朝から大阪に駆けつけたものの・・・
この週末は大阪フィルのコンサート他で大阪に出向く。ついでに中之島香雪美術館に立ち寄るつもりなので、美術館の開館時間に間に合うように家を出て、JRで大阪に向かう。予定通り大阪に10時前に到着。さてこれから美術館へ・・・と思ったところでハッと気づく。「あれ?今日の予定をどう組んでたっけ?」
よくよく考えると今日の予定は中之島香雪美術館と大フィルの定期演奏会しかない。大フィルが15時開演、中之島香雪美術館は中規模の美術館なので、見学時間は30分~1時間程度。11時からホール周辺で昼食を摂ったとしたら、かなりゆっくり食べたとして1時間で12時頃。開演まで3時間もまるまる肥後橋という時間のつぶしようのない街で過ごす羽目になってしまう。今更ながらであるが、行く先は決めていたがタイムテーブルを考えていなかったことに気付いた次第。これは認知症などで発生する「段取りを組めない」だろうか・・・で、毎度のように「認めたくないものだな。老化ゆえの衰えとは・・・」とお決まりのセリフを池田秀一になり切って呟く羽目に。
しかもなぜか体調がすこぶる悪く全身が異様にしんどい。確かに昨晩は寝つきが悪いうえに眠りも浅かったから睡眠不足気味ではあるが・・・というところで原因が思いつく。「こりゃガス欠だ」。いわゆる低血糖という奴である。かつては「健康的な虚弱体質(笑)」だった私も、長年の不摂生と老化によって、今では血糖値コントールがスムーズにいかないという持病もちである。今朝は目が覚めるとそのまま朝食も摂らずに飛んできたため、活動が本格化するとともに完全に燃料不足になった模様。
とりあえず予定の全面組み直しが必要。燃料不足で回転が落ちている頭をフル回転する。その結論は、とりあえず今日宿泊する予定のホテルに荷物を置きに行く。あわよくば部屋に空きがあったらチェックイン時刻よりも早めに入れてくれる可能性がある。さらにホテルに立ち寄る前に近くで遅めの朝食を摂ろうというものであった。
新今宮の喫茶で遅めの朝食で燃料補給
新今宮に移動。朝食だが、この時点で頭にあったのは「神戸屋ウーピー」だったのだが、私の到着時には残念ながら本日の店内営業は終了との張り紙が。

そこで次の候補であった「喫茶 京」を訪ねて、ミックスサンドとアイスコーヒーを注文する。

落ち着いた雰囲気の喫茶店だが、ここの店の難点は、この界隈の一般常識として喫煙可であることと、表に自民党議員のポスターが貼ってあること(笑)。今日はあいにくと客の一人が喫煙者だった模様でたばこの臭いが少々している。その中で相変わらず美味いミックスサンドをつまみながらアイスコーヒーを頂く。

いつもの定宿にチェックインする
まだ血糖値が上昇するところまでは行っていないはずだが、腹に食べ物を入れただけで体調が少し持ち直してくる。そこでそのまま今日の宿泊ホテルであるビジネスホテルみかどでチェックイン手続きを取る。私の狙い通り部屋に空きがあるようなので、さっさと部屋に入ってしまう。

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部屋はいつも使う新館のシングル。ベッドとデスクと冷蔵庫だけのシンプルで機能的な部屋である。

とりあえずいつもの習慣としてまずは仕事環境の構築。そして室内着に着替えると冷房をいれてくつろぎつつ、この原稿をPCで執筆(笑)。ようやく一息がつけた。

ベッドに転がって録画していた昨日の転スラをタブレットでリモートで見たり、シャワーで汗を流したり、起き出して「教養ドキュメントファンクラブ」用の原稿を執筆したりして時間をつぶし、12時半になった頃に外出する。これから昼食を摂ってホールに移動して、香雪美術館に寄ってホールに行くのには時間として十分だろう。
新今宮で名物の牛肉のオムライスを昼食に
さて昼食であるが、久しぶりに「南自由軒」を訪問することにする。最近は夜の営業がなくなっていたことでご無沙汰していた店である。看板メニュー(文字通りに本当に看板になっている)の牛肉のオムライスの並を注文する。

初めての時は「牛肉のオムライスって」って気持ちもあったのだが、これが実際に食べてみると美味いのである。ある意味で牛肉文化の関西での正しいオムライス。なおマスターに夜の営業を辞めたのか聞いたところ、最近心臓の手術を受けたのでそのために17時で営業終了だったらしい。夜再開の予定は未定らしい(マスター自身は結構その気はあるようだが)。

久しぶりの懐かしい昼食を終えると、肥後橋に移動することにする。まずは美術館に立ち寄る。
「焼絵 茶色の珍事」中之島香雪美術館で5/31まで

焼絵とは墨を用いず、焼けた鉄筆を紙や板に押し当てて焦がすことによって絵を描く手法である。墨絵と違って摩擦で消えることがないため、最近でも実用の羽子板などの絵をこれで描く例なんかもあったとか。なお「別寅」などの焼き印も広い意味ではこれに属するとか。
焼けた鉄筆で焦げを制御するわけだから、とんでもない集中力を必要とする困難な作業に思われるのだが、日本に以前からあった手法を江戸時代に稲垣如蘭(実は近江山上藩藩主の稲垣定淳)が復活させて、藩主や家老クラスの間で静かな広がりを見せたのだという。一方で北斎の弟子である北鼎如連などの浮世絵師も参入、狩野派のタイプの絵を描くものなども現れたという。
なんとなくほんわかした作品から、私には想像も付かないような超絶技巧の作品などまで様々なものが登場するが、焼き絵の最大の特徴は言うまでもなく黒でなく茶で輪郭線を描くこと。それ故に絵の全体が墨絵よりも柔らかい印象になるし、特に木を描いたときなどはその色彩も相まって質感が非常にリアルになるのを感じる。
さらには近年には新たな焼絵の作家なども現れている。焼絵作品に着色して柔らかいメルヘンムードの絵本絵画を描いた猫野ぺすか、焼きによる溝までも質感に生かして、独特の気持ち悪くも美しい生物の姿を描いた辻野榮一なども登場する。
焼絵というかなりマイナーな面白い世界を紹介した展覧会であった。ただ一つだけ気になったのは、紙に描く以上どうしても経年で劣化して黄ばんでくる。そうなった時に茶色の焼絵は非常に見にくくなるということ。江戸時代の作品は物によってはほとんど見えなくなっていたものもあったので、その辺りが残念。芸術は儚い。

美術館の見学を終えると向かいのホールへ。フェスティバルホールは結構大入りで9割方の席は埋まっている。大フィルもまだまだ好調な模様。

大阪フィルハーモニー交響楽団 第598回定期演奏会

指揮:ミシェル・タバシュニク
ブラームス:交響曲 第3番 へ長調 作品90
ストラヴィンスキー:組曲「プルチネルラ」
ドビュッシー:交響詩「海」
タバシュニクは御年83歳。舞台袖から現れた時も歩き方がギクシャクとしている。ただ指揮自体は自分の足で立って行っている。
さて一曲目のブラームスだが、最初の一音から「おやっ」となった。弦楽陣と管楽陣の音色が全く溶け合わずにバラバラになっている印象なのである。どことなく先週に体験したカンブルランを連想させる。タバシュニクもカンブルラン同様に現代音楽を得意とする指揮者。やはり現代音楽的な鳴らし方なのだろうかと思い当たる。
しかしマーラーならこれでも良いが、これはブラームスである。ブラームスの音楽と言えばあらゆる楽器が渾然一体となった分厚い響きが特徴。こういう鳴り方をしてしまうと音が薄くチグハグに聞こえてしまうのである。
しかもタバシュニクは殊更に起伏を付けない淡々とした解析的な演奏。ブラームスとは分厚い浪花節だと考えている私には違和感が強い上に退屈な演奏である。あの有名な第三楽章なんかも美しいが起伏がない。そして最終楽章も驚くほどにあっさりと終わってしまった。
正直なところ私にとってはかなり面白味の薄い演奏だったというところ。私と同じことを感じた者がどれだけいるかは不明だが、満場の拍手も今ひとつ熱量の低さを感じさせるものに思われた。
休憩後の後半は現代というか近代音楽となる。まずは編成を大幅に縮小してのストラヴィンスキー。
もう最初から演奏の印象が違う。あの「溶け合わない」鳴らし方が、個々の楽器の音色が立って非常に鮮やかに聞こえる。またオケをフルサイズと室内楽の中途ぐらいの編成にしているのに加えて、ソリストだけの室内楽的演奏が入り交じるのがこの曲であるが、その対比が非常にシャープに聞こえる。かなりエッジの立った明瞭な演奏となって聞いていて飽きない。そういうわけでなかなかに聴き応えのある演奏であった。
編成を再び大型に戻して最後はドビュッシー。キラキラとした滑らかに音色はタバシュニクがこの曲を自家薬籠中の物にしていることを感じさせる。しかもこの曲なると今までなかった起伏が現れるうえに、タバシュニクの指揮自体に心なしか熱を感じる。今までのプロフェッサーがアーティストに転じた瞬間である。
そのまま色彩的かつ極めて明快な演奏で曲が進み、最後まで弛緩することなく終了したのである。満場の拍手は明らかに先ほどよりは熱を帯びたものになっており、拍手を受けるタバシュニクの方もノリノリな雰囲気となった。
結局は前半と後半で全く印象が変わったのが今回のコンサートだった。私の方も、ブラームスで退屈して眠くなり、ドビュッシーで目が冴えるという通常と逆の反応が出たのである。
大混雑の新世界で「正しい」ビフカツを堪能
コンサートを終えるとホテルに戻るが、その前に夕食に行くことにする。今日は先にチェックインを済ませているおかげで身軽。ホテルに戻ってしまうと疲れが出るのがオチなので、動物園前で地下鉄を降りるとそのまま直接新世界に繰り出す。
じゃんじゃん横丁は相変わらずの混雑で「八重勝」とか「大興寿司」などはインバウンドでとんでもないことになっている。おかげでこれらの店はこの数年立ち寄ることさえ出来ていない。

通天閣の前の混雑もひどいものである。しかしよく見ていると、続く店と続かない店の明暗が明確に分かれているのを感じる。大繁盛している店の横で、明らかに死相の出ている店もある。飲食店の難しさである。

私が目指すはかなり久しぶりの「グリル梵」。この混雑がそこまで及んでいたら嫌だなと思っていたが、通天閣を過ぎると急激に人通りが減り、店のある裏路地には人影はなし。お世辞にも綺麗とは言えない店がいつもの佇まいで待っている。

入店してカウンター席に案内されると私は迷わず「牛ヒレカツにご飯(2750円)」を注文する。しばしこの原稿をpomeraで打ちつつ待つこと数分、注文の品が到着する。

断面を見ると分厚い牛肉が見事にミディアムで揚がっている。これこそが正しい関西のビフカツというものである。最近はなんでも柔らかい方が良いという信仰が強まっているのか、世間ではレアカツが増えているが私に言わせればあれは邪道である。このミディアムでの揚がり具合こそが、適当な歯ごたえと共に衣と一体化した牛肉の風味を味わえる形態である。レアステーキに衣を被せただけの残念なビフカツもどきも少なくない中、これこそがビフカツのあるべき姿。

久しぶりに「正しい関西のビフカツ」を堪能すると、大混雑の新世界を潜り抜けてビジネスホテルみかどに戻ってくる。部屋に戻るととりあえず汗を流すために、大浴場の男性タイムが終わる前(このホテルの大浴場は男女入れ替え制)に飛び込む。
さっぱりしたところで夜の執筆タイムに臨むことにする。まだまだ夜は長い。この原稿をまとめると、さらに朝のうちに半分ほど書いていた「教養ドキュメントファンクラブ」用の原稿を仕上げてアップ。それにしても私のプライベートって、ほとんどがブログ作成なんで、これが仕事だったらまるっきり昭和の猛烈サラリーマンだ。実際、この勤勉さを本業の方に向けていたら、今頃は多分重役クラスにはなれているところだが(笑)。なぜか遊びには真剣に臨むのに、仕事には真剣になれない難儀な私。どうやら根っからの遊び人か。