この年末に出張とは・・・
年も押し迫ってきたが、この時期にもかかわらずいきなりの大阪方面出張である。面倒でしんどいことこの上ないのだが、哀しい宮仕えの身としては拒むわけにも行かず・・・というところもあるが、もう既に社内キャリアは完全に終わっており今更昇進も左遷もない私としては、実のところは徹底拒否も不可能ではない立場ではある。しかし予定の関係から承諾することにした。というのは、元々この週末は関西フィルの第九のために大阪まで行く予定だったから。つまりは出張のついでに週末の大阪方面遠征をひっつけてやろうと考えた次第。当然ながら金曜の夜は自腹で宿泊することになる。
早朝から出張先に向かうと、今週は何かとハードだったのでヘロヘロになりながらもなんとか金曜日の仕事を終了、宿泊のためにいつものように新今宮を目指すことにする。宿泊ホテルは私の定宿でもあるビジネスホテルみかど。風呂トイレ共用の新今宮標準仕様ホテルである。

チェックインのためにフロントで手続きをすると「初めてですか?」と聞かれる。「いえ、何度も利用してます」と言ったら、私の名前を見て「あっ」。どうやらいつもの汚い格好でなく、出張帰りでスーツを着込んでいたために別人と思われた模様。どうも昔から普通のサラリーマンとは見られずに、フリーのカメラマンかフリーのライターと見られることが多かったが、それからめっきり老いぼれた今では年中フリーの爺さんとでも見られているか。
とりあえず手続きを済ませて部屋に荷物を置くと、夕食のために街に繰り出す。とは言うものの、今は疲労が濃くて新世界にまで繰り出すような元気は皆無。とりあえず手近な場所でということで「らいらいけん」を訪問することにする。

日替わり定食を注文、選べる小鉢で刺身を選択、それをつまみながら料理の到着を待つ。物価高騰の波はこの店にも押し寄せており、定食メニューの価格が50円上がったとのことである。米の高騰が特に響いている模様。つくづく自民党の庶民を虐げる悪政に腹が立つ。ただ実は一番腹が立つのは、その悪政に唯々諾々と従っている自分で考えることを放棄した奴隷国民である。選挙制度が機能しているうちになんとかすることもできたのに、それをせずにここまで来たのは末期症状。

日替わり定食のおかずは鶏の唐揚げとブリの照り焼き。カラッと揚がった唐揚げが美味い。ブリは正直なところ照り焼きというイメージとは違うが悪くはない。特に良い米を使っているわけでもなさそうなのに無性にご飯が美味い。体調が厳しい時にはこういう定食が一番ほっとする。

夕食を終えるとホテルに戻る。とりあえず入浴を済ませるとフリータイム。作業用にPCは持参しているのだが、やはり疲労がひどすぎてPCを広げる元気がない。結局はベッドに転がってタブレットで小説(「片田舎のおっさん・・・」である)を読んでいたが、疲れでうとうとして顔面にタブレットを落下させること3回、ついにはタブレットがベット下に落下して、電源ケーブルのコネクタが歪んでしまう事態にまでなり、これはどうにもならんと諦めていつもよりもかなり早い時間に就寝してしまう。
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昨晩は慢性的な睡眠不足から来る疲労で前後不覚の爆睡(夜中に火災でもあったら多分逃げ遅れている)したのであるが、それでもいつもの起床時刻に目が覚める哀しいサラリーマンの習性。もっとも昨晩はいつもよりも4時間は早く就寝しているので、睡眠時間は十分に確保できたはず。ただ昨日よりも体は幾分軽くなっているが、それでも体の芯にどんよりとした疲れが残っている
本来ならここで朝食のために出かけるところだが、体が重い上に今から厚着を着込んで出かけるのも気が重い。結局はとりあえずシャワーで体は温めたものの、そのまま何をするでもなくベッドの上でゴロゴロと10時前まで過ごす。
流石にそろそろ活動開始するべき時刻だろう。着替えて荷物をまとめるとチェックアウト。今日の予定であるが、関西フィルの第九が14時半開演、その前に2箇所ほど美術館を回る予定。
ただまずは遅めの朝食である。久しぶりに「喫茶京」を訪問、ミックスサンドとアイスコーヒーを注文する。

未だにワンコインモーニングも存在するこの界隈では、かなり高級な朝食となるがそれだけの内容はある。とりあえずはしっかりと朝食を腹に入れる。

朝食を終えると地下鉄で天王寺まで移動。まず最初の目的地はあべのハルカス。

「密やかな美 小村雪岱のすべて」あべのハルカス美術館で'26.3/1まで

大正から昭和初期に活躍した画家である小村雪岱の画業を紹介する。
雪岱は日本画家であるが、泉鏡花ら文学者との交流などから書籍の装丁を始めとして舞台の設計など多様に活躍をしたという。また鏑木清方との密接な交流があり、初期の画風は特に清方を連想させるような清澄なものであった。また未だに日本に残っていた江戸の風情を愛したという。また彼の作品は明らかに浮世絵の流れを汲んでいる。

大正期に入ると資生堂に入社して広告を手掛けたり、泉鏡花らの作品の装丁・挿絵の活躍がメインとなってくるが、これ以外にも新聞雑誌の挿絵を手掛けるなどかなりその活躍が多彩となる。ここではあえて洋画的な手法を試みるなど、その作風を多彩に展開し始める。

また時代の空気と言うか、明治期には今一つ艶に欠ける部分があった雪岱であるが、この頃から若干退廃的な空気も感じさせる独特の艶を作品が帯び始める。もっとも艶はあれど媚がないところが彼らしいところなのかもしれない。
さらに特徴的なのは、多くの舞台装置のデザインを手掛けたこと。また映画美術なども手掛けて独特の美意識を展開した。


ただ多彩な活躍をして多忙であったがゆえに絵画自体の制作は少なく、そのことが画壇における評価自体は今一つ高くない原因ともなったようである。昭和期になって時代の空気が戦時の重苦しいものになっていく直前の1940年に54才で急死する。あの戦時の抑圧的なろくでもない時代を体験することなく逝ったのは、むしろ彼にとっては幸福だったかもしれないという声もあるとのこと。

ハルカスを後にすると次は肥後橋を目指す。目的地は中之島キューブ(と私は個人的に呼称している)こと中之島美術館。

「拡大するシュルレアリスム 視覚芸術から広告、ファッション、インテリアへ」中之島美術館で'26.3/8まで

20世紀美術として台頭した代表的な流れが超現実主義(シュルレアリスム)である。「悪夢のような世界」という不穏当な表現もあるこの潮流は、リアリティを持ちながらも幻想的で本能などの感覚に訴えかけてくるという芸術である。これが20世紀の美術界を席巻することとなる。
もっとも極めて雑多な流れなので、一体何をもってシュルレアリスムと定義するかはやや困難なところもある。展覧会冒頭に登場するのはいわゆるデュシャンの作品。芸術の在り方を追求した結果、ネタに詰まったデュシャンが便器をひっくり返した時に20世紀の新しい芸術潮流が生まれた。デュシャンがシュルレアリスムの元祖かは疑問だが、20世紀芸術潮流の元祖であることは間違いない。もっともその後の有象無象の独りよがりのくだらない自称芸術家量産のA級戦犯がデュシャンであることを考えると、私個人としてはデュシャンに対しての評価は微妙なのだが・・・。なお本展ではデュシャンは便器にとどまらず、ボウシかけからあらゆるものをひっくり返している。




後はシュルレアリスムの定番どころが並ぶ。やはり代表的なところとしてはインパクト大のダリ、さらにはマックス・エルンストにデ・キリコなど「これぞシュルレアリスム」という作家のいかにも作品が並ぶ。さらには近年ではシュルレアリスムと言えば欠かせない不思議絵画のマグリットに、意味不明に唐突にヌードの女性が登場するというイメージのポール・デルヴォーなどの有名どころも登場。


さらにはシュルレアリスムと関係したというファッション、ポスターに香水瓶などの小物、最後にはイサム・ノグチによるテーブルなどまで登場して本展は終了である。






正直なところシュルレアリスムという括りが大きすぎて、少々首をかしげる部分もないではなかったが、20世紀の代表的な芸術潮流を体感するという意味では興味深い展覧会であった。
これで美術館の目的は終了。後は昼食を摂ってからザ・シンフォニーホールに向かうだけ。さて、これからの移動経路であるが、私が元気で身軽な状況だったらここから福島まで歩くのだが、今日は全く元気でない上に社用と私用の2台のPC(つまりはどちらも「仕事用」PCなんだが)の入ったクソ重いキャリーを引っ張っている状態。その上に慣れない革靴のせいで既に足が痛くて仕方ない。とても長距離を歩けるコンディションでないので、無難に肥後橋まで戻って地下鉄で大阪に移動することにする。
大阪に移動したついでにこの界隈で昼食を摂ろうと考える。頭にあったのは牛タンの利久だったんだが、お昼時のせいで利久どころか「えん」にまで大行列ができている状況。中国からのインバウンドが大幅減少と言われているが、基本的に大阪駅の混雑はそう解消していない。エキマルシェでの昼食は諦めるしか仕方ない。
既に疲労困憊なんだが、ここから福島まで一駅だけJRに乗る気にもならず、重たいキャリーを引きずりながらプラプラとホールに向かって歩くことにする。結局はこの日の昼食は極めて安直に「福島やまがそば」で「カツ丼セット(1050円)」を食べることになる。体調があまり良くない時はそばが一番無難な選択となってしまう・・・。


昼食を終えた時には開場時刻頃。ホールにプラプラと歩いて行ったら到着は開場の2分前。かなりの行列である。やっぱり年末は第九を聞かないとという人が一般的には少なくないのだろうか。しかし私の場合は多分指揮者が鈴木優人でなかったら、昨日の出張と一緒にパスしたところである。

開場と同時に会場に入るととりあえずは喫茶に直行して、高級サンドイッチとアイスコーヒーを頂きながらしばし休憩する。それにしてもつくづく私も堕落したな・・・。やはり倹約のためには体力とそれを支える若さが必要なんだが、既に私にはそれがどちらもない。ただその結果として、ひたすら経済力が削がれることとなってしまう。

時間が来たところでホールに入場。私の席から見渡す限りではかなり大入りの印象。やはり年末第九はそれなりにかき入れなんだろうか。
関西フィルハーモニー管弦楽団 「第九」特別演奏会

[指揮]鈴木優人(関西フィル首席客演指揮者)
[ソプラノ]櫻井愛子
[メゾ・ソプラノ]林 眞暎
[テノール]宮里直樹
[バリトン]大西宇宙
[合唱]関西フィルハーモニー合唱団
[管弦楽]関西フィルハーモニー管弦楽団
ベートーヴェン:交響曲 第9番 ニ短調 op.125「合唱付」
つい先日に見事なほどに空滑りの第九を聞いただけに、冒頭からドッシリと重々しく始まったのには安心する。もっとも鈴木のアプローチは緊張感みなぎるというよりも、やや古典的に端正な演奏という印象を受ける。私ならもっと緊張感バリバリの超ロマンティック演奏をやるところだが、鈴木の演奏は最初からやや抑え気味のところがある。古典的と言うもののいわゆるピリオドなどとは違い、ノンビブに近いものの明らかにモダンアプローチではある。ただ殊更にはロマンティックさを強調しないというスタンス。
第二楽章も似たスタンス。スケルツォをいかにもスケルツォらしくややアップテンポ気味にグイグイ行く。ただこういう整然とした演奏を求められた時に、残念ながら関西フィルのアンサンブル力では鈴木が求めているレベルに今一歩届いていない感がある。ややガチャガチャした感じのところが現れてしまい。その辺りが瑕疵として聞こえてしまう。
第三楽章はかなりロマンティックに弦楽中心に美しく歌わせる。こういう曲想になると関西フィルが本領を発揮という感がある。関西フィルは大音量のアップテンポ気味の演奏の時はややドタバタするが、こういったゆったりした音楽で音色を聞かせる時にはデュメイの薫陶が未だに残っている。なかなか良い味を出す。
さて第四楽章。今回の第九では合唱団は最初から着席で、ソリスト陣は第四楽章の出番の前に入場というパターン。以前に鈴木が読響で第九を振ったときは、先日のパスカルと同様に第四楽章になってから合唱団もソリストも入場というパターンを取ったのだが、さすがに人数が少ないうえに動きも訓練されているプロ合唱団の新国立劇場合唱団と違い、関西フィル合唱団では演奏中に整然と入場というのはまず無理なので、それは諦めたのではという気がする。
それはともかくとして、第四楽章が始まった途端にいきなりかなりロマンティックに歌わせて来るからビックリした。確かにここに至るまでにやや古典的に始まった音楽が、進行とともにロマンティック性を帯びてくるという展開になっているのは感じていたが、それがついに極まったようだ。そしてさらに驚いたのが大空宇宙の歌唱。いかにも芝居ッ気たっぷりでオペラのようであるが、アレンジまで加えていたのには心底驚いた。テノールの宮里は大西に比べるとやや真面目な歌唱という印象があるが、表現力自体は遜色はないところではある。この辺りになると鈴木がかなり煽ってきているのだが、それに問題なく対応している。
音楽はクライマックスに向けてロマンティックに華々しくも盛上がっていく。プレトークで鈴木が、ベトチクをやっているとベートーヴェンの音楽の流れのようなものが感じられてというようなことを言っていたが、どうも鈴木は今日のこの曲に古典派から始まってロマン派の花を咲かせたベートーヴェンの生涯を込めているような印象も受けた。一貫しての設計がうかがわれてなかなかの演奏であった。
当然のように場内大盛り上がりの大盛況となった。鈴木の第九には一貫した設計と意図が貫かれており、この辺りは流石にただものではないという感を強く受けたところ。とりあえず2025年締めのコンサートは上々であったのである。

