徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

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アニメ関係の記事は新設した「白鷺館アニメ棟」に移行します。

白鷺館アニメ棟

カンブルランの極彩色のマーラーの6番に迫りくる狂気を感じる

遠征2日目もハードな1日の始まり

 昨晩は冷房をギンギンに効かせてほぼ仮死状態で爆睡していた。目覚ましで起床したのは7時半。少し室温を下げすぎていたか若干の頭痛がある。

 今日は国立博物館と文化博物館をはしごしてから京響のコンサートなので、ややスケジュールがタイトであるから早めの行動が必要。とりあえず当座の燃料補給のためにバイキング朝食に出向く。ユニバーサルホテル烏丸の朝食は例によって品数が少ないが、その辺りは宿泊料を考えると贅沢も言えない。

とりあえずの朝の燃料補給

 朝食を終えるとすぐに荷物をまとめる。国立博物館は9時から開館とのことなので、朝一にそれに駆け込みたい。8時半頃にチェックアウトすると九条駅のバス停からバスで東山七条まで移動。以前は地下鉄とバスを乗り継いだところだが、このルートだとバス一本。ただし途中で京都駅を経由しないのでキャリーを引っ張っていくことになる。今回は一泊用の小型キャリーなのでとりあえず良しとした。

 東山七条でバスを降りると国立博物館の正門の方へ。今朝、電子チケットを手配しようとHPを覗いたら「刀剣乱舞コラボチケット」なる不吉なものを見かけたので、刀剣女子が押しかけて大混雑という悪夢を懸念したが、とりあえず今回は刀剣がメインというわけでもなかったからか、まあ普通の開館待ち行列。ただこの炎天下で並ぶのはたとえ5分でも結構体にキツい。

駐車場から続く行列・・・ぐらいは普通の開館待ち行列である

 開館時間9時きっかりに行列が動き始めると入場。チケット売り場に並ぶ行列を横目に見ながら、朝のドタバタの間にしっかり電子チケットを確保しておいた己の戦術的勝利を確信するのである。

まっすぐに会場の平成知新館へ

 

 

「特別展 北野天神」京都国立博物館で6/14まで

 幼い頃から聡明であった菅原道真。朝廷において出世を重ねて右大臣にまで栄達する。しかし権力独占をもくろむ藤原氏に、謀反の疑いをかけられて太宰府に左遷される。無実を訴え続けた道真だが、京に戻ること叶わずに2年後にこの世を去る。しかしその後、京では清涼殿に落雷が起こって死者が出たり、藤原時平など道真の左遷に関わった要人が病で次々にこの世を去るなどの凶事が相次ぎ、恐れおののいた朝廷は「道真が祟ったに違いない」と道真の怨霊を沈めるべく建設したのが北野天神で、ここで道真は天神様という神様になるのである。

 展示物は天神としての道真像や、本地垂迹で天神の元の姿の仏であるとされている十一面観音像などから始まる。この辺りの仏像等は立体造形として結構面白い。

 そして本展の展示のメインと言えるのが、北野天神に伝わる縁起絵巻。その中でもっとも古い物とされる承久本は高さ50センチ以上という異例の大判である。ここに道真の幼少期からの伝説、陥れられて太宰府に流される様子。天に無実を訴え続けてついに天神になる様子。さらには天神となった道真が憎き時平らを祟り殺す様子などが描かれている。

 この他の本などもあるのだが、どうやら古い本が原点となってその形が継承されていったようで、同じシーンを同じ描き方をした絵巻が大量にある模様。この辺り、なかなかに興味深い。

 さらには天神信仰の縁起絵巻もある。これは天神を信仰することによって救われた人々の記録。まあ信仰手引き書のようなものでもある。これらも定番エピソードがある模様。道真が怨霊から信仰される神へと変遷を遂げていくのが興味深くもあった(今では学問の神であるが、武門の神でもあるらしい)。

 なおゆかりの刀剣の展示もあり、ここだけは撮影可でなんか刀剣女子っぽい連中の姿も。

太刀 鬼切丸・髭切

こちらは薄緑・膝丸だそうな

源頼光の四天王の一人、渡辺綱が髭切で牛鬼を退治する様子(羅城門絵巻)

 またコラボボイスとかレストランのコラボメニューなんかもあったようで、博物館側としてはなんとか盛り上げようという意思は窺えた。

で、先ほどの名刀がこういう涼しいイケメンになるらしい

 

 

 博物館の見学を終えると徒歩で京阪七条まで移動し、京阪で三条駅、そこから文化博物館まで歩くことにする。これは今回ジェミニ君にアドバイスされたルート。私はこの間の移動は今までバスで京都駅に行って地下鉄で烏丸御池というルートしか頭になかったが、確かにこのルートの方が遠回りはなしで交通費も安上がり。少々歩く必要があるが、歩ける距離ではある・・・京都の灼熱地獄と、キャリーを引きずっていることを考慮しなければ。

三条名店街を抜けていく(日除けのアーケードがありがたい)

 京都の結構コアな繁華街っぽいところを横切るので、体力と時間に余裕があったら散策も楽しそうな界隈だが、とにかく今は灼熱地獄が体力を削ってくるので、行程が予想よりもキツい。以前からGoogleはルート検索などの徒歩所要時間から、かなり健脚であることを感じていたが、どうもジェミニ君もその傾向を継承しているようである。「いやー、健脚なのは結構なことだが、こっちは還暦のおじさんなんだから、少しは労って欲しいものだよね、ホント。」(「片田舎のおっさん」風)

 なんてぼやいたところで「片田舎のおっさん剣聖になる」どころか、こちとら「片田舎のじいさん穀潰しになる」である。そして当然のことながら、私の傍らには美人の騎士団長はいない・・・。なんか言ってて嫌になってきた。

この作品、面白いからお勧めするよ

amzn.to

 と、そろそろやけくそになってきた頃にようやく見慣れた赤煉瓦の建物が見えてくる。外の暑さにやられまくっていたので、逃げ込むように館内へ。

ようやく文化博物館に到着する

 

 

大金庫のカフェに逃げ込む

 体力が限界に来かかっていることもあり、一息つくと共に早めの昼食を摂っておきたい。館内の「前田珈琲」に入店。元大金庫だという落ち着いた館内はまだ昼食時よりも早いこともあって余裕がある。私は「ミートスパにアイスコーヒーのセット(1500円)」を注文する。そして待ち時間にまたpomeraを引っ張り出してくる。

元大金庫を店舗にした「前田珈琲」

 注文の時に「粉チーズは大丈夫ですか?」と聞かれたが、確かに結構派手にチーズを振ってある。そのためか匂いがかなりチーズ臭いが味はそれほどでもない。

粉チーズをふんだんに振ったミートスパ

 昼食後に出てきたアイスコーヒーはやや苦みが立っている(つまり本格的)。コーヒーが飲めるようになってまだ日が浅い私は、シロップを追加することにする。

アイスコーヒーで一服する

 ようやくホッと一息ついたところで11時半頃。展示室の方に向かう。今回、私は長年の経験から得た混雑する展覧会の法則「エジプト、浮世絵、印象派」から、本展についてはかなりの混雑を予想して警戒していた。しかし私が会場を訪れた時には券売所に人影はなし。会場内も普通の入りでいささか拍子抜けする。しかしこれは展覧会鑑賞には好コンディションである。

 

 

「原安三郎コレクション 北斎×広重」京都文化博物館で6/14まで

 原安三郎コレクションによる北斎と広重を中心とした浮世絵展。原コレクションは国内コレクションの中では保存状態が良いことで知られるが、それでも海外マニアが貴重な美術品として厳重保存していたボストン美術館所蔵品などに比べると色あせがあることは否定できない。特に赤色系が色あせしやすいので、どうしても北斎の富嶽三十六景などは青っぽく見える。

 もっとも原コレクションの真価は、それよりも網羅性の方だろう。北斎の版画作品のほとんどを所蔵している上に、浮世絵師による肉筆画などの貴重な作品も所蔵している。本展でも北斎のあまりメジャーではない作品なども展示されており面白い。

記念写真撮影コーナーあり

 本展では北斎と広重を対照させるような印象の展示であるが、別に北斎vs広重という意図があるわけでなく、両巨匠を併せて見てみようぐらいの趣向。作風としてはやはり、動の北斎に対して静の広重か。北斎は静かな風景画でも何か動きのようなものが感じられ、滝の絵などは轟音が聞こえてくるような錯覚さえ生じる。

 それに対して広重の風景画は基本的には静かであり、画面の奥行きを感じさせるものが多い。晩年の作品などは特に俯瞰から奥行きを示した作品が増えるが、当時は飛行機はおろか気球もない時代なので、この構図は広重の想像力によるものと考えると驚く。奥行きを極めた結果、いわゆる「実相寺アングル」のような斬新な手法もとるようになるし。

 まあ定番どころが多いので、浮世絵に軽い興味がある層に一番最適か。私自身はそもそも原安三郎コレクション展自体が今まで何回か見学しているような気がするので、さして目新しい物はなかったのが本音。同じコレクション展でも、富嶽三十六景や東海道五十三次などの定番どころを外したマニアックなものを見たい気があるが、流石にそれでは客を呼べないだろうな・・・。


 浮世絵展の見学を終えると、2階の常設展の方も覗く。こちらでは現在新たに国宝や重要文化財に指定された品の展示を行っているとか。

 いきなり新国宝の「五百羅漢図」が登場だが、南北朝時代の品と言うのに保存状態が良くて色彩が鮮やかなのが驚くばかり。重要文化財に指定された等伯の「柳橋水車図」は香雪美術館の所蔵品で、この秋に中之島香雪美術館でも展示されるはず。等伯の作品にしては琳派的な装飾の多い作品である。ポーラ美術館所蔵の小山正太郎の油絵は向井潤吉を思わせる精緻で静かな田舎の風景。

 これら以外では古文書の類いだが、こちらは歴史の研究家向けで私のような素人には無関係。インパクトが強かったのは土佐家関係資料の中に足利将軍12代将軍・義晴の肖像があったが、これが織田信長感半端ない。あのタイプの肖像画って当時はパターンがあったんだろうか。やっぱり美化も入ってるのか(チビ・デブ・ハゲのナポレオンがイケメンに描かれるみたいに)。

織田信長感が半端ない足利義晴像(wikiより)

 

 

和風喫茶で一息ついてからホールへ

 展覧会の見学を終えたところで12時半頃。これからホールに向かっても良いが、まだやや早めだし何よりかなり疲労がある。これはやはり休憩兼燃料補給をしたい。そこで館内のろうじ店舗をフラフラ。「とにまる」なる茶屋を見つけたので入店することにする。注文したのは抹茶パフェとわらび餅がセットになった「東屋よくばりセット(980円)」

ろうじ店舗の「とにまる」で一息

 わらび餅があまり冷えていないのは、固くならないためのものであると推測できる。黒蜜をかけて頂くとまずまずである。パフェの方もボリュームはやや抑えめだが、私の今の胃腸の状態を考えるとむしろ正解か。味の方も特に驚きはないが、普通に美味い。

わらび餅とパフェの確かに「欲張り」なセット

 一息ついたところでホールに向かうことにする。今日の公演は完売だとか。京響人気にカンブルランによるマーラー6番となるとコアなマニアでなくて食指が動くところ。最近は京響人気でチケットの入手が難しくなってきているので、私も今年から定期会員になった次第。

京都コンサートホールへ

 館内に入場するととりあえずシートに直行。疲労が強いので今はとにかく座りたい。ここの喫茶は立席だし、そもそも今はコーヒーもコーラも飲む気がない(もう既に甘物は取り過ぎぐらい摂っている)。さっさと年間予約マイシートに着くと、ステージ一杯に並んでいる京響の椅子を眺めながら、例によって膝上pomeraでこの原稿を執筆中。

ステージから溢れそうな状態

 しばらくするとカンブルランのプレトークが始まる。かつて藤岡はこの曲を「悲劇性を感じさせない悲劇的」と言っていたが、カンブルランは「終盤の先の見えない悲劇性」と言ったので、この曲を文字通りに解釈している模様。またやたらに多彩な打楽器や楽器の編成など「音」にこだわっている様子が窺えたが、この辺りは実はこの後の演奏でその意味が分かることになる。

 

 

京都市交響楽団 第711回定期演奏会

指揮:シルヴァン・カンブルラン
マーラー:交響曲 第6番 イ短調 「悲劇的」

 

 第一楽章、冒頭から重厚かつブイブイと行く演奏も少なくない中で、カンブルランの演奏は重くなりすぎず軽快で鮮烈という印象である。とにかく音色が明快であり、京響の高い演奏力をフルに使い切っている印象。音がどれだけ重なっても濁らないのは京響の高いアンサンブル力の現れである。音楽はそのまま若干の狂気を帯びた強烈な行進曲として通り抜けていく。

 第二楽章は京響弦楽陣が重層となって美しい音色を響かせる牧歌的音楽。なんて美しいんだろうと感じているうちに音楽が過ぎていく。

 空気が変わり始めたのは第三楽章の中盤ぐらいから。スケルツォと思えないほどのドッシリしたテンポで音楽を奏でさせた辺りからどことなく狂気が迫り来るような気配を感じることになる。

 そして最終楽章はまさに混乱と混沌の極地である。一斉に押し寄せる多彩な音色がこちらの処理能力を超えて混乱の世界へと導いていく。こういうと京響の演奏が下手で滅茶苦茶になっているように聞こえるだろうが、そういう意味ではない。むしろ京響のアンサンブルは鉄壁で演奏自体には乱れがない。音楽が混乱しているのである。こうなると普通は指揮者にもっと交通整理を期待したくなるところだが、カンブルランはあえてそれをせずに、そこにある音のパレットをぶちまけている印象。これは音をそのまま出すという現代音楽的アプローチか。現代音楽を得意ジャンルとするカンブルランらしい姿勢のようにも感じる。

 しかし完全に処理能力を超えてしまったこちらとしては、頭の芯がしびれて段々と冷えていく感覚と共に、迫り来る狂気を自覚せざるを得なくなる。4楽章の途中で合唱のようなものが聞こえたような気がしたが、そもそも6番に合唱が付くはずがないから私の空耳か。どうも私も錯乱手前まで行ったようである。そのような大混乱の極地で唐突に曲が終わる。とんでもない演奏だと感じたが、熱狂とはほど遠い冷え切った混乱の中に放り出された感覚である。

 曲が終わると共にホッとしたしびれを伴ったような感じで拍手が始まる。それは時間と共に力を帯び、かなり盛り上がったものになっていく。結局は楽団員が引き上げても熱狂した観客の一部が前列まで押しかけて拍手を続け、京響定期では極めて異例のカンブルランの一般参賀。一部の観客には強烈に刺さったようであるが、確かにそれもさもありなんの強烈な演奏であった。もっとも私の場合は刺さったと言うよりは、鮮血が吹き出すような深いひっかき傷を作られた感覚だが。

 以前からカンブルランの演奏には時折強烈な違和感を抱くことがあったのだが、今回はそれが極まったと言うべきか。やはり並の指揮者ではないということだろう。しかし今回のマーラー、凄いだけでなく難しすぎた気がするが。

演奏中に使用したハンマーがロビーに展示されていた
(ハンマー台は大フィルから借りたとある)

 まだ頭の芯にしびれが残っているが、これで本遠征の全日程は終了である。大混雑の新快速で帰宅の途につきながら、途中でようやく確保できた座席で原稿仕上げを行う。

 

 最後に24時間戦う(?)ブロガーの執筆用兵器を紹介。どこでもさっと取り出して直ちに執筆作業に移れる機動力が最大の武器。

キングジムpomera DM250
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本遠征の前日の記事

www.ksagi.work