林 眞暎
エルガー:弦楽のためのセレナード ホ短調 作品20
:海の絵 作品37
:交響曲 第3番 ハ短調 作品88(ペインによる補筆完成版)
一曲目は大フィル弦楽陣だけが登場。彼らが美しいアンサンブルを聴かせてくれる。曲調としてはニムロッドを連想させるような内容。
二曲目は管楽陣とソリストとしてメゾソプラノの林を加えての歌曲。林は急遽の代演であるが、不安は一切感じさせない出来。美しい歌声が心地よい世界へと誘ってくれる。もっとも曲自体はいかにもエルガーらしいよく分からないところがあるものなので、かなり気をしっかり持たないと、心地よさのままに眠りの世界に誘われてしまう。
休憩後の後半はエルガーの交響曲第三番とのことだが、この曲はエルガーが晩年に制作に取りかかったものの、途中で寿命が来てしまって未完のスケッチだけが残ったものだという。エルガー自身は「破棄しろ」と言い残したらしいが、そんな貴重なものを破棄するわけにも行かず、そのまま伝えられたらしい。それが近年になって作曲家のアンソニー・ペインがエルガーの遺族の了解を得て補筆完成させたものだという。
なんだが、正直なところ曲が始まったところから「これはエルガーではないだろ」という声が出そうになる。第一楽章などは確かにエルガー的な節回しなどは随所に見られるが、金管や打楽器をガンガンと鳴らす曲調は明らかにエルガーのものと異なる。まあそもそも私はエルガーの曲について云々する資格があるほどにエルガーについては知らない。というかそもそもエルガーは苦手である。しかし苦手であるからこそ、その苦手の原因であるエルガー特有の茫洋としたところが一切感じられないことに気づいてしまうところがある。
第二楽章以降になると、もうこれは完全に別物である。結局は補筆部分が大部分となるためにエルガーではなくペインの曲になってしまっているのだろう。皮肉なことにだから私にはむしろ聞きやすいが、残念ながら面白いと感じるには至らない。
総じて尾高の指揮はエルガーへの理解に満ちているし、冴えのある大フィルの演奏は流石である。恐らくこれがもっと下手なオケだったら、私にとっては単なるお経になってしまった可能性がある。私個人としては評価は微妙なのだが、普通にエルガーファンなら納得できるものだろうと思う。実際に演奏後の拍手も、熱狂的とは言わないが冷めたものというわけでもなかったので。
この遠征の前日の記事