プロローグ 55にして立つ

金には執着しなかった若き日
「富者もすなる投資といふものを、貧者もしてみむとてするなり」・・・あっ、これは徒然草でなくて土佐日記だった。
今回は趣向を変えて、私が老後の生活防衛として実行している投資について紹介する。とは言っても私は株の専門家のように「この株を買えば上がる」とか予想できるわけではない(そんなことが出来れば全力でその株を買っている)。試行錯誤を重ねながら還暦を迎えて必勝戦略なんて言えたものではないが、一応の投資スタイルのようなものが見えてきたので、それを紹介する。
まず今までの経緯を説明すると、私は55になるまで投資マインドなど微塵もなかった・・・というか、むしろそういう行為を蔑んでいた。というのも我が家に伝わる家訓は「金儲けにガツガツするのは浅ましい」というものであり、「不労所得は悪」「株は博打」といったことを子供のころから仕込まれていた。金儲けに心を割く生活は醜いという価値観を叩きこまれており、我が家は貧乏にも関わらずまるで没落士族みたいなものである(うちの家系は士族どころか、由緒正しいプロレタリアートなんだが)。
ちなみに家訓の後半は「手堅く貯金をして慎ましく生活しろ」というものなんだが、私は前半の方は守りつつ後半は完全無視の生活をしており、親からは「救いようのない放蕩息子」と文句を言われていた。まあ私の気質自体が「遊興三昧で身上をつぶしてしまう大店の馬鹿旦那」気質だったようである(私自身は「芸術家気質」と言っていたが)。もっとも私はその遊興内容がよくある「酒・博打・女」でなく、「音楽・美術・旅行」だったのが特異だったようである。なお本ブログの前半期や、その前身である私的美術館紀行での遠征記がまさにその私の大散財記録でもある。
コロナ禍で厳しい現実に直面する
しかし55になった頃に発生したのが例のコロナ禍。こうなるとそれまでのコンサート遠征などが不可能となりお籠りすることになる。先の不安を抱えた中でお籠りなんてしていると、人間いろいろ考えるもの。私もわが身を振り返ってみると、もう定年までに5年ほどしかない。政府は「年金に頼るな。2000万円持ってない奴が野垂れ死んでも自己責任」などと言い出している。私は幸いにして退職金をもらえる企業に就職しているが、私のような出世ルートから外れた社員に2000万円もの退職金を大盤振る舞いしてくれるほど羽振りの良い会社でもない。で、手元にある貯金は・・・限りなく0に近い。そもそも月末ごとにクレジットの支払額を計算して綱渡りをしてる状況。おかげでメインバンクの三井住友からはしょっちゅうキャッシングの申し込みの案内という悪魔の文書(これに手を出したら流石に人生終わると思っている)が届く状況である。これらを勘案した時「あっ、詰んだ」という言葉が思わず出てしまった。
こうなると財テクとまでは言わないまでも、何らかの貯金、さらにはそこから投資で増やす方法を考えざるをえないという現実に直面した。時は折しも旧NISAが広がって「貯蓄から投資へ」の掛け声がかかっていた時代である。しかし制度はあっても知識がなさすぎて何をすれば良いか分からない。そこで私はここで「金の亡者になる」という生活目標を掲げて投資の勉強を始めることに相成ったのである。何かの参考にでもなればと、その「血と汗と涙のドキュメント(笑)」をここに記したいと思う。
なお、私はこの「金の亡者になる」に関連して、以前に「無駄な支出を省く」という観点でふるさと納税の使用についての記事を書いている。この時には「庶民が損をしないためのマネー戦略1」と銘打っているが、この時の防衛的な戦術に対し、今回はより積極的な戦術に出た「2」と考えていただいて問題ない。
※本記事は筆者の体験談であり、特定の投資商品を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いいたします。
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