京都の美術館を回る
翌朝は7時過ぎに起床するがすぐには体が動かずしばしベッドの上でゴロゴロ。最近は朝一番から体にシャキッとエンジンがかかることがなくなった。これが老化による衰えというものだろうか。
結局は活動開始は9時頃で、とりあえずシャワーで体を温めることにする。ここのはシャワーは2基しかないので塞がっているのが心配だったが、幸いにして空いていた。とりあえず体を温めたことでようやく活動モードに入る。
ホテルをチェックアウトしたらまずは燃料補給が必要。向かいのイズミヤの二階にモスが入っているので、そこで朝モスのセットを頂くことにする。朝からモスのこってりのデミグラスソースは無理だなと思っていたが、朝用メニューはしっかりとあっさりめの野菜バーガーが用意されている。これは正解。

朝食を終えると最初の目的地へ。最初に立ち寄るのは京セラ美術館。ここで「大ドロボウ展」なるものが開催されている。正直なところ何度説明を見ても全く趣旨がつかめないイベントなんであるが、

「大どろぼうの家」京セラ美術館で6/14まで
大どろぼうの家に来館者が忍び込み、大どろぼうの正体を突き止めるという没入型エンターテインメントと銘打っている。

場内はいくつの小部屋に分かれている模様。最初の部屋には古今東西の有名な大泥棒の肖像が。アルセーヌ・ルパンや石川五右衛門なんていうところは分かるが、最近になって台頭してきた「映画泥棒」まで登場しているのは笑いを誘う。



様々な本やドロボウの道具(?)などが展示された部屋辺りまでは分かるが、次がいきなり谷川俊太郎の詩の部屋で少々戸惑う。星を盗むという類のことが語られていたが、要は心の中のキラキラしたものを捕まえるという意味だろうが。



この後はさくらももこの作品が登場したり、一転してピカソの作品まで展示されているなど、アート色が若干強まるが展示内容は支離滅裂で脈絡がない。まああえて言うなら、この家の主は芸術的感性を重視しているということだろう。


最後の方の部屋には「ドロボウに盗まれたもの」を短冊に書いてつるす部屋もあった。私は思わず「税金」と書きかけたが、流石にあまりに生臭すぎるのでやめた。それにしても社会を良くするために納めたはずの税金が、殺人のためのミサイルになったり、政治家の贅沢な生活を支えるために着服されたりなどは許しがたいことである。うん、これでは大どろぼうの正体は不公平な社会に義憤を抱いた義賊になる。


最後はちょっとした体験アトラクション的な展示(ルパン三世などによくある赤外線センサーをかいくぐりながら忍び込むイメージ)があったが、行列が出来ていたのでパス。正直、ここまで来たら大どろぼうの正体なんて特に誰という指定はなく、それは「あなたの想像にお任せします」というオチであろうことは想像はつく。
結局は今ひとつ趣旨不明であるというのは最後まで変わらなかった。まあ身の回りのキラキラを探すことからアートが始まるなんて辺りではという気がするんだが、もう既に完全にキラキラする感性がすり切れてしまい、夢も希望も最早ないジジイには響いてこないのが正直なところ。個人的には入場料を無駄にしたかなというのが本音。元より何か楽しめればめっけものぐらいのつもりで来ているから、それでも良いんだが。
大どろぼう展の次はギャラリーで展示されている「三橋卓:カワ」を覗いてみる。何やら作品に対する御託が並んでいるがそういうのは私には興味がない。なんか古画というキーワードだけが頭に引っかかる。そして作品は意味不明。ただ巨大なぼんやりした作品、何となく私には仏様の姿が浮かんで見えたんだが、それで解釈は正しいんだろうか?



京セラ美術館の予定を終えた次は向かいの近代美術館を訪問する。

「モダン都市生活と竹久夢二-川西英コレクション」京都国立近代美術館で6/21まで

大正デザインの巨匠であった竹久夢二。創作版画家の川西英は夢二に魅了されてその版画やグッズなどの膨大なコレクションをした。そのコレクションを通じて、大正期のモダンな大衆文化や夢二に影響を受けた昭和の版画家の作品などを紹介するとのこと。



夢二は本の表装などを多く手掛けているが、最初期の作品にはセノオ楽譜の表装デザインがあるという。まずはそれらの展示。いわゆる夢二風美人が登場している。


さらに私は夢二の美人画は好きではないが、デザイナーとしての夢二は評価していると言ったが、そういう夢二の特徴をうかがわせる千代紙のデザインなど。


後半には夢二に影響を受けた版画家たちの作品が。川西英の作品を含めて、当時の都市風俗を示す作品を選んで展示されている。



まあいかにも小洒落た感じが夢二たる所以と言うもので、大正から昭和初期にかけての都市の雰囲気も併せて堪能できた展覧会である。
夢二展を終えると一階での展示も見学する。
「加守田章二とIM MEN」京都国立近代美術館で6/21まで

IM MENとは三宅一生によるメンズブランドとのことで、「一枚の布」を元にした男性用の衣類らしい。そして今回、陶芸家の加守田章二の作品のイメージを元にして、その質感を布とするという試みを行ったらしい。


展示は元になった加守田章二の作品とIM MENの作品が並べて展示されている。なるほど面白いと思わせるものはある。


とはいうものの、ファッションに興味が一切ない私には「だから何なの」で終わってしまう世界でもあったりするのである・・・。
美術館見学後はホールに移動する前に昼食を摂る必要がある。面倒くさくなったので館内のレストラン「café de 505」に入店してランチメニューのパスタセットを注文する。

付け合わせのサラダとパンをまず頂く、なかなか美味い。


パスタはガーリックを効かせたトマトスープのパスタ。結構ガツンと辛みがある。パスタの味はなかなか。ただスープはそのまま頂くには私にはいささか辛いので、ほとんど残すことになる。


これで昼食は終了。CPが悪いのはある程度覚悟の上。ただパスタ自体は美味かったが、私の今の体調には流石にガーリックモリモリは刺激が強すぎたのか、この後に腹の具合が悪くなって少々困ることに。
昼食を終えたのでホールに移動。年度初めの今回は指揮は沖澤で、R.シュトラウスがメイン。ただ目玉として巨匠・堤剛のソロで矢代昭雄のチェロ協奏曲がある。60年前にこの曲を初演したのも、当時18歳の堤剛だったとのことで記念碑的なプログラムでもある。
京都市交響楽団 第710回定期演奏会

指揮:沖澤のどか(常任指揮者)
チェロ:堤 剛★
シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」op.20
矢代秋雄: チェロ協奏曲★
シュトラウス:家庭交響曲op.53
一曲目はドン・ファン。沖澤がプレトークでこの曲の冒頭の弦は高度な技術が必要なので、入団テストなどに使用されると言っていたが、当然ながらその難関を潜り抜けたはずの京響弦楽陣は乱れなく一丸となった演奏をする。
R.シュトラウスの曲はその華々しさが特徴でもあるのだが、沖澤はかなり煽って派手な演奏をするなという印象。いつにもまして京響管楽陣が煌びやかな音色を炸裂させている。その上に全体的に爆音気味でもある。かなり陽性な演奏という印象。いささか喧しい気味だが、あま悪くない。
二曲目が沖澤が「今日の目玉」と言っていた堤剛による矢代秋雄のチェロ協奏曲。曲が開始と同時に堤のソロが朗々と響き渡るという曲。やはりジャンルとしては現代音楽になるんだろうが、節回しに微妙に日本的な部分が感じられる。その堤のチェロを中心に徐々にオケが絡んでいって音楽が成立していくという構成になっている。
ただ正直なところ曲自体は私に分かりにくい。奇怪という印象までは受けないが、どうにも馴染みにくいところがあってつかみどころがない。巨匠堤のドッカリとした演奏は見事であったのであるが、オケとの絡みがあまり印象に残らない曲だった。
堤はアンコールでバッハの無伴奏チェロ組曲の3番を演奏したが、こちらは先ほどまでの重厚さから一転しての軽妙な演奏で、巨匠いまだ健在なりをアピールしていた。
休憩後のラストは演奏頻度が比較的少ない家庭交響曲。プレトークで沖澤が、これはこの後に多数のオペラを書いたシュトラウスの最初のオペラのような作品と解説していたのは、オペラ指揮者でもある沖澤らしいところではある。登場人物が決まっていて、それぞれの人物にメロディが割り振られ、それが登場人物の感情と連動した音楽になっているという構成が、オペラ的なものを感じさせるらしい。
曲自体はシュトラウスらしい華々しさもある音楽だが、今日の京響はキレキレの演奏で華やかさが目立つ。沖澤も終始煽りまくっている感がある。それでも京響のアンサンブルは鉄壁で安定感抜群なので軽薄な演奏にはならないのが見事。最近は段々と沖澤も外連味が強くなってきて、前任者の広上にスタイルが似てきたような気がする。
京響のコンサートを終えると帰宅だが、その前に一か所だけ立ち寄る。私が京都で最も嫌悪している建物である。
「Ukiyo-e猫百科 ごろごろまるまるネコづくし」美術館「えき」KYOTOで5/10まで

日本で近世以降身近な存在であった猫、現代も猫派が優勢であるが、江戸時代にも猫を飼うことは遊女の間などで流行、さらにそれにとどまらず広く猫愛好家は存在した。当然ながら絵画にも猫の姿が多く描かれることとなる。本展はそのような猫が描かれた浮世絵を展示する。
主題は浮世絵展であるのだが、どちらかと言えばあからさまに猫がメインであり、猫の生態の紹介なども行われている。我が家にも猫はいる(私が飼っているわけではない)ので、その生態に関しては思い当たる点が多々。
そして猫で浮世絵と言えばやはり第一人者は歌川国芳。擬人化した猫や、逆に有名な役者などを猫化した作品、猫を使ったトリックアートなど多様多彩な作品が登場。流石に浮世絵界一の猫派の呼び声の高い人物である。その作品はなかなかに楽しい。

というわけで、浮世絵好きというよりも猫好きにターゲットを絞った展覧会であった。まあこれはこれで面白くはあるが。

以上で本遠征の全スケジュールは終了である。京都からJRで帰宅と相成ったのである。それにしてもやや疲れた。どうも春先からアレルギー絡みか極めて体調が悪く、それを引きずってしまったようである。年々と体が衰えていくのを感じる今日この頃である。
この遠征の前日の記事