早めに起床するとまずは燃料補給
翌朝は6時半ごろに自動で起床、その直後に目覚ましが鳴る。自然に目が覚めているので目覚め自体はまずまずさわやか。体に少し重さが残るがまあこんなものだろう。この年になると起床時から活力モリモリの方がむしろ異常。
とりあえず朝の作業(昨日の原稿のアップ)を行ってから朝食に出かけることにする。まだ7時半ぐらいだが、この界隈の喫茶店(私がよく使う「神戸屋ウーピー」とか「喫茶 京」)は8時にオープンするところが多いので、早朝からオープンしているはずの「喫茶マルフク」を目指すが、なぜかシャッターが降りたままである。
この界隈の喫茶店はワンコインでモーニングが食べられるような優秀な店が多いが、儲け度外視で高齢者が細々と経営している例が多いので、とかく急な営業時間変更や経営者の引退に伴う急な休廃業が多い(先の「南自由軒」のように、店主が病気をしたので夜間営業の休止とか)。ここのマスターもあまり若くはなかったと思うので、何もなければ良いが。高齢化と共に経済が縮小していく日本の縮図がここにもあったりするのである。
仕方ないので7時から営業しているはずの「喫茶キャメル」まで歩く。ここは昔は平日営業で週末は休みだった記憶があるが、最新のGoogle mapによると、休みが木・金に変更になっている。

現地に到着すると元気に営業中。店内は満席に近いが幸運にもたまたま空いていたテーブルに案内される。アイスコーヒーのモーニング(650円)を注文する。


この界隈の喫茶店の難点は突然の廃業ともう一つ、この界隈の常識として禁煙の店がまずないことである。そのために客が多ければ絶対にたばこの臭いを嗅ぐことになる。私は嫌煙者であるが、店内が煙で窒息寸前レベルまで充満ということでない限り耐えられないこともないので対応しているが、これがもっと強烈にだめな人はこの界隈の朝食はコンビニ飯にした方が無難だろう。
とりあえずの燃料補給をして帰ってくると今日のスケジュールの確認。今日は和歌山まで遠征する予定。目的は「下村観山展」。東京国立近代美術館で開催されていた大規模回顧展の関西への巡回で、観山ゆかりの和歌山で開催されることになった次第。
特急サザンの指定席で和歌山まで移動する
体にキツいので移動はサザンの指定席を確保している。ジュミニくんの話によると「新型車両の最前列席は大型のテーブルがあるので、pomeraの作業もやりやすいよ」との話である。
9時12分新今宮発の便をネット予約しているので、それに合わせてホテルをチェックアウトする。南海新今宮駅は縦に重なった形なので、キャリーを引きずっている場合エレベータを使いたいが、エレベーターは大型キャリーを転がしたインバウンド客に占拠されている。仕方ないのでキャリーを担いで階段をテクテク登ることに。

ホームで待つことしばし、サザンが到着する。8両編成の前方4両が指定席となる。指定席内はガラガラで私は確保した座席に。確かにテーブルとコンセント完備で快適な執筆環境が用意されている。


・・・と思っていたのだが、列車が走り出すとすぐに根本的問題があることに気づく。列車が思っていたより揺れるのである。遅い割にはよく揺れるという印象。やはり私鉄の南海はJRよりも保線費用がキツいんだろうか。この中で長時間集中してpomeraの画面を凝視するのは還暦のジジイにはつらい。どうやらジェミニ君はその健脚といい、その視力の強さといい、設定年齢が20代ぐらいのようだ。ジジイの体力も勘案したジェミニシニアの登場を願いたいところである。とりあえず最低限の原稿入力(つまり今書いている部分であるが)を済ませると、ジジイにとって一番無難な移動の仕方として、立派なシートに体を沈めて目を閉じてくつろぐことにする。
ぼんやりすることしばし、ようやく10時過ぎに和歌山市駅に到着。和歌山市駅は駅ビルも整備されてなかなかに立派な構えとなっている。とりあえずキャリーを置いて身軽になりたいところ。コインロッカーを探すと改札を出た右側にある。あらかた塞がっていたが、幸運にも小ロッカーに一つ空きが。私のキャリーは小型機内持ち込み可能サイズの最小型なので、ここに収納可能。これでとりあえず身軽になることが出来た。

さてこれからの予定だが、まずはバスで県庁前まで行くと近代美術館に直行して「下村観山展」を鑑賞予定。バスは2番バス停発のバスが県庁前に止まるとのこと・・・なんだが、生憎とたった今バスが出たばかりのようで、次のバスには10分以上の時間がかかる模様。まいったな・・・と思っていたら隣のバス停にバスが到着。調べたところJR和歌山駅方面行きのバスで和歌山城前を経由する模様。これを見た途端に頭の中で瞬時に今後の予定を根本的に組み直すとそのバスに飛び乗る。当初予定では美術館を見学後に和歌山城に立ち寄るつもりだったが、その予定を入れ替える。そう、遠征においては臨機応変、瞬時の予定変更も可能なのである・・・なんていうが、実は元々はこれは状況によってのプランBとして考えていたものなのでそれに切り替えた次第。「そう、遠征とは常に二手、三手先を読んで行うものだ」と赤い彗星になりきって呟いてみる。
和歌山城前バス停を降りるとそこに和歌山城が見えている。自然の丘を利用した立派な城で天守はそう巨大なものではないが、かなりの偉容を誇っており、さすがは徳川御三家の城である。実は和歌山城は遙か昔に一度訪問しているはずなんだが、今となってはその時の記憶はほとんどなく、こじんまりした天守だったという漠然として記憶しか残っていない。

山城攻略撮影機材の確認
ここで取り出す重要装備が一眼レフカメラ。美術館なんかの撮影だと、iPhoneをさっと取り出してということになるが、やはり山城を攻略するには能力の高い一眼レフカメラが必須。私の愛機はCANON EOS KissX5である。現在のカメラはデジタル一眼レフとしては二代目である。私と共に全国を駆け回った先代のカメラは2012年に弘前城の桜祭りを撮影に行った前日に旅先で突然にご臨終し、慌てて弘前のヤマダ電機までバスで飛んで行って現地で即決で購入したのが本機である。それ以降、私の遠征での愛機となっている。画質にこだわる本格的なカメラマニアにすると性能に物足りなさを感じるかもしれないが、これを担いで山城を闊歩する以上、機動性を重視している。

山城撮影用にタムロンの18-270mmという広角から望遠までをカバーするレンズを搭載している。タムロンなのは純正は高すぎて手が出ないから。F/3.5-6.3と若干暗めだが、基本的に昼の野外での撮影ばかりなので問題ない。カメラマニアならレンズを付け替えてとなるところだが、野外で何本もレンズを交換するのは荷物が増えることで機動性が落ちる。また埃っぽい野外でのレンズ交換は埃の侵入が怖い。というわけで標準レンズの代わりにこれをつけっぱなしである。
以上、私の山城用に特化した撮影機材である。ここのところ本格的な山城遠征が減っていたことから使用機会が激減していたのだが、今回は最初から和歌山城に立ち寄るつもりでいたことから持参した次第。なお私は写真マニアではなく、あくまで山城マニアなのでそれに合わせた機材チョイスである。なんせ雨に濡れたり場合によっては石垣から転落して放り出したりなんていうヘビーデューティーなので、高級機はあえて選んでいない。まあプロの方が見たら鼻で笑うレベルのカメラなんだが、見た目だけはやけにゴツイので(プロ用機材のゴツさはこの比じゃないんだが)、よく旅先ではプロのカメラマンに間違われることがある。なおその挙げ句に突然にpomeraを取り出すものだから、私は仕事中のフリーの記者と思われることが多い。実は全力で遊んでいる最中のただのジジイなんだが。
和歌山城攻略開始
和歌山城の大手門は一番手前にある。ここで「おやっ?」と思うのは大手門の位置。城の北東に位置しておりいわゆる鬼門の方角である。実は元々の大手門は南東にある岡口門だったらしいんだが、城下町の発展を考えてこちらに移したのだとか。これをやったのが関ケ原の合戦での功績でここに入った浅野幸長だそうだ。水運を利用できる城の北側を城下町として発展させるべくとの考えだそうだが、猛将として知られる浅野幸長は意外に合理的な考えの人物だったようだ。もっとも石垣などに鬼門封じの仕掛けは様々施されているとのこと。


堂々たる堀を渡って大手門から入場。右手に石垣を仰ぎながら直進を強いられるのだが、いきなり圧倒されるのはその石垣の高さ。


さらに直進した先にある枡形はかなり巨大。敵を大兵力で待ち構えて粉砕できる構えである。

桝形を抜けた先が二の丸。ここを直進すると本丸方向に登る階段があるが、これもなかなかに険しく、途中に櫓などもある。そう簡単には登らしてくれない構えとなっている。


途中から見下ろすと、遠方に見えるのが南東にある岡口門。ここがかつての大手門。なおほとんどの建造物が戦争で焼失した和歌山城で、この門は数少ない現存建築だという。


息を切らせながら天守の手前まで。天守を見上げつつ進むと本丸御殿と天守が完全に分離されている模様。恐らく本丸御殿が陥落するような事態になっても、最後まで天守で徹底抗戦して城主の切腹の時間を稼ぐということであろう。不退転の覚悟というやつである。なお本丸御殿の奥は今は給水施設になっていて進入禁止とか。


天守側に登ると休憩所などもある広場、ここから先は有料エリアということになる。

チケットを購入すると、いよいよ天守曲輪に侵入。和歌山城天守は小天守などもある連立天守となっており、回廊でつながっている。




オリジナルはあのアホな戦争で焼失したので、現在の建物は鉄筋コンクリートの外観復元。ただ昔の図面等が残っていたので外観はそのまま復元したという。しかし中はいわゆる普通の博物館である。鎧などのお約束の品々が展示されているが、三葉葵の紋が入っているのは徳川御三家の証拠。




最上階からの見晴らしは良い。広大な二の丸やそれと西の丸を結ぶ御橋廊下なども見える。本丸御殿跡は奥が仕切られていて、そこは今は給水施設があるとか。南に回るとこれから行く予定の県立近代美術館が見える。ここは元は武家屋敷などがあった場所とか。




天守を見学すると、まわりの櫓を一回りして出てくることになる。ここにはお約束のように全国各地の天守の写真が。私は一応全ての天守を訪問しているはずである。しかし今回この訪問済みの和歌山城を再訪したら、ほとんど覚えていないことに気づいた。また昔の知識の浅い頃と違って、今改めて見学すると、その半端ない堅固な石垣に驚嘆したが、当時はそんな記憶は残っていない。やっぱり二回り目をする意義が出てきているように感じるが、問題は軍資金か。もし私がこれから投資で大成功して軍資金を得、そのときにまだ体が自由に動いたら二回り目を検討するか・・・ほぼあり得ない話だが。



天守を降りると裏側に抜ける。確か南側の門があって、そこを抜けたら美術館は目の前・・・のはずだったのだが、方向感覚があまり優れていない私は、見事に方向を見失って、南の門でなく、西の搦め手口から出てくることになったのである。ここは追廻門と呼ばれる門だが、裏鬼門に当たるために鬼門封じとして赤色に塗られているとか。なお道に迷った場合にはスマホという現在の武器を使用するべきだったの気づいたのは門を出てから。このように私のような方向音痴の兵は、内部で自分の位置を見失って蜂の巣にされるというトラップが城郭には仕込んであるのである。






仕方ないので美術館までしばしトボトボとあるく。「下村観山展」見学の予定だが、時間的にその前に昼食を摂っておきたい。この周辺は飲食店に乏しいので、昼食場所としては美術館館内の喫茶を想定している。当初案というのは美術館に直行して、喫茶が開くと同時に入店するというもので、これは喫茶が混雑することを警戒してのものだったが、今は既に喫茶がオープンしてから30分経っている。喫茶に入店できるかは運任せとなる。



で、美術館に入館したら喫茶に直行、入口前に行列が出来ていたから不吉な予感が頭を過るが、事前の注文の混雑だけで席は空いており入店可能。まだ12時を回っていないのが幸いしたか。「キーマカレー」にアイスコーヒーを付ける。

料理到着待ちの間にしばし原稿作成作業。20分ぐらいでカレー到着。なかなかに個性的なカレーだ。添えられているのは梅酢(流石に和歌山)で、好みによって味変に使うとか。実際にこれをわずかに垂らしてみると、塩味に爽やかさが加わって意外に面白い。私はカレーの好みはかなり偏っているので大丈夫かと思ったが、思いのほかになじめる味であった。


昼食を終えたところで展覧会の見学に向かう。今日は東京芸術大学美術館教授で数々の美術展を手がけたという古田亮氏による講演があるのでついでに聴いていくつもり。開場が13時で開始が13時半からということなので、その間に美術展の見学をしておく。
「下村観山展」和歌山県立近代美術館で7/20まで

岡倉天心の弟子で横山大観、菱田春草にならぶ日本画界の大者・・・のはずなんだが、その割には知名度で彼らよりも一段劣る下村観山の大回顧展。

観山は狩野芳崖、橋本雅邦らに師事して絵の基礎を学んだ後、東京美術学校に第一期生として入学、岡倉天心の指導を受けて画家への道を進む。卒業後は指導に当たっていたが、後に天心の辞職と行動を共にして横山大観、菱田春草らと日本美術院創設に参加することになる。


古画の模写などで技術を磨いた観山だが、1903年には官費留学生に選ばれて渡英。西洋美術の模写などにも取り組み、さらに技術を深める。この時にラファエロの油絵などを水彩で模写しているのには驚かされる。西洋美術を取り入れつつも、あくまで自分の土俵で勝負しているのである。



帰国後は日本美術院の経営悪化で、天心が再起を期すべく五浦に移ったのに大観らと共に同行して、現地で画業を深める。ここで観山は古画の知識、留学の経験などを総合して新たな絵画を確立していく。金泥などの日本画の伝統的な画材を用いながら、西洋的な写生を取り入れた作品。さらには伝統的なやまと絵の方法に乗っ取った作品など、多彩な画業を展開する。



観山の金屏風の大作が複数展示されていたが、圧倒されるのはその余白の使い方である。右隻に精密に複雑な図を描きこんであり、対照的に左隻は余白の大きな図を持ってくる対照性。それが画面に緊張感を産んでいる。本展の「鵜」がその緊張感の最たるものである。

さらに「小倉山」はそこに屏風の屈曲による奥行感も組み合わせて劇的な効果を上げている。

それにしても展覧会に行く度に思うが、人それぞれ様々な鑑賞スタイルがあるものである。にじり寄って筆遣いの一つ一つまでじっくりと見る人から、さっと流す人まで。特に自分でも絵を描くような人は、画家の技術を盗んでやらんとばかりに間近で拡大鏡まで使って観察する模様。私の場合は絵の才能は皆無であるので、もし画家の技術を理解したところで再現不可能。そういうわけもあり、一歩引いてざっと眺めて画面全体の印象を把握するという見方が中心となる。そのためにさして面白いと思わなかった場合にはまさに流すだけになり「本当に見てるのか」とか「入場料がもったいない」と言われる羽目になる。なおテレビ番組なんかではよく、実はさほど美術には関心ないタレントが自分を文化人に見せようと、わざとらしく作品ににじり寄って「ほー、これは」なんて言ったりしている光景を見かけるが、これは見苦しいのでやめた方が良いと思う(笑)。
そんな私であるが流石に本展では足が止まる作品が多数。大判の金屏風などは一歩下がって全体を見た時に、観山の絶妙の「余白」に捕らわれて引き込まれるのである。その究極が本展の代表作である「弱法師」であろう。自然に視線が右から左に誘導され、その空間に心が引きこまれる感がある。


美術展の見学を終えるとちょうど13時前。講演会の会場に向かうことにする。開場直後のはずだが、私の訪問時には既に開場は半分方埋まっているという大盛況。30分待っている間にも聴講者は続々と訪れて急遽後列に椅子を増設ということもあった模様。

講演の内容は下村観山の絵画についてだが、横山大観や菱田春草との比較の話が多い。観山について大観との一番の違いは、東京芸術院に入学してから絵画を始めた大観と違い、観山はそれまでにしっかりと絵の修業をしていたということ。確かに当時の習作を見ると観山のものは既に完成の域にあるのに対し、大観のは素人目にも分かるぐらい稚拙であった。大観はここから尋常ならざる努力であの地位についたという。
なお観山が大観などに比べると圧倒的に知名度が劣るのは「大観の発信が多すぎたこと」だそうだ。観山の発信が少ないというよりも、日本画界を背負って立つという意識のかなり強い政治的な大観が、何かと発信を続けたために観山自身が何かを言う必要もなく、結局は大観の話ばかりが残ってしまったのだという。
なお観山の作品の特徴として「間」を挙げていたが、それは屏風などの右隻と左隻の間に空間的な隔たりや時間的な隔たりがある場合があると言うようなことを挙げていた。私はてっきり余白の使い方のことかと思っていたのだが。
御橋廊下など残りを見学
15時過ぎに講演が終了すると、まだ見学をしていなかった常設展を手早くスルーしてから(版画展を行っていたが、私の心を惹く作品はなし)、再び和歌山城を縦断してまだ見学していなかったエリアを見学することにする。往路よりも日差しが強くなってきているので、往路で使用したネッククーラーに加えて、日傘も引っ張り出してくる。これらの効果はなかなか絶大。
先ほどここから出るつもりで間違ってしまった不明門から入城し、立ち寄ったのは西の丸。ここを少し降りたところにある西の丸庭園を見学する。


池を中心としたこじんまりした庭園である。この背後に見えるのが御橋廊下。これは西の丸と二の丸をつなぐ橋だという。これを見学するのが今回の目的。


庭園見学後にその御橋廊下を渡ってみる。内部は土足禁止。両曲輪の間に結構な高さの差があるらしく、足下は急斜面になっており、床板をずらして積むことで傾斜をつけている。しかしおかげで床板に段差があるので、靴下一枚でその上を歩くのは足の裏が痛い(橋内は土足禁止)。


往路では大手門入場後に二の丸の東側をまっすぐに突っ切ったのであまり分かっていなかったが、こうして西から回り込むとかなり巨大な二の丸であることが分かる。本丸の広さはそれほどでもなかったことから、事実上の城の中心はここだったのだろうと思われる。

最後は大手門から出てくる。これで和歌山での予定は終了なので帰宅の途につくことにするが、その前にやはり和歌山まで来たからには和歌山ラーメンぐらい食べておきたい。と言うわけで有名な「山為食堂」を目指していたんだが、Googlemapをよく見ていたら「営業時間外」の文字が。どうやら地方の飲食店あるあるの週末は休みトラップに引っかかった模様。他のラーメン屋も軒並み休みか17時以降開店。そんな中17時まで営業している「まるイ十二番丁店」を見つけたのでそこに飛び込む。注文したのは「チャーシューメン(1200円)」。

一面のネギに驚かされるが、どうやらこれがこの店の売りらしい。そのネギをかき分けると若干太めの麺やチャーシューが現れる。ネギを絡めつつ頂くが、なかなかに美味い。醤油豚骨の和歌山ラーメンは結構クセのある場合もあるのだが、そう言うのがほとんどない非常に素直なラーメン。逆に素直すぎるが故にインパクトに欠ける部分もあるから、特徴付けとしてのネギダクか。しかしラーメン自体が非常に美味く、これは正解だと感じる。



とりあえずの超早めの夕食(まだ15時半過ぎだからおやつかな)を満足して終えると、そのまま徒歩で和歌山市駅に戻ってくる。途中で市堀川を渡るが、ここは明らかに和歌山城の外堀の跡だと思われる。つまりはこの南がかつての和歌山城下だったのだと思われる。なかなかに鉄壁の防御であることをあらためて感じる。

和歌山市駅に到着したのは16時過ぎ。さて帰りの列車だが17時のサザンの指定席を確保しているが、まだ1時間近くの時間がある。そこで駅ビル内で時間を潰せる店を探すが、ガッツリ晩飯を食う店が中心で、後はまずいコーヒーのスタバ(今日は既にコーヒーを2杯飲んでおり、これ以上は胃を荒らす)かパスタが中心の「プロント」しかない。そこで諦めてサザンを1本前の便に変更して早めに帰宅することにする。そもそも17時のサザンを確保したのは、ジェミニ君が「この便は新型車両なので、テーブルが広くてpomeraの作業がしやすいよ」と教えてくれたからなんだが、サザン内での作業は大いに問題があることは行きでよく分かった。それなら別に旧型車両でも同じである。

と言うわけで16時半のサザンに乗り込んだんだが、車両の内部の様子は往路のものと同じ雰囲気。どうやら新型車両だった模様。とりあえずコンセントに残り電力30%まで低下しているネッククーラーとpomeraを刺してしばし作業。ただしやはりpomera作業は強烈に目が疲れるのでほどほどにしておく。

後は車窓を眺めながらぼんやりと過ごす。天下茶屋駅に到着するとすぐに新今宮だから降車準備。ここでJR環状線に乗り換えるが、列車の揺れが先ほどとは全く違うことに気づく。とにかく揺れない。流石に腐ってもJR、保線の能力が全く違うようである。これだと車内でpomeraも問題なく使用できる。
結局はそのまま大阪で新快速に乗り換えると、揺れない車内でpomera作業しつつ帰宅と相成ったのである。
本遠征に関するまとめ
今回の利用ホテル 私の大阪での定宿ビジネスホテルみかど。新世界の繁華街に近い新今宮にある安価なホテル。宿泊料は土曜日が7000円、平日は5000円前後。場所柄和歌山遠征の起点にするには最適
今回の使用アイテム 日傘。2000~3000円程度。コンパクトで遮光性を高めているもの。一応晴雨兼用だが、小さめなので雨天時は雨傘の方が良い。
今回の使用アイテム ライフラインことミネラル麦茶。出先ではコンビニやスーパーで買い込んだものをホテルの冷蔵庫で冷やしおいてからカバンに放り込んでおく。家にまとめ買いしておくと便利。
今回の使用アイテム ネッククーラー、4000円ぐらいから数万円まで様々。私のは4000円程度。首の後ろのところの金属板がペルチェ素子で冷えるようになっており、首の回りにはファンによる風が吹き出すようになっている。体感的に暑さがかなり緩和される。
私の撮影機材 EOS kissの現行機。上位機種よりカメラとしての表現力は落ちるが、その分軽量であって機動力がある。性能と価格のバランスが良く、初心者でも使いやすい。く
私の撮影機材 純正は高いので、安い互換レンズを使用。自分のカメラに合わせてマウントを選ぶように。広角域から望遠域まで一本でカバーできるので機動力が高い。やや大き目で重めなのが難点。なお現行機は私のものより望遠性能がアップした模様く
この遠征の前日の記事
