徒然草枕

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白鷺館アニメ棟

秀吉が攻め落とした西播磨の香山城、聖山城を攻略する

久しぶりの山城篇

 今日は祭日の休みであるので、久しぶりに体力作りのリハビリも兼ねて山城散策に乗り出すことにする。近場でそういうのが多いところと言えば西播磨。午前中に家を出ると姫路バイパスの竜野からひたすら北上、山崎方面を目指すことにする。

 

 

香山城、黒田官兵衛に落とされた地方領主の城

 最初に目指したのは香山城。新宮の香山地区の西にそびえる山々の山麓に、この地を支配していた香山氏が居城として建造した城郭である。鎌倉時代からこの地の地頭をしていた香山氏の秀清が1334~1338年頃に築城したとのことだが、1441年の嘉吉の乱で落城、その後に1471年に秀氏が城を再興。しかし羽柴秀吉の宇野氏攻略の際に城主の秀明が宇野氏に属したことから、黒田官兵衛に攻められて1580年に落城したとのこと。

 ちょうど大歳神社の背後の斜面に香山城は存在し、現地には城址を示す巨大看板に幟などがあり、駐車場も完備といういたれりつくせりの状態になっている。

 動物除けのフェンスをくぐり抜けるとすぐに城域であるが、手頃な石を積み上げて斜面を数段の曲輪に開削した構造になっている。野面積みの総石垣構造であるが、一見したところ段々畑のようにも見える。この手の城址は廃城後にはそのまんま畑になることも少なくないのだが、ここは削平地内にも大きな石がゴロゴロしていて、さらに木を伐採した跡もあることから、山林化して放置されていたように思われる。

動物除けフェンスをくぐって入る

縄張図

 

 

 一つ一つの削平地はいくつか建物を建造出来るぐらいの広さはある。かつてはこれらの曲輪の一つ一つが柵などで囲われて多重な防御態勢を取っていたと思われる。

足下は石がゴロゴロしていて歩きにくい

 内部は順路が記されているので見学しやすい。竪堀のような通路が走っているのだが、足下は大きな石がゴロゴロしているので極めて歩きにくい。今回履いてきたスニーカーは滑りはしないのだが石のせいでいささか足が痛い。もう少し厚底の登山靴の方が良かったようである(といってもそういう靴を持ってないが)。それと参ったのは私の想像以上の足の筋力の低下。不安定な足下に遭遇するとすぐに体勢がぐらつく。転倒を避けるためにおっかなびっくりな、いわゆる典型的な老人歩きになっているのを自分で感じて嫌になる。

石垣で細かく曲輪が分かれる

 順路は曲輪を縫いながら斜面を登っていく感覚になるが、途中で巨大な溜め池跡などもあるし、突然に巨石を積み上げた古墳なんかが現れるなど変化にも富む。

大きな溜め池跡

遠くに見えるのが古墳

古墳内部

 

 

 一番奥手にある大きな削平地が主郭のようである。斜面に築いた城なので背後の守りが気になるところだが、土塁と堀を構えたらしき痕跡はある。とは言うものの、やはりこの方向から攻められたら不利であることは否めないと思われる。

一番奥にあるのが主郭

それなりの面積を有する

 主郭は周りよりはかなり高く構えてあり、正面には堀も兼ねていると考えられる巨大溜め池があり、正面からの防御はそれなりに力を入れていることは分かる。とは言うものの、所詮は地方領主クラスの居城。秀吉軍の大軍率いた黒田官兵衛に攻められたら、守り通すのは到底不可能だろう。

主郭の正面には堀も兼ねた大きな溜め池

この城で一番立派な石垣か

 私の体力低下は想像以上。以前なら山城とさえ言えないような城を回っただけで、もう既に足にダメージが来ている。しかし流石に遠征してきてこれだけだとまだ不十分。ここからさらに北上してもう一ヶ所回ることにする。

 

 

聖山城、秀吉が本陣を置いた山城

 次に立ち寄ったのは聖山城。先の香山城が落城した時の秀吉の宇野氏攻めの際、篠ノ丸城・長水城に陣取る宇野氏と相対するためにここに本陣を置いたという。と言うわけで、どこかで「天下取りの城」という類いの看板を見たように思うが、確かに天下取りした人物と関係はあるが、別に天下人がここを拠点にしたとかいうわけではない。まあせいぜいが「天下人ゆかりの城」というところ。

麓から眺めた聖山城

 現地は聖山公園ということになっており、麓の神社のところに駐車場があるのでそこに車を置くことが出来る。ここから整備された登山道が通っているので先ほどの香山城と違って足下に不安はなく、スニーカーでも何の問題もない。本来なら鼻歌交じりで楽々登山・・・出来るはずなんだが、今の私はこの程度の山でさえ中盤ぐらいから足下がよたつく体たらく。コロナお籠もりの影響で、かなりやばいレベルの衰え方をしているようである。

神社の奥に登山道がある

距離は長くない

しかしこの中間標識が見えた時点で既にヘロヘロ

日陰には雪が残っていた

 

 

 途中にあるのが主郭の一段下にあるのが愛宕神社で、ここが腰郭になる。

途中にある愛宕神社

 ここからさらに一段上がると帯郭になり、その上の一段高いところが主郭。非常にシンプルで小規模な城郭である。しかしここからの眺望は抜群で、山崎の市街を見下ろし、背後の山々まで見ることが出来る。

帯郭に城跡碑が

尾根筋が東に延びる

帯郭から主郭方向を

 

 

 聖山城は揖保川東岸に突き出た位置にあり、対岸の篠ノ丸城や長水城を監視するには格好の位置にある。1493年に宇野氏の重臣である下村氏が築城したとのこと。基本的には単郭構造に近い非常にシンプルな城であり、本来は宇野氏の見張り台的な城だったが、秀吉軍は背後の山から尾根伝いで攻略したらしい。

主郭に説明看板あり

見晴らしはかなり良い

辺り一帯を見渡せる

 確かに尾根筋伝いの方向がこの城の弱点である。そちら方向には高さ2.6メートルの土塁で防御していたらしいが、多勢に無勢で落とされた可能性がある。

主郭自体はさして広くない

主郭より帯郭方向を

 これで今回の山城見学は終了。情けないことにもう既に足下がヘロって来ているので注意して降りてくる。山城攻略は帰るまでが攻略なのである(笑)。しかし実際に今までの経験上、重大な事故は足下がヘロって来る下りが圧倒的に多い。

 

 

最後は近くで燃料補給

 無事に下まで降りてきたところで昼食にしたい。周辺で飲食店を物色したところ「回転すし活きいき亭」を見つけたのでそこに入店する。どうも最近は迷った時の寿司頼みというところがある。

山崎の「回転すし活きいき亭」

 私の入店時は私以外の客は全くいない状況だった。そのためにレーンには寿司は全く回っていない状況。ランチメニューがあるようなので「活きいき丼(1200円)」を注文する。

活きいき丼

 いわゆる海鮮丼に味噌汁を付けたというもの。まあ普通に美味い。なお白飯と酢飯をチョイス出来るようだが、私は酢飯を選択した。やはり海鮮丼は酢飯の方が美味い。

 これを食べ終わったところで季節ものとして「寒ブリ(250円)」を一皿追加する。これもまずまずである。

寒ブリを一皿追加

 と言うわけで、久しぶりに汗を流し弱り切った足腰に活を入れると、最後にはエネルギー補給までをやってこの日は引き揚げたのである。まだまだ往時の体力まではほど遠いのを痛感したが、やはりボチボチと体力を回復していかないと・・・。実はこの辺りの界隈に見学したい山城が2つほどあるのだが、実はどちらも大者なので今の体力での挑戦はほぼ無謀。とりあえずはそれらの攻略に挑めるだけの体力を得るのが最初の目標である。