徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

ロシア国立交響楽団&東京地区美術展巡り(「運慶」「フランス人間国宝」「皇室の彩」「ゴッホ展」「北斎とジャポニズム」「東郷青児」)

 さて今週は秋休みを取ることとなった。何だかんだがあって心身共に疲労が極限まで達しているため、それを癒やそうという考えである。というか、そもそもはポリャンスキーのショスタコ5番を聴きたいというのが一番にあって、さらには秋の美術館巡りも合わせてというのが目的である。

いざ東京へ

 ただハプニングというものはとかく起こるもの。どうもアメリカからあの迷惑男が突然来日したらしい。どうやら安倍とゴルフで馬鹿同士親交を深めようということらしい。そんなことなら国の金を使わずに自分の金でしろというものだ。トランプも安倍も、とにかく国の金を勝手に使って良い格好をしたがるろくでもない輩である。

 そう言えばアメリカでまた銃乱射事件とか。また全米ライフル協会の言うところの「アメリカ人にとっての神聖不可侵の権利」を行使したものがいるということか。そもそも「銃を持っていないから身を守れない」などと屁理屈を唱えるが、銃では身を守れないのは明らか。銃は攻撃してきた相手に反撃することは出来るが、いきなり至近距離で自動小銃などをぶっ放されると銃を持っていようといまいとどうしようもない。日本でも東名高速で無理矢理に車を止めさせて二人殺したような人面獣がいたが、アメリカではああいう輩でも銃を持つことが許される(それも大量殺傷能力の高い自動小銃などである)わけである。あの人面獣がもし自動小銃を持っていたら、SAでぶっ放して何十人も殺しているだろう。つくづくアメリカとは異常な国である(ああいう異常なリーダーを選ぶのだから、正常であるわけはないが)。ちなみにこの事件、後にトランプが犠牲者に哀悼の意を表すると共に、これは銃社会の問題ではなく精神疾患の蔓延の問題と大馬鹿コメントを出したようだが、そもそもそんな奴が銃を手にすることが出来るというのは、銃社会の問題以外の何物でもない。

 どうも昨今の世の中を見渡していると愚痴しか出てこない。これは精神衛生上非常によろしくない事態である。やはりこんな馬鹿どもに振り回されるぐらいなら、私が世界を手に入れてしまった方が良いのだろうか。キルヒアイス、俺はもう馬鹿どもに振り回されるのには飽き飽きしてきた。

 いきなり話があらぬ方向にそれてしまったが、とにかく月曜日の仕事を終えるとそのまま東京に直行することになったのである。今回は新幹線を使用だが、新幹線の料金の高さはどうにかならんのか。

 新幹線の中はほとんど寝て過ごす。それにしても新幹線は時間がかかる。最近は飛行機に乗ることが多かったせいか、やけに新幹線の時間を長く感じるようになっている。かなり疲れた頃にようやく東京に到着する。

 

 東京からは例によっての私の定宿・ホテルNEO東京に移動。ホテルに入る前に南千住周辺で夕食を摂ることにする。しかしもう既に9時前になっているせいか、開いている店がかなり少ない。結局は「魚屋道場」で夕食を摂ることに。

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サラダと

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ネギトロ巻きに

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天ぷら

 とりあえず夕食を終えるとホテルにチェックイン。この辺りは通い慣れたる道である。大浴場で体をほぐすとこの日は就寝する

 

 翌朝は8時頃まで爆睡・・・したかったのだが、昨今は途中覚醒が多くなっているので、途中で何度か目を覚ましながらこの時間までズルズルと布団の中にいたというところ。起き出すと昨日ファミマで買い込んだミートスパをレンジでチンして朝食。

 さて今日の予定だが、コンサートの方は夜の7時からオペラシティなので、それまではフリータイム。ということはこの時間で東京地区の美術館巡りである。

 最初は上野の国立博物館へ。ここでは「運慶展」を開催中。実はこれが今回の美術館方面での主目的。混雑必至のビッグタイトルだけに週末なんかだと何時間待たされるやら分かったものでない。こういうのもあえて平日に休みを取って東京に来た理由の一つ。

 開館時刻の9時半に合わせて上野に到着するが、既に駅内のチケット売り場に長蛇の列が出来ているのを目にして不吉な予感がこみ上げる。それを横目に博物館へ急ぐが、予感的中で既に券売所の前には行列、何とかチケットを購入して入館しても、その時点で50分待ちの長蛇の列が出来ている。平日にも関わらず暇な高齢者が押しかけているようだ。とにかくこの博物館はこういう連中が多いのは以前から。

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既にこの行列

 ここで決断を迫られる。このまま素直に行列に並ぶか、それとも同時開催されている「フランス人間国宝展」の方に行ってから行列に並ぶかである。確かに国立博物館で開館直後に行列が出来るのは年中行事なので、それをはずせば行列が解消しているということは今までに何回かあった。ただ今回に関しては、ここまでの人通りの傾向から分析して、これは時間をおけばさらに行列が伸びるパターンだと推測、おとなしく行列に並ぶことにする。

 入館できたのは表示の通りきっかり50分後であった。この時点で行列はさらに伸びている。

 

興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」 東京国立博物館で11/26まで

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 快慶と共に手がけた東大寺南大門金剛力士像などで有名で、鎌倉仏師を代表する慶派の中心である運慶や、その父・康慶、さらに実子の湛慶などの作品を展示。

 まずは運慶の作風の確立に大きな影響を与えた父の康慶の作品から展示されている。康慶は奈良時代の古仏などを研究して、その技法を取り込みつつ新たな作風を模索したようである。

 運慶もその流れを受けているのだが、その造形はさらに斬新かつ力強い。一見大人しげに見える仏像でさえ、よく見るとかなり生々しい造形が感じられるのであるが、さらにその真価が発揮されるのが毘沙門天立像などのような動きが感じられる像。恐らく人体を研究したのであろうと思われる生々しい肉体の感覚が表現されており、非常に実在感の強い作風となっている。まさに今にも歩き出しそうと感じさせる像である。

 息子の代になるとさらに自由度が増し、ユーモアのようなものが感じられたりする。この辺りも時代の変化か。

 

 さすがに知名度の高い仏師だけあって、場内はかなりの混雑であった。何しろ運慶と言えば快慶と一緒に必ず歴史の教科書には記載されている有名人である。「ウンケー、カイケー、天気予報」って・・・これも元ネタの方が既に放送終了してしまっているから、若い人には何のことやら分からんだろうな。「僕の名前はウンケー 僕の名前はカイケー 二人合わせて慶派だ 君と僕とで慶派だ 小さなものから大きなものまでリアルな描写だ慶派の仏像」ってやつである。

 場内が人で満杯という最悪に近いコンディションではあったが、なかなかに見応えのある展覧会であった。やはり彫刻家として見た場合の運慶のポテンシャルはかなり高い。

 それにしても人が多すぎるせいもあっていきなり疲れてしまった。それに館内が暑くて仕方ないので、鶴屋吉信の出店でアイスクリームを頂いて一息つく。アイスクリームと言いながら、下に餡が敷いてあるのがポイント。そもそもこれがなければ鶴屋吉信の意味がない。

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鶴屋吉信のアイスで一服

 一息ついてから外に出てみると、行列はさらに伸びて1時間待ちの表示が出ていた。私の読みは正解だったようだ。その長蛇の列を横目に見ながら隣の表慶館に入館する。

 

「フランス人間国宝展」 東京国立博物館で11/26まで

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 フランスの人間国宝であるメートル・ダールの認定を受けた13名の作家+2名の作品を展示。

 人間国宝と言っても日本の人間国宝のイメージである伝統工芸というのとはやや毛色が変わっていて、よりアートサイドに寄っているのはさすがにフランスと言うところか。技法などは伝統工芸の域なのだろうが、作品自体は現代アートの色彩を帯びている。

 意表をつくような素材を意表をつくような技術で加工しており、フランスもなかなかやるなというところ。手工芸が得意分野であるのは日本だけではないと言うことか。

 

 陶芸家で曜変天目の研究を重ねていたらしい作品もあったのが興味深かったところ。曜変天目とはかくも洋の東西を問わず陶芸家を魅了するものであるということだ。だからこそあんな土産物レベルのまがい物を曜変天目と認定されたら黙ってはいられないというところか。

 ここまで回ったところで博物館を後にする。国立博物館はこれ以外にも多数の展示がある(とにかく全館、国宝や重文がゴロゴロ転がっている施設なので)ので、それらを回っていたら一日つぶせると言われているが、私はそこまでのマニアではないし、そもそも今回は秋の美術展の予定が目白押しなので次の予定が詰まっている。次に移動したのはここの近くの美術館。

 

「皇室の彩 百年前の文化プロジェクト」東京藝術大学美術館で11/26まで

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 皇室での結婚、即位などの祝いごとの際の献上品である美術工芸品などを展示した展覧会。日頃は一般的に目にすることはほとんどない逸品を展示する。

 さすがに皇室献上品だけあって、とにかくいずれの作品も凝っている。とてつもない手間をかけていることが分かるものばかり。また手がけた作家も当代一流揃いということになる。

 ただ正統派中の正統派な作品ばかりということになるので、感心はするのであるが残念ながら意表を突かれるような作品もないということになる。この辺りが難しい。

 

館内のレストランで昼食

 展覧会の鑑賞を終えた頃には昼前になっていた。そろそろ腹が減ってきている。どこかで昼食を摂りたいところだが、この辺りには飲食店がほとんどない。上野の南の御徒町方面まで繰り出せば飲食店はいくらでもあるが、そこまでいく体力もない。面倒くさくなったので芸大美術館のカフェで昼食を済ませることにする。メニューを見るとパスタやカレー類ばかりだが、パスタは朝食だったし、カレーも気分でないしということでハッシュドビーフを注文する。

 しかしここで私は一つのことに気づいた。「ハッシュドビーフって、つまりハヤシライスのことだったっけ。」 実は私はハヤシライスという料理にはあまり良い印象は持っていない。と言うのは、今までハヤシライスについてはあまりうまくないものと壮絶にまずいものにしか当たったことがないからである。しまったと思ったが時既に遅し。

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ハヤシライス

 だが出てきたハヤシライスは案に反して結構うまい。「ハヤシライスって意外にうまいんだな」と再認識。どうやら今までまともなハヤシライスに当たっていなかったらしい。とりあえず場所柄CPは壮絶に悪かったが、私のハヤシライスに対する認識を改めることにはなったようである。

 腹を膨らませたところで次の美術館へ移動。

 

「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」東京都美術館で1/8まで

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 ゴッホは当時ヨーロッパに入ってきていた浮世絵の影響を受け、その明瞭な色彩に魅了されて多くの日本を題材にした絵を描いている。しかしゴッホは実際の日本を知っているわけではなく、そこに描かれているのはあくまでゴッホのイメージする楽園としての日本の姿であった。これはある意味、楽園を求めてタヒチまで彷徨ったゴーギャンとも相通じている。本展はゴッホのジャポニズムをを示す作品を中心に展示。

 ゴッホの絵と浮世絵が並ぶという結構変わった趣向の展覧会である。こうして見ると確かにジャポニズムがゴッホに与えた影響の大きさが覗える。最もゴッホの至った真の到達点はここをさらに抜けた先だったのではあるが。

 

 ここを出るとさらに次の美術館へ。

 

「北斎とジャポニスム-HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」国立西洋美術館で1/28まで

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 19世紀後半の西洋画壇にいわゆるジャポニズムが大きな影響を与えたのであるが、その中でもとりわけ大きな影響力を持ったのが北斎である。本展では北斎が西洋絵画に与えた直接的な影響を考える。

 元にされたと思われる北斎の作品と、その影響を受けた西洋絵画を並べて展示と言うことで、雰囲気的には先のゴッホ展と類似している。北斎の大胆な構図なども印象派の画家たちに大きな影響を与えたようであるが、意外に影響力の大きかったのが、北斎による緻密な人体観察に基づいている北斎漫画。その影響を受けた画家たちの人体描写が急激に生々しくなっているのには驚かされる。

 そもそも北斎は日本国内よりも海外での方が評価が高かったと言われるが、確かにそうであることを感じさせられるのである。あらゆる図案などにほとんど盗用に近い形で利用されており、これが今日であれば北斎は著作権ビジネスで世界的大富豪になっただろうなんて俗な考えが頭をよぎってしまった。

 

 思いの外、美術館のはしごは体に堪える。既に相当疲労が溜まってきた。実はもう一カ所上野で立ち寄る予定があるのだがこれは明日に回すことにして、現在の時間と今の体の状態を考えてもう新宿に移動することにする。

 新宿に移動すると美術館にもう一カ所立ち寄ることにする。

 

「生誕120年 東郷青児展」損保ジャパン日本興亜美術館で11/12まで

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 独特の画風で女性を描いた作品で知られる東郷青児の回顧展。特にあの画風を確立するに至る過程の作品が結構展示されている。

 こうして概観すると、当初は結構普通の絵を描いていた東郷青児が、渡欧したことでキュビズムの影響を受けたりしてかなり尖り、日本に帰ってきていろいろ試行錯誤していくうちにあの画風に落ち着いたなんて過程がよく見えて面白い。また藤田嗣治との合作なども展示されており、そう言えば両者の画風にも共通項があるなんてことも感じられたり。それなりに興味深い展覧会であった。

 

 美術館を出たのは5時前。コンサートは7時からなのでまだ時間がある。しかも関西のホールは大抵は入場は開演の1時間前ぐらいなのだが、不思議なことに関東のホールは大抵は入場は開演の30分前なのでホール内で時間をつぶすわけにもいかない。とりあえずあまり腹は減っていないので軽く夕食にそばでも摂るかということで、京急百貨店のレストラン街に立ち寄る。

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夕食のとろろそば

 軽めの夕食としてとろろそばを頂くと京急新線で初芝に移動。ホールに到着する。結局はホール前で30分ほど待つ羽目に。

 

ロシア国立交響楽団〈シンフォニック・カペレ〉

ヴァレリー・ポリャンスキー(Cond)、宮田 大(Vc)、ロシア国立交響楽団

チャイコフスキー:祝典序曲「1812年」op.49
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調 op.104 B.191
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調 op.47「革命」

 1812年は大阪での公演と同様に派手派手演出。ただオペラシティのステージは狭苦しい上に、観客席が平土間なので音が頭の上を通過していくようで、スペクタクル的効果については大阪公演には及んでいない。

 トボルザークは宮田のチェロがなかなかに存在感を見せている。オケもその演奏を分厚いバックで盛り立てている。

 ショスタコは爆演のイメージからすれば大人しめの演奏。ポリャンスキーは実はいろいろと細かいところに目配りをした演奏をする指揮者であるのだが、それがハッキリと現れていた。爆演でぶっ飛ばすのではなく、手綱を締めてしっかりと地に足がついた演奏という印象であった。ただしクールな演奏ではなく、熱さはしっかりとある。

 なかなかの熱演に、最後は場内総立ちでやんやの盛り上がりとなった。ポリャンスキーはなかなかにサービス精神もあるようである。

 

 これで今日の予定は完全終了。ホテルに戻ると入浴してから直ちにバタンキューだったのである。