徒然草枕

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白鷺館アニメ棟

麒麟がくる第40話「松永久秀の平蜘蛛」

あからさまに精神的に追い詰められていく光秀

 熙子を亡くして傷心の光秀に対して怒濤のように試練がやって来ています。今回の見所は段々と狂気を帯びてきたように見える光秀の表情でしょう(長谷川博己がなかなかに良い演技をしています)。

 最初は芦田プロのたま(後のガラシャ)がお駒と女子トークしてますが、そこで「以前は無口だった父上がいろいろと話すようになった」ということが。父と娘の交流で微笑ましいようにも感じられますが、その背後には妻を亡くして傷心の光秀が娘に若干依存気味になりつつあるのを匂わせています。その直前の熙子の爪を器に入れながら、呆然とした印象の光秀の姿と重ね合わせると、光秀の心理の奥底がかなりの衝撃でヤバくなってきているのを現しています。

 

その光秀をさらに追い込む松永久秀の反乱

 そしていろは大夫に呼び出された光秀が出向くと、あの公家のオッサンが光秀に「帝が信長のことを懸念している」ということを光秀に吹き込む。いかにも公家らしく深層心理のところで光秀の信長に対する不信感を煽ろうとしている様子が覗える。

 さらには光秀は松永久秀と直接面談(ありえねぇ)。光秀は「飲まずにいられない」と酒を飲んでいるが、これはやはり光秀が心理的に相当追い込まれているのを現している。そして松永は光秀に対して寝返り宣言(ありえねぇ)。ここで松永は「信長は能力主義と言っていたが、実は家柄とかを優先している」と指摘。これって実は最近は実際に「信長は実は今まで言われていたほどに合理主義ではなかった」という説も出て来ています。光秀は「信長様には信長様の考えが」と言いながらも、迷いが実は滲んでいるというのが見所(長谷川博己が良い演技をしている)。ここで松永が光秀に平蜘蛛を託すというのはこれまた実に大胆な歴史捏造。松永は実際には「この平蜘蛛だけは絶対に信長には渡さん」と平蜘蛛に火薬を詰めて自爆したと言われていますので(まあこの説も信憑性は低いが)。この平蜘蛛に松永のあらゆる想いが込められているということなんだが、これが実は光秀にとっては致命的なブービートラップであったというのが今回の肝。この辺りの鬼気迫るやりとりが今回の重要な見所。光秀は将軍を失った上に、ここで長年の盟友(この番組では幼い頃からの師でもある)松永久秀を失うことが確定。光秀の回りからいろいろな人が去って行く。「戦などしたくない」という光秀の絶叫が痛切。

 そして信貴山城の戦いだが、残念ながら例によって合戦シーンは非常にチープ。なおここで伝令として佐久間が現れますが、彼は光秀に対して親近感のようなものを示していましたが、間もなく信長によって追放されることになります(そのことはこの後の信長との会見シーンでも匂わせているが)。恐らくこれもさらに光秀に対する追撃となるだろう。

 そして信長に反旗を翻した松永久秀は呆気なく数分で敗北します。平蜘蛛を光秀に託してしまったので自爆するわけにはいかなくなった(笑)松永は自分の自慢の茶道具に火を付けた上で「普通に」切腹します。さすがに今までのナレ死だった連中とは違って結構見せ場を作ってもらってます。鬼気迫る松永と、涙をこらえながら「エイエイオー」の光秀というのも一つの見所。

 

いよいよ危なさを増してきた厨二信長と追い込まれた光秀のすれ違い

 で、厨二信長はなぜか倉庫のようなところでヒステリー泣き。いよいよ危ない奴度が全開になってきています。この信長は欲しかった松永の茶器が全滅してしまったことか、松永が自分を裏切ったことか、どちらが悔しくてヒステリー泣きしているのかが不明なのですが、それはこの後に数ヶ月ぶりに現れた帰蝶様さえ「私も分からない」と言ってしまっています。いよいよ信長が糸の切れた凧になってしまった象徴的シーンの一つでもあります。

 で、呼びつけられた光秀は焼け焦げた松永所蔵の名品が並べられた広間で帰蝶様と再会。しかし帰蝶様は手のつけられなくなった信長と距離を置くことを明言している次第。帰蝶の「疲れた」という言葉は信長を見放してしまったことを意味する実は重い言葉。これは信長の最後の安全弁が飛んでしまった状態。

 そして帰蝶退出後の信長と光秀のやりとりが今までにない妙な緊張感を孕んだものに。信長は「すべて知っているんだぞ」ということを匂わせながら光秀に平蜘蛛の所在を尋ねるのだが、なぜかここで光秀は信長に平蜘蛛のことは知らないと答える。この後のシーンで光秀は「言ってしまったら楽なのになぜか否定してしまった」といろは大夫に言っていたが、つまりここでは信長に対する忠誠心よりも、松永の平蜘蛛は絶対に信長には渡したくないという意志の方を優先してしまったということで、初めて光秀の中で信長に対する叛意が目覚めてきたことを示している。そして信長の方も光秀が初めて自分に嘘をついたと光秀に対する不信感を強める。その裏では「してやったり」風の藤吉郎の存在が(この作品の藤吉郎ってやっぱりとことん嫌な奴だな)。

 

本能寺への引き返せない道

 またここで信長は光秀にたまの細川忠興との婚礼を命じるのだが、実はこれも地味に光秀を精神的に追い込むことである。最初からどうも光秀はたまの婚礼に対しては明確な抵抗を示しているが、この時も屋敷に戻ってからたまにこのことを伝えようとしながら結局は伝えきれていない。妻を失った挙げ句に娘も手元から離すことに対する葛藤が滲みまくっている。

 そしていろは大夫が平蜘蛛を持参する(ありえねぇ)。その平蜘蛛を見て「これは松永の罠だ」と狂気に満ちた表情で叫ぶ光秀。確かに罠の側面はある。結局はこの平蜘蛛に込められた松永の怨念の結果、光秀はあからさまに信長との溝を作ってしまったわけであるから。いろは大夫は平蜘蛛には松永の想いがこもっているという類いの事を言っていたが、それは裏を返せば松永からの光秀に対する「次に信長を見捨てるのはお前だ」という想いもこもっている。これはいよいよ「どうしてあの方はこんなになってしまった」と泣きながら本能寺で信長を討つことになりそうだ。

 と言うわけでとうとう本能寺に対して引き返せない道に踏み込んでしまったことを濃厚に匂わせているのが今回。かなり白熱したやりとりが見所になっていましたが、最後まで曲者なりに意地を通した松永、狂気を帯びてきた光秀、そしてこちらもやはり狂気を帯びてきた信長、なかなかに各人鬼気迫るものがありドラマを盛り上げています。私的にはいろは大夫から平蜘蛛を受け取った時の完全に狂気に満ちた光秀の表情が頭に焼き付いてしまったな。長谷川博己、これはなかなかにすごい演技だと思う。