徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

戸隠神社を見学後、北野美術館を経て善光寺と横山城

 翌朝は6時半頃になると周囲がドタバタし始めるので目が覚める。かなり爆睡していたが、体はあちこちに痛みがある。特に昨日ぶつけた尻が痛むのと、両太ももに力が入らない。情けないほどに連日の山城攻めがダメージを与えているようである。両足が脱力状態で歩くのがギクシャクしてしまう。やはり根本的に鍛え直す必要がありそうだ。

 朝食は7時半から。オーソドックスな和食。とりあえずしっかりと腹にたたき込む。

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この日の朝食


 朝食後は軽く散歩に出る。夏だというのに空気がひんやりとしている。気持ちの良い空気だが、足が全く前に出ないので早々に戻ってくる。

 

戸隠神社を見学

 チェックアウトしたのは9時頃。とりあえず戸隠神社の宝物庫の入場券をもらっているので戸隠神社を訪問。なかなか由緒正しい神社のようであるが、神社の参道の石段が現在の私の体調ではほとんど拷問。杖をつきながらヨタヨタと登る情けなさ。

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戸隠神社はいきなりこの石段

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三本杉

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三本杉はかなり巨木

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戸隠神社社殿

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そしてこれが御神木

 戸隠神社の見学を終えると次は北野美術館に立ち寄ることにする。美術館は別荘街のようなところの奥の鬱蒼とした森の中にある。

 

「夏の日本画展 あさがおコレクションを中心に」北野美術館戸隠館で9/10まで

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 朝顔を題材にした日本画の大家たちの作品を展示。上村松園、酒井抱一、鏑木清方、速水御舟など蒼々たる顔ぶれの作品を展示。

 その中で私の印象に残ったのは中島千波の装飾的な朝顔の作品。金地に色鮮やかな作品で非常に華やかな印象を受ける。なかなかに爽やかな絵である。

 北野美術館がこの地に新館をオープンしたのは2年前とのことだが、新館をオープンするに至った理由の一つは、本館のある若穂地区が鉄道の廃線によって公共交通機関のないアクセスが劣悪な地になった上、周囲が中途半端に宅地化して風情もなくなってきた(以前は周囲は田園風景だったらしい)ことがあるとのこと。ここならリゾート地なので、ついでに立ち寄る客が期待できるということらしい。確かに周辺を散策している者も少なくないが、ただ最近はこの周辺でも熊の目撃情報があり警戒をしているらしい。散策に適した広い庭園があるのだが、今は残念ながら積極的には勧められないとのこと。

 

 北野美術館を後にすると長野に向けて突っ走る。11時に車を返却する必要があるので少々急ぎのドライブ。戸隠バードラインなる高原道路を走るが、驚くのは対向車の多さ。さらにその中でもバイクの比率が高い。どうやら長野から格好のツーリングコースとなってるようである。高原の高速コースを抜けると、今度は急カーブの連続の下り坂。なかなかにハードなコースだ。確かにツーリングに向いてそうなコースだ。

 ようやく長野市外に降りてきてガソリンを補給、レンタカーを返却した時には11時ちょうどだった。さてこれからどうするか。帰りの列車は3時のしなのを予約してあるので、それまで4時間弱をつぶす必要がある。とりあえずキャリーは駅のロッカーに入れて身軽になると、まずは善光寺までバスで移動することにする。

善光寺周辺で喫茶と昼食

 昼食は善光寺周辺でそばでも食べるかと思っているが、まずはその前に一息つきたい。竹風堂「くりあんみつ」で一服することにする。相変わらず栗かのこが絶品である。

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またも竹風堂で今度はくりあんみつ

 甘物でホッとしたところで善光寺の参道筋をしばしフラフラする。善光寺の近くで「尾張屋」なるそば屋を見つけたので入店、なめこおろしそばを注文する。

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善光寺前の尾張屋

 おろしとなめこがサッパリした風情でなかなかに美味。観光地としては上々のそばである。

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サッパリしたなめこおろしそば

 昼食を終えると善光寺の参拝。善光寺はいわゆるポックリ寺であり、高齢になってくれば来るほど切実に御利益が気になってくる寺(笑)。キーワードは「ピンピンコロリ」とのこと。胎内巡りなども受け付けているが、観光客が殺到している模様。私はこれは一度体験しているのでパスする。とりあえず最後はポックリと迎えたいが、現段階ではまだお迎えには来てもらいたくない。

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ポックリ寺として知られる善光寺

 

横山城 善光寺隣の南北朝時代の城郭

 久々に善光寺をサクッと参拝すると、この近くにあった横山城跡を見学する。横山城は善光寺と共に存続しており、南北朝時代以来、川中島合戦に至るまで軍事拠点として重要視された城であるとのこと。上杉謙信が川中島に出陣する際にはここを拠点にして武田軍に挑んだという。

 とは言っても今では市街に埋もれて城の遺構はほとんど残っていない。かつての本丸跡が現在の健御名方富命彦神別神社とのことで、そこのところは一段高くなっており、社殿の裏にはかすかに土塁の跡が残っている。城のあった土地は善光寺を西に望む台地であり、東側は比較的切り立っていることから確かに城郭向きの土地であることは分かるが、今となっては城跡と言われて「ああ、確かにそうかもね」と感じるという程度。

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この頂上辺りが横山城

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奥の本殿が本丸跡になるらしい

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東側は一応急傾斜になっている

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社殿の裏にかすかに土塁の跡がある

 

善光寺周辺でスイーツで暑さをしのぐ

 それにしても今日の長野はとにかく暑い。昨日までの戸隠とは全く気候が違う。フラフラになりながら再び善光寺の参道筋に戻ってくると、「つち茂」びんずるソフトを頂く。これは「おいり」の入ったカラフルなソフトで、黒いのは竹炭にいろだそうな。かなりしっかりとしたコクのあるソフトで、おいりの香ばしさがソフトになかなかマッチしている。黒蜜もかけてあるのだが、甘さは既に十分なので個人的にはこれは余計に感じた。

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参道筋のつち茂

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びんずるソフト

 バスで長野駅まで戻ってきたが、まだしなのの発車時刻まで1時間以上ある。もう一本早い便に振り替えることも考えたが、みどりの窓口を覗くとしなのは予約が一杯の状況。仕方ないので駅ビルをウロウロして、「長寿日本一 長野県長寿食堂」なる店に入店。宇治金時ドーピングで時間をつぶす。地場ものを売り込むことを目的としている店のようで、地産地消系のランチなんかもあるようなので、ランチを摂るのに良さそうな店。ちなみに宇治金時は氷に粉茶をかけてあるかなり本格派。

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なかなか本格的な宇治金時

 ようやくしなのの発車時刻が近づいてくると、キャリーを回収してから乗車。ここからは名古屋まで3時間近くの列車の旅となるが、暑さや諸々による疲労が一気に出て、ほとんど爆睡したまま過ごすことに。

 

名古屋で夕食を摂って帰宅

 名古屋に到着したのは夕方。新幹線で帰る前に夕食を摂っておきたい。と言うわけで高島屋のレストラン街を訪れると「竹葉亭」に入店。名古屋風ひつまぶしの1.5人前を注文。久しぶりにうなぎを堪能したが、支払いは5000円近くというかなり無茶な夕食を摂ってから帰宅したのである。今回の遠征では食事がやや抑えめだったから、最後でぶち切れてしまった・・・。

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名古屋駅高島屋の竹葉亭

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名古屋風ひつまぶし1.5人前

 と言うわけで少し遅めの夏休みと相成ったのだが、帰宅後は久々に体を動かした事による体調の好転と、少し無理をしたことによる疲労の両方が重なって複雑怪奇な体の調子になってしまった(体は比較的動くのだが、とにかく眠くて仕方ないという状態)。どうも体調を維持するのが困難となりつつある。

 ところで2年連続で松本のオザワ祭に参加したのであるが、果たして来年はどうするべきか。いよいよオザワも指揮をする体力がなくなってきているようなので、来年はもしオザワが健在でも最早ステージに立つのは無理になるかもしれない。しかしオザワが前面に出てこなくなると、この音楽祭自体の存続がかなりしんどくなってくる可能性は大。明らかにここ数年はチケットの売れ行きも落ちてきているようだし、オザワに代われるようなカリスマは他にはいないだろうし。そろそろ判断の難しい時期にさしかかっているようである。地元としてはどんな形であれ、音楽祭の存続の方が観光的にはありがたいのであるだろうが。