徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

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白鷺館アニメ棟

国芳展を見学してから、佐渡指揮PACオケの「千人の交響曲」

朝っぱらからいきなり疲労でダウン

 翌朝は8時にセットしていた目覚ましで起床・・・とは言うものの、目が覚めたが体が動かない。想像以上に体にダメージが残っている模様。元々の予定では近くの喫茶店に朝食に出向くつもりだったが、そんな気力は全く湧かない。しばしそのまま起きたり寝たりでプラプラしていたが、そうこうしている内にチェックアウト時刻の10時が近づいてくる。今日はこの後、さらに大阪地区の美術館に立ち寄ってから西宮でのコンサートに出向くつもりだったが、そんな気力が全くないのは明らか。ここでとりあえずチェックアウトを延長して昼前までゴロゴロすることに決定する。

 しばし布団の上でウトウトしたおかげでようやく活力が少し復活してくる。そうなるとこのまま昼過ぎまでゴロゴロしているのはあまりに怠惰に過ぎるという気が起きてくる。また展覧会の方も気になってくる。そこで荷物をまとめると昼前にチェックアウトする。

 地下鉄で向かったのは中之島美術館。ここで「歌川国芳展」が開催中。もう既に会期も半ば頃なのでそろそろ気になっていた。やはりここは少々無理しても立ち寄っておくべきだろう。

中之島美術館を訪問する

 美術館に到着すると入口前に行列が出来ている。ただ券売所前には行列はないので、まあ浮世絵展では普通の混雑。そもそも手にとって鑑賞することを想定している浮世絵は、どうしてもにじり寄って見ることになるので館内が混雑しやすく、ある程度以上観客が増えるとどうしても入場規制がかかることになる。

どうやら入場規制がかかっている模様

 

 

「歌川国芳展 ー奇才絵師の魔力」中之島美術館で2/24まで

 奇想の画家として伊藤若冲などと共に近年になってとみに脚光を浴びることになった浮世絵師である歌川国芳の展覧会。なお今年の大河ドラマで版元の蔦重が主人公となっているが、江戸の浮世絵文化に大きな影響を与えた蔦重の没年が1797年、国芳はその翌年の1798年の生まれで、活躍したのは幕末になる。蔦重は陰険な松平定信の文化統制で処罰を受けているが、国芳も時代錯誤の水野忠邦による文化統制の煽りで何度か処罰されている。

 国芳の作品をジャンル別に展示しているが、第一章がまさに国芳の名を天下に轟かせることになった武者絵などになる。とにかく漲るような力強さが身上で、隆々とした筋肉の描き方などまさに躍動している。水滸伝を題材にしたものなど物語の人物や歴史上の人物などを想像力豊かに、また抜群の見せ場を演出タップリに見せていて、その表現は今日のコミックの扉絵のようでもある。

金太郎こと坂田金時を描いた「酒田怪童丸」

 有名な「相馬の古内裏」なども登場するが、これなどはまるで怪獣ものである。また歴史を題材にした作品もあり、信玄と謙信の川中島での一騎討ち(実際には信玄の側近が加勢しているが)などを力強く格好良く描いた作品などもあって、まさに血湧き肉躍る世界である。

ほとんど怪獣ものの「相馬の古内裏」

 第二章は役者絵であるが、これはいわゆる当時のブロマイド。それだけに役者を美しく描こうとした様子が覗われ、役者の個性を強調して内面まで描こうとした写楽などのアプローチと比べるややおとなしめ。やはり単純なブロマイドよりも舞台の様子を描いた作品の方が国芳の神髄が発揮される印象がある。「五拾三次之内 岡崎の場」などは猫好きの国芳が巨大な化け猫を登場させていて、そういう点でも面白い作品。

参考資料 「五拾三次之内 岡崎の場」

 

 

 第三章は美人画であるが、描き方がやや定型化している感があり、端的に言えば人物の区別がつかない。人物に歌麿のようないわゆる色気は薄い。どちらか言えば人物よりもその艶やかな粧いなどの周辺描写の方が国芳らしさが出ていて興味深かったりする。

 第四章は風景画。北斎や広重と異なり、国芳にはあまり風景画のイメージはないが、実際は風景画も多く残している。北斎らが取り入れていた西洋画的な遠近表現は、国芳も取り入れていて一点透視法などの遠近法を駆使した作品を描いている。その中で非常に違和感を放っているのが「忠臣蔵十一段目夜討之図」。強調された遠近感に、幾何学的形態で描かれ、人物に比して少々大きすぎるのでと感じられる屋敷などが、日本画とは思えない雰囲気を醸し出している。

どことなく日本画離れした風情のある「忠臣蔵十一段目夜討之図」

 第五章は動物画。国芳は猫好きで知られているが、猫を始めとして様々な動物を描いている。その描き方は様々。かなりリアルな描き方から愛嬌のある戯画的な描き方まで幅広く、その辺りは次章につながることになる。

 第六章がある意味で奇想の画家・国芳の名を一番世間的に広めるのに影響があったかもしれない戯画である。これが奇妙奇天烈、様々なアイディアを盛り込んだ楽しいものが多く、奇想の画家としか言いようがない作品群となっている。国芳の奇想を象徴する典型例としてよく出てくる「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」なども登場。

奇想の画家・国芳の名を一般に知らしめた「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」

 切り抜いて鬘を猫の頭に重ねるという「流行猫の変化」などは、昭和の頃の子供雑誌の付録によくあった切り抜いて着せ替えする紙人形そのもの。あれの原点がこんな頃からあったなどと、妙に感慨深いものがあったりする。

「流行猫の変化」昔の雑誌の付録を思い出す

 館内の混雑のせいで鑑賞コンディションとしてはかなり悪かったが、それでも展示数の多さとそのレベルなどから十二分に堪能出来る展覧会であった。なお私は事前には知らなかったのだが、この週末が前期展示の最終で次週から展示品をほぼ入れ替えての後期が始まるとのこと。図らずもタイミングとしては非常によかったということか。これは後期も見に来る必要がありそう。

 

 

 展覧会が充実しすぎていたせいで予定よりも時間を費やしてしまい、その後はかなりドタバタとした移動になる。慌てて地下鉄と阪急を乗り継いで西宮へ。私の遠征の常でスケジュールに巻きが入っている時はとにかく昼食にしわ寄せが来る。結局この日の昼食は西宮駅前のケンタで間に合わせを放り込むことに。どうせガーデンに行ってもどこも満員だろうし・・・私の西宮でのケンタ比率もいささか異常。

 間に合わせの昼食を腹に入れるとホールへ。今回は新年記念イベントだけでなく、阪神大震災30年の鎮魂も加えての祈念的色彩の強い佐渡によるマーラーの千人。大規模編成である必要があることからなかなか演奏機会がレアな曲・・・のはずなんだが、私は意外とこの曲をライブで聞いており(この曲が演奏されるとなったらわざわざ遠征したこともあるせいなんだが)、実は2番や3番の方がライブ経験は少ない。なお今回はこのレア性に佐渡人気が相まってかチケット確保に苦戦。発売日に申し込みしたにも関わらず通信回線の遅さのせいで押し負けて、最終的に確保できたのは3階席である。当然のようにチケットは早々に完売している。

 大編成オケに大勢の合唱団が必要なため、ステージを前に拡張してある。これのせいで座席がつぶれてよりチケットの確保が困難になっていたようでもある。ただ合唱団席がかなり奥深いのでここで生じる微妙な時差(音速はあまりに遅すぎる)が問題にならないだろうか? 以前にオーチャードで山田和樹の時は、これが微妙に影響していた節があったが。まあ佐渡の場合、もっとマジで時差が洒落にならない「一万人の第九」とかを振っているぐらいだから、この程度は問題なしか?

ステージを客席にまで拡張している

 

 

PACオケ第156回定期演奏会

16型オケに4管編成+バンダに混声合唱+児童合唱に歌手8人というとんでも編成

指揮・芸術監督:佐渡 裕
ソプラノⅠ:並河 寿美
ソプラノⅡ:小林 沙羅
ソプラノⅢ:小川 里美
アルトⅠ:清水 華澄
アルトⅡ:林 美智子
テノール:小原 啓楼
バリトン:キュウ・ウォン・ハン
バス:妻屋 秀和
合唱指揮:矢澤 定明
合唱:マーラー「千人の交響曲」合唱団

 

大友良英(江藤直子、加藤みちあき、萩原和音編曲): そらとみらいと~阪神・淡路大震災30年メモリアル委嘱作品
マーラー:交響曲 第8番「千人の交響曲」

 

 一曲目は阪神・淡路大震災の30年祈念とのことで大友が佐渡から作曲を依頼された曲。曲自体は3部構成となっており、第一楽章は静かなレクイエムである。美しくはあるが曖昧模糊としたいかにも現代音楽的な曲想。

 第二楽章は佐渡に託しての即興だという。しかしピアノやヴァイオリンなどの楽器の即興と違って、指揮者である佐渡の即興というのはいささか無理があるように思われる。結局はメロディを指定は出来ないので、即興的にリズムを刻んでドタドタとやっただけになり、いささか音楽というには寂しい内容。もっともそのことが先ほどの現音的なレクイエムと次のもっと分かりやすい第三楽章をつなぐようになっていると言えなくもないが。

 第三楽章は一転して非常に分かりやすい曲。鉦や太鼓がリードする典型的な日本の祭音楽であり、日本人なら自然に血が騒いでくる音楽となっている。当然のようにお祭り男の佐渡はノリノリだが、オケも全体的に非常にノリが良い。そのまま思い切り盛上がってクライマックスまで、最後の締めの辺りの展開など、いかにも今まで映画音楽などを手がけてきた作曲家だななどと感じさせれる部分があったのであるが。

 後半はステージを拡張しての千人の交響曲。流石になかなかのサウンドスペクタクルではあるのだが、最初に懸念した時差の問題以前に合唱団の規模が大きすぎて、佐渡の統制が完全には及んでいないような印象がある。元々佐渡自体がオケを厳しく統制するタイプではなくノリで振るタイプの指揮者であるので、全体的に非常に統制の緩い演奏だなという印象が強く、全体での音色自体がゴチャゴチャする部分が多々あった。

 それでもお祭り男・佐渡としてはクライマックスに向かってサウンドスペクタクルで盛り上げては来ていた。ただ私にはいささか野放図な演奏というように感じられ、どちらかと言えば緊張感が漲るタイプの演奏を好む私にはいささか不満の残る演奏になった。まあこの辺りが私が以前から佐渡の演奏に対してイマイチと感じてしまう最大の理由なんだが。

佐渡のカーテンコールは大盛り上がり

 いかにも今回は特別イベント感のある演奏であった。大曲の前に20分程度の曲を加えてのプログラムなので、この時点で既に2時間は超過していたのであるが、満場の歓呼に応えて、アンコールでは「そらとみらいと」の第三部の祭の音楽。やんやの盛り上がりになったのは言うまでもない。トータルで2時間半というプレミアム感のあるコンサートにはなったのである。

 

 

この遠征の前日の記事

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