徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

長崎地域山城巡り~小浜温泉

 翌朝は7時半に目覚ましで叩き起こされた。途中で何度か眠りが浅くなっていたが、概ねは爆睡していた模様。

 目が覚めるとレストランで朝食。諸々のメニューがあるが、豚の角煮があったのでこれをメインで頂くことに。朝食後は朝風呂を浴びてからしばしの休息。

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朝からガッツリと頂く

 チェックアウトは9時過ぎ。長崎駅から10時の区間快速諫早まで移動するのが今日の予定。諫早でレンタカーを借りて、大村周辺の城郭でも回るつもり。

 久しぶりに訪れた諫早駅は以前と違って高架駅になっている。西口から出るとオリックスレンタカーへ。貸し出されたのは勝手知ったるヴィッツ

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諫早駅は高架駅舎になっている

 車に乗り込むと大村方面に向かって移動する。途中で鈴田峠の辺りで「岸高城」があるのでそこに立ち寄ることにする。

岸高城

 岸高城に向かう道は国道34号線で道の駅長崎街道鈴田峠を過ぎた辺りに右に入る道があるのだが、その道が狭すぎるせいで通り過ぎてしまい。何度も前を行ったり来たりする羽目になる。ようやくたどり着いた岸高城は住宅地の中にある独立丘。

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現地には案内看板が立っているが、地形はかなり改変されている様子

 多分私有地なんだろう、重機でかなり加工した跡がある。今ついている登り道は本来のものではなく、東側にあるうねった道が本来の登り道か。岸高城自体はその由来はハッキリしないが、戦国期に諫早方面からの敵を防ぐために築かれた砦だと考えられるとのこと。確かに立地が諫早から大村に抜ける鈴田峠の要地にあるので、そう考えるのが自然だろう。

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腰曲輪らしきものはあるが、山頂の本丸はかなり殺風景

 頂上まで登ると大村方面への視界は開けているが、諫早方面は木のせいで視界がふさがれている。主郭の回りはかなり切り立っているが、北側にある腰曲輪というのは現在かなり加工されてしまっている平地のことだろうか? なお西にある堀切というのはよく分からなかった。

大村市武家屋敷街

 岸高城の見学を終えると大村市街に移動する。今回の予定としては大村の武家屋敷街を見学しようと思っている。大村公園の玖島城は既に見学済みだが、武家屋敷の方はまだ立ち寄ったことがない。 

 武家屋敷街は中央に久原城跡があり、それを中心に武家屋敷が通り沿いに広がっている。最初は車で一回りしようかと思っていたが、思っていたよりも道が狭いので、大村公園の駐車場に車を置いて徒歩で回ることにする。

 駐車場から本小路を歩いて行くと最初に出会うのが五教館御成門。これは大村藩の藩校の門で通称「黒門」だそうな。藩校の跡地は現在は大村小学校になっており、今でも入学式と卒業式の時には生徒がこの門をくぐるそうな。

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立派な黒門
原城

 ここから南に向かった住宅地中にあるのが「久原城跡」。藤原純友の孫の直澄が赦されてこの地に入って大村氏を名乗ったと伝えられているとか。

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民家になってしまっていて遺構は不明

 しかし今となっては民家となっており、いつのものやら定かでない石垣などがあるのみ。

 

 ここの向かいあるのが小姓小路でこれはJRの線路を横切る形になっている。踏切を渡るにはもう一本南の道路に行く必要がある。

 ここの小さい踏切を渡った先にあるのが日向平武家屋敷跡で、大村藩勤王三十七士の中尾元締役旧宅がある。

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実に立派な門構え

 ここから一本北の通りが先ほどの小姓小路。狭い通りの両側にかつての武家屋敷の石垣が残っている。石垣密度はこの辺りが一番高い。

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小姓小路の石垣

 ここの先に稲田家家老屋敷跡というのもあるが、ここは建物は残っておらず、立派な石垣の構えがあるのみ。

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残念ながら石垣しか残っていない
旧楠正隆屋敷

 ここからさらに奥に上っていった先が旧楠本正隆屋敷。ここまでで大分歩いた。ここに駐車場があることを知って、車で来れば良かったと後悔したが今更どうしようもない。

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旧楠正隆屋敷

 旧楠本正隆屋敷は内部の見学も出来る。楠本正隆は先に出た大村藩勤王三十七士の一人で、明治維新後には長崎府判事、新潟県令、東京府知事などの要職を歴任した人物である。後に国会議員となり、衆議院議長を務めたとのことなのでかなり栄華を極めている。この屋敷自体は明治3年に建造されたものだが、某豪商の屋敷を解体した際の廃材などを用いているらしく、屋久杉などかなり良い材料を使用していることが分かる。

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立派な屋敷である
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とにかくあちこちの細工も凝っている

 ただ楠本正隆自身は請われて東京に上った後はここには帰ってきておらず、彼の弟がここに住んでいたらしい。昔の武家屋敷の流れを汲むこの建物は、今は大村市の史跡に認定されて管理されているらしい。

 ちなみにここの庭園はよく結婚式の写真撮影などにも用いられるとのこと。なお元々は水の巡る庭園だったのだが、先の地震以来水が涸れてしまったとか。確かに大村市の観光案内HPの写真では水の流れる庭園の様子が掲載されている。

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枯山水ならぬ枯れ枯れ庭園なのは残念

 ここのすぐ近くに旧円融寺庭園跡があり、例の大村藩勤王三十七士の碑も立っている。ところで彼らは結局は時代の中で勝利する側に回ったからこうやって今日も顕彰されているわけだが、その一方で時代の流れの中で敗北する側に回った者もいるのだろうなということに思わず心を馳せてしまう。それぞれが自身の信じるところに従って行動したのだろうが、それが結果として報われる場合とそうでない場合に分かれてしまう。何やら人生の切なさのようなものも感じてしまうのだ。私もこの年になり、人生においても明らかに敗北の側に立つことがほぼ確定したことから、どうも最近は時代の敗者に思いを馳せることが増えてきている。

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旧円融寺庭園跡

 後は上小路武者屋敷通りの浅田家家老屋敷跡(これも壁だけ)に立ち寄ってから駐車場のある大村公園まで戻ってくる。大体2時間近く歩いていた計算になるし、灼熱地獄だし、かなり消耗した。頭から汗だくで持参した麦茶は完全に飲み干している。大村公園に戻ってきたところでジュースを買って一気に飲み干す。

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上小路に塀だけが残る浅田家家老屋敷跡

 ようやく車に戻ってきたところでどこかで昼食を取る必要があることに気づく。しかし暑さに当てられて食欲もイマイチ、店を探すのも面倒になっているので、沿道にあったスシローに立ち寄る。以前から不思議なのだが、大都市にあるスシローはまずいのに、ここのスシローは意外といけるんだよな。仕入れ先が違うんだろうか?

 この時点で3時近くになっている。天候は徐々に怪しさを増しているし、それ以上に私の足下が怪しさを増しているということで、本格的山城を攻略出来る状況ではないと判断、もうここでホテルに向かって移動を開始することにする。

 

 今日の宿泊先は小浜温泉。島原方面に行く途中にある温泉地。雲仙温泉に向かう場合の経由地になる。大村からは車で1時間程度かかる。

 途中で軽い渋滞などに出くわしつつも順調に小浜温泉に到着する。小浜温泉は海沿いの温泉地だが、海際まで山が迫っている地形なので温泉近くにはいわゆる海水浴場などはないようだ。

 今日の宿泊ホテルは海辺の宿つたや旅館。やや年季の入った印象の建物で客室は全室海側を向いている。

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つたや旅館
小浜歴史資料館

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 部屋に荷物を置くとすぐに外出する。この旅館の裏手の斜面上に小浜歴史資料館なる施設があるのでそれを見学する。

 何とも奇妙な資料館である。門をくぐると最初に目に入るのは温泉の源泉。激しい煙を上げて硫黄の匂いがしている。近くを見ると「温泉熱を活用したバイオディーゼル燃料の製造」なる看板が立っている。温泉熱を使って廃食用油からバイオディーゼル燃料を製造する実証試験を実施しているらしい。うーん、エコ。

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湯煙を上げて湧き出す源泉の脇ではバイオディーゼル実証試験中

 奥には湯大夫展示館と歴史資料展示館があり、湯大夫展示館の方は小浜温泉発展の礎を築いた本多湯大夫の邸宅の跡で築170年だそうな。内部には本多家ゆかりの品を展示とのことだが、着物やら陶器やら書やらと意味不明な展示。

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湯大夫展示館の謎の展示

 歴史資料展示館の方はかつての小浜温泉の様子を再現したものでレトロ風情があってなかなか面白い。

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歴史資料館の方はレトロな展示

 特にこれといって見るべき物があるというところではないが、入場料100円ならこんなものだろう。

小浜温泉つたや旅館

 ホテルに戻ると入浴することにする。まず最初に屋上の貸し切り露天風呂に。私が入ったのは入徳の湯。見晴らしは良くて気持ちの良い風呂だが、湯自体はなめても味はしないし、肌当たりは新湯。そう言えば廊下に「ラジウム泉」との表記があったが、小浜温泉はそもそもナトリウム塩化物泉のはず。もしかして人工温泉か? とりあえず湯にあまり興味を持てないので一渡り体をほぐすと風呂から出る。

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非常に眺めの良い浴槽

 部屋に戻って一休みしてから次は2階の大浴場へ。こちらの露天風呂に浸かってみると、肌当たりのしっとりした塩っぱい湯。こちらが正しい小浜温泉の湯である。なかなかに快適。ゆったりと体をほぐす。ナトリウム塩化物泉なので、風呂上がりにややネットリした感覚がある。

 しばしマッタリしていると夕食時刻の6時。夕食は部屋食とのことなので部屋に料理が一渡り運ばれてくる。定番どころの刺身から天ぷら、椀物、すき焼きなどとオーソドックスな組み合わせだが、なかなかに美味い。デザートまで含めて夕食を堪能した。

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最後はご当地サイダーのランダちゃんサイダーを頂く

 夕食を終えて布団を敷いてもらうと急激に疲労や眠気が押し寄せてくる。しばし布団の上で横になっていたが、そのうちにそのまま意識を失ってしまう。