フランシスコ・ザビエル教会を見学に行く
翌朝は6時半に起床。今朝は海に濃霧が発生していて視界が悪い。東山魁夷とかがそのまま絵画にしそうな状況。名付けて「海霧日照」。
とりあえず朝風呂を浴びてからバイキング朝食を摂る。今日は昨日立ち寄れなかった直谷城に立ち寄るつもりであるので、早めに行動を開始することにする。8時にはホテルをチェックアウトする。
ただ平戸を離れる前にフランシスコ・ザビエル教会には立ち寄っておこうと考える。そこでカーナビを頼りに進むが、この周辺がとんでもない路地地獄。ようやく現地に到着すれば観光用の駐車場まで備えた完全な観光地なのだが、そこまでのルートがまるで迷路である。結局はたどり着くまでに何度も辺りをクルクル回る羽目になってかなり時間を浪費する。
ようやくフランシスコ・ザビエル教会の見学を終えると直谷城まで長駆ドライブとなる。
直谷城の攻略に向かう
直谷城は吉井北小学校の裏山にある。大手口の前に車を置くと、案内に従って直谷城の見学に向かう。
Googleマップにあるのは搦め手口の出口
大手道は小学校側にある
直谷城は松浦党に属する在地領主・志佐氏の居城だった城郭である。志佐氏は15世紀には朝鮮や琉球と活発に海上貿易を行っており、戦国時代にこの地に本拠地を移動したと考えられるとのこと。戦国時代の争乱を経て、最終的にはこの地は松浦隆信の治めるところとなるが、一国一城令によって廃城となったとのことである。
鬱蒼とした大手道を進む
大手道は左右両側の尾根筋の間を通る形になっており、完全に狙い撃ちである。また途中には土塁や空堀で進行が妨げられるようになっている。
二ノ城戸を抜けると一の郭へ
木戸跡を抜けると一の郭に登る。一の郭は結構な広さがあり、ここには建造物の跡なども見つかったという。また一の郭の一部には天守台があって、今はお約束のようにそこは神社となっている。
二の郭及び搦め手方面へ
一の郭の北方には二の郭があり、ここもそれなりの広さがある。
木戸のところから一の郭と反対側に進むと搦手口がある。ここはずっと裏手に通じているようだ。またこの道を尾根から狙い撃ちされる構造になっている。なおこの尾根の上に登れるようにロープが垂らしてあるが、尾根筋の上はかなり狭いようで、万一よろけて落ちたら命に関わりそうなので登るのはやめておく。
なかなかに見応えのある城郭だった。ところどころロープを吊してあるようなワイルドな城郭なので、付近の小学生なんかにとっては格好の秘密基地なのではないかという気がする。こういうところで野山を走り回って遊んでいたら元気な子供になりそうだ。もっとも無茶をしすぎて転落したらただでは済まないが。
武辺城の攻略に行くが・・・
直谷城の見学の後はさらに南下して、やはり松浦党の城郭であった武辺城のある山までやってくる。しかし付近に車を置いて徒歩で回ってみたが、どうもこの山には登り口がなさそうである。
墓地のところから道らしきものもあったのだが、山頂には通じておらず山の途中で道が消失している。竪堀と思えるような構造は各地にあるし、そう大きな山ではないので斜面を直登する手もないこともないが、そもそもあまり整備がされていないようなので、頂上にたどり着いても城の遺構が私に分かるかは疑問である。また単独行の原則は「道のないところには行くな」である。やはり私のような素人の単独行では、案内看板も設置されていないような城郭はかなりキツい。ここは無理をせずに撤退することにする。
これで山城の予定は終了。この次は鍾乳洞である。ここから南下した先に七ツ釜鍾乳洞なる鍾乳洞があるという情報を得ている。西九州自動車道と有料道路を経由して南方までまた長駆ドライブをすることに。
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