徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

福島山城巡り(桑折西山城、梁川城、大鳥城)&飯坂温泉で宿泊

 翌朝は7時に起床。かなりグッスリ寝たのだが、体にまだ怠さがいろいろ残っている。今日は福島への移動だが、仙台駅までの送迎バスが11時に出るのでそれまでは時間がある。

 7時半頃にはバイキング形式の朝食がある。それを食べに昨日と同じレストランへ。朝食は和洋両対応でガッツリと食える。おにぎりがあるのがありがたい。その場で握ってくれるというのはなかなかのサービス。

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朝食バイキング

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和洋両対応でガッツリ頂く

 朝食を終えるとやはり入浴。露天風呂は夜の内に男女入れ替えがあって、今朝は広瀬川源流露天風呂。ここは川がそこに見える浴槽や、立ち湯など諸々あるのだが、生憎と今朝は昨日の雪が雨に変わって冷たい雨が降っている状態。雨が体に当たるといささか冷たいし、雨のせいで湯温が下がり気味で、高温湯と書いてある浴槽がぬる湯の状態。川沿いの断崖の絶景を眺めながらここで長湯。なお蓬蒸し風呂(蒸しパンみたいだ)なんてのもあったが、私は基本的にサウナは苦手。

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川がそこに見える露天風呂

 入浴を終えて支払い手続きを早めに済ませてしまうと、後はすることもないので部屋で時間までテレビを見ながらゴロゴロ。やはりいささか疲れが体に残っている。残念ながら昔のように前日の疲れは一晩寝るとスッキリとはいかないようだ。それにいささか湯疲れもあるかも。

 ようやく11時になったのでバスで仙台駅まで送ってもらう。送迎バスは満員。行きよりも客が多いようなので、帰りだけ乗った客もいるのだろう。昨日は途中で渋滞などもあったのだが、今日はスムーズに道路が流れており(平日の昼間だからだろう)、仙台駅には予定よりも早めに到着、私はすぐにやまびこの自由席に飛び乗って福島を目指す。

 福島に到着したらレンタカーで移動することにする。日産レンタカーでマーチ。あまり好きな車ではないが仕方ない。

桑折西山城 鎌倉時代の伊達氏の居城、幕末には奥羽越列藩同盟の陣地

 レンタカーを調達すると最初に向かったのは桑折西山城。今日はここに行くのにレンタカーを借りたようなものである。桑折西山城はJR桑折駅の西側の山上にある。現地に近づくと明らかに山頂を削平してある一目でそれと分かる山が見えてくる。線路をくぐる手前ぐらいから案内表示が出ているのでそれに従って進む。最後は狭い山道になるが「ええい、行っちまえ」とマーチでそのまま乗り込む。しかし道路は狭いし轍はえぐれているしとあまり良い道とは言えない。しかも昨日来の雨で路面がぬかるんでいてズルズル。あまり端によると路盤が崩れないとも限らない。失敗だったかな・・・といささか後悔したが後悔先に立たず、そのまま転回スペースのある大手門まで乗り込むが、この辺りも地面がズブズブで、これ以上登ろうとするとマーチのタイヤが空滑りするような状態。仕方ないのでここで車を無理矢理に転回させてから駐車する。

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桑折西山城遠景

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大手門の手前に車を置く

 いざ現地に到着すると思ったよりも大規模な城郭である。山を丸々城にしたという印象。規模が大きい郭がいくつもある上に、国の史跡に指定されているらしく木を切って整備されているので、かなり広大であるのが一目で分かる。これだけの規模を感じる城郭は秋田の脇本城以来。東北地区には広大な城郭がいくつかあるが、ここもそのうちに入るだろう。

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案内看板

 桑折西山城は伊達氏が居城とした城郭であるという。鎌倉時代からあり、伊達政宗(独眼竜でなく、伊達家9代当主で南北朝時代の人物)が鎌倉公方に背いて立て籠もった城だという。伊達稙宗が1532年に居城を梁川城からここに移しており、この時に現在の規模に拡張したのだとか。稙宗と晴宗の伊達家内部での騒乱時にこの城も戦乱の舞台となったという。乱後に伊達氏は米沢城に移ったことで廃城になったとか。

 一番手前にある曲輪部分は砲台との表記がある。これは中世の遺構ではなくて、幕末に砲台が置かれた場所らしい。奥羽越列藩同盟がここに陣地を置いたのだとか。街道を見下ろす要地なので、ここに砲台を設置するのは極めてリーズナブル。

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一番手前の曲輪

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砲台跡との表記あり

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砲台を置くには最適

 本丸はここからかなり上にある。上に上がってみるとやたらに奥に広いのであるが、あまりにメリハリがないので元々の本丸の地形がどれだけ残っているのかは不明。この本丸の西側にある数段の曲輪が二の丸といったところらしい。

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砲台から本丸方向を見上げる

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広い本丸

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本丸から下を見下ろす

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手前が二の丸で奥が中館

 ここからかなり深い堀を隔てて中館と西館という館部がある。この中館は土塁に囲われている上に明確な虎口を持っており、城郭としての構造を持っている。

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二の丸の先の堀切

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奥が中館

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中館に登る

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中館内部は広い上に周囲に土塁もある

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中館の南には虎口の構造が

 ここから堀を隔てた西側にさらに西館があるようだが、いささか藪化しいるようだし、足下はズブズブで何度もこけかかっているしということで、今回はこれで撤退ということに。

 見学を終えるとかなり神経をつかいながら車で降りてくる。この道もこんな天候でなければそう問題のない道のはずだが。まあ軽トラだったら余裕だろう。

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お城近くの万正寺の大カヤ

梁川城 今は学校になってしまった伊達氏の城

 桑折西山城の次は梁川城に行くことにする。梁川城は川を外郭の防御にした小高い丘の上にあり、現地に来てみると城郭に格好の地形であることがよく分かる。もっとも現在は城跡は小学校、中学校、高校などの学校の敷地になってしまっていて遺構は完全に消滅。町中の江戸期の城跡は学校か役所になるパターンが多いが、ここは前者の方だったらしい。現在残るは震災で移転した旧梁川小学校の敷地の一角に庭園跡があるのみ。いずれ何らかの整備がされるのかもしれないが、今はかなり寒々とした状況である。

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川向こうの台地上が梁川城

 梁川城はかつて伊達氏の本拠だったことがあり、本拠移転後も要地として伊達氏が抑えてきたという。奥州仕置きで伊達氏が立ち退いた後は蒲生氏郷が、氏郷の死後には上杉景勝が領地とした。この頃に大増築が行われたとのこと。江戸時代には上杉領であったが、上杉家が家督騒動で30万石から15万石に領土を減らされた時に天領となり、その後は梁川藩となったり、会津藩の飛び地になったりなどと所属は転々として明治を迎えたらしい。街道を扼する要地の城だけにそれなりに重視はされていたのだろう。

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小学校跡の一角に浅間神社が残る

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浅間神社

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庭園跡

大鳥城 飯坂温泉を見下ろす平安時代の城館

 梁川城を訪問した頃にはそろそろ時間が気になる頃になる。今日の宿泊地である飯坂温泉に向かって走ることにする。ただホテルに入る前に飯坂温泉にある大鳥城には立ち寄っておきたい。

 飯坂温泉は郊外の小都市に温泉街が混在しているという雰囲気。また路地の入り組んだ古いタイプの町で全体的に風情溢れている。大鳥城はその飯坂温泉の西方の舘山山上に位置する城郭。平安時代末にこの丘陵上に信夫庄司佐藤氏によって城館が築かれたのだという。佐藤氏はその後、源義経と共に戦い、義経追討の鎌倉勢の迎撃も行ったものの、衆寡敵せず城主は戦死して大鳥城も落城したとのこと。

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手前の山上が大鳥城

 山頂までは車で登ることが出来る。丘の麓に大手門跡があり、そこから一の砦などを経由して山上に上る登山ルートもあるようだが、今回は時間も体力も余裕がないので山頂まで車で一気に登った。

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山頂まで車で登れる

 山頂はそれなりのスペースがあり、現在は公園として整備されている。ここからは遠く福島市街まで見渡すことが出来、城郭を構えるには格好の位置である。

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山頂はかなり広い

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城跡碑

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かなり高度がある

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案内看板

 この城郭の北東南の三方はかなり切り立っており、弱点となるのは西側に続く尾根筋であるが、そちら側は堀切で分断した上で独立した曲輪を構えており、そこには矢庫の跡との石碑も建っている。背後の尾根筋からの攻撃はこの曲輪で迎え撃つ構造になっていたことが分かる。

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西の尾根筋にある独立曲輪矢庫

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矢庫と本丸の間には堀切

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矢庫の先にはさらに深い堀切

 現在は公園化してしまっているので遺構としてはあまり残っていないが、それでも中世城郭の雰囲気を感じることが出来た。

飯坂温泉街を散策

 大鳥城の見学を終えた後は、飯坂温泉街に降りてきて観光用無料駐車場に車を置いてしばし町並み散策。通りすがりの肉屋でコロッケを購入して食べたのが、よく考えるとこの日の昼食。あちこち走り回っていたせいで昼食を取る暇がなかった。

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結局これがこの日の昼食

堀切邸の見学

 付近には地元の名士だった堀切氏の館が現在公開されているのでそれを見学。ここは足湯などもあってそれが目当ての観光客も訪れているようだ。

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堀切邸の立派な門構え

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かなり立派な屋敷

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外蔵がある

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屋敷内部

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なんと内蔵もある

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庭には足湯が

共同浴場鯖湖湯

 この堀切邸の隣にあるのが共同浴場の鯖湖湯。ここが飯坂温泉発祥の地となるようである。この辺りには温泉旅館なども数軒あり、またお湯かけ薬師如来があったりなど、なかなかに風情のある一角となっている。

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共同浴場の鯖湖湯

 

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お湯かけ薬師如来
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町並にも風情があります

飯坂温泉で宿泊

 疲れもかなり出てきたし日も西に傾いてきているのでそろそろホテルに向かうことにする。もう既に飯坂温泉街までやってきているのでホテルはすぐそこ。今日の宿泊ホテルはホテル天竜閣。川の向こうのホテル街に位置するホテル。建物はやや古びた印象があるが、内部は綺麗にしている。高校のコーラス部や長寿会などの団体も宿泊しているようだ。

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ホテル天竜閣

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部屋はまずまず

 部屋に入るとまずは入浴。風呂は川の側の一番下の階にある。内風呂と露天風呂からなっているが、開放感のある露天風呂がなかなか快適である。泉質は単純泉とのことだが、ネットリとした肌触りの湯である。以前に飯坂温泉を訪問した時、ここの温泉はとにかく湯が熱いという印象が残っていたが、ここの風呂は観光客を意識してかそう熱湯にはしていないようである。私にはその方がありがたい。

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川縁の露天風呂

 ゆったりとくつろいで部屋に戻ってくると、まもなく夕食である。私のはカニとアワビ付きのプラン。全体的に結構ガッツリと量がある。品数も多くて豪華。満腹になってしまって釜飯は半分ほどしか食べられなかった。

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懐石膳はボリューム有
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 夕食後にもう一度入浴に行くが、今回はほとんど貸し切り状態だった先程とは違って高校生の団体が先客。元気が良いのは良いがいささかうるさくてまいった。萩と岡山の高校だと聞いていたから、コンクールの全国大会のために遠出してきてテンションが上がっているんだろう。私も高校時代にはコーラス部に所属したことがあり、全国大会などを目指していた時期もある。ほろ苦くも懐かしい青春時代の思い出でがこみ上げてくる。この年になるとしみじみ思うが、若さとは一つの大きな力であり、それ自体が可能性ということでもある。老いるということは単に体力などが衰えていくだけでなく、可能性がなくなっていくということでもある。

 風呂から上がって部屋に戻ると、疲れが出てきてグッタリ。もう何をする気力もないので布団に横になってゴロゴロ、そのうちに寝てしまう。