3週間ぶりのまとめ更新です・・・
久しぶりの更新で3話まとめてになってしまいましたが、その理由はとりあえず私の体調が良くなくてなかなか記事を更新できる時間を取れなかったということもありますが、実のところ一番大きいのは「私の気持ちが大分引いてしまったから」というのがあります。実際にこの間にも遠征記の方は更新しておりますので、私がモチベーションを保っていたらどうにかできないこともなかったのですが、そのモチベーションが下がってきていることを否定できない。
その理由は明らかに歴史ドラマでなくなってきたこと。そもそも昨今の大河はファンタジー化がひどすぎて、歴史事実を無視するわ、現代の価値観をそのまま持ち込むわで、カツラ被った現代劇化が指摘されておりますが、本作でもそれが顕著です。歴史事実がほとんどなくてドラマが自由に描けた頃はまだマシだったのですが、明らかに歴史事実が残っている時代になっても、ドラマ重視で歴史事実を無視しまくりってのが少々ひどすぎて目に余る。

現代的価値観&捏造丸出しの姉川合戦
まず姉川の合戦ですが、合戦の描き方が完全に現代目線の描き方なのは、まあギリギリ仕方ないところかもしれない。本作では「殺し合いなんか本当はしたくないと考えている豊臣兄弟も、自らが生き残るために仕方なく殺し合いに参加する」というスタンスで描かれており、戦場は死屍累々の「防人の歌」が流れてきそうな雰囲気に。
なお家康が信長の指示で別動隊として待機していて、横撃を加えたことで織田・徳川連合軍大勝利という形になっており、信長の戦略眼の凄さを強調するような形にしていますが、実際は結果として徳川軍が浅井軍に横撃をかけて浅井軍が崩れたということは言われていますが、そもそも最初から別動隊を置いておくような戦力的余裕は徳川軍にありません。実際は機動武士ホンダムこと本田忠勝らの奮戦(またこの忠勝の存在が完全無視されているというのがなんとも)で徳川軍が朝倉軍を押し、結果として浅井軍の側方に回りこめたとされています。
そもそもこの回、初っ端から「長政の命で織田に戻ろうとしたお市が、信長に密かに連絡を取っていた件で長政に殺される」という意味不明のエピソードを「秀吉が見ていた夢」という形で描いている演出自体が「?」。「なあんちゃって」ってところなんだろうが、歴史知っている人間からはこのドラマは歴史完全無視しますと宣言しているように見えるし、もしくはこれを見て「えっ?」って思うほど歴史を知らない視聴者をターゲットにしてますという意味のようにしか見えん。正直、この時点で私はかなり退きました。
主人公アゲのための比叡山焼き討ち
さて16話が比叡山の焼き討ちになるのだが、このドラマの甘々秀吉だったら、絶対に比叡山の連中を逃がすんだろうなと思っていたら、案の定そういう展開に持って行ってました。とりあえず主人公アゲは絶対だというのが良く分かる。これ、秀吉を持ち上げたい軍記物とか、後のドラマなんかではよく出てくる話ですが、全く根拠がないどころか恐らくそんなこと出来ません。
なお義昭の命で信長の傘下に潜り込んだ光秀が、スパイと疑われていることが分かっているので信長に抵抗できず、泣きの涙でなで斬りをし、それでほとんどぶっ壊れているという描写もありましたが、光秀は比叡山焼き討ちにはかなり積極的に関与していたとされています。光秀自身も栄達の野心で信長に従ったのですから、実際には信長の命に従って断固としてなで斬りを実行したようです。光秀のような知的なイメージのある武将がなぜって言うのが現代的感覚ですが、これはそういう時代だったと言うべきでしょう。現在もイスラエルが「女子供もハマス」という屁理屈で無差別虐殺を正当化していますが、それに近い論理があったように感じます。
予想通りの大メロドラマとなった小谷城落城
そして17話はついに小谷落城。節目の重要なエピソードと考えているのか、OP抜きという演出までして描いてますが、あくまで現代劇として描いているこの作品だと、大ファンタジーメロドラマになるのは予想できるところ。
もういきなりぶっ飛ぶのは、信長のところに直々に現れた義昭が、信玄のところにも現れたこと。フットワーク軽すぎだろというのはともかく、今みたいに京から甲斐まで新幹線と特急で数時間で行ける時代でなし、将軍が数日京を空けたらすぐ分かるだろう。まだ将軍になっていなかった時に美濃までなら「まあこんなことも無理ではないか」と言えなくもないが、流石に今回の無理過ぎ。
無反省の家康に信玄の頓死、これってもしかしてギャグ?
で、武田軍は史実通りに三方ヶ原で徳川軍をケチョンケチョンにするんだが、そんな合戦には微塵も興味のない本作では至って淡白な描写。ちなみに大出世エピソードにつながった姉川では全く登場しなかったホンダムが、ここではチラッと名前だけ登場。何なんだこのアリバイ作りのような出し方。そして一番呆れたのは家康にわざわざ「わしはこの戦いはすぐに忘れるぞ」と言わせていること。実際の歴史では家康はこの敗戦を教訓とするために、わざわざ憔悴しきって逃げ帰ってきた自分の姿を絵に残させていることが有名。あの極めて有名なエピソードのわざわざ逆をさせているのは、明らかに「このドラマでは歴史事実なんか忘れるぞ」と宣言しているようなもの。往年の大河ファンに真っ向からケンカ売るつもりかと言いたくなる。
挙げ句、信玄がモチをのどに詰めて死んだ・・・もうこれは絶句した。ここは爆笑するのが本作の正しい見方なんだろうか? なんでこんなどこでも聞いたことのないような話持ってくるかな。これなら某映画のように笛の音で誘い出したところを狙撃したとかの方が説得力あるし恰好が良いとしか思えん。後の方で猿兄弟に義昭加えて「どわっ」っていう漫才までしてるし、どうも本作は歴史をおちょくって笑いを取らないといけないって考えでもあるんだろうか。まあそういう軽いのでないと今時の若い視聴者は付いてこないと考えてるんだろうけど、大河ドラマなんて最初から若い連中は付いてきていないから。
歴史事実無視してまでの義景サゲと謎の景鏡アゲ
で、信玄が頓死したことで信長包囲網は崩壊、浅井の援軍として出張ってきていた朝倉義景は浅井の旗色が悪いと見てさっさと逃走、しかしその脇になぜか景鏡がいる。一族衆でありながら最終的に義景を裏切った景鏡は、この時に「兵が疲労している」として参加しなかったことは有名。だからこそ義景が自ら出陣する羽目になったのに歴史ガン無視。しかもケチョンケチョンにやられて逃げ帰ってきた義景が「織田に渡すぐらいなら一乗谷を焼け」と命じたことから、それを阻止するために景鏡が義景を殺してしまうって・・・。もう滅茶苦茶過ぎて唖然。歴史的事実としては義景が逃走した一乗谷を焼き払ったのは織田軍で、景鏡は義景を自らの拠点である大野に呼んだうえで包囲して殺害している。だから景鏡は戦国でも最悪クラスの裏切り者として名前を残しているのに・・・。主人公アゲは分かるが、何も景鏡をあげる必然性はない(むしろここまで散々景鏡を悪党描写している)ので意味不明。多分景鏡アゲよりも義景サゲが目的なんだろうけど、歴史事実無視してまで必要なことか?
ちなみに斎藤龍興が突然に登場しましたが、実際に彼はここでの撤退戦で戦死してます。何なんだろうな。かなり重要な歴史事実はガン無視するくせに、こんなどうでも良いようなとこだけ辻褄合わせるのって。しかもドラマ的には斎藤龍興の登場の必要性ないからな。これも朝倉義景サゲのための小道具?
大ファンタジーのラストには感動ならぬため息の嵐
まあここまでこの調子だから、お市と長政の顛末が、現代劇のバリバリファンタジーになるのはまあ想定内。とはいうものの、ここまでファンタジーにするとは私も流石に考えてなくて唖然としたわ。まあ市を救い出したのは秀吉だというのは歴史的には言われているところだが、長政にも来るように言ったなんてのはあり得んわ。その後の小一郎とかの説得なんて現代価値観丸出しだし・・・。なお万福丸について「一乗谷を探したが見つからなかった」なんて言っているが、歴史的には小谷城で捕まって処刑されてます。なおその処刑を実行したのが秀吉(信長の命だったとされている)だったので、お市はそれを恨んでいて後に勝家についたとも言われているぐらい。当然主人公アゲが最優先の本作ではそんなところは歴史捏造。
この調子だから最後の相撲の下りとかなんかはもうアホらし過ぎて何も言う気もしないが、流石にお市が小一郎に刀借りて長政を介錯するってのは無茶すぎだろ。人間の首なんて簡単に切れるもんじゃない。お市ってどれだけ剣豪設定なの? たかが姫ごときが簡単に首チョッパできるなら、公儀介錯人なんて立場ないじゃん。
ファンタジーも極まれりだな。別に歴史に忠実な再現ドラマのようなもの作れなんて言わないが、流石に創作がひどすぎて呆れるわ。やはり歴史ドラマのお約束としては、歴史事実は踏まえたうえで(そこでマイナーな説をあえて使うぐらいの自由度はある)、その間を解釈でつなぐのがお約束なのに、そのお約束完全無視してどうするの? 今回はなろう系大河か? というわけでもう呆れて私はかなり心離れてます。まだしばらくはフォローするかもしれないが(本能寺ぐらいまでは付き合うか?)、その内フェードアウトするかも。
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