徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

ボローニャ歌劇場「セヴィリアの理髪師」

 目が覚めたの7時半だった。今日はフェスティバルホールにボローニャ歌劇場の「セヴィリアの理髪師」を見に行く予定だが、これの開演が15時から。しかしそれまでの予定が全くない。

 とりあえずホテルチェックアウトの10時ギリギリまで粘ると、そのまま大阪に移動する。朝食は駅ナカの「麺亭しおつる」。奇妙な名前だが、これの由来はしょっつるだろうか? ここで月見うどんを一杯掻き込む。

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駅ナカ店舗の「しおつる」

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月見うどん

 大阪駅でキャリーはコインロッカーに入れて身軽になったものの、どこかに行く当てもなければ、その気力もない。結局はこの日は大阪駅近くのネカフェで3時間ほどつぶすという自堕落な状況になってしまった。フラットシートでゴロリと寝そべりながら読んだのは「ドリフターズ」。どうも以前からAmazon先生がやたらに私に買えと勧めてくるので一度読んでみようかと思った次第。関ヶ原の合戦で死んだはずの島津豊久が異世界に召喚されるという、今時流行の転生もののパターン(しかもエルフやドワーフがいる世界というわけでもろにファンタジーワールド)なのだが、一筋縄でいかないというか一ひねりしてある。豊久と同様に召喚された連中は「漂流者(ドリフターズ)」と呼ばれているのだが、ここには織田信長に那須与一、さらにはハンニバルやスキピオ、そして果ては山口多聞といったてんでバラバラな連中が集まっていて、それを率いるのが安倍晴明という調子。剣術と魔法と陰陽道が入り組んだややこしい世界。そしてここに攻め込んでくるのが黒王と呼ばれる人物(どうもイエス・キリストのようであるが)が率いる「廃棄物(エンズ)」と呼ばれる連中で、こいつらも召喚されているのだが無念で死んだ連中ばかりなのでかなり性格が崩壊しており、殺人狂のジャンヌ・ダルクとか土方歳三とかという強烈な連中揃い。キャラクターがぶっ飛んではいるが、最近の漫画にしては人物がよく描けていると感じる。ただ一つだけ気になったのは、黒王が本当にイエス・キリストだったら、キリスト教原理主義者に作者が死刑宣告されかねないこと。イエスをオタクな遊び人にするまでならともかく、悪の帝王にしてしまうのはヤバくないか?

 ネカフェで時間をつぶしてからホールに移動するが、その前にフェスティバルゲート地下の「キッチンジロー」「とんかつとエビフライのランチ」を頂く。実にオーソドックスなランチだが、これで980円なら悪くない。なお豚汁が意外に美味い。

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キッチンジロー

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ランチ

 昼食も終わったところでホールに入場。私の席は3階席の最前列。場所としてはよい席だが、チケットを取った時に自分が高所恐怖症だということを完全に忘れていた。フェスティバルホールの三階席は特に高所恐怖症を引き起こしやすい怖い構造になっている(やけに高い上に柵が異常に低い)。おかげで席についても心拍が上がって落ち着かなくて、慣れるまでに大分時間がかかることに。

ボローニャ歌劇場「セヴィリアの理髪師」

指揮:フェデリコ・サンティ
演出:フェデリコ・グラッツィーニ
出演:アントニーノ・シラグーザ
   アルベルト・ガザーレ
   セレーナ・マルフィ
ボローニャ歌劇場管弦楽団/合唱団

 ロッシーニの軽妙な喜劇を小ネタも含んだ楽しい舞台にしたという印象。歌唱については堂々たるお調子者フィガロのガザーレの圧倒的な歌唱に魅了された。ロジーナのマルフィ、伯爵のシラグーザなども実に美しいのであるが、やや線が細めであることが若干気になった。またそれぞれのキャラが見せ場のアリアを持っているのはさすがにイタリアオペラ。難しいこと抜きに楽しめる作品である。

 しかしこうして聞くと感じたのは、イタリア語は言葉自体が歌唱のように聞こえるということ。イタリア語が持つ独特のリズムはそのまま歌に通じるもののようである。何となくこの国でオペラ文化が花開いた理由が納得できたように思われる。

 なかなかに楽しい作品であった。場内も盛り上がって終演後はやんやの歓声となっていた。私も久々にやっぱり生のオペラは良いなと再確認した。


 これで週末の予定は終了、さあ明日からまた仕事だ・・・。