徒然草枕

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ドゥダメルの指揮でベルリンフィルのマーラーの復活を聴く

 さて結局はまたもお籠もりで過ごさざるを得なかったこの週末であるが、やはりライブ配信に明け暮れることとなってしまった。週末最後の日曜日は、お約束のようにベルリンフィルデジタルコンサートホールの時間差ライブ配信である。

ベルリンフィルデジタルコンサートホール

指揮:グスターボ・ドゥダメル
ナディーン・シエラ(ソプラノ)
オッカ・フォン・デア・ダムラウ(メゾソプラノ)
ベルリン放送合唱団

マーラー 交響曲第2番ハ短調《復活》

 コンサートは開始前にドゥダメルの提案によってロシアのウクライナへの侵攻に抗議しての黙祷から始まる。やはり音楽は平和あってこそである。会場内もそのことで意思が統一されていたようである。

 さてそうして始まった「復活」であるが、この曲はいきなり運命の直撃に翻弄される人を現すのかのような荒々しく怒濤の旋律に翻弄されるのであるが、どうもドゥダメルの解釈はやや異なる。確かに厳しさ、荒々しさは存在するのであるが、その合間に美しさ優しさが垣間見える。運命に翻弄されながらも希望を失わずに未来を見据えているかのような音楽である。やはりドゥダメルの音楽には根底に陽性の空気が流れているようである。何度も運命の直撃を食らいながらもそれでも倒れず不死鳥のように甦るかのような強い意志が感じられる。この楽章の最後は叩きつけるような音楽に思わず重苦しい溜息が漏れそうになるのであるが、ドゥダメルの音楽は怒濤の運命の直撃と言うよりは、むしろそれにあらがって立ち上がった人が、最後に運命に打ち勝った証として高々と片手を上げるかのようである。

 第一楽章が終わるとドゥダメルは一旦舞台袖に引っ込んで、その間に合唱団が入場、コンマスの音合わせも行われる。この曲の稿には第一楽章終了後に「少なくとも5分間以上の休みを置くこと」とあったらしいが、どうもドゥダメルはそれを意識しているようである。そしてソリスト共にドゥダメルが再び入場してくると第二楽章が始まる。

 

 

 こうして間隔をおいて新しい曲の最初として聴くと、またこの楽章の音楽の美しさが際立つ。まさに天国のワルツとでも言うべきような音楽である。ハーモニーの美しさは流石にベルリンフィル。途中で激しい感情がわき上がる部分があるが、それが暗黒面に落ちることはない。すぐに平穏化すると美しく安らかにこの楽章は閉まる。

 そして第三楽章「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」である。軽やかでいささか剽軽ささえ感じさせる音楽となっている。それにしても何と優しく美しいのであろうか。牧歌的な空気が流れる楽章である。終盤の怒濤の盛り上がりも決して荒々しくはならず、基本的に陽性な空気は全く変わらず、すぐに牧歌的な平安の中でこの楽章を終える。

 そしてメゾソプラノ独唱で始まる第四楽章。重さが皆無で優美さが正面に出るのは、ここまでの空気を考えたら予想通りではある。そして短い楽章は夢見心地のまま終わる。

 最終楽章は派手な前奏の後、穏やかでゆったりとした中から徐々に讃歌のような音楽が形をなしてくる。再び運命が襲来しようとしても全く動揺しない。華々しく力強く、我が前に勝利こそあれと言わんばかりである。そして静まりかえったところからかすかに讃歌が聞こえてくる。ここの徹底した静寂が見事。実に荘厳な讃歌である。そこに天国的なソプラノが重なって美の極み。そして讃歌は徐々に盛り上がっていき荘厳で感動的なフィナーレへと到達する。

 正直なところ今まで聴いたことのないような陽性な演奏で戸惑った。特に第一楽章のあそこまで美しくて優しい演奏は記憶にない。そこから天国的な境地に至り、最終的な荘厳なフィナーレには正直なところ胸を打たれた。思わず涙が出そうになったという感覚は、この曲では初めてである。どちらかと言えば強音部でブンチャカやるのが目立つこの曲だが、ドゥダメルは徹底して弱音に気を使って、徹底的に美しく奏でていた。この辺りはベルリンフィルの抜群の技倆もあってのものなんだろう。ドゥダメルはそれをフルに使い切った感じである。

 正直なところやや異色な演奏とも思えるのだが、「復活」に関してこのような演奏は想像もしていなかった。やはりドゥダメルただ者ではない。場内もいきなり総立ちというようなかなりの盛り上がりとなっていたが、それも頷ける名演である。私もかなり心揺さぶられた。