徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

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白鷺館アニメ棟

チェコフィルの圧倒的な極上サウンドに魅了されっぱなしになってしまう

チェコフィル来日公演へ

 今日から三連休だが、今日は日帰りで大阪まで出向くことにした。この秋はコロナ開けでベルリンフィルを初めとしてオケの来日ラッシュだが、アベノミクスの当然予測されたはずの結果(にも関わらず、自称経済専門家連中は悉く口をつぐんでご追従ばかりしていたが)による狂乱円安のせいでチケット価格が高騰、年々懐事情が厳しさを増す私としては「とても手が出ない」という状況になっていた。しかしそんな中でもやはり「これだけはどうしても行きたい」というものはあるもの。今日はその一つ、チェコフィルのコンサートである。

 昔から「チェコにハズレなし」という言葉がこの世界にはあるぐらい、チェコのオケはレベルの高いところが多い。その中でも堂々のトップがチェコフィル。レベルとしてはウィーンやベルリンなどの独墺の有名オケにもひけをとらない。そのチェコフィルがビシュコフを迎えてどのような音色を出すのかは実に興味のあるところである。

 仕事の疲れで休日はいつもよりもゆっくり寝ていたが、途中で目を覚ますと慌てて朝食を掻き込んでからホールに向かうことにする。今日はどこにも立ち寄る予定がなく、ホール直行であるので時間的には余裕を持った出発だが、それでも阪神高速の想定外の渋滞を警戒してかなり安全マージンは取ってある。

 結果としてそれは正解だった。常に魔物が潜んでいる阪神高速では今日も想定外の場所での想定外の渋滞に出くわし、かなりの時間の浪費を余儀なくされることとなった。しかしリスクマージンを十二分に取っていたおかげで大阪には開場のはるか前に到着、akippaで予約しておいた駐車場に車を入れるとまずは昼食である。

 

 

昼食は寿司セット

 今日は気分的に寿司を食いたい気分。と言うわけでいつもの「魚心」を訪れてランチメニューの「ぶっちぎりセット(1000円)」を注文する。いつも週末は昼時も結構ガラガラで心配していたのだが、今日は平日なのかかなりの混雑。席は満席に近く、次々に客が訪れる状態である。

今日の「魚心」は客が入れ替わり立ち代わり

 寿司はいつものごとく満足できるもの。ネタの大きさ鮮度共に文句はない。寿司を堪能したのである。

寿司に満足

 

 

 昼食を終えると表をブラプラ。今日は11月にしてはやけに暑い。まだ開場まで30分以上あるから喫茶ででも時間をつぶしたい気はあるが、正直なところ金が惜しい。どうしたものかと悩みながらプラプラと歩いていたらマックスバリュが目に入る。時間つぶしと思って入店するとイートインコーナーがあるので、3割引デザートを買い込んでしばしここで時間をつぶすことにする。CPは良いがどうにも貧乏くさいことは否定できない。もっとも実際に自民党の庶民貧困化政策のために貧乏なんだから仕方ないが。

庶民の味方の3割引スイーツ

 開場時刻になるとホールに移動してすぐに入場。結構押しかけている印象だが、場内に入るとそれほど観客が多いわけでもないというようにも感じられる。

ホールへは続々入場中

 それにも関わらず喫茶は大混雑なのは、やはり通常の関西フィルの定期演奏会などよりも観客が微妙に富裕層なんだろう。クラシック音楽はそもそもは貴族のものだったのが、後に台頭してきたブルジョワジーのものとなった。そういう経緯もあるので何かと階級を感じさせる場面が多い(オペラなどはもっと露骨である)。まあそれも当然のことで、そもそも食うに困っていたら音楽なんて習う余裕がなくなる。そういうような社会に反抗した音楽がいわゆるロックなどだが、最近は露骨に権力に媚びるロッカーなんてダサい存在まで登場しており、世の中が変わってきたようである。

 

 

 とりあえず腹がまだ少し軽いのでアイスコーヒーにサンドイッチを組み合わせて注文。先ほど喫茶をケチった金をこっちに回している。しばし原稿執筆などをしながらマッタリと時間をつぶす。

アイスコーヒーとサンドを頂きながら原稿執筆

 開演時間が迫ってきたところでホールへ。今回は料金が高かったことから3階のバルコニー席の後列という見切れ席。今の私にはこれが精一杯。場内は8割ぐらいの入り。一番安いB席が完売していて、一番高いS席もそこそこ売れているが、二階バルコニー後列と二階席後列が空席が多いということは、価格が中途半端なA席が売れ残ったというところか。

3階バルコニーの見切れ席

 

 

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 大阪公演

[指揮]セミヨン・ビシュコフ
[チェロ]パブロ・フェランデス
[管弦楽]チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

ドヴォルザーク:「オテロ」序曲 op.93
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 op.104
ドヴォルザーク:交響曲 第8番 ト長調 op.88

 一曲目の「オテロ」から一発で魅了される。アンサンブルの精度が桁違いである。驚いたのはチェロやヴィオラが巨大な一台の楽器としての音像が浮かび上がること。国内のオケだとどうしてももう少し各奏者がばらけるものであるが、一つの楽器が完全にひとかたまりとして聞こえてくる。楽器をやったことのない私が言っても説得力はないが、ここまで音を揃えるには単にピッチやタイミングを揃えるだけでなく、楽器の特性や各奏者の演奏のくせのようなものもある程度揃えないと不可能ではないかと思われる。もうこの時点でさすがにチェコフィルは超一流のオケであると感心する。

 元々チェコフィルは技倆の高いオケであったが、ただ近年はそれ故に洗練されすぎて特徴が薄くなっていた感があった。しかしビシュコフが首席指揮者になったことで、そこに濃厚なチェコ色が加わったことが感じられる。ビシュコフはチェコフィルの濃密で美しいアンサンブルをフルに発揮しながら、そこに独得のアクセントやらをつけることで演奏にニュアンスを持たせている。またここ一番になるとアンサンブルが崩れる危険を冒しつつでもかなり激しく煽るシーンもある。もう初っ端から圧倒されるパフォーマンスであった。

 二曲目はフェランデスをソリストとして迎えたドボコンであるが、これがまた驚く。というのはフェランデスの演奏がテンポの揺らしや溜などをふんだんに含んだかなり濃厚なものであるからである。もう究極のオレ様演奏とも言える。その揺らしも音抜け寸前のものがあったりするから、非常に情緒は深いのであるが協奏曲としてはかなりスリリング。適宜それに合わせて修正してくるビシュコフとその指揮にピッタリとついてくるチェコフィルの技倆に感心だが、さすがのチェコフィルといえども先ほどの「オテロ」に比べるとアンサンブルの精度はどうしても一段レベルが低下している。先ほどが超一流オケの完璧なアンサンブルだとしたら、今度は普通の一流オケの上手いアンサンブルというところ。しかしそれでもフェランデスの溜が激しすぎて、バックのオケと微妙にズレたのが私にさえ分かったような場面もいくつか。

 バックのオケのことを全く配慮しない超オレ様演奏だなと感心していたのだが、実はこれでもフェランデスにしたらバックのことを考えて抑え目にしていたようである。というのは途中でオケなしのソロ演奏のみのセクションになったら、それまでの比でないレベルの揺らしや溜が炸裂したからである。これには唖然。まあそれでも最後までなんとか破綻のない叙情的な見事な演奏としてまとまったのである。スリリングかつ表情豊かでこれはこれで面白い演奏ではある。

 で、予想通りであるが、オケの枷が完全に外れたアンコールのバッハの無伴奏はもうフェランデス劇場。ふんだんに揺らせながらとんでもない美しい音色で演奏をしてくる。これはなかなかに圧巻。

 

 

 後半はドヴォルザークの8番であるが、もう冒頭の音色から心を鷲掴みにされる。濃密かつ極上の美しさを持った弦楽陣の音色にひたすら魅了されるばかり。しかもそこには溢れるほどのチェコ情緒が満ちている。正直なところ、私の眼前に見たことがないはずのボヘミアの森の風景が広がって見えた。単純な美しさを超えた情緒が含まれている。ビシュコフの適宜にアクセントを加えた結構クセのある演奏が、嫌味や下品にならずに自然に感情を湧き起こしてくるのである。

 第二楽章はまさにボヘミアの平原を抜ける風のような美しさと柔らかさ。第一楽章では結構煽ってきたビシュコフが、ここでは逆にテンポを抑え気味にゆったりと歌うのであるが、それがいくらテンポが落ちても集中力が切れることもなく、微妙に揺らしてくるビシュコフの意図に完璧に従って演奏される。チェコフィルの技倆とビシュコフの表現意図が噛み合っての天国のような世界である。

 第三楽章は冒頭からかなりネットリ風味の演奏。弦楽陣にかなりクセのある鳴らし方をさせているのであるが、それが全く悪趣味や下品にならないのが見事。美しくも楽しく、それでいて感傷的なところもあるチェコの舞踏の風景である。

 そして最終楽章。冒頭のトランペットの斉奏が見事なほどに1本にまとまっているのは流石。そしてそれに乗せてくる高密度の弦楽陣。あれよあれよのうちに怒濤のメロディの奔流に飲まれるがそれがまさに夢見心地の境地。そしてフィナーレはこれでもかとばかりに煽ってくるビシュコフにオケが完璧に応えての大盛り上がりのまま完結。私の方も久しぶりに血が騒ぐというか、感動が身体の奥底から盛り上がってくるのを感じる。

 かなりの名演に場内は当然のように爆発的な大盛り上がり。それに答えてのアンコールは予想通りにドヴォルザークのスラブ舞曲で2番。しっとりとした音楽が美しい。チェコフィルの極上のアンサンブルにかかるとやや世俗的な雰囲気のあるこの曲が、極上で至高の音楽として響いてくる。

 場内再び大盛り上がり。ここでまさかのアンコール2曲目であるが、ここでスラブ舞曲でなく、ブラームスのハンガリー舞曲の5番を持ってくるという憎さ。チェコフィルもビシュコフもノリノリの演奏で、メリハリや溜を通常以上に増量の濃密かつパフォーマンス的演奏。場内もノリノリで無意識に頭を揺すっている観客も見える(あれでノレなきゃ嘘って雰囲気)。そのまま怒濤のグランドフィナーレで、会場中が見事にビシュコフマジックに煙に巻かれたという雰囲気。終わってみればまさに圧巻であった。


 さすがにチェコフィルは桁違いであったが、そこにさらにチェコ風味を増量して濃厚な表現に結びつけたビシュコフの技倆が圧倒的。以前にチェコフィルを聴いた時の「美しい上に抜群に上手いんだが、上品すぎて心に響いてこないところがある」という物足りなさを完全に打破してきてくれた。恐るべし、セミヨン・ビシュコフ。