徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

岡山地区美術館巡回後、山城の掃討戦を行ってから足温泉へ

 昨晩はあまり眠れなかった。カプセルホテルは何度か利用したが、うるさいのはともかくとして私がいつも気になるのは暑さ。今回のホテルもやはりカプセルの中がかなり暑くなり、夜中に寝苦しさのために完全に目が覚める羽目に。廊下に空調がかかっているのだが、個室形式になっていることで冷気がさまたげられて余計に暑さに拍車がかかったようである。ドアの上が開いているのだが、冷気は入らずに部屋の上に溜まった熱気が入ってくるだけになっている。結局は入口のドアに隙間を空けて寝ることに。これでは部屋の鍵がかけられないから、貴重品は枕元に置くことになって狭苦しかった。

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廊下側の空きはこのスペースだけ

 眠い目をこすりながら起き出すと、トーストとゆで卵の簡単な朝食を摂って9時前にはホテルをチェックアウトする。

 さて今日の予定だが、美術館を何軒かと山城を数カ所訪問する予定。まずは美術館から。

 

「没後70年 津田白印展」笠岡市立竹喬美術館で9/4まで

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 僧侶であり南画家でもあった津田白印の作品を展示した展覧会。彼の作品は自身の精神修養的な面だけでなく、彼が行っていた福祉事業の資金調達の意味もあったという。

 絵画の技術云々よりも精神性が前面に出ているような印象を受ける作品。これは決して技術的に劣るという意味ではなく、画を描くに当たっての自由な精神や遊び心、さらには生命への慈愛のようなものが作品から滲んできているのである。私は津田白印という人物については全く知らなかったのであるが、後で福祉事業など社会貢献もした人と聞くと「さもありなん」というのが正直な感想だった。

 

工ヶ城は・・・なんと登り口が分からず撤退

 美術館を後にするとまず最初の山城を目指す。最初に目指したのは工ヶ城。別名が匠ヶ城。鎌倉末期に陶山氏が建造した中世山城・・・のはずなのだが、現地に到着したところで城がある山は分かるのだが、その回りを車で何周かしても登口が全く分からない。しかも車を置けるような場所も見当たらない。と言うわけで、現地を訪れながらいきなり撤退の羽目に・・・。何やら出だしから蹴躓いている。

 いきなり山城攻略をしくじってしまったが、次は美術館に立ち寄ることにする。ここに来るのは久しぶりだ。

 

「生誕100年 長谷川青澄」井原私立田中美術館で9/8まで

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 この美術館が所蔵する長谷川青澄の作品を展示。彼の作品は文楽を描いたものが多いのだが、題材は極めて日本的であるにもかかわらず、絵から受ける印象は通常の日本画の軽妙な印象とは異なり、もっとガッチリとした強烈なものである。

 特にインパクトがあったのが人形師の顔の表現。やけにガチガチな描き方をされた人物表現が、日本画よりも近代西洋画的であって異彩を放っていた。

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昼食は近くで適当にうどんを食った

 

亀迫城 毛利氏の備中支配の拠点

 次は山城攻略。次に立ち寄ったのは亀迫城。室町末期に備中松山城の荘氏を破った毛利氏が、備中一円を掌握するための拠点として築いた城郭だという。毛利氏はここを拠点に備中を支配下に置くことになるが、関ヶ原の敗戦で領地を没収され、その際に廃城になったと考えられるとのこと。

 亀迫城は住宅地の中の小山の上にあり、現在は公園整備されているのでアクセスは容易である。案内看板に「砦のような小さい城」とあるが、確かにあまり大規模な城郭ではない。

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亀迫城風景

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途中にこの手の削平地が多数

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これが二の丸と言ったところか

 山上の本郭の裏手は川に面した切り立った崖になっており、正面に当たる東側の斜面に曲輪を連ねて防御したと考えられるが、公園整備によってかなり破壊されていると思われるので旧状はあまりハッキリしない。なお山上に発掘された往時の石垣の跡が残っている。

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裏手はこんな感じ

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二の丸で発掘された石垣跡

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ここが本丸

 

小菅城 那須与一の弟が築いた古い山城

 亀迫城の見学を終えると次は小菅城を訪問する。小菅城はかなり深い山の中にあり、これだけでも険阻な地形である。山の間の道を走っていると、小菅城址進入路入口の石碑と看板が立っているので、そこから車一台が一杯の林道をしばし走行すると、やがて小菅城の石碑が右手に見え、そこには車を置くスペースもある。

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この入口から林道を進む

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小菅城登り口

 そこに見える階段を登るとすぐに稲荷社の祠のある平地に出るが、それが二の丸。隣の一段高くなっているところが本丸で城跡碑が立っている。

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登った先はすぐに二の丸

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隣の小高い部分が本丸

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本丸

 周囲に帯曲輪があるとの情報もあったのだが、鬱蒼としすぎていて確認できず。登口から見ると稲荷社が後ろ向きになっているので、恐らく反対側にも登口があるのだと思われるが、上から見下ろした限りでは通路のようなものは確認できなかった。

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鳥居の向こう側を覗いてみたが

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鬱蒼として何が何やら

 何にせよここもかなり小規模な城郭のようである。この城を築いたのは源平合戦で功績を挙げた那須与一宗隆の弟の那須小太郎宗晴とのことだが、彼は間もなく下野に帰り、この地は三男の朝資が城主になって子孫が代々の城主を継いだという。南北朝末期に那須氏が中堀城を居城として築いて移った時に廃城になったとのこと。つまりはかなり古い城郭であり、この規模と単純さも頷けるところではある。

 

正霊山城では鬱蒼とした藪に進行を阻まれる

 次は正霊山城を訪問する。正霊山城は戦国初期にこの地に勢力を張った藤井氏が築いた城郭だという。

 井原市役所の芳井支所があってそこに案内看板が立っている。正霊山城はここの裏手に見える小高い山上にあるらしい。

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この山が正霊山城だが・・・

 住宅地の間に山に登る道があり、そこから墓地のところまでは簡単に行けるのだが、そこから進む道が生い茂る草や倒れてきた笹などで歩ける状態でない。散々道を探して迷っていた時に地元の人が通りがかったので道を尋ねたのだが、やはり登り道はここらしい。話によると春には下草を刈ったのだが、夏の間にこの状態になってしまったとのこと。まあ秋頃になると下草刈りをするつもりとの話を聞いたので、また季節を改めてリターンマッチをすることにして今回は撤退する。

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鬱蒼とした藪で前進不能

 

金黒山城は登り口さえ分からず

 次は金黒山城を訪ねる。築城年代は不明だが、三村氏に属していた城郭だという。

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この山が金黒山城らしいが・・・

 事前の情報に基づいてかなり山深いところをしばし走る。途中で道に迷ったがようやく倒れた案内看板を見つけた。しかしその近くの山の周りをウロウロと車で回ったが、どうしても登口が見つからない。看板の裏手に道があるようなないような雰囲気なのだが、こちらはハズレだと事前情報で聞いている。結局はここも登口を見つけることが出来ずスゴスゴと撤退することになる。

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倒れた看板を発見したのみ

 結局この日は5城を訪問したものの、攻略できたのはたったの2城で、後の3城は撤退という惨憺たる有様になってしまった。やはり下草がかなり茂る夏場は山城攻略にとっては不向きな季節である。下草が枯れる冬期に出直すべきだろう。しかもほとんど何も出来なかったにもかかわらず、この灼熱地獄で確実に体力だけは削られてしまった。

 

足温泉で宿泊する

 情けない状況だが今回はこれで諦めて今日の宿を目指すことにする。今日宿泊するのは足温泉(「あし温泉」ではなくて「たる温泉」である)の旅館いづみ家。米子自動車道を湯原ICで降りると国道313号を南下する。湯原温泉はここから北側だが、この旭川沿いがいわゆる湯原温泉郷ということになるらしい。

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旅館いづみ家

 国道313号から橋で川を渡った向こう岸にあるのが足温泉。いづみ家は和風の旅館だが、足温泉郷には同様の温泉宿が数件あるようだ。これらの旅館が共同で温泉を有しており、それが温泉街はずれの日帰り温泉施設になっている。各旅館には内風呂はなくて、この共同浴場を使用するという形になるらしい。

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数軒の旅館が並ぶ小温泉街

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共同浴場

 施設自体は比較的最近に改築されたのか綺麗なものである。内部は内風呂に小さな露天風呂がついている。

 足温泉はアルカリ泉単純温泉ということで肌触りは若干ヌルッとしている。硫黄の匂いもかすかにするような気がするがさして強くはない。基本的には無味・無色・無臭の肌あたりの柔らかい湯である。

 

夕食を堪能する

 夕食前に一風呂浴びてくると一息。夕食は6時から広間で。川魚と山菜が中心のメニュー。シンプルであるがうまい。

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シンプルだが非常に美味い夕食

 夕食を終えて一服。しばしテレビでも見て過ごすが、それにしてもろくな番組がない。8時頃になったところで寝る前にもう一度入浴に行く。

 体を温めて帰ってくると眠気が押し寄せてきたので、布団の上に横になる。NHKのクラシック音楽館をつけて、ヤルヴィ指揮のN響を聴いていたらこれが子守歌になってしまう。