加古川で考古博物館を見学
今日は加古川までアマオケ加古川フィルのコンサートを聴きに行くことにした。そのついでに加古川の古墳でも見てこようという考え。
そもそも加古川はその名の通りに加古川の河口に栄えた町である。町自体が河口に広がる平野にある。このような土地は農業に適しているために昔から人が住んでいると決まっている。こういう土地で、たまに発生する水害から逃れられる高地は大抵は集落があったりするものだ。
まずは遺跡のそばにある兵庫県立考古博物館に立ち寄ることにする。博物館は溜め池である狐狸ヶ池の北にある。池の南の駐車場に車を止めると橋を渡って博物館へ。博物館には展望台もついており、上から公園全体を眺めることも可能。なお博物館では現在は特別展として甲冑展が行われているのでそれを見学。
「うつりゆく甲と冑」兵庫県立考古博物館で11/24まで
古代から戦国時代に至るまでの甲冑の歴史を展示。最初は木で作られていた甲冑が、鉄片を連ねたもの(いわゆる挂甲というやつ)になり、さらには中世を経て戦国期の甲冑に至る歴史が発掘品などと共に展示されている。
こうして眺めていると、日本甲冑のコンセプトは古墳時代からほぼ変わっていないことが感じられる。なお甲冑が弓を引く時に前になる左側を守るようになっており、右側は合わせのためにかなり大きく開いているということは、今回初めて知った。なるほど、馬上で下から槍でここを狙われたら致命傷になりそうである。
それが戦国期になると徒での戦いが増えたことでか、胴のところを隙間なく守る胴丸鎧が基本となってくる。このような鎧の変遷なども良く分かる。
常設展示の方は古代から近世までの播州地域の歴史の展示である。やはりこの地域は古代から人が暮らしているようで、それなりに出土品などもあるよう。
古代人は狩猟採取や農耕で生活していたが、それに纏わる展示もある。
それが社会が高度化してクニが現れるようになると、人間の愚かさの象徴でもある戦争が始まる。戦争に纏わる武器なども展示されている。
古墳時代になると土器なども進化し、中国から鏡などが渡ってくる。大型船を使った交易などが広範囲でなされるようになった。
なおこの地域はやきものも盛んで、中世までは須恵器や瓦の製造が行われてそれが広域に取引されていたようであるが、中世以降はより強度の高い備前焼に切り替わっていったようである。
ザッと展示を見学したところで昼をとっくに過ぎている。面倒くさいので博物館内の喫茶でカツカレーを注文する。しかし結果としてこれはハズレ。価格がそう高くないのは良いが、味の方も価格相応にあまり美味くない。
大中遺跡の見学
とりあえずの昼食を終えると遺跡公園の方を見学。この地は大中遺跡と言って古代の村の跡が見つかっているようである。まさに河口に近いところの若干の高台という条件を満たしているので集落にうってつけ。古代の縦穴式住居が複数復元されている。
もっとも復元も良いが、メンテナンスは大変そう。竪穴式住居はまさに当時はそこらで採取出来る材料で建造されていたのだが、現在では茅1つ取ってもそこらにない。それにどうしてもこういう建物は腐朽しやすいので、定期的なメンテナンスは必至。私が以前に見学した東北の遺跡では、定期的に中で火を炊いて燻していた。そういう手間が必要になるから結構大変である。
公園内には複数のタイプの住居が復元されているので、ザッと見学して回る。
播磨町郷土資料館に立ち寄る
遺跡の見学後は遺跡の南にある播磨町郷土資料館を見学する。見学料は無料。1つの展示室にこの地域の歴史をザッと展示してあり、内容的には先ほどの県立考古博物館の内容を思い切り要約した印象。
この施設独自の展示としては、かつてこの地を走っていた軽便鉄道である別府鉄道に纏わる展示。海沿いの多木肥料所(現在の多木科学)から肥料を今のJRまで輸送するために大正時代に建設されたという。貨物輸送と旅客輸送の両面で活躍したが、別府海水浴場の埋め立てによる閉鎖、さらにモータリゼーションの波の中、昭和59年に廃止されたという。なお廃線の決定打は、国鉄が合理化で土山駅での貨物取り扱いをやめることを決定したこととのことなので、国鉄合理化による私鉄廃止第1号になるとのこと。なお郷土資料館前の道がかつての線路跡であり、今でもGoogleマップで確認したら、土山駅に至るルートの痕跡が残っている。
施設の裏手には当時の機関車と客車が保存展示されている。六輪連結ディーゼル機関車のDC302とのこと。これが客車と貨車を引いていたという。木造の客車がノスタルジーを誘う。
ここらで13時前。開演が14時からなのでそろそろホールに移動することにする。会場はSHOWAグループ市民会館こと加古川市民会館(最近の流行で名前を売り払ったんだろう)。市役所と兼用の立体駐車場までは10分ちょっとで到着する。
私の到着時にはちょうどゾロゾロと入場中。私は開演前から並ぶのが嫌なので指定席券を購入している。
加古川フィル第46回定期演奏会
指揮:八木裕貴
ピアノ:堤聡子
チャイコフスキー:イタリア奇想曲 作品45
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」
グラズノフ:交響曲第5番 変ロ長調 作品55
残念ながらイタリア奇想曲の冒頭の金管斉奏の時点で「ああ、アマオケの音だな」と感じずにはいられない。複数の管が微妙に揃っていないし、そもそも音色自身に精彩がない。まあこの辺りはアマオケにあまり求めすぎても酷ではあるが。
微妙に揃っていないというのは弦楽陣も同様。アンサンブルに微妙な狂いがあるから音色が濁った印象になり、それが演奏全体がピリリとしない理由になる。全体的に奏者の技倆がバラバラのようで、それもズレの原因となっているように感じられる。
音色が精彩を欠くせいで、イタリア奇想曲についてはこの曲らしいキラキラ感が出ず、いささか眠たい演奏になってしまった。
同様に皇帝についてもバックのオケはやや鈍さを感じる演奏。基本的に音色にニュアンスを込めることが出来ないので、演奏自体が棒である。管楽器などはかなり一本調子の演奏。それに合わせてか堤のピアノソロもややあっさりめの演奏であり、正直なところあまり心に響かずに表層を流れて行ってしまった感がある。
後半のグラズノフは、練習量に差があるのか今回のプログラムの中では一番まとまりのある演奏。ただどうしても弦楽陣のアンサンブルの甘さと管楽陣の一本調子なニュアンスのなさは気になるところである。演奏全体にもう少しメリハリが欲しい。
というわけで、残念ながら加古川フィルについては技術的に今一歩という印象を受けざるを得なかったというのが正直なところ。どうも演奏が平坦になりがちなところがあるので、もう少しオケ自体をノセられるタイプの指揮者の方が合うか。実際に指揮者自身が「ドラマチックに行きます」と公言したアンコールの白鳥の湖はそれなりの演奏になっていたので。
残念ながら加古川フィルは技倆的に今一歩の印象。また加古川市民会館もシートがやや狭めで快適とは言い難く、音響もいかにも一昔前の市民会館というところで、「音響のブラックホール」ことかつての姫路市文化センターほどではないが、決して良いとは言いがたいものがある。つまりはすべてひっくるめてイマイチ感が強かったのが本音。まあこの日は遺跡見学がメインと考えると良しか。