美術館巡りから始まる
翌朝は目覚ましで7時半に起床。本当はギリギリまで寝ていたいところであるが、今日もスケジュールは満杯。どうも老後の方が公私ともに予定が苦しすぎる。今の貧困ジャパンでは楽隠居なんてのは許されない贅沢らしい。
とりあえずシャワーで活動のための体温上昇をすると、手早く荷物をまとめて早急にチェックアウトする。今日は阪南方面の美術館に立ち寄ってから、高槻で京響の高槻公演を聴きに行く予定。ただその前に重すぎるキャリー(仕事用と副業用のPC2台に仕事用の服まで入れているので、かなりヘビー級になっている)を今日の宿泊先に預けておこうと思う。
今日の宿泊先はなんばのサウナ&カプセル アムザ。本来ならホテルみかどで三連泊すれば早かったのだが、このホテルは週末は価格が上昇する上にそもそも物理的に空きがない場合が多いということで、今回も週末の宿泊確保を出来なかった次第。

キャリーを引きずって地下鉄で日本橋からまだシャッターばかりのなんばウォークをゴロゴロ。アムザはパチンコ屋も入っている少々禍々しさを感じさせるビルの7階に入居している。とりあえずキャリーを荷物コーナーに預けてから街に繰り出す。
まずは朝食をなんとかする必要がある。このビルの2階に「びっくりドンキー」が入居していて8時からの営業とのことなので、ここで朝食を摂っていくことにする。この営業時間はアムザの宿泊客も当て込んでいるものと思われる。
モーニングメニューのミニマムディッシュセット(780円)を注文する。朝はパンが多いというか大抵は起き抜けはそれぐらいしか喉を通らないのだが、今日は既に活動を開始しているので食欲は既にある。こうなると和食(?)の方が良い。何も期待はしていなかったのだが、思っていたよりはまともな内容で使い物になる。

朝食を終えると移動である。立ち寄る予定の阪南の美術館とは羽衣の小林美術館と堺市のアルフォンス・ミュシャ館。その後の移動も考慮に入れて、既に巡回ルートは昨晩にシミュレート済みである。まずは南海の難波から羽衣に移動することにする。
なんばの商店街をプラプラと移動するとやけに人だかりがしている。何だと思えばパチンコ屋の開店待ちの模様。強欲なる資本主義の肥やしにされたギャンブル依存症患者のなれの果てがウロウロ。依存性が危険であると覚醒剤を禁止しているのだから、当然ギャンブルも規制するべきだと個人的には考える。薬物は一旦はまると医学的に離脱が困難なことが知られているが、ギャンブルも同様である。こう言っている私も、もし手を出してしまったから自力で離脱できるかは極めて心許ない。まあ既に私も宝くじというより割りの悪いギャンブルには手を出しているのだから。一番の問題は、パチンコが危険なギャンブルではなく、手軽な庶民の娯楽として位置づけられていること。これがそもそも間違いである。「パチンコやめますか、それとも人間やめますか」とアピールしても良いぐらいのもの。それにパチンコは公営ギャンブルと違い、その収益はあくまで私企業に流れていて公に資するものはない。どう考えても禁止しない方がおかしい。
難波駅はかなり久しぶりに来るが、ずらりと並んだ車両は壮観。まさにターミナル駅である。これに匹敵するのは関西では阪急梅田ぐらいか。それに比べたら阪神梅田とかは寂しい極み。ここから関空急行で羽衣駅を目指す。目的地は羽衣駅から徒歩数分。



「東西の日本画 美を競う」小林美術館で3/8まで

東西というタイトルを掲げているが、要は東の東京画壇、西の京画壇などに綺羅星のごとくに存在した日本画家の作品を展示するという趣旨で、特に東西対抗とかを意図しているものではない。
京画壇の西村五雲の「富士図」から始まり、小野竹喬の作品が続く、さらに木谷千種の作品などは私好み。

東京画壇の川端龍子、下村観山、鏑木清方などもあるが、大御所横山大観の作品も。そして幕末狩野派の最後の末裔・狩野芳崖なども登場。




そしてやはり橋本関雪、冨田渓仙など、なにげに池田蕉園なんかも私好み。



なかなかの名品揃いで楽しめる。流石に有名どころを押さえているのがポイント。

小林美術館の名画を堪能すると、ドリンクとのセット券を購入していたので喫茶でレモネードを頂く。ホッとする瞬間である。これで一息ついてから次の美術館へ移動。次の美術館はJR堺市駅最寄りのアルフォンス・ミュシャ館なので、JRの東羽衣からの移動である。

「ミュシャが夢見たハーモニー」堺アルフォンス・ミュシャ館で3/29まで

ミュシャが用いたモチーフに注目して、この館が所蔵する大型絵画である「ハーモニー」に通じる表現について読み解く。
まずは円のモチーフ。円はミュシャも関与したフリーメイソンにおける調和の象徴だったのだが、後にミュシャはこれをスラヴ民族の連帯の象徴として用いるようになったという。確かに当初は単に画面を美しく彩ることが目的だった円形のモチーフが、徐々に思想的な意味を持っていく過程は作品で確認できる。
2つめが聖書などキリスト教に関わる作品を手掛けてきたミュシャが、象徴的に用いた「巨大な人物と向かい合う人々」だという。これは巨大な人物がまさに神や天使などの超越者であり、信者がそれに向かい合っている状況である。象徴的モチーフとしては一般的によく用いられる構図で、私個人としては惑星をバックに巨大な美女が現れる松本零士のイラストなんかを連想する。
3つ目は色彩の調和。19世紀ごろから色彩について科学的な研究が進んできており、ミュシャも補色の使用など、その理論を作品に取り込んできた。そのような色彩バランス、構図のバランスなどである。

そしてこれらの要素をすべて持ち込んでいるのが「ハーモニー」だとか。確かに中央に巨大な人物が描かれ、そこには円形のモチーフがあり、さらには様々な色彩群がバランス的に配置されている。そのような細かい計算がミュシャの圧倒的なまでの表現力につながっているようである。このような分析は実に面白い。

ここの美術館の場合、殊更に新しい作品が出てくるということはまずはないと予想されるので、わざわざ出向くまでの必要性もないかとも思っていたのだが、案に反してなかなかに面白い展示を見ることが出来た。なるほど実に勉強になった。



なおこの美術館、美術館全体がミュシャワールドしているので、ミュシャ好きなら一度は訪問する価値はある。またミュシャの描く美女たちと記念写真を撮れるコーナーも。よくよく考えてみると私は自分の写真が全くなく、このまま何かあったら遺影にする写真にも事欠く状態であることを思い出し、記念に一枚撮ってみたが、やはりこの美しい世界にこんな醜悪なものは加えるべきではないとつくづく痛感する次第。


美術館の見学を終えるとホールに移動だが、どこかで昼食を摂る必要がある。しかし堺市周辺は飲食店がないし、JRで移動した大阪駅周辺も混雑しすぎていて入れる店がない。もうこうなると店があるかないかは博打だが、阪急で高槻市まで移動してしまうことにする。

高槻市駅に到着すると飲食店の物色。最初は駅ビル内の洋食店に並んだが、数分経っても全く行列が解消する見込みがないので見切りを付けて駅から出る。結局は駅ビル向かいにあるそば屋「手打吉兆」に入店する。注文したのは鳥なんそばとおにぎり。

色のほとんどついていない澄んだつゆの中に入ったそばを見た時の第一印象は「釜ゆでそば?」というもの。しかし色は薄いが味はキチンと付いている。なおそばは平たい麺であり、私がイメージしていたものとは全く違う。ただ腰はそれなりにあって悪くないんだが、この形態から予想が付くとおり、食事の間にだんだんと麺が柔らかくなってくる。


どちらかと言えばおにぎりの方が美味しかったというのが本音。ここはうどんもあるようだが、うどんの方はどうなんだろうか? 決して出汁の味が悪かったというわけではないので。
ホールがあるのは高槻城跡
昼食を終えるとホールに向かって歩く。ホール一帯は高槻城を意識して最近に再整備された模様(以前にこの地域を訪れた時は工事中だった記憶が)。にわか作りの石垣に城壁に堀がややわざとらしくはある。まあ観光拠点として考えられたものであるのだろう。かつてこの地には高山右近が城主をしたことのある高槻城が存在したのだが、今では市街地に完全に埋もれてしまい、遺構と呼べるようなものはほとんど残っていない。



その高槻城があった場所に整備されたのが高槻城公園芸術文化劇場であり、今回のコンサートはその南館にあるトリシマホールで開催される。このホール、外装は木が多く使われているので、内装も木製かと思えばさにあらず。床も壁も完全にコンクリートむき出しであり、壁にはウッドブロックをランダムな厚さで設置して反射音を乱反射させることを狙う構造になっている。しかしコンクリートむき出しの床はカーペットも敷いていないので足音は響くし、ホール全体が今時には珍しいかなりライブな音響特性となっている(最近のホールは多目的使用を考えてデッド寄りの音響特性のものが多い)。反射音に変なクセがないのは救いだが、ティンパニの音が想像以上に響いたり、管楽器などもかなりにぎやかに聞こえる特性となっている。普段デッド気味の京都コンサートホールで慣れている京都市響がフルに音を出すと、やや音量が飽和気味になる感もあった。

私は二階正面のまずまずの席を確保できた。一階席はそれなりに埋まっていたようだが、二階席の入りは2割以下。そもそも私がこの公演を知ったのは公演の一週間前ぐらいにたまたま。ちょうど土曜が空きになっていたので急遽チケットを手配したという状況。そもそも本公演はあまりにアナウンスされていなかったのではという気もする。

京都市交響楽団 高槻公演

指揮/出口大地
ホルン/福川伸陽
管弦楽/京都市交響楽団
グリンカ:歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
グリエール:ホルン協奏曲 変ロ長調 作品91
チャイコフスキー:交響曲第4番 へ短調 作品36
一曲目は有名な「せわしない曲」。あのヴァイオリンの主題は下手するとグダグダになるところだが、流石に京響はそんな不安定さはない。出口の軽快で快調な指揮の下でグングンと突き進むという印象の演奏である。
二曲目はホルンソロに日欧で活躍中の名手・福川を迎えてのグリエールのホルン協奏曲というこれは私には初めての曲(決してマイナー曲でもなく、ホルンの世界ではそれなりに有名らしい)。20世紀の曲になるはずだがメロディラインのハッキリした分かりやすい曲で、超絶技巧を誇るタイプの曲でもないようだ。
ただ福川ほどの名手をしても、ところどころ音程が不安定に感じられる部分が出るのがホルンという楽器の特性。私は楽器の知識は皆無なのでその深淵に迫ることが出来ないが、作曲家はこのホルンの特性を把握した上で曲を作る必要があるのだろう。だからホルン協奏曲は世間に少ないか。
福川は旋律を歌わせてなかなかの演奏。ただ曲自体はあまり私の印象には残らず。
休憩後の後半は有名なチャイコの4番。出口は冒頭から結構バリバリと行くようである。最近の若手指揮者によく見かけるが、ピアニッシモではテンポをやや落とし、フォルテッシモになるとテンポがやや上がる時代がかったところもある指揮である。曲全体で細かい仕掛けはやや多い。
ただ全体的に若手に多い演出過剰のきらいはある。時々速度を落としたりしてメリハリをつけるのは良いが、それがどういう意図の元のものであるかは明確にする必要があろう。基本はノリで振る指揮者であると見たが。
コンサートを終えると阪急で大阪まで戻ってくる。夕食をどうするか考える必要があるが、もう考えるのが面倒くさい。結局は今日宿泊するアムザまで戻ってしまって、そこの4階にあるスシローに入店して寿司をつまむ。ここの寿司は美味く感じる時とそうでない時があるのだが、今日はなぜか美味く感じる。というわけで3000円ほどつまむ。
夕食を終えたところでチェックイン。ここはフロントが7階、風呂が6階、ベッドは8,9階で食堂が5階という構成の模様。とりあえず寝床の確認をすると、ロッカーに荷物を放り込んで入浴に行く。大きなキャリーは別の場所に預けているので、リュックをロッカーに・・・と思ったら、ロッカーの幅が狭すぎて押し込むのに一苦労。京都のルーマプラザでも経験があるが、やはりサウナは大人数を省スペースに押し込めようとするせいか、ロッカーの幅が狭すぎるところが多い。
フィンランドサウナとかもあるようだが、私は基本的にサウナが苦手な人間なので、浴槽に浸かることにする。もう体がガタガタだ。今日はなんだかんだで1万5千歩歩いており、完全に限界突破。それにスーツは着替えたものの流石に靴まで履き替えることも出来ず、足下は慣れない革靴というのも具合が悪い。足のかかとが異常に痛くなっている。とりあえず足を中心に体をほぐして入浴しておく。ここのところ入浴する気力がなかったので久しぶりの風呂。やはり湯に体を横たえるのは良い。
入浴を終えるとカプセルルームの脇にあるワーキングスペースにPCを持ち込んでしばし執筆作業。ここは結構キチンとしたワーキングスペースを確保してある。まあ個室形式ではないので流石にリモート会議をするわけにはいかないが、PC作業に関しては全く問題ない。これは大きなメリット。ここでしばし執筆作業に勤しむ。
22時頃になってくると眠気が襲ってくる。PCを片付けるとタブレットを寝台に持ち込んでゴロゴロ過ごす。Kindleで「葬送のフリーレン」を読んでいるうちにタブレットを顔面に落下。そのまま寝落ちしてしまう。
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