徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

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アニメ関係の記事は新設した「白鷺館アニメ棟」に移行します。

白鷺館アニメ棟

日本フィルハーモニー交響楽団第705回定期演奏会&「ルーベンス展」「デュシャンと日本美術」「大報恩寺」「ムンク展」「横山崋山」「フィリップスコレクション」in 東京

 翌朝は8時前に目が覚める。上野地区の美術館の開館が9時半だからそれに合わせて行動することになる。昨日買い込んでおいたパンを朝食として摂ると、美術館の時刻を睨みつつ上野に移動する。

 上野は相変わらず人が多い。例のパンダ騒動はやや一段落ついた感があるのだが(もう既に赤ちゃんパンダという状態ではなくなっている)、それでも平日の朝だというのに人が多い。また修学旅行の団体らしき連中がウロウロしているのも人が多い理由。

 人混みをかき分けつつ最初に入館したのは駅から一番近くの美術館。ここで開催中の展覧会が本遠征の主目的の一つ。

 

「ルーベンス展-バロックの誕生」国立西洋美術館で1/20まで

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 17世紀のヨーロッパ絵画を代表する画家・ルーベンスの展覧会。本展ではルーベンスの作品及び、彼が親しんで研究した16世紀の絵画や彫刻など、さらにはバロックに属する作品等を紹介。

 ルーベンスは16世紀の絵画を研究したとのことで、確かに色使い等にはその影響が見られる。ただ彼がそれまでの画家たちを一線を画しているのは絵に動きや躍動感があるということ。それは単に静的構図の絵から動的構図の絵に移ったというだけでなく、絵画のタッチにもスピード感がある。後の時代の絵画に比べると非常に緻密に描かれているように感じられるルーベンスの作品だが、近くでよく見ると意外にタッチが荒いというか、筆さばきに流れるようなスピード感があるのである。これは彼が工房で大量の作品をこなしていたということも一因かもしれないが、やはり動きを考えてのことでもあるのだろう。とにかく彼の作品はそれまでの落ち着いて退屈な作品とは違い、非常に大胆で表現がダイナミックであることを感じられた。


 なかなかに見応えのある内容で、展覧会方面の滑り出しもなかなか上々のようである。気をよくしたところで次の美術館へ。次に向かうのは東京国立博物館。ここでは「大報恩寺展」と「デュシャン展」が開催中。ただ通常の特別展では平成館の2階をぶち抜きで全面使用する場合が多いのだが、今回はそれぞれの展覧会が2階を半分ずつ使うという形式。にも関わらず特別展×2の料金を取られるのはたまらない・・・と私のように考えるせこい人間も少なくないと思われ、そのためか両展を合わせたセット券2000円というのも発売されているのでそれを購入する。

 

「マルセル・デュシャンと日本美術」東京国立博物館で12/9まで

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 デュシャンと日本美術と銘打っているが、殊更にデュシャンが日本と関わりがあったとか、日本から何らかの影響を受けたという事実があるわけではなく、デュシャンのセンスに通じる感覚で日本美術を見るという意味。ただこの部分の展示は最後の所に付け足し的にあっただけで、正直なところデュシャンの作品だけではスペースがあまるので水増ししたという気がしないでもない。

 さてデュシャンの作品だが、彼は最初は画家を目指していたらしい。そこでお約束のように印象派、キュビズムなどの流れに沿って影響を受けた作品が見られるのだが、正直なところ技術的にも感性的にも驚くような作品はない。そして彼自身も画家に見切りをつけて、新しい芸術を模索するようになる。その試行錯誤の果てに出てきたのがレディメイドの発想で、物議を醸した「泉」へとつながる。

 本展ではそれに留まらず、デュシャンの遺作についても紹介されている。とにかく彼が常に新しい芸術の形態について考えていたことは覗える。

 とは言うものの、デュシャンのレディメイドの発想は、彼の追従者にとってはあまりに真似が楽すぎて、結果としては多くの怠惰な自称芸術家を乱立させてしまうことになったのも事実である。この辺りが彼の功罪とも言えるのだが。


 次はとなりの会場へ。今更仏像はパスしようかと思っていたのだが、快慶の名を上げられると行かないわけにも・・・というわけで見事に主催者の策略に嵌められている私。

 

「京都・大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ」東京国立博物館で12/9まで

 京都にある大報恩寺は鎌倉時代に建てられた寺院であり、安置されている仏像は当時の仏師が手がけたものである。それらの制作者は快慶やその弟子の行快、運慶の弟子であって行快と同世代の定慶といった慶派の仏師達である。彼らの手になる仏像を展示。

 行快の手になる本尊の釈迦如来坐像なども趣があるが、やはり個人的には一番魅了されたのは快慶の手になる十代弟子立像。釈迦の高弟の像であるが、十人十色のそれぞれの性格までがその姿に現れていることを感じさせられるリアルな造形の像で(美形で知られるアーナンダなどは確かに美形に作ってある)、その辺りはさすがに快慶の表現力は抜群であることを感じさせられた。

 私は以前から鎌倉仏師による仏像は純粋に彫刻として好きなのであるが、肉体のリアルな実在感などなかなかに堪能できたのである。なおそういう点では、あえて肉体のリアルさを抑えて超人的な雰囲気を出す仏像よりも、漲る荒々しさをそのままに表現する鬼などの彫刻の方が面白かったりする。


 いささか疲れた。美術館巡りは思いの外体力の消耗が激しい。疲れたのでいつもの鶴屋吉信で一息。こういう時に饅頭はありがたいが、あんまり食べ過ぎると太るのでそれも問題。

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鶴屋吉信の饅頭で一服

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なかなかに上質

 一息ついて少し回復したところで次の目的地へ。次は隣の東京都美術館。ここで開催中の「ムンク展」も本遠征の主目的の一つ。

 しかし美術館に到着した途端、券売所の前の行列を目にしてガックリと疲れてしまう。ムンクってそんなに人気あったっけ? 当然のように館内も超満員であまりゆっくりと見られる雰囲気ではない。どうもこの美術館は鑑賞条件としては最悪に近いコンディションの場合が多い。

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券売所の行列に気分が萎える

 

「ムンク展-共鳴する魂の叫び」東京都美術館で1/20まで

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 ムンクと言えば「叫び」が圧倒的に有名であるが、何も彼も最初から最後まであんな絵を描いていたわけではない。ムンクの作品を初期から晩期まで概観するのが本展。

 ムンクも最初はもっと普通の絵を描いていたのだが、それでも色使いの独特さは目につく。この辺りは元々の彼の感性なのだろう。そして内面に渦巻く感情をぶちまけたのが「叫び」なのであるが、どうもあの作品はムンクが精神的に不安定になっていた時期とも符合するらしい。そういうことを考えると、やはり傑出した芸術作品とは正気の元では成立し得ないのかなんて感じてしまったりするのである。実際に彼のその後の作品はもっと落ち着いた雰囲気のものになっている。

 「叫び」以外はあまり知られていないムンクの作品に触れることが出来る好機。彼の作品に流れる北欧独特の空気なんかも体感できるのが面白い。

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この前で記念写真が撮影できます・・・といってもね

 白夜の北欧は、逆に冬になると日が昇らない極夜になるわけで、いわゆる冬鬱が発生しやすいと思うのだが、ムンクの芸術にはそういう環境も影響しているのかななんて考えも頭をよぎった。ちなみに私も毎年2月頃になると軽い鬱症状のようなものが出て、体調を崩したり仕事の能率が落ちたりするのに困っていたりする。

 

 これで上野地区での今日の予定は終了。後は場所を移すことに。まずは東京駅へ。

 

「横山崋山」東京ステーションギャラリーで11/11まで

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 江戸時代後期に京都で活躍し、当時はかなり人気を博していたにもかかわらず、なぜか現在ではほとんど名が知られていない存在になってしまった横山崋山。その崋山を紹介する展覧会。

 崋山は曽我蕭白に傾倒し、岸駒に入門した後には呉春に私淑するなど様々な流派の画法を身につけて自由な絵画を描いたという。どうもその辺りが現在では無名になってしまった理由かなど感じられた。河鍋暁斎などと同じで、幅が広すぎてつかみ所がないために結果として忘れられてしまうというパターンのように思われる。

 作品自体は緻密な線でカッチリと描かれていたりするのだが、何となく楽しげで柔らかい絵が多い。彼の真骨頂は風俗画と言われているらしいが、本展で展示されている祇園祭を描いた絵巻では、とにかく表現の細かさに驚かされるのであるが、その一方でそこに描かれている人々が生き生きとして楽しげであることにも気付く。精緻な絵は往々にして冷たい絵になりがちなこともあるが、彼に関してはそういうことが全くない。この辺りは実に興味深い。


 次はここから地下伝いで三菱一号館美術館へ。この辺りはいつもの巡回コースといったところ。ただこの頃から歩くのも辛いほどの強烈な疲労を感じ始めていた。何とか美術館までやって来たが、正直なところヘロヘロである。もう既に一万歩を超えてしまっており、体力がかなり尽きてきているのを感じる。このまま美術館に入ってもボーッとしてしまいそうなので、とりあえず喫茶店か何かで休憩をすることを考える。

 どこか喫茶店でもないかとウロウロしたところ、「ラ ブティック ドゥ ジョエル・ロブション」なる小洒落たカフェがあるのでそこに入ることにする。腹は減っていないがとにかく疲れている。こういう時は甘いものか。「カスタードクリームのガレット」と紅茶を注文して一息つく。やはりこういう時は甘いものが一番ありがたい。

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小洒落たカフェです

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疲れた体には甘物がホッとする

 ここでしばらく休息してようやく体力が若干回復したところで向かいの美術館へ。

 

「フィリップス・コレクション展」三菱一号館美術館で2/11まで

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 アメリカの実業家でコレクターのダンカン・フィリップスが近代美術品を個人的に蒐集したのがフィリップスコレクション。彼はこれらの作品を私立美術館で展示していたという。個人が蒐集したコレクションだけに、明らかに蒐集者の一貫した趣味というのが現れているのが特徴。

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展示イメージ

 展示作品はいわゆる印象派から現代絵画に近い辺りまで網羅されている。面白いのは、コレクションの前半部分を見ていると結構カッチリした具象系の絵画を好んでいるようにも思われるのに、しっかりとカンディンスキーなどの抽象絵画もコレクションしていること。なかなかに幅の広さを感じさせるコレクションである。

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初期のフィリップスコレクション展示室復元模型

 もうかなり強烈に自覚できるぐらいヘロヘロ。しかしそれでもホールに行く前にもう一カ所。

 

「オルセー美術館特別企画 ピエール・ボナール展」国立新美術館で12/17まで

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 浮世絵的な装飾的画面の作品も製作し「日本かぶれのナビ」とも言われたボナールの展覧会。なかにはまさに浮世絵をモチーフにした作品もある。

 元々彼の絵画は鮮やかな色使いをする特徴があるので、その辺りが浮世絵の感性と合致したのであろう。また立体感がなくて平面的な描き方というのも浮世絵に通じる特徴ではある。鮮やかな色彩ではあるが、ナビ派らしい親しみやすさというものも同時に感じさせるのが彼の絵画の特徴。

 なお本展では彼が手がけたリトグラフなども展示されているのだが、これがいかにも当時のパリの空気を伝えるような作品。彼の芸術も、あの時代の空気があってこそ成立したものなのであろう。


 そろそろ6時近くになってきた。今日のコンサートはサントリーホールで7時開演なのでホールへ移動。コンサート前に「和幸」牡蠣フライとヘレカツのセットを夕食に。

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今日の夕食

 

日本フィルハーモニー交響楽団第705回定期演奏会

指揮:アレクサンドル・ラザレフ
日本フィルハーモニー交響楽団

グラズノフ:交響曲第8番?変ホ長調?Op.83
ショスタコーヴィチ:交響曲第12番?ニ短調?Op.112?「1917年」

 一曲目のグラズノフは残念ながら曲自体はあまり面白くは感じられない。しかしラザレフのアプローチは見事。鳴らすべきところは徹底して鳴らし、抑えるところは徹底して抑える非常にメリハリの効いた演奏。しかもオケのアンサンブルがカッチリと決まっているから、いくらガンガン鳴らしても決してうるさくはならない。非常に緊張感のある好演。

 二曲目のショスタコも同様のアプローチ。こちらの方はさらにメリハリが強く、鳴らすところでは狂気のような大騒ぎになるのだが、それが全く不快にならない。冒頭からオケに緊張感が漲っていて、それが最後まで途絶えない。今まで日フィルは何度か聴いたが、こんな演奏も出来るのだと非常に驚いた。今まで聴いた日フィルの演奏は常にどこかぬるさを感じるようなものが多かったので、これはラザレフの存在感の大きさなのだろうか。


 今までとはひと味違う日フィルの演奏を聴いたという気がする。やはり、西本、コバケン、ヤマカズという指揮者ではどうしてもぬるめの演奏になってしまうのだろうか。

 それにしても疲れた。歩数計を見てみると一万九千歩を超えている。これは限界越えどころの騒ぎではない。今のところは気が張っているから保っているが、気が抜けたら一気にガクッときてしまいそうだ。とりあえずホテルに戻らないといけないが、どうにも小腹が空いていてそれも力が入らない理由の模様。

 結局は帰る途中で寿司でもつまもうかと上野のアメ横の回転寿司「江戸っ子」に立ち寄る。ここでホッキ貝(私の一番好きな貝なのだが、なぜか関西では滅多にお目にかかれない)、マグロ盛り合わせ、コチ、シマアジ、テッカマン・・・でなくて鉄火巻きをつまんでから帰ることに。これで支払が2000円未満なら、東京では上々な方か。

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ホッキ貝にマグロ盛り合わせ
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コチにシマアジ

 ホテルに戻ってきたらいよいよグッタリで、風呂に入る気力を振り絞るにも困難な状況。それでも何とか入浴だけは済ませて、この日は全く何も出来ずにバタンキューしてしまう。