徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

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白鷺館アニメ棟

シン・ウルトラマンは、実にオリジナルへのリスペクトに満ちた作品であった

シン・ウルトラマンを見に行く

 「帰ってきたぞ、帰ってきたぞ、ウルト~ラ~マン」というわけで、この週末は新ウルトラマンならぬ、シン・ウルトラマンを見るために劇場へと繰り出すことにした。劇場はコロナなんてどこの世界の話ですかとばかりに若者で一杯。これは来週辺りが恐くはある。

 とりあえず次回上映のチケットを購入すると昼食を摂る店を物色するためにレストラン街へ。面倒臭いので結局は大戸屋に入店して、トンカツ定食を頼むことに。上映開始までそう時間に余裕があるわけでもないので、手っ取り早く食べられるメニューを選んだところもある。

本日の昼食

 サラリーマンの習性としてランチを10分以内で終えると劇場へ。劇場に到着すると間もなく入場である。かなりの評判なのか、各スクリーンを駆使してかなりの高頻度上映しているにもかかわらず、9割方は入っている。

 

 

 映画の宣伝などが始まるが、その中にはあの河瀬が監督した捏造オリンピックプロパガンダ映画のものもあって思い切り胸糞が悪くなる。選挙前にまた一大プロパガンダをするつもりだろうか。感動の押し売りほど胡散臭いものはない。それにしてもちょっと宣伝を見ただけでもやけに涙が安っぽい映画で、監督の力量の方も覗える。なるほどプロパガンダ映画でも作って生き延びるしかないわけだと妙に納得。

 この他には唐突に「シン・仮面ライダー」の宣伝も。「庵野秀明展」を見に行った時に紹介が少しあったが、まだ企画の段階だと思っていたら、もう既に制作が始まっているのか。ライダーのヘルメットの後から髪の毛が見えているという辺り、明らかに1号ライダーの初期をイメージしているのが分かる。で、ヒロインは浜辺美波。うーん、これは絶対見に行く必要が出来てしまった・・・。

 

近日登場

 

 

シン・ウルトラマン

(c) 2021「シン・ウルトラマン」製作委員会 (c)円谷プロ

 営業戦略的なものもあって、やたらに庵野秀明の映画という宣伝の仕方をされているが、実際は庵野は企画・脚本であって、監督はガメラなどで特撮ものでは定評のある樋口真嗣である。とは言うものの、樋口は庵野と志向が離れている人物ではないし(同じ穴のムジナとさえ言える(笑))、庵野の意図を脚本から汲み取っているのは明らかである。

 当然ながら特撮オタクだった庵野は明らかに子供の頃に憧れたウルトラマンを、現在の世に自らのこだわりを加えた上で甦らせるということを目論んでおり、樋口もまさにその線に従って作品を製作している。そのことからとにかく最新のCG技術を駆使した映像ながら、随所にオリジナルに対するリスペクトが覗える。

 映像技術に付いていえば、近年進化の著しいCGは、最早パッと見では現実と区別が付きにくいぐらいのレベルにまで到達している。そのCGを駆使して描かれたウルトラマンや怪獣(本作では禍威獣と呼称している)は、昔のいかにも着ぐるみ着ぐるみしたものではなく、実在の生命体としてのリアリティをも感じさせる。

 その一方で、例えばスペシウム光線の表現などは、最新CGを駆使すればいくらでももっとリアルな「光線」として描くことが可能なのだと思われるのだが、あえてフィルムに手書きという荒技で表現されていたオリジナルのテイストを意識した表現となっている。また飛行シーンなんかも、いくらでももっとリアルな表現が可能とも思われるにもかかわらず、あえて昔の模型を糸で吊って走らせた時代のテイストを残した表現になっていると感じさせられた(その一方でザラブとの空中戦などでは、とても糸釣りでは不可能なCG技術をフルに駆使したスピーディーな見せ場を作っているが)。

 もっとも殊更にオリジナルのファンに媚びたと言うよりも、明らかにオリジナルへの愛情に満ちているというべきだろう。また一部、オリジナルの時の音楽が挿入されていたことなども、オールドファンにとっては感涙ものである。

 

 

 しかし単なる懐古趣味でないのは作品自体から明らかである。ここに登場する社会情勢はいかにも今日のリアルを反映している。大国の狭間で翻弄されている日本に現れたウルトラマンという超越した存在は、当然のように超大国としては自らの軍事に転用できないかなどの思惑が交錯するし、日本の国内にもこれを利用したら世界の覇権を手に入れることもと妄想する良からぬ輩も登場する。この辺りの人間の愚かさ、醜さなどはなかなかにリアルである。

 そして日本の政治家以上に陰謀や腹芸を駆使する宇宙人(この作品では外星人と呼称)たち。地球に対する支配や人類絶滅などの悪意を持ちながらも、言葉巧みに政治家連中に取り入って、あくまで地球人自らその支配下に納まるように持っていこうとする策謀などは、非常に今日的な表現でありリアリティに満ちている。ここにはコミック「ULTRAMAN」などにも登場している多くの宇宙人が存在する星間世界という、オリジナルではハッキリとは登場しなかった概念を明確に持ち込んでいる。

 一方でウルトラマンが惹かれることになる人間の美徳、可能性なども描かれている。詳細はネタバレになるので割愛するが、やはりゼットンはウルトラマンではなく人類の力で倒す必要があるのである。この辺りは、明らかにオリジナル作品が含んでいたメッセージを本作は強く意識していることが分かる。人間の愚かさ醜さをふんだんに描いた上で、それでも人類には可能性があるというテーマが浮上するのである。

 かつて少年達をにんまりさせつつも、オリジナルをリアルタイムで見たことのない若者をも引き付ける魅力を持った作品に出来上がっていた。上映終了後「スゴイ映画だった」と興奮気味で話している若者の声も聞こえてきたんだが、それがすべてだろう。