徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

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アニメ関係の記事は新設した「白鷺館アニメ棟」に移行します。

白鷺館アニメ棟

角野隼斗出演の関西フィル定期演奏会はロマンティックナイト

最悪の渋滞のおかげでドタバタさせられることに

 この週末は関西フィルの定期演奏会とPACの定期演奏会に出向くことにする。毎度のように金曜日の仕事を早めに終えると直ちに阪神高速に。しかし毎度毎度慢性渋滞の阪神高速だが、今日は最悪の混雑だった。神戸に入ったところで半分止まりながらのノロノロ運転で、いつまで経っても神戸から抜け出せない。結局もう18時前になっているのに神戸にいるような状態。渋滞が途切れたのは西宮を過ぎたあたり、そこから大阪めがけて突っ走ったが、大阪に到着した時点で18時半。しかもホール周辺の駐車場はクソ高いホールの駐車場も含めて満車ばかり、ようやく空き駐車場を見つけるとホールへ急ぐ。

いつもよりも観客がかなり多い

 ホールはゾロゾロと大量に入場中。いつになく観客が多い。もう既に18時半を回っているので夕食なんて取っている余裕はない。私も慌てて入場。何でこんなに今日は客が多いんだと思ったら、よくよく考えてみると今日は「かてぃん」こと角野隼斗が出演だった。道理でいつになく若い女性が多いと思った。

 とりあえず全く何も腹に入れない状態だと危ないので、満員の喫茶に立ち寄ると超高級なサンドイッチを注文して、アイスコーヒーで流し込む。ろくに味わっている暇もない。

高級サンドイッチを腹に流し込む

 ホールに入った時には既に指揮者の藤岡幸夫のプレトークが始まっていた。それにしても今日は観客が多い。ほぼ満席に近い状態で入っている。角野の集客力恐るべしだ。これだけの集客力を持つピアニストと言えば、後は反田と辻井ぐらいか。ただ先日フェスティバルホールで行われたオスロフィルのコンサートは、イケメン若手指揮者のマケラにソリストは辻井君とW客寄せパンダだった割には、入りは惨憺たるものだったと聞く。辻井の集客力も一時に比べると低下したのか? まあそもそもこのコンサートは円安の影響とエイベックスのぼったくりのダブルパンチでチケットが異様に高かったので、私も購入を見送ったのであるが(ちょうどこの日は岡山フィルのコンサートに行っていた)。

 

 

関西フィルハーモニー管弦楽団 第341回定期演奏会

[指揮]藤岡幸夫
[ピアノ]角野隼斗
[管弦楽]関西フィルハーモニー管弦楽団

モーツァルト:ピアノ協奏曲 第26番 ニ長調 K.537 「戴冠式」
エルガー:交響曲 第1番 変イ長調 op.55

 一曲目のモーツァルトは、プレトークで藤岡が「スコアのソロピアノのセクションが最低限の記述しかないので、そのまま演奏したら味もそっけもない演奏になってしまうから、この曲に関してはピアニストがいかにアドリブを加えられるかが見せ所」と語っていた。私は残念ながら角野がどの部分にアドリブを効かせているのかを細かく判別できるほどのモーツァルト通ではないのだが、それでもモーツァルトの音楽にしてはやけに装飾音が多いことは感じた。

 角野の演奏はとにかく「よくもこれだけ指が動くな」と驚くほどに音の多いアクロバチックな演奏である。華麗にして軽快というところ。またところどころ弾き崩しなどもあり、その辺りは女性ファンにアピールできる色気になるが、どちらかと言うとそちらよりも軽業師のような演奏の方が本領のようである。第一楽章などはとにかくアクロバチックで豪華絢爛な演奏に徹している。

 藤岡が「室内オーケストラ的な音を聞かせたい」と言っていた関西フィルは8-6-4-4-2型という最小構成。藤岡が目論んだ通りの室内楽的なまとまって落ち着いたアンサンブルを奏でている。その演奏は当然のようにソロピアノを浮き立たせる形になっている。

 第二楽章は意外と淡々と弾いてくるなと思っていたら、中盤以降タップリと歌わせてきた。女性をウットリとさせるいわゆるイケメンピアノだ。そして最終楽章は再び怒涛の音の洪水。こうして聞くとやっぱり角野の本領はこっちか。

 そのまま大盛り上がりで終了。ホールの前半分を占めていた女性たちが一斉に立ち上がったのには驚いた。満場の拍手どころか口笛まで飛んでいたが、さすがにこれは下品。通常の関西フィルコンサートとはあまりに雰囲気がそぐわず、反射的に眉を顰める会員も。

 満場の喝采を受けてのアンコールはモーツァルトのきらきら星変奏曲の角野バージョン。元々の曲にさらにアクロバチックさを加えて、途中ではジャズ的なアレンジまで入るいかにも角野らしいアレンジ。当然のように会場は大盛り上がりである。立ち上がる御婦人方も先ほどの倍ぐらいに増えた。もっとも盛り上がり方がいわゆる普通のクラシックファンとはタイプがやや違うので(ジャニーズのコンサートの方が近いかも)、あまりこの手のファンばかりが取り囲んでいたら、角野が今後一流のピアニストに脱皮していくのに障害になる可能性もとやや心配してしまった。

 

 

後半は14型に編成変更

 20分休憩後の後半はオケを14型に拡張して藤岡によるエルガーの交響曲。エルガーと言えば尾高のイメージが強いが、実は藤岡も以前にエニグマを取り上げるなどエルガーに力を入れている。

 藤岡のアプローチは彼らしくメロディを前面に出したなかなかに熱い演奏。曖昧模糊とした印象のあるエルガーから、メロディを浮上させてそれを美しく奏でるという演奏。尾高の構成がしっかりした演奏よりは、もっと情緒的であるがそれゆえに聞きやすさはかなりある。

 堂々たる第一楽章に続いて、激しいスケルツォである第二楽章、そこから切れ目なしに美しさ満載だが快適すぎて眠気を誘うことがある(藤岡談)という第三楽章。これでもかとばかりに美しさを前面に出した演奏である。そしてスケールの大きな最終楽章へと。エルガーがあまり得意ではない私(どうもエルガーの音楽とターナーの絵画とは相性が悪い)がそれなりに楽しめたのであるからなかなかの名演と言える。

 

 なかなかに甘い演奏であり、ロマンティックが止まらない(表現がジジイである)というところか。こういうコンサートだと私の隣に素敵な女性が同伴していたら・・・なんてことも頭を過ってしまうが、全くあり得ない話であることは言うまでもない。

 

 

新今宮の定宿に宿泊

 満足して会場を後にすると、車を回収して今日の宿泊ホテルへ。向かう先は例のごとくの新今宮のホテル中央オアシス。私の定宿の中では高級ランクのホテルである。ホテルにチェックインするとまずは夕食の調達のために近所のファミマへ。結局はファミマで購入したカツ丼が今日の夕食。スーパーよりはやや割高だが、味はマズマズ。カツとじがご飯と別盛になっているので、ご飯がふやけていないのが最大のポイント。確かにスーパーなどの最初からご飯にかかっているタイプは、ご飯がふやけてていて美味しくないことが多いからこれは工夫である。また冷蔵状態では出汁にとろみをつけて煮凝り状に固めていたようなので、出汁がすべてカツに吸われてしまうということも防いでいるようだ。コンビニの商品開発の工夫を感じる。

本日の夕食

 夕食を摂る間に風呂に湯を張っておく。この高級ホテルの一番のポイントは風呂トイレセパレートであること。ユニットバスだとゆっくりと入浴できないのが、わざわざこの高級ホテルを確保した理由であるのは言うまでもない。浴槽内でしっかりと体を伸ばして、あちこちに溜まっている疲労を抜いておくことが、明日のことを考えると重要である(特に長時間運転していたことで腰がどうも不穏)。

風呂に湯が張れた

 風呂からあがると仕事環境を構築すると、フロントで無料コーヒーをもらってきて、それを飲みながらこの原稿執筆。それがこの日の夜まで続くこととなる。

とりあえず今日の仕事をこなしておく

 

 

この遠征の翌日の記事

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ウィリアム・モリス展と岡山フィルの定期演奏会のハシゴ

岡山まで出向く

 今日は岡山フィルのコンサートのために岡山に繰り出すことにした。午前中に家を出ると山陽自動車道を岡山に向かって突っ走る。しかし現在、山陽自動車道は赤穂の手前辺りで例のトンネル火災事故で下り車線は通行止め中。途中で高速を降りて国道2号線を走ってから、再び山陽道に乗り直す必要があるので、無駄に時間を浪費する状態になっている。

 結局何だかんだでいつもよりもかなり時間を浪費してから岡山に到着。実は計画立案の時点ではもろもろ考えていたこともあったが、疲労で寝過ごした(この年になると、何だかんだで大阪との渋滞込みのドライブは疲れるし、2日とも何だかんだで1万歩以上歩いている)せいで予定は後ろに遅れ気味。結局はすべてをすっ飛ばして岡山に直行することにする。とはいえ、すべての予定をすっ飛ばしたことで、岡山に到着したのは流石に開演時刻の14時よりは遙かに前。とりあえずプランBを発動することにして、岡山県立美術館を目指す。

 美術館には11時過ぎに到着。しかしこの時点で既に結構疲労が溜まっている。このまま展覧会を見学に行ってもボンヤリすること必然と考え、休憩を兼ねて美術館内の「喫茶シファカ」に立ち寄ることにする。

美術館内の喫茶シファカ

 フレンチトーストにアイスコーヒーを付けてマッタリ。ここでしばらく休憩して、ようやく気力が出てきたところで展示室の方に向かうことにする。

フレンチトーストとアイスコーヒーでマッタリ

 

 

「ウィリアム・モリス 英国の風景とともにめぐるデザインの軌跡」岡山県立美術館で11/5まで

 近代工業化による画一的な大量生産品に抵抗を感じ、中世手工業的なものに価値を感じて日常生活の中に美を取り入れようとしたアーツアンドクラフツ運動の中心となった、ウィリアム・モリスについての展覧会。

 当然のように展示品は壁紙やら絨毯の類いが中心となるのだが、植物をモチーフとしたテキスタイルであるのだが、この植物モチーフのうねるような曲線はこの頃に隆盛していたアール・ヌーヴォーとも呼応しているものであろう。改めてじっくりと眺めてみると、かなり装飾過剰気味な派手なものに感じられるのだが、これらがイギリスの風土の中の住宅に収まるとシックリと落ち着くというのが見事。もっともこれが日本の風土に合うかはまた別問題である。

 晩年にはモリスは理想の本というものも手がけたようであるが、流石にこの辺りになると私の目には装飾過剰で目障り。正直なところ文字から目がそれてしまうので集中できない本という印象を受けた。時代がこの後、まさに「シンプルイズベスト」のアール・デコに移り変わっていくことも感じられたわけである。

 なお会場の外には地元企業のモリス展コラボドレスなるものが展示されていた。モリスの作品のイメージを意識したものだと思われるが、やはり私の目には過剰装飾気味に見えてしまう。

ウィリアム・モリス展を意識したデザインの模様

しかし私の目にはやや装飾過剰に写る

 

 

 展覧会の見学を終えると美術館の駐車場から車を出してから駐車場探し。岡山シンフォニーホールには駐車場がないのでタイムズなどを探すしかないのだが、ホール北の駐車場は軒並み全滅。ホール南まで車を回してようやく発見である。車を置くととりあえず昼食を摂る店を探す。

岡山シンフォニーホールを南から

 商店街はやはり駅前のイオンにかなり客を取られているものと思われるが、私の経験ではまだ今日は人出が多い方だろう。コロナが終わったことになって、とりあえず表を出歩く人が増えたということはありそう。

今日は比較的人出があるか

 

 

昼食は2日続きのカツ丼

 相変わらず「やまと」は人気か行列が出来ている。もっとも私はここの味付けは好みが合わないことを以前に確認済みなので別の店を探すが、これがなかなか面倒くさい。結局近くに「うどんそば」と記した「春秋庵」なる店を見つけたのでここに入店。本日のランチというカツ丼(800円)を注文。

途中でみつけた「春秋庵」

 なんの工夫もなく2日連続カツ丼になってしまった。まあ内容的には可もなく不可もなくの無難な味付けである。もし次に来ることがあったら麺類を食べてみるか。

まずまずのカツ丼

 

 

 昼食を終えると開場直後のホールへ入場する。そもそも今回岡山くんだりまで遠征してきたのはプログラムがドボのチェロコンにシベリウスの2番と、もろに私好みだったことによる。さらに指揮者が秋山和慶とのことなので、大名演は期待できなくても大ハズレもなかろうという計算もある。

岡山シンフォニーホールに入場

 まだ開演まで時間があるので喫茶でも立ち寄るかと思ったが、よくよく考えると今日は既にアイスコーヒーを飲んでいた。コーヒーの飲み過ぎは多分胃に来る。仕方ないのでロビーでしばし時間をつぶしてから席に向かう。

 私の席は3階の安席。なおこのホールは3階席まで延々と階段を登るしかないというバリアフリー全盛の昨今の風潮に挑戦したチャレンジングな建築であるので、3階まで上る頃には息が切れる。しかも私が確保した最前列は、いざ座ろうとするともろに高所恐怖症を喚起する恐怖席。2階席が3階席よりも前に張り出していたら怖さも少しは軽減されるのだが、ここは2階席と3階席が全く同じ大きさなので、3階席の最前列からは高さ数十メートルの断崖の縁をのぞき込むのと同じ状態。高所恐怖症にとっては最悪の仕様である。やっぱりいろいろと「チャレンジング」な設計になっている。こりゃ無理せずにもっと後ろを確保しておくべきだった。さらに視界を妨げないように設計しているのは分かるが、高所恐怖症の人間にとって腰より低い位置の柵なんてないのと同じである。

3階席最前列はかなり恐い

 とりあえず深呼吸などで無理矢理に精神を安定させて開演を待つことになる。途中でプレトークが始まったが、司会のRSKの女子アナはさすがに喋りが本職なので良いが、インタビューを受けている秋山和慶は喋りがグダグダなので何を言っているかが分からない。そう言えば今は亡き飯守泰次郎のプレトークが、ほとんど認知症老人のボヤキに聞こえたのを思い出す。もっとも秋山はそこまで衰えているわけでなく、単に滑舌が悪いだけであるが。

 

 

岡山フィルハーモニック管弦楽団第78回定期演奏会

岡山フィルは12-10-8-8-6型編成

指揮:秋山和慶
チェロ:佐藤晴真

ウェーバー 「魔弾の射手」序曲
ドヴォルザーク チェロ協奏曲
シベリウス 交響曲第2番ニ長調

 一曲目の魔弾の射手でいきなりホルンが危うい場面が発生して「こりゃ大丈夫か?」と不安になったが、後はまあ無難にこなした。これ以外にも木管がしでかしたり、金管がやたらに無神経にバリバリと吹いている局面などがあり、管楽器に関しては今一歩の感は否定出来ない。

 ただ弦楽陣の密度は以前よりも増した印象である。12-10-8-8-6の構成になっていたが、以前の岡山フィルは弦楽陣の非力さを感じることが多かったのだが、今回はこの弦楽陣が分厚いアンサンブルを奏でた印象。

 佐藤のチェロは軽快でありながらもなかなかに美しい音色を出す。秋山の指揮はゆっくりと構えて急がない印象。安全運転という言い方も出来る。秋山は実力に不安のある地方オケなどで、そのオケの技倆に合わせて音楽を設定するということに長けた面を以前から感じているのであるが、今回もそれがでていたように感じられる。

 なかなかに感心したのは最後のシベリウス。いきなり弦楽アンサンブルが分厚く幽玄に聞かせる。残念ながら北欧の霧が立ちこめるところまでは行かないが、それでもまずまずの雰囲気がでている。いささかヒステリックに響きがちの金管がやや残念感があったが、全体を通してなかなかに聞かせる演奏になっており、岡山フィルもレベルが上がってきたという印象を受けた。

 まずまず満足出来るコンサートであった。車を回収すると家路につくのである。帰りは途中で降りずに高速1本だから楽なものである。もっとも相変わらず岡山ダンジョンはかなり高レベルではあったが。

 

 

二日目は美術館をハシゴしてから大フィルのコンサートへ

大阪浮世絵美術館を初訪問することにする

 翌朝は目覚ましを7時半にセットしていたが、体から疲れが取れておらず、結局8時前までゴロゴロと動け出せずにいる。なんとか気力を振り絞って、ようやく起き出すと昨日買い込んだ食料を朝食に摂りつつ朝風呂のお湯張り。朝食が終わる頃には湯が溜まっているので朝風呂と洒落込む。

 さて今日の予定だが、15時からフェスティバルホールで大阪フィルのコンサートである。駐車場はホール近くに確保してあるが、ここのチェックアウトの10時から開演までをどうつぶすかである。とりあえず中之島美術館で開催中の「長沢芦雪展」を訪れることは予定済みだが、それだけだと時間が余りすぎる。そこでザッと調べて大阪浮世絵美術館に立ち寄ることにする。この美術館について知ったのは比較的最近。心斎橋の商店街のビルの中なので、車で行くと置く場所がないことから、車は遠くに置いて地下鉄で移動するのが賢明だろう。

 10時前にホテルをチェックアウトすると、車はアキッパで確保した駐車場へ。まずは大阪浮世絵美術館から訪問することにする。美術館は心斎橋だから肥後橋から地下鉄で四つ橋に行って、そこからプラプラ歩くことにする。心斎橋周辺のいかにも若者向けという町並みを抜けると、10分程度で美術館に到着。美術館はビルの3階なので階段を延々と登る必要ありで、これが若干しんどい。美術館はこじんまりとして落ち着いた雰囲気。また虫眼鏡を貸してくれるので、近くで細かい摺まで確認出来るというマニアックな美術館でもある。

浮世絵美術館はビルの3階

延々と階段を登った先

 

 

「二人の天才-葛飾北斎・月岡芳年-」大阪浮世絵美術館で'24.2/18まで

 月岡芳年と北斎の作品を展示。と言っても、北斎と芳年では活躍した年代も大きく違うし、互いに接点はほぼない。まあ不動の人気を誇る浮世絵の大家と、最近になってとみに注目されている「最後の浮世絵師」の作品を紹介という主旨。

複製画の北斎「凱風快晴」

 北斎の方は今まで何度も見た富嶽三十六景とかであり、それも特別に刷りの状態が良いというほどのものでもないので、改めて感心するものはない。やはりメインは月岡芳年の方になる。

こちらも複製の神奈川沖浪裏

 月岡芳年の作品は連作の「月百姿」や「大日本名将鑑」などの人物を描いたものであるが、やはり人物の内面まで描き出す卓越した描写力が光るところである。

 月岡芳年の作品以外にも師匠である歌川国芳や弟子である月岡耕魚や水野年方などの作品も併せて展示してある。芳年の作品に比べると能楽に取材している耕魚などはやや優美な感が強まるが、この辺りは明治と大正の時代の変化も反映されているかもしれない。近代版画の影響も入ってきているようで、いわゆる浮世絵の影響がかなり薄れている感も受けた。この辺りが芳年が「最後の浮世絵師」である所以かもしれない。

 浮世絵の細かい技法などにまで注目しているのがこの美術館の特徴だが、正面摺という技法を目にすることが出来る作品が展示されていた。黒一色に見える衣装が、光の角度によって模様が浮かび上がるという仕掛けであり、これは実に興味深かった。また年方の作品はエンボス加工のように用紙に凸凹をつけた仕掛けがあり、これなども近くで拡大してみないと気付かない技法であった(恐らく絵画を手に取ったら一目瞭然で気付くんだろうが)。こういうのを体感出来るのがこの美術館の面白さ。

 

 

 美術館の見学を終えると地下鉄で肥後橋に戻ってくる。次は中之島美術館だが、その前に昼食に立ち寄ることにする。金もなければ何を食いたいという希望も特にないので、目についた「中の島食堂」に入店して、カツ丼で手っ取り早く済ます。特別に美味いというものでもないが、やや甘めの味付けは私向きで、何よりも安上がりではある。

昼食は手っ取り早く美術館近くの中の島食堂

可もなく不可もなくでCPは良いカツ丼

 昼食を終えると目の前の美術館に入館することにする。それにしても入場料1800円はいささか高い。海外からの巡回展が高くなるのは円安の影響かもしれないが、国内作品ばかり集めた展覧会でも入場料が高騰しているのは、やはりいわゆる物価高である。

中之島美術館はすぐそこ

 

 

「生誕270年 長沢芦雪 -奇想の旅、天才絵師の全貌-」中之島美術館で12/3まで

会場入口

 長沢芦雪の生涯を通じての作品を展示しているが、芦雪にとって大きな転換点となった紀州訪問時の作品に結構重点を置いているのが特徴。

 展示は芦雪が応挙の元で研鑽を重ねた時期の初期作から始まるが、この頃の芦雪は応挙の画風を習得しながら、独自の画風の模索を重ねていた時期に当たる。応挙にそっくりの緻密な絵を描いているのが特徴。この辺りには参考で応挙の作品も展示されており、その中に応挙らしい子犬の絵(別名モフモフ画)なども展示されている。

 その芦雪が一皮むけるというか、はっちゃけるのが応挙の名代として紀州に行ってからである。この時に芦雪はそれまでと違って襖絵などの大作に取り組むことになるのだが、それが余程楽しかったのか気持ちよかったのが、それまでの応挙風の緻密な描写から、一転して豪快で大胆な筆遣いに転じる。実際にこの時期は、興が乗れば依頼に答えて即興的に描くなんてこともあったと聞く。とにかく描くことが楽しそうである。

 この後は晩年の作品となるのだが、ここで先に同時代の画家である曾我蕭白と伊藤若冲の作品が展示されている。やはり共に奇想の画家であって傑出している人物であるだけに、その作品も印象深い。この時代の京都画壇の華やかな空気が伝わってくるようである。

 晩年になると芦雪は、安定した技術の上に自由な精神を体現した独自の境地に至った作品を製作する。伸びやかにザクッと描いているような作品でも、構成的な安定感が揺るがないのはやはり卓越した基礎的な能力の高さであろう。結局は芦雪は大阪で45才で突然に客死する。あまりに突然すぎる死に暗殺説まであるようであるが、あまりに惜しすぎる早逝であるのは間違いない。

これが写真撮影コーナーだそうな

 

 

 なお現在は前期展示中で、11/7から展示作を入れ替えて後期展示になる模様である。作品目録を見るとほとんどの展示作が入れ替わりになるようなので、これは後期展示も見る必要があろう。なお本展の半券で来週から開催されるテート美術館展の入場料300円引き特典があるようなので、来月に合わせ技で見学したいと思っている。

テート美術館展は間もなく開催される

 美術展の見学を終えた時には開場時刻が近づいてきているのでホールに向かうことにする。今日は尾高の指揮で彼の得意なイギリスもののウォルトンである。比較的レアなプログラムではある。

フェスティバルホールへ

本日の催し物

 

 

大阪フィルハーモニー交響楽団 第572回定期演奏会

最初のモーツアルトは小編成

指揮/尾高忠明
ヴァイオリン/岡本誠司

曲目/モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216
   ウォルトン:交響曲 第1番 変ロ短調

 一曲目はモーツァルトのヴァイオリン協奏曲。モーツァルト向け小編成の大フィルが思いの外まとまったアンサンブルを披露する。アンサンブルの精度としては昨日の関西フィルよりも上を行っている。尾高の指揮はメンデルスゾーンチクルスでも見せるようなモダンアプローチである。良い音色でなかなかに叙情的なモーツァルトという印象。

 岡本の演奏も基本的に尾高と同じアプローチで、実に綺麗な音色で情感の籠もった演奏である。ややロマン派寄りのモーツァルトという印象を受ける。

 大歓声を受けての岡本のアンコールはトルコ行進曲。ピアノ曲をヴァイオリンで弾くというのに驚いたが、基本的にメロディラインが1本のはずのヴァイオリンで、貧弱になったという感を受けずにピアノ曲が弾けるということに驚き。

 休憩後の二曲目は私には初めての曲のウォルトン。正直なところ、かなり激しい曲というかうるさい曲という印象。第一楽章なんかは終始ドンガンばかりだし、緩徐楽章かと思っていたら、それが後半になったらやっぱりドンガン始めるのでかなり面食らう。同じイギリス音楽といっても、エルガーともヴォーン・ウィリアムズともかなり違う。まあ作曲者が違うんだから曲が変わるのは当然といえば当然であるが。

 そういう曲調なので、下手すれば騒音だけで滅茶苦茶な演奏になる危険もあるのだが、流石にそこはイギリス音楽が得意と言われていて、わざわざこの曲を選んだぐらいだから尾高はこの曲をキチンと把握しているようであり、要所要所を押さえて引き締まった演奏をしている。

 大阪フィルの演奏もかなり冴えている。特に近年はアンサンブル力の向上がめざましいように感じられるのであるが、それがふんだんに発揮されたかなり明快でキレのある演奏であった。結局は終わってみれば見事の一言。

 

 

この遠征の前日の記事

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関西フィルの鈴木優人首席客演指揮者就任記念講演会

終末は関西フィルと大阪フィルの連荘

 この週末だが、大阪で関西フィルと大フィルのコンサートの連荘である。金曜日の仕事を早めに終えると毎度のように阪神高速を突っ走る・・・が、例によって神戸に入った途端に大渋滞に出くわすという毎度のパターン。結局は大阪に到着時点で18時を回っている状態になってしまった。

到着時には既に真っ暗でホールの入場が始まっていた

 慌てて駐車場に車を入れると入場が始まっているホールを横目に夕食へ。時間がないのでいつもの「福島やまがそば」に入店することにする。注文したのは「親子丼に温そば(900円)」。ほっとするメニューである。

いつもの「福島やまがそば」で

いつもの親子丼

 大急ぎで丼を腹に入れるとホールへと急ぐ。今日は鈴木優人の首席客演指揮者就任披露記念演奏会ということになる。関西フィルは先日、桂冠名誉指揮者の飯守泰次郎を失ったところであるが、こうやって若き新しい指揮者と関係を持ったということになる。

ホールに飛び込む

 

 

関西フィルハーモニー管弦楽団鈴木優人首席客演指揮者就任披露記念演奏会

一曲目は鈴木がチェンバロの弾き振り

[指揮]鈴木優人
[ソプラノ]森 麻季
[テノール]鈴木 准
[バリトン]加耒 徹
[管弦楽]関西フィルハーモニー管弦楽団

ラモー(鈴木優人編):「優雅なインドの国々」組曲
ストラヴィンスキー:「プルチネルラ」(全曲版)
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 op.68

 今回は鈴木優人の首席客演指揮者就任記念ということで、選曲は鈴木の好みで「好きな曲」を選んだとのこと。その結果、バロックから近代までという取り留めの無いような選曲となっているが、実はそこに鈴木ならではの一貫性があるようだ。

 一曲目はバロックを得意とする鈴木優人らしい選曲である。自身で編曲しているのがポイント。8型の編成でいかにもバロック的な音楽が展開するが、鳴らし方自体は現代的なところも若干ある。この辺りの古今入り乱れたアプローチは鈴木の真価発揮である。なお鈴木は自らチェンバロを弾き振り。

 二曲目がさらに正に古今融合の作品である。新古典主義的な方向に舵を取ったストラヴィンスキーの作品。民謡に取材したというメロディラインは非常に古典的なものであるのだが、音色自体は現代的である。これもいかにも鈴木らしい選曲。

 最後は古典にとどまらずロマン派から現代に至るまで幅広い演奏を手がける鈴木の特性を発揮したブラームス。シッカリとした演奏であるが、重苦しくなくかなり前進力を持っているのが特徴であろうか。特に最終楽章などはゆったりと堂々というよりも、ガンガングイグイである。もっともそれでいて軽佻浮薄にはならないのは流石ではある。関西フィルもなかなかの熱演である。

 以前から鈴木は軽妙で洗練された演奏をするという印象があったが、今回のコンサートでも同じ感想を抱いた。ブラームスなどはドッシリ構えて重々しくというよりも、力強いが軽妙でエレガントさのある演奏であった。その辺りが「ホームグランドがバロックの人だな」という印象を抱かせるのだが、実際は一筋縄ではいかない細かい計算が垣間見える。これでまた関西フィルに新たな特性が加わる可能性がある。

 

 

いつものように新今宮で宿泊する

 コンサートが終わった時には21時半を回っていた。記念コンサートということで大盛り大サービスである。今日は大阪で宿泊なので、阪急オアシスで今日の夜食と明日の朝食を仕入れてから車を取りに行く。今日の宿泊ホテルだが毎度毎度の定宿「ホテル中央オアシス」を予約してある。オアシスからオアシスへの移動だが(笑)、私の心の中にはオアシスは全くない。

 ホテルまでは車で30分弱。それにしても毎度のことだが大阪は走りにくい。元々大阪は道が悪いのに、維新の利権絡みの工事のせいで余計に走りにくい状況になっている。それでなくても混雑する御堂筋が、維新のシャンゼリゼ構想なる利権絡みのアホな工事で、側道が廃止されたせいで夜でも慢性渋滞。維新の連中は本音では心底大阪を憎んでいるのではと感じられる。

 途中でつかえながらもようやくホテルに到着。宿泊するのは毎度のようにセパレートルーム。とり急いで仕事環境を構築すると、まずはゆったりと入浴したい。そのために取ったセパレートルームである。一晩眠るだけのホテルにこのような「高級ホテル」を予約した理由はこれがすべて。やはり便器を眺めながら入浴するシステムバスと違ってセパレート浴場はゆったりとできる。

とりあえず仕事環境の構築

 汗を流して体をほぐすと、夜食に買い求めたサンドイッチをつまみながら原稿執筆作業である。こうしてこの夜は更けていく。

 

 

この遠征の翌日の記事

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映画を見てから、宝塚市交響楽団の定期演奏会。アマオケなれどレベルの高さに驚嘆

映画のために西宮に繰り出す

 この週末は西宮まで映画のために繰り出すこととした。目的とする映画は「大雪海のカイナ」。以前にテレビで放送され、私はそこそこに高い評価をしていたのに、最後がやや尻切れトンボで終わって「おいおい」といった作品である。この度、完結編となる劇場版が公開とのことなので見に行くことにした次第。

 わざわざ西宮まで出向いた理由は「そこぐらいしか公開劇場がないから」という理由。本来ならイオンシネマで1000円鑑賞したいところだが、残念ながらイオンシネマで本作を扱うのは全国で4館ほどで、しかもすべて僻地で近郊はなし。それどころか兵庫県内の劇場も西宮か三ノ宮ぐらいしかない状態で、三ノ宮の劇場は近くに駐車場がないことから西宮まで来ることになった次第。

 日曜の午前中に阪神高速の渋滞を警戒してやや早めに家を出ると西宮に直行。車はスムーズで予定よりもやや早めにオープン直後の西宮ガーデンズに到着。駐車場入口前には車列が出来ていて入ることが出来ず、通り過ぎてからUターンして、反対側の入口から入場することに。

TOHOシネマズ西宮

 

 

 上映開始は11時過ぎであることから、館内をウロウロしながらしばし時間つぶし。本当は喫茶店でも開いていたら良かったし、飲食店があったら早めの昼食を摂っても良かったのだが、残念ながらレストラン街は11時から。仕方ないので既に開いていたコロッケ店でコロッケを購入して腹に入れる。

とりあえず揚げたてのコロッケを腹に入れておく

 そのうちに入場開始時刻が来る。観客は10人ちょっとというところか。余程の人気作でないとこの程度の模様。なお映画の内容に関しては白鷺館アニメ棟の方に記載することにする。

anime.ksagi.work

 

 

 映画を終えると直ちに移動。隣の兵庫県立芸術文化センターに向かう。西宮くんだりまで来て映画だけで帰るのもしんどいと思っていたところ、本日の14時よりここの大ホールでアマオケである宝塚市交響楽団のコンサートがあるとの情報を入手。チケットを事前に入手していた。ただ懸念していたとおりに駐車場は満車(このホールは3劇場の公演がブッキングする時は大抵満車になる)。仕方ないので近くの別の駐車場に車を置く。これは地味に痛い出費である。

兵庫芸文に到着

 ホールはかなり盛況の模様。3階席まで客が入っていて、ザッと見たところ9割近く入っている。やはり兵庫芸文に来る客はPACなどの安いオケを好む傾向があるようだ。宝塚市交響楽団のチケットは1000円。実のところ、駐車場代の方が高い。

結構の入りになっている

 映画が13時終了でコンサートの開演が14時なので移動で精一杯で昼食を摂る時間が無い。もっともそうなることは最初から分かっていたので、朝の出がけにコンビニで買い込んだおにぎりをホールのロビーで貪り食う私。つくづく怪しい人物になってしまっている。

 

 

宝塚市交響楽団 創立40周年記念 第72回定期演奏会

指揮:佐々木新平

ボロディン:歌劇『イーゴリ公』より「韃靼人の踊り」
チャイコフスキー:バレエ組曲「白鳥の湖」
コルサコフ:「シェヘラザード」

 宝塚市交響楽団はアマオケであるが、12-12-10-8-6の弦楽構成をトラを含んでキチンと組んでいるところを見ると、かなり本格的な楽団である。やはりただ単にオケをやりたいという人物だけを集めたと言うよりも、一応聴かせることを意識しているように感じられる。プログラムに目を通すと各楽器にトレーナーが付いているようで、技倆の向上なども計画的に行っているのだと思われる。

 実際に演奏のレベルの方もアマオケにしては高い。当然どうしてもプロオケよりは劣る部分も散見されるが(例えばホルンが大惨事手前って状況もあった)、なかなかにキッチリした演奏をしてくるという雰囲気だ。もっともそれだけに統制は取れているが、突き抜けたところがない感もなきにしもあらずである。

 一曲目のダッタン人については、金管優位でガンガンと来たという印象。金管に煽られたせいか、弦楽のアンサンブルがやや甘めに感じられる部分もあった。

 二曲目の白鳥の湖はかなり無難にまとめてきた印象を受ける。管楽器陣ソロもなかなか安定していたし、弦もシットリと鳴っていた。

 圧巻はやはりメインのシェヘラザード。決して簡単な曲ではないと思われるのだが、演奏の集中度がさらに一段階上がった印象。弦楽陣のアンサンブルの緻密さがワングレードアップしていた。これは練習においてもこの曲をメインにかなり気合いをいれてのものが行われたのではないかと推測出来る。管楽器陣もバリバリと鮮やかで力強い演奏を行っており、それが緻密さを増した弦楽陣と相まって、なかなかに高密度で迫力満点の演奏を繰り広げていた。まず熱演と言って良いものであろう。


 正直なところなかなか驚いた言うべきである。宝塚市交響楽団はアマオケの中ではレベルが高いという噂も耳にはしていたのだが、そこはやはり所詮はアマオケということでやや侮っていたところが私にあったのは事実。そういう偏見を打破してくれるパフォーマンスを示してくれたのである。

 

 

香雪美術館で茶器を鑑賞後、大阪フィル定期演奏会はホリガーの自作とザ・グレイト

大フィル定期に出かける

 今日は大阪フィルの定期演奏会のために大阪まで出向くことにした。道路が混雑するのが嫌なので早めに家を出る。阪神高速は混みそうもない時に突然混雑していたりするので、とにかく到着時間を読めないのがしんどいところだが、今日は途中で全く渋滞に出くわすことがなく、予定よりもやや早めの昼過ぎに大阪に到着する。

 アキッパ予約で確保しておいた駐車場に車を入れると、まずは昼食を摂ることにする。この界隈はオフィス街なので土日休日の店が多く。目的がなくうろついたらドツボるのは散々経験済み。今回は店は事前に調査済み。近くのビルの地下にある「肥後橋ゆきや」に入店する。

店はビルの地下にある

 店内は座敷一間を区切って個室にする形式。私の入店時には大広間形式になっていた。日本料理の店でやや高級な割烹店というところか。メニューを見ると5000円ぐらいのセットメニューが目立つ。ただ安価なランチメニューの営業もあり、私は当然のようにそちらが目当て(それは事前調査済み)。「百合御膳(1500円)」を注文する。

ランチメニューの百合御膳

 御膳はそばと天丼と天ぷらのセット。いずれも味は良い。流石に和食の店のようである。もっともこの手の高級店の常であるが、ボリュームはやや軽め。安価にガッツリ食いたいという人にはいささか物足りないか。最近は急激に食が細ってきている私でもやや腹に余裕があるところ。働き盛りの男性サラリーマンなら物足りなかろう。

 

 

 昼食を終えたところでフェスティバルホールへ。と言っても開場までにはまだまだ時間がある。元よりホールに入る前に一カ所立ち寄る予定である。西館4階にある中之島香雪美術館に立ち寄る。

フェスティバルホールへ

フェスティバルホールの赤絨毯

 

 

「茶の湯の茶碗ーその歴史と魅力ー」中之島香雪美術館で11/26まで

中之島香雪美術館

 香雪美術館が所蔵する茶碗類を展示した展覧会。日本における茶の湯は最初は渡来の高価な茶碗を使用したものであり、その時期の茶碗は朝鮮・中国などの天目茶碗である。スッキリしていて肉薄の洗練されたデザインであるのが特徴的。

建窯 禾目天目

天目茶碗の需要増加で瀬戸で作られた白天目

 それに大変革が起こるのが桃山時代の利久の佗茶の台頭である。黒楽茶碗に象徴される国内産の肉厚でズッシリとしたシンプルな茶碗に置き換わる。天目茶碗に比べるとむしろ野暮ったい印象もあるが、独自の深い精神性を感じさせる日本人好みの茶碗である。

もろに利休好みの長次郎 黒楽茶碗 銘 楓暮

楽常慶 赤楽茶碗 銘 山居

 それがさらに変化するのが利久切腹後の弟子の古田織部の時代。「へうげもの」とも言われる織部の趣味に合わせてかなり奇想の器が登場することになる。本展展示品にはいかにも織部なアバンギャルドな器は少なかったが、それでもへしゃげた器などはあり、利久趣味にベースを置きながら、そこに織部特有の奇想が加わっているのが覗える。

美濃 織部黒茶碗 銘 深山木

唐津 銹絵文茶碗

 

 

 織部切腹後の江戸時代となると、小堀遠州の時代となる。遠州の「綺麗さび」の趣味に従って、織部時代の突き抜けた奇想は影を潜め、洗練された印象の器が増えてくる。器自体のシルエットもスッキリしてきており、軽快さを感じさせるものになっている。

小堀遠州好みの景徳鎮 染付松竹梅図茶碗

高鳥(福岡) 白釉緑釉流茶碗 銘 巌苔

 最後は村山コレクションから「大正名器鑑」に収蔵された名品について展示をしている。

本阿弥光悦 黒楽茶碗 銘 黒光悦

野々村仁清 色絵忍草文茶碗

 以上、日本における桃山時代前後の茶器の変遷を実感できるなかなか面白い展覧会であった。なお私はかつては茶道具の類いには全く興味がなかったのであるが、この類いに興味が湧き、素人ながらも云々するようになったのはNHKアニメの「へうげもの」の影響であることは今更言うまでもない。我ながら結構影響されやすい人間だと思っている。

 

 

 展覧会を終えると開場直後のホールに入場する。開演までは1時間ほどあるので、喫茶でアイスコーヒーを購入して時間をつぶす(ここは立ち席しかないのがしんどい)。考えてみると、ザ・シンフォニーホールでは最近は喫茶で待つことが多いが、ここの喫茶を利用するのは初めてぐらいかもしれない。私も年を取って堕落してきたものである。

喫茶でマッタリする

本日の催し物

 

 

大阪フィルハーモニー交響楽団 第571回定期演奏会

一曲目は室内オケ編成の配置

指揮・オーボエ/ハインツ・ホリガー
ハープ/平野花子

ルトスワフスキ:オーボエ、ハープのための二重協奏曲
ホリガー:音のかけら
シューベルト:交響曲 第8番 ハ長調 D.944 「ザ・グレイト」

 室内弦楽オケ+打楽器にオーボエとハープを加えた独得の編成で演奏されるのが一曲目。いきなり弦楽陣が全員バラバラのガチャガチャした騒音を立てるのに驚かされる。その騒音の中で唐突にハープとオーボエのソロが吠える。正直なところソリストに技倆があるのは分かるのだが、曲の方が私には全く理解不能。そもそもメロディラインのない難解な曲なので、最後まで私の耳には騒音にしか聞こえなかった次第。

 なおハーピストの平野は、かなり小柄でどことなく腕も短く感じられたので、果たしてあれで低音弦に届くんだろうかと思ったのだが、どうにか届かしていた模様。ハープはかなり巨大な楽器なので、小柄な女性は大変である。

 二曲目はフル編成のオケにピアノを加えてホリガーの曲を。しかしこの曲もメロディラインのない奇々怪々な現代曲。それだけに演奏も相当に難しいだろうと思うのだが、その辺りは最近富に上り調子の大阪フィルはものともしない。もっとも曲自体は最後まで残念ながら私の理解の外であった。

 休憩後の後半はようやく私でも理解出来るプログラムに。シューベルトのグレートはかなり重々しい演奏をする指揮者も多いのだが、ホリガーの演奏はかなりテンポが速めの躍動感のあるもの。しかも時々急激にテンポを落としたり、逆に上げたりととにかく仕掛けの多い演奏である。

 全体を通してとにかくうねるようなロマンティックな音楽に圧倒された次第。シューベルトも古典的アプローチと現代的アプローチがあるが、後者の最たるものと言えるだろう。また大阪フィルのアンサンブルも冴えまくっており、大阪フィルってこんなに上手かったんだと感心することしきりであった。

 

 

アンサンブル金沢の大阪公演は、広上のサービス精神が満載の大盛り上がり

翌朝は疲れが抜けないままに出かけることに

 翌朝は7時半に起床するが、ハッキリ言って目覚めは悪い。やはりここのところ心身の疲労が半端ないようである。しばしベッドの上でグダグダしていたが、ようやく起き出すと昨日買い求めていたミートスパが今日の朝食。うーん、体調を考えたらもっとあっさりしたものにしとくべきだった。

 チェックアウト時刻は11時なのでそれまではシャワーで体を温めたり、テレビをボンヤリ見たりで過ごす。11時前でチェックアウト。

 さて今日は昨日と同じザ・シンフォニーホールでのオーケストラアンサンブル金沢の大阪公演である。公演は14時からなのでまだ時間がある。とりあえずakippaで予約しておいた駐車場に車を置くと、昼食のために辺りを散策。

2日続けてのザ・シンフォニーホールである

 

 

昼食は寿司にする

 昨日は「イレブン」に立ち寄ったが今日はどうしようか。朝が麺類だったので気分として寿司辺りか。結局は「魚心」に立ち寄ってランチメニューの「海鮮ちらし(850円)」を注文する。

結局は高架下の「魚心」へ

 いわゆるよくある刺身の切れ端を集めた丼であるがなかなか美味い。CPを考えればまずまずの内容。

海鮮ちらしはなかなか美味い

 それにしてもこの店。以前からちょくちょく利用しているが、どうも昼時でも客が満員というのに出くわしたことがない。平日や夜がどうなのか分からないのだが、正直なところあまり長くないのではと嫌な予感がプンプン。世の中からどんどんと使える店がなくなっていく現状はどうにかして欲しいところだ。

 

 

喫茶にも立ち寄る

 昼食を終えてもまだ開場まで時間が1時間弱あることから、喫茶に入って時間をつぶすことにする。「喫茶珈琲店ピノキオ」に入店して「プリンと抹茶のパフェ」を注文。これをつつきながら時をつぶす。

続けて喫茶に入店

 内容的に悪くはないのだが、どうもこの店のメニューは私には甘味が強すぎるようだ。確かに昭和の喫茶店と言えばそういうところが多かった気がするが・・・。

悪くないんだが、少々甘さが強い

 

 

 開場時刻が近づいてきたのでホールに移動することにする。ホールに入ると別に飲みたいわけでもなかったアイスコーヒーを注文して喫茶で休憩。うーん、やはり都会で時間をつぶすためには何かと無駄に金がかかる。以前から感じているが、ザ・シンフォニーホールと京都コンサートホールは、付近で時間をつぶせる場所を探す必要があるな。

ホールへ

 ホールには開演10分前ぐらいに入場、私の席はB席で二階席の正面。図らずしも昨日の席のすぐ近くである。会場の入りは7割程度と言うところか。昨日のセンチュリーの方が入っている。

昨日の席とほとんど同じ場所

 

 

オーケストラ・アンサンブル金沢 大阪定期公演

[指揮]広上淳一
[共演]葵トリオ(ヴァイオリン:小川響子、チェロ:伊東 裕、ピアノ:秋元孝介)
[管弦楽]オーケストラ・アンサンブル金沢

ベートーヴェン:ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 ハ長調 op.56
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第4番第3楽章(ソリストアンコール)
      六甲おろし(ボーナス演奏)
ビゼー(シチェドリン編):カルメン組曲
ウィリアム・J・シンスタイン:ロックトラップ(アンコール)
ビゼー(シチェドリン編):カルメン組曲より9.闘牛士(アンコール)

 まず一曲目は葵トリオをソリストに迎えてのベートーヴェンの三重協奏曲である。この3種の楽器の合奏でメインはチェロというのが面白いところ。ヴァイオリンはチェロのサポートに徹し、ピアノが時折変化を添えているという感がある曲である。

 さすがに葵トリオの掛け合い演奏が実に見事。音色が生きているというか、音楽に生命力が感じられる。バックのオケは8-6-4-4-3型という小規模編成なので、ソリストがかなり前面に出て、オケがそれを盛り立てるという本来の協奏曲の形をなしている。オケもアンサンブル金沢の名に恥じぬ見事なアンサンブルである。

 葵トリオの見事な演奏は、続いてのアンコール曲でさらに披露される。今度はかなりピアノが活躍するバランスとなっており、それとチェロとヴァイオリンの掛け合いが対抗するという印象。とにかく3人の息があっているというか、バランスが絶妙である。

 今回の公演では広上らしいサービス精神がフルに発揮されており、それがアンコールの多さに現れているのであるが、ここで唐突にボーナスとして登場するのが、阪神タイガースの優勝を祝しての「六甲おろし」。多分に大阪公演ということを意識してだろう。なお通常の小関裕而版と異なり、ヴァイオリンソロが入ったりなどやけに格調高い曲になっていたが、編曲は誰だろうか? もしかして広上? なお公演終了後でなく、ここで入ったのはこの後のカルメン組曲は弦楽と打楽器だけの曲なので管楽器が退場するからのようだ。

 

 

 後半はビゼーのカルメン組曲のシチェドリン編曲版。この曲はシチェドリンの妻でバレリーナだったマイヤ・プリセツカヤが「カルメン」を題材にしたバレエを計画したことから始まるという。最初はショスタコーヴィチに作曲の依頼を持っていくが「いやー、カルメンって言ったらやっぱビゼーがあるっしょ」と依頼を断られ、次にハチャトゥリアンの元に話を持っていったら「別に自分のところに持ってこなくても、あんたの旦那が天才作曲家でしょうが」と体よく断られたとか。で、シチェドリンは妻から作曲を依頼されるが、やっぱりビゼーの存在が大きすぎて無視することは出来ず、結局は編曲ということになったのだという。

 曲は打楽器大忙しの内容で、打楽器の音色が多彩なので管楽器がないという音色の乏しさを全く感じさせない内容。オリジナルから有名な旋律を引っ張ってきて独自の味付けをしている上に、途中で「アルルの女」からのファランドールまでなぜか乱入してくるという独得のもの。フィナーレなどはカルメンの劇的で悲劇的な結末を象徴していてなかなかに感動的。

 この曲はアンサンブル金沢との縁の深い曲だとプログラムにあるが、確かに「もしかしてこのオケのために作られた曲では」と思うほどにピッタリと決まっている。オケが曲に習熟しているとかいうレベル以上の曲に対するシンパシーのようなものまで感じられる気がする。獅子奮迅の打楽器陣の活躍と、それを支える安定してキレの良い弦楽陣の名演とか絡み合ってなかなかに劇的なドラマとなっている。

 大盛り上がりの場内の中で、いきなりさっきまで大活躍していた打楽器陣が出てきてのパフォーマンスのようなものが始まったから何だと驚いたんだが、後でロビーのホワイトボードを見て、これに曲名があったことにさらに驚いた。どちらかと言えばストリートパフォーマンスとかに近いが。

 で、これで終わりかと思っていたら、唐突に広上が指揮台に立って闘牛士をアンコール。まあ一番カルメンらしい曲である。オケの演奏もキレッキレで大盛り上がりで終了となったのである。

本日のサービス内容

 

 

この遠征の前日の記事

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日本センチュリーの定期演奏会で神尾真由子の名人芸を堪能

この週末はセンチュリーとアンサンブル金沢

 この週末は少し毛色を変えて日本センチュリーとアンサンブル金沢のコンサートに出向くことにした。アンサンブル金沢は関西での公演は比較的珍しいので聴いておきたかったのと、さらにこのために大阪に出向くなら、ついでにセンチュリーでも聴いておこうかという考え。センチュリーは指揮は飯森範親。特に興味ある指揮者ではないが、プログラムにシベリウスの7番があるのでそれに興味があった次第。さらに前半は神尾真由子のヴァイオリン演奏があるようなのでハズレはなかろうという判断。

 金曜日の仕事を早めに終えると阪神高速で大阪へ。高速は「いつものようなひどい渋滞」。阪神間で相当時間を浪費させられるが、まあ想定内。大阪に到着して駐車場に車を入れた時にはもう18時。ホールの入場が始まっている状況だが、それを横目に見ながら1時間以内に夕食を摂ることにする。

ホールに到着した時にはもう入場が始まっている

 

 

 さて何を食べるかだが、例によってのやまがそばに行きかけたところで、前回イレブンで空振りを食らったことを思い出す。ここは少し変化を付けるかと久しぶりに「レストランイレブン」を訪問する。

久しぶりの「レストランイレブン」

 注文は贅沢にタンシチューのディナーセット・・・とかを食いたいが金がない。結局注文したのは「バターライスセット(900円)」

 まずはサラダとスープが出てくる。サラダは刻みキャベツにドレッシングをかけただけのもので正直言うともう一工夫欲しい。スープはまあまあ。

まずはサラダとスープ

 そしてメインのバターライス。ハッキリ言って炒飯とかピラフの類なんだが、このバターの塩味が非常に心地よくてバランスが取れている。とにかく美味い。ちなみにこれは藤井聡太名人の勝負飯と聞いたことがある。頭を動かすための炭水化物をしっかりとりつつ、それなりのバランスもあるメニューというところか。

このバターライスが美味い

 

 

 久しぶりにイレブンのバターライスで満足するとホールへ。今回は私はC席だが、二階正面で悪くない席である。場内は見渡したところ八割方は入っている。最近はセンチュリーの集客力も増している模様。ちなみに次回の久石譲指揮の定期公演は完売御礼とのことである。

次回は完売御礼の表記が

 

 

日本センチュリー交響楽団 第275回定期演奏会

安いがまずまずの席

[指揮]飯森範親
[ヴァイオリン]神尾真由子
[ピアノ]高橋優介
[管弦楽]日本センチュリー交響楽団

カンチェリ:タンゴの代わりに
ヴィトマン:ヴァイオリン協奏曲 第1番
カンチェリ:弦楽オーケストラ、ピアノとパーカッションのための「SIO」
シベリウス:交響曲 第7番 ハ長調 op.105

 今回のセンチュリーは14型の3管編成というトラを動員しての大編成である。その大編成がいきなりバリバリと奏でるのが1曲目。ジョージア出身のカンチェリによるタンゴもどき。タンゴの革命児ピアソラに対するオマージュとのことだが、ぶつ切りになった旋律は、よく分からないようでいてよく聴いていると確かにタンゴっぽい断片がちらついていたりする。正直なところあまりよく分からない小品である。

 二曲目は神尾真由子をソリストに迎えてのヴァイオリン協奏曲。まあ正直なところ良く分からないところの多い曲であり、変化が激しいのでとりあえず難曲であるなということだけは感じられる。

 この曲に関しては神尾の妙技に尽きるだろう。そもそもこの難曲を暗譜で弾けること自体が私のような素人には驚きだが、やはりとにかく音色が深い上にダイナミックレンジが広い。オケの大音量を向こうに回しても一歩も引けをとらないのがすごいところ。

 ちなみに神尾はアンコールで御馴染のパガニーニを披露したが、これがまた驚異的なテクニックでねじ伏せる曲だけに観客を圧倒していた。

 後半はまずはカンチェリの曲から。弦楽合奏にピアノとパーカッションが加わった曲だが、パーカッションが大忙しなのが印象に残る。一曲目と通じるところがある。ところどころ美しさは感じるが、基本的にはよく分からん曲。

 最後が今回のメインとも言えるシベリウスである。最初からかなり雄大な演奏であることに感心する。ざわめく弦に煌めく金管、非常に明快でありながらも幽玄さをたたえた演奏である。北欧の空気もなかなか再現しており、センチュリーもなかなかやるじゃないかというのが正直な感想。また今日は現代系の訳の分からん曲が多かったのでシベリウスにホッとしたのも本音(この曲はこの曲で実は分かりにくいところが少なくないのだが)。

 

 

いつものように新今宮のホテルへ

 コンサートを終えると阪急オアシスに立ち寄り、今日の夜食と明日の朝食を購入してから車を回収して移動。今日の宿泊予定地は例によっての新今宮。今回はホテルみかどに宿泊することになっている。新今宮までの移動時間は30分弱、ホテルに到着する。

新今宮のホテルみかど

 部屋は例によっての新館部屋で機能的かつ素っ気ない部屋。トイレ、風呂は共同である。とりあえずは仕事環境の構築から取り掛かるが、デスクがいささか狭いのが難点である。

機能的?なシングルルーム

 23時まで原稿執筆などをしてから大浴場の男時間が来たので入浴に出向く。やはり長距離運転と長時間の座りで体がカチコチなのでそれをほぐしておく。

狭いデスク上に無理矢理仕事環境を構築したが・・・

 風呂からあがって部屋に戻ってくるともうグッタリである。こうなるといくら唸っても文章なんて全く頭に浮かんでこない。今日は無理せずに眠ることにする。

 

 

この遠征の翌日の記事

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デュメイ指揮の関西フィルでモーツァルトの作品を

デュメイ指揮の関西フィルを聴きに

 連日の外出となるが、今日は大阪まで関西フィルの公演を聴きに行くことにする。今回は定期演奏会でなくいずみホールシリーズ。前回のいずみホールシリーズはデュメイは足の不調で来日不可だったので、久しぶりにデュメイの指揮を聴くことになる。

 午前中に家を出ると車で大阪に移動。阪神高速は珍しいほどに順調で、このままだと現地には予定よりも早すぎるタイミングで到着しそう。そういうわけなので途中の京橋SAで昼食を摂ることにする。いつもは1階の中華料理屋の方ばかりなので、今回は3階のレストラン「神戸6番館」の方に行って、カツカレーを食べることにする。

京橋SAの「神戸6番館」

 味はまあ普通(美味くもマズくもないというところ)、価格が明らかに高めなのは仕方ないところか。まあまともなカツが載っているので良しと言うところだろうか。

カツはまずまず、カレーはまあまあ

 

 

 しばらく時間をつぶしてから再び大阪を目指したが、今日はどういうわけか阪神高速が異常に順調であり、駐車場の予約時間よりも30分早く現地に到着してしまったことから、しばし道路脇で時間をつぶしてから駐車場に車を置く。

 これから開演まで1時間半あるが、その間に一ヶ所立ち寄り先がある。いずみホールと言えば近くにあるのは山王美術館。今はまた新しい出し物になっているはずなのでそれを見学することにする。

ホテル隣の山王美術館

 

 

「山王美術館コレクションでつづる 横山大観・梅原龍三郎展」山王美術館で'24.1/29まで

 横山大観の作品については初期の朦朧体と言われた頃から、戦後の作品まで幅広く展示している。ただし作品自体は足立美術館のような見応えのある大作ではなく、サクッと描いた印象の作品が多い。そのせいか、今ひとつこっちにグッと迫ってくる感覚がなく、個人的にはあまりピンとくる作品はなかったというのが本音。

 一方の梅原龍三郎はどらちかといえば私の苦手な油絵の具厚塗り系の画家。彼はルノワールと交流があり、日本での油絵はいかにあるべきかをかなり模索したという。展示品には花の絵が多数あったが、どちらかと言えば人物画よりも花の絵の方が面白い。なお晩年になって厚塗りをしなくなったと思っていたのだが、それは画材として岩絵の具をポリビニル系溶剤で溶いて使用するようになったので、水性塗料になって重ね塗り出来なくなったからだとか。日本向けの油絵を模索する内に、段々と日本画に近づいていったようである。そういうような点などは興味深かった。

 実は一番面白かったのは、併せて展示されていたコレクション展の方。黒田清輝の作品や、金山平三、小磯良平などの作品が展示されていて非常に面白い。またルノワールにボナールの興味深い作品に、平櫛田中の木像彫刻など、非常に見応えのある内容であった。
 正直なところ横山大観については「量産型大観作品」という感じで今ひとつだったが、梅原龍三郎が予想に完全に反して意外に面白かったのと、コレクションの方が見応えがあってなかなかだった。ちなみに今回の展示作もすべてこの美術館の所蔵品なのだから、ある意味で恐ろしい美術館である。

 

 

 美術館を後にすると既に開場時刻を過ぎているのでホールへと急ぐ。それにしてももう9月も終盤にさしかかっているに、未だに結構暑い。日陰だと風に涼しさを感じることもあるが、日向に出るとすぐに身体が焼ける。

いずみホールが遠くに見える

 ホールに入場すると10月に実施するヨーロッパ公演の寄付を募集している。例によって私が出費出来るのはチケット代が限界。ところで今回の公演は8-6-5-4-3の関西フィルコアメンバー構成なのだが、恐らく渡欧メンバーはこの顔ぶれになるんだろう。またちょうど今回のプログラムと前回の定期のプログラムはヨーロッパ公演プログラムの予行でもあるようである。

 

 

関西フィルハーモニー管弦楽団 住友生命いずみホールシリーズVol.56
デュメイのモーツァルト・マスターシリーズ2

中規模編成なのでいずみホールのステージに普通に収まる

指揮:オーギュスタン・デュメイ(関西フィル音楽監督)
ピアノ:児玉 桃

モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲 K.492
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467
モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550

 

 久しぶりのデュメイの指揮である。今回は椅子に座っての指揮となる。

 フィガロについてはややテンポが速めのかなりメリハリの強い演奏である。デュメイ独自のアクセントや弦楽器の鳴らし方など、相変わらずのデュメイのクセのかなり出た演奏である。全体的にグイグイと進む印象の演奏である。

 ピアノ協奏曲については児玉の縦横で軽妙な演奏に尽きる。まさに軽業師のような演奏であり、軽快にガンガンと音楽を進める。いささか軽すぎの感もなきにしもあらずだが、ことモーツァルトとなるとこれがピタリとハマる。なかなかに圧倒されるものがあった。

 なお児玉の軽業師ぶりはアンコールでさらに発揮。児玉が選んだのは「展覧会の絵」から「卵の殻をつけたヒナの踊り」。まさにまんまの軽業そのものの演奏であった。

 休憩後のモーツァルトの40番は、やや哀愁を帯びた短調の交響曲であるが、その哀愁はあまり表に出てこない印象。それよりもやや速めのテンポでグイグイと行くという雰囲気が強い。こういうテンポで演奏すると、モーツァルトの古典派的要素の方が前に出てくる印象である。デュメイの演奏は以前からドイツ正統派の演奏と言われているのだが、今回のモーツァルトを聞いていると、確かにその通りだと感じる。関西フィルのアンサンブルをしっかりと固めた上で、活力があって推進力の強い整然とした演奏である。


 さすがにデュメイと言ったところか。まず満足の出来る内容だったのである。

 

 

映画を見てからアマオケ明石フィルのコンサートに出かける

今日は明石へ、まずは映画

 三連休中日だが、今日は明石までアマオケの明石フィルのコンサートに行くことにした。なおコンサートは14時からであるが、ついでに映画も見に行くことにする。今回見に行ったのは、先日封切りになった「アリスとテレスのまぼろし工場」

 とりあえず映画の上映が8時55分だからそれまでに間に合うようにイオンシネマ明石に向かう。イオンシネマを選んだのは例によって1000円で鑑賞できるから。早めに出すぎたせいで明石に到着したのは上映開始の1時間前。まだイオンモールはどこも開いていない。朝食を摂りたいと開いている店を探してプラプラしたところコメダ珈琲を見つけるが、覗いてみたら待ち客がワンサカいる状態。とりあえず名簿に名前を記載したが、客が捌けている様子が全くなく、どうにも埒があきそうな気配がない。どうやらゆったりとモーニングコーヒーを楽しんでいる客が多いようである。10分ぐらい待ったが見込みなしと判断して予約を抹消する。結局は大久保駅前のセブンで赤飯おにぎりを買って急場を凌ぐことに。

 そうこうするうちにイオンシネマの開場時刻の8時半になるので劇場へ。売店でホットドックでも買うことも考えたが、例によっての非常識価格の上に大行列に嫌気がさして、空腹を抱えたまま劇場に入場することになる。場内の観客は10人ちょっと。METライブビューイング以上のガラガラである。そうして考えると宮崎駿の動員力というのは桁違いだったと感じさせられる。なお映画の内容に関するコメントについては「白鷺館アニメ棟」の方に掲載する。

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イオン明石で昼食

 映画を終えると昼食を摂ることにする。朝食をまともに摂っていないので空腹であるはずなのだが、その割には食欲はあまり湧かない。イオンのレストラン街をウロウロするが今ひとつピンとこない。しかし仕方ないので「ごはん処四六時中」に入店する。ちなみにこの斜め向かいに「和食処四六時中」もあるのだが、あえて二店に分けている意味は今ひとつ不明である。

イオンの「四六時中」

 いわゆる定食メニュー的な「彩り花籠」を注文。味噌汁をかけそばに変更する。いろいろと小皿が入ったメニューは彩りが鮮やかではあるが、味の方がイマイチ。特にメインの海鮮丼が温ご飯に刺身を少量載せただけで結構お粗末。まあ元より期待はしていなかったが。

見た目は良いが、味はイマイチだった

 とりあえず昼食を終えるが、まだ時間が早いのと疲労があることから甘物補給しておくことにする。モンブランを注文。いかにも甘ったるいが空腹での映画で疲労しきっている今には結構有効。

甘ったるいモンブランが今はむしろ心地よい

 

 

ホールに移動

 昼食を終えるとイオンを後にして、今日の本来の目的地を目指す。今日はそもそも明石フィル(別名たこフィル)のコンサートのために明石くんだりまで繰り出してきたのである。開場は明石市民会館。イオン明石からは意外と遠く、車で30分ほどかかる。

明石市民会館に到着

 会場に到着すると向かいの市民駐車場に車を置いてからホールへ。開場時刻まで30分弱を待つことになる。

ロビーでしばし待つことに

 明石市民会館は典型的な一昔前の地方の文化会館といったところ。二階席まである会場は収容能力は高い。音響は劣悪とまでは言わないものの、あまり良くはない。

典型的な地方の市民会館

 

 

明石フィルハーモニー管弦楽団第33回定期演奏会

指揮:斉田好男

メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」
プロコフィエフ:「ピーターと狼」
ブラームス:交響曲第1番

 明石フィルは第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンで15名に対し、チェロが9人で管は軒並み3管以上という、アマチュアオケにありがちないささか偏った編成となっている。

 そのためか1曲目のフィンガルの洞窟ではとかく管が前に出張ってきて弦楽セクションの弱さが目立ってしまうところがある。また弦楽陣自体がグチャグチャしていささかまとまりに欠けた印象である。

 2曲目はいささかお子様を意識したプログラムである。ブリテンの「青少年ための管弦楽入門」に並んでお子様がオケの楽器のことを勉強するのに最適な曲でもある。なおナレーションなしで音楽だけを演奏する場合もあるが、本公演ではナレーション付きで上演されている。

 まあ曲自体はお子様も楽しめるように軽めで分かりやすい曲である。ただやはり音楽として聞くにはいささか単調である感が否定出来ない。もう既に半世紀前にお子様を卒業してしまった私としては正直やや退屈感があったのは本音。

 最後はブラームスの大曲。極めて重々しく始まる冒頭から意外に頑張っているというのが本音。フィンガルを聞いた時には非力さが目立った弦楽陣も必死でなんとか食らいついている印象。オケ全体のバランスは明らかにフィンガルの時よりも良くなった。

 恐らく練習でかなり弾き込んだんだろうなということも感じられ、演奏自体はところどころどうしてもほころびが出ることはあったものの、総じてまずまずの堂々とした演奏でフィナーレまでまとめきった(正直、終盤にはやや危ない箇所もあった)というところである。


 これで今日の予定は終了、夕方の混雑する道路をくぐり抜けて帰宅と相成った。

 

 

関西フィル定期演奏会で、デュメイとヘルツォークの凄まじい演奏に圧倒される

今日は関西フィルの定期演奏会

 先週に続いて今週も水曜日にコンサートのために大阪に出向くことに。どうも秋のコンサートシーズンになってスケジュールが過密である。今年の秋は外来オケも来日ラッシュとのことだが、残念ながら私は軍資金の決定的不足のためにベルリンフィルを初めとしてほとんどのオケはパスすることを余儀なくされている。貧乏とは惨めなものである。

 水曜日の仕事を早めに終えると車で大阪まで移動。例によって阪神高速の渋滞に出くわすが、まあこれは想定内。大阪には大体予定通りに到着、下道の混雑もそれほどではなく、駐車場もすぐに見つかる。

 

 

夕食はまたも全く工夫がないことに

 さて、まずは夕食である。当初予定では「イレブン」を考えていたのだが、どうやら本日は休みの模様。そこでどこか・・・と思ったら結局はいつもの「福島やまがそば」になってしまうというあまりのバリエーションのなさ。先週と同じ「親子丼と温そばのセット(900円)」を注文する。

先週に続いて「福島やまがそば」

 毎度毎度工夫のないことだと呆れるが、とにかくホッとする味である。特別感は全くないが、典型的な日常使いの店というところ。結局はこういう店が一番使いやすい。

先週に続いての親子丼だが、これがやはり美味い

 

 

今回は飯守泰次郎の追悼公演でもある

 夕食を終えた時には18時を回っているのでホールに向かうことにする。ホール内では関西フィルの2度目のヨーロッパ遠征に向けてのカンパ募集中だが、今の私には寄付どころか「誰か私の遠征費用を負担してくれるスポンサーはいませんか?」状態である。

 とりあえず喫茶でしばし時間つぶし。最近はようやくかつてほどクールダウンが必須ではなくなってきたが、それでもやはり開演前にはゆったりとくつろぎたいものである。それでなくても日常がストレスフルなんだから。

喫茶でアイスコーヒーでまったり

 今回は久しぶりにデュメイのヴァイオリンを聴くことが出来る。前回は直前になってデュメイが足の不調で来日中止となったから久しぶりである。やはりデュメイ登場となると期待値は高くなる。会場の入りは9割以上となかなかの入り。なお今回は関西フィルは12型だが、コンマスの木村悦子に加えて、コンマスのバブアゼ、さらにアソシエイト・コンマスの堀江恵太まで加わるというデュメイ向け強化編成になっている。

 開演前に8月15日に急逝した飯守泰次郎氏に関しての説明あり。なお追悼の意をこめてデュメイとヘルツォークの演奏が追加されるとの発表があった。また来年3月の飯守が指揮する予定だった公演は、小林研一郎指揮でスメタナの「わが祖国」に変更とのこと。コバケンの十八番を持ってきたようである。

 

 

関西フィルハーモニー管弦楽団 第340回定期演奏会

今回は12型編成

[指揮]マテュー・ヘルツォーク
[ヴァイオリン]オーギュスタン・デュメイ
[管弦楽]関西フィルハーモニー管弦楽団

モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲 K.527
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216
モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 K.364 から第二楽章
ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 op.95 「新世界より」

 偉丈夫のヘルツォークは、その巨体をフルに動かしてのかなり激しい指揮をする。その演奏内容はかなりキビキビしたもので、オケに対してはかなり細かいところまで統制をかけているかなり圧の強い指揮である。ただ一曲目に関しては、オケの方が完璧にヘルツォークの意志に従えていない部分があるようで、ややガチャガチャした感のある演奏になってしまっていたように思われる。

 二曲目はデュメイが登場。ヘルツォーク以上の巨体でありながら、極端に足の細いデュメイの体型は相変わらず不安を感じさせるもの。先に足を傷めた後遺症でもあるのか、歩き方にややぎこちないところが見られたのと、今回は演奏は椅子に座ってのものとなっていた。この辺りはやや心配。

 しかしながら演奏の方には不安は全くないものであった。例によってデュメイの演奏は一筋縄でいかない。デュメイの音色は単純に美しいものではなく、明らかに濁りのようなものも感じられるのだが、それが音の深みにつながっているという一癖ある代物である。その奥深い音色でこのモーツァルトの軽快な協奏曲に一味加えてくる。なお相変わらずの結構自在流の演奏なんだが、ヘルツォークとの息はピッタリで、その指揮の下でオケもエッジの効いた明瞭な演奏を行っている。

 

 

 その後は飯守が好きだったというモーツァルトの一曲。非常に美しくてやや悲しげでもある曲である。ここでは指揮者でありながらヴィオラ奏者でもあるというヘルツォークがヴィオラを手に登場するのであるが、驚いたのはその音色。非常に深いものがあり、堂々とデュメイとタイマンを張っている。どうやら共に指揮者としても奏者としても只者ではない二人が揃ったとんでも公演になってしまった。美しさに見せられながらも、丁々発止の緊張感が半端ない。単なる追悼演奏という次元でない演奏であった。

 後半はヘルツォークによる「新世界」。とにかくテンポや強弱など徹底的に細かい指定をオケに施しているのが覗える。その指揮ぶりからもオケに対する統制の圧が半端ない。ただそれだけに緊張感に満ちて、美しくもあり、迫力もある演奏。第一楽章からメリハリ効きまくりのかなり凄い演奏が繰り広げられるのであるが、第四楽章になるとその迫力たるや半端ない。関西フィルから単なる爆音という意味ではない力強さを引き出している。そしてそのままフィナーレへ。呆気にとられる凄まじい演奏であった。やはりこの人物、只者ではない。

 一曲追加になったことで、終了は9時を10分ほど過ぎることとなったが、その分以上に中身の濃いコンサートであった。まさに堪能といって良い内容である。やはりデュメイは只者ではないのだが、今回はそれに匹敵するもう一人の怪物登場で、ひたすら圧倒されるのみだったのである。

 

 

二日目は「少女たち」展の後に京都市響の記念コンサートへ

翌朝は気持ちよく目覚める

 翌朝は目覚ましをセットした7時半の前に自動的に目が覚める。起床するとまずはシャワーで体を温める。

 一息つくとすぐに朝食へ。朝食はバイキングだが品数もそれなりにあってまずまずの内容。とりあえず朝から食欲があるということは今日は体調は良い。

ビュッフェ朝食は品数が結構多い

 朝食後はしばし原稿入力。昨日の原稿をアップしてから10時にドタバタとチェックアウトする。さて今日の予定だが、京都コンサートホールで開催される京都市交響楽団のコンサートである。京都の秋音楽祭の開会コンサートとのことで、市民の招待客なども招いてのコンサートになる。

 駐車場はホールから若干離れた位置にアキッパで確保している。そこに車を置くと14時開演のコンサートまでしばし自由時間である。この間に京都の美術展を見学しておきたい。地下鉄で烏丸御池を目指す。目的は京都文化博物館。車では極めてアクセスしにくい(周辺の駐車場は超ボッタクリばかり)ということで、ここのところ足が遠のいていた美術館である。実は前回の京都訪問の際に立ち寄ることが予定に入っていたのだが、真夏の京都の灼熱地獄でヘロヘロになって断念した経緯がある。その結果、会期最終日に滑り込むということになってしまった。

京都文化博物館はかなり久しぶりだ

 

 

「発掘された珠玉の名品 少女たち-夢と希望・そのはざまで」京都文化博物館で9/10まで

 星野画廊が収集した明治~昭和期の少女を描いた作品の展示。特徴は無名の画家というか、そもそも描いた画家自身が不明という作品まで含んでいるところ。

 展覧会はいきなり岡本神草が舞妓を描いた有名なデロリとした奇妙な絵から始まる。

岡本神草「拳の舞妓」

 最初は笠木治郎吉の水彩画による精密な少女の絵。当時の風俗を伝えるような感じがあるが、どことなく教科書的な堅さも感じさせる絵である。

笠木治郎吉「花を摘む少女」

 その後はまさに玉石混淆の世界に突入する。浮世絵の流れを汲む作品あり、油絵もありなど百家争鳴状態。その中で一つ目を惹かれる作品があったと思ったら、それは島成園の作品だった。やっぱり他と格が違うのを感じる。

島成園「きぬた」

 

 

 時代が進み大正となるといわゆるデカダンスの奇っ怪な印象の作品などが登場する。先の岡本神草などがまさにこの時代となる。なお甲斐性楠音のこの時期の濃厚な作品と後のもっとおとなしくなった時代の作品の比較などもあって興味深い。

 時代はさらに進むと昭和。ここに来るとキュビズムやフォーヴなど西洋の最新の潮流なども流れ込んできて、まさに種々様々。作家の個性が炸裂する時代となる。この中で目を惹いたのは島崎藤村の息子という島崎鶏二の作品「朝」。技法的に目を見張るというものがとくにあるわけではないが。作品にドラマ性を感じるのはやはり藤村の血か。

島崎鶏二「朝」

 なお渡欧して向こうの影響を受けた画家の作品もまとめられているが、当時の渡欧画家の典型パターンとしてもろに印象派の影響を受けた作品もある。もっとも典型的なのが太田喜二郎の「花摘図」。またキスリングに対するリスペクトというか、オマージュというか、もろに「まんまじゃん」という絵まであったのは笑った。

太田喜二郎「花摘図」

 百家争鳴玉石混淆という魑魅魍魎な展覧会であったが、これはこれでなかなか面白かったのである。

 

 

昼食はカレーラーメン

 美術館を後にするとホールに向かう前に昼食を摂っておきたい。美術館近くのビルの2階にあるラーメン屋「ひゃくてんまんてん」に入店する。注文したのはここの人気メニューと銘打っている「カレーラーメン(950円)」

店は階段を登った2階

 かなり濃厚なシッカリと辛みのあるカレーにラーメンが入っている。スープは実に濃厚なので麺に良くからむ。ラーメンとして悪くないが、どちらかと言えばうどんの方がしっくりくる味ではある。しかしラーメンもこれはこれでなかなか美味い。この暑い最中にサッパリするには良いか。

かなりドロリとしたカレーだ

ストレート麺にもよく絡む

 

 

 昼食を終えると地下鉄でホールに移動する。ホールに入場するとまだ口に若干の辛さが残っていることから、喫茶でペプシを頂いてマッタリする。

 私の席は正面の三階席。まあまあの席である。場内は3階席のサイドに一部空席があるが、それ以外はほぼ満席に近い。一応完売御礼の案内が出ている。

京都コンサートホール

 

 

第27回 京都の秋 音楽祭 開会記念コンサート

3階正面席より

[指揮]広上淳一
[ピアノ]津田裕也
[管弦楽]京都市交響楽団 

モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488
マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調

 一曲目のモーツァルトは冒頭からかなり明るい演奏。オケが冒頭から快活で陽性な演奏を繰り広げる。それを受けての津田のピアノもかなり陽性な印象。津田のその陽性さは第二楽章にも及ぶ。場合によっては葬送曲のような陰鬱な演奏になることもあるこの楽章でも、津田の演奏は叙情性を帯びて美しくはあるが、悲痛な影に支配されることはない。オケの方も同様である。

 そして快活で軽妙なフィナーレはまさに津田の大活躍。自在のピアノが縦横に駆け巡る印象である。そして爽やかに一曲終了である。

 休憩後のメインはマーラーの5番。16型フル編成の京都市響が豪快なパワーで音楽を奏でるが、広上の指揮も初っ端からキレッキレである。かなりドッシリと構えたスケールの大きな演奏で、広上は全身を使ってオケを煽りまくるが、決してテンポの方は煽らない。どちらかと言えばゆったりとした演奏である。例によっての広上流タコ踊りが全開である。

 ドラマチックな第1楽章から、悪魔的に始まる第2楽章、そして一風変わった舞踏のような長大な第3楽章へとゆったりとした調子で音楽は流れるが、京都市響の演奏は終始弛緩することなく緊張感を保ったものである。そして有名な第4楽章。ハープの音に乗せて幻想的で叙情的な音楽が繰り広げられるが、実に胸に迫ってくるものがある。その後、どことなく牧歌的な感覚のある最終楽章。そして堂々のフィナーレである。

 全曲を通じて京都市響の密度の高い弦は濃密な音楽を描き出し、さらに金管陣は冴えまくりであった。広上は京都市響から実に鮮烈な音色を引き出している。場内が爆発的な盛り上がりになったのは言うまでもない。私も久々に広上-京都市響の見事な演奏を堪能したのである。相変わらず、広上はその風貌は全く冴えないし、指揮姿も格好良さからはほど遠いのであるが、そこから繰り出される音楽は時折とんでもなく格好良い。このギャップこそが広上の広上たる所以か。


 コンサートの終了は16時半。2時間半に及ぶ長大なコンサートであった。ホールを出る頃には空模様がやや怪しさを帯びつつあったので、車まで急ぐことにする。幸いにして車に到着するまで雨に降られることはなかったが、高速に乗ってから随所で断続的に豪雨と遭遇。一番ひどい時にはワイパーをハイにしても前が全く見えないという状況になり、速度を落とし目にして前車のテールランプを追いかけるしかないという状況に何度も追い込まれたのである。今回は比較的体調が良くて頭がしっかりしていたから対応出来たが、これが疲労で朦朧運転になっているような状況だったら大事故必至だったろう。結局は帰宅するまで非常に神経を磨り減らす運転を余儀なくされたのである。

 

 

この遠征の前日の記事

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月岡芳年展と大阪交響楽団のコンサートに行ってから、京都の本願寺のホテルで宿泊

この週末は大阪・京都方面

 この週末は大阪・京都方面へとコンサートに出向く。土曜日は大阪交響楽団の名曲コンサートである。本来ならこれのためにわざわざ大阪まで出向くという選択肢はないが(私は以前から大阪交響楽団に対する評価は低い)、明日は京都に出向くついでというのと、今回はベートーヴェンのピアノ協奏曲チクルスということで立ち寄ることにした。なお山下一史が就任以降、大阪交響楽団も上り調子にあることを感じていたので、それを確認しようという意味もある。

 名曲コンサートはホール代を節約するためか、以前より同日のダブルヘッダーで昼の部が13時半からというやや早めの時間帯で、夜の部が17時から開催される。私はその午前の部に参加することにした。なお出発は午前中にして、ホール前に一軒、美術館に立ち寄る予定である。

 

 

「月岡芳年」芦屋市立美術博物館で10/9まで

芦屋市立美術博物館

 奇想の画家・歌川国芳の弟子にして、江戸時代末期から明治にかけて活躍して「最後の浮世絵師」との評もある月岡芳年の展覧会である。なお月岡芳年は私が河鍋暁斎と共に注目している画家でもある(河鍋暁斎も「最後の浮世絵師」と言われていたりするのだが)。

最後の浮世絵師と呼ばれている

 芳年と言えば豪快な武者絵や芝居絵、さらには血みどろ絵と呼ばれる残酷で壮絶な絵画などで特に知られているが、本展では芳年のそのような作品よりも、もっとおとなしくて正統派な美人画の類いなどを含んだジャンルの作品を中心に展示している。

芳年の絵画と言えばこの手の作品のイメージが強いが

 芳年の作品は明らかに浮世絵の伝統を踏まえているのであるが、そこにはやはり幕末から明治にかけての時代の流れも反映している。いかにも定型的な浮世絵表現にとどまらず、あからさまに西洋画の技法の影響を受けた作品なども多く見受けられ、芳年独自の伝統を踏まえた上でのリアリティー表現というものが随所に見られる作品群となっている。また画題の方も日本髪に洋装の女性の像があったりなど、明治という時代の雰囲気も現れている。

 代表作とも言われる「月百姿」などは、伝統的な浮世絵的な作品から、山水画的な作品、さらには西洋的な写実がメインである作品などが入り混じり、芳年独自の落ち着いて美しい世界を形成している。

 一般的な芳年像とはやや異なる芳年の世界を堪能できることで、この画家のことをさらに深く知ることができる展覧会となっていた。実に興味深い。


 展覧会の見学を終えると既に12時近くになっていたのでホールに向かって急ぐ。流石に渋滞などはなくスムーズにホール近くまでやってきたのだが、大変なのはそれからだった。駐車場がことごとく塞がっていて車を置く場所がない。結局は空いている駐車場を求めてウロウロ。空いていると思えば20分200円で上限なしとかいう超ぼったくり駐車場だったりで、妥当な価格の駐車場を探して辺りをグルグルと20分近く回る羽目になってしまう。

 

 

昼食は久しぶりに寿司にする

 ようやく許容範囲の駐車場を見つけて車を置くと開演までにまずは昼食である。何を食べるかだが、今日は気分として寿司でも食いたい。というわけで「元祖ぶっちぎり寿司魚心」に出向いてランチメニューの「ぶっちぎりセット」を注文する。

高架下の「魚心」に寿司を食べに

 まあ寿司は美味いんだが・・・若干ネタのボリュームが低下した気がする。ここにもアベノミクスの悪影響か? 店内も大入りからは程遠い雰囲気だし、どうもこの店の今後が危ぶまれる。そう言えば前を通りかかってメニューを覗いていた子連れ夫婦が「やっぱり少し高いな」と呟いて入店せずに帰っていくのを見た。やはりバラマキメガネこと岸田内閣の悪政のせいで、日本人の貧困化が加速度的に進んでいるようである。このままいけばカルトの目論見通りに日本は滅びそうだ。

何となくネタのボリュームが減った気がする

 昼食を終えるとホールに向かう。もう開演までに30分ぐらいしかない。ホール内には結構の人影がある。私の席は2階の正面席だが、ここから見た感じでは5~6割程度の入りか。ダブルヘッダーであることを考えるとまずまずの入りのようである。

ホール入りする

 

 

大阪交響楽団 第128回名曲コンサート ◇昼公演◇

[指揮]山下一史
[ピアノ]菊池洋子
[管弦楽]大阪交響楽団

ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」op.43 序曲
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 op.37 
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 op.58

今回は2階正面席

 一曲目はベートーヴェンの序曲。相変わらず大阪交響楽団の弦楽陣には斉奏時に若干の音色の濁りがあるが、以前に比べるとずい分良くなった。いささかゴチャゴチャした感のあるが、元気のある演奏である。演奏に活力があり、そういうところは数年前よりもかなりの進歩である。

 さてピアノ協奏曲の3番であるが、菊池のピアノは細かい揺らしなどはあるが、あまり極端ではなく、比較的オーソドックスに聞こえる演奏である。それに対する大阪交響楽団の演奏もかなりオーソドックスに徹している。トータルで言えば特に不可はないのであるが、かと言って強烈なアピールもない演奏で終わってしまった感がある。

 休憩後の4番も基本的に同じ路線。菊池のソロピアノで始まる協奏曲はなかなかに美しくはある。そしてバックのオケもそれなりにまとまっているとは感じる。ただ残念ながらそこまでで終わってしまって、もう一歩ぐっと掴まれるものがないというのが本音である。

 大阪交響楽団も、一昔前のあからさまに下手という状態からは脱したことを感じる。あからさまに音程が狂ったり、音色が濁ったりということはなくなったように思われた。ただ何というか残念ながらまだ音楽にもう一段の深みを感じさせる域には達していないという感がある。無難に演奏を完成させるという領域にまでは達したが、そこからの音楽性である。その辺りは山下一史もそうキャラが濃い指揮者ではないということもあるのであろうか。

 

 

京都の本願寺のホテルで宿泊

 コンサートを終えると明日に備えて京都に移動することにする。明日は京都コンサートホールでのコンサートなので、今日は久しぶりに京都に宿泊することにしている。選んだホテルは聞法会館。西本願寺に隣接している宿坊というか、あからさまにホテルである。一応私は信仰心皆無の浄土真宗門徒であるので宿泊の資格があるというか、そもそも別に門徒でなくても普通に宿泊できる。とりあえず京都で駐車場があって高すぎないホテルという条件で探したらヒットしたのがここだったというだけの話である。

聞法会館

 聞法会館は西本願寺の北に隣接している。駐車場に車を置くとチェックイン。部屋はトリプルルームのシングル使用ということなので無駄に広い。

トリプルルームなので無駄に広い

 設備的には空調が集中管理ということで、細かい温度設定が効かない辺りは設備の古さを感じるが、別に部屋自体や水回りなどに汚さはない。まあまあのホテルというところか。

 

 

本願寺を駆け足で散策

 荷物を置いたとこで周囲の散策に出るが、このホテルの一番の難点は周囲に飲食店やコンビニの類が非常に少ないことである。その代わりにあるのは、本願寺の参道筋に多数の仏具屋。まあ数珠などの調達には困らないが、調達の予定はない。

 本願寺の参道筋の先にあるのが伝道館だが、これはレンガ造りの洋館という意表を突かれる建築。元々は明治28年に設立された真宗信徒生命保険株式会社の社屋だったとか。洋風材料による建築だが、日本建築の様式を取り入れるというコンセプトで建設されているという(と言っても赤煉瓦のインパクトが強すぎて、よくよく見ないと日本建築の伝統とやらは見えてこないが)。

伝道館は赤煉瓦建築

 ここから総門があって、国道をまたぐ形で先にあるのが御影堂門。ここからが本願寺の境内となる。

手前の総門から、国道をまたいで奥の御影堂門

御影堂門

 

 

 本願寺を覗くがもう閉門の5分前になっていたので、参拝などというものではなくてグルっと視察するだけ。正面が御影堂で、その右隣につながっているのが阿弥陀堂である。左手には最近修理が終わったという飛雲閣が見えているが、ここは通常非公開。なかなか面白そうな建物であるのだが。

左手に見えるのが飛雲閣

正面が御影堂

隣が阿弥陀堂

両伽藍はこういう位置関係

 

 

 非常に巨大な伽藍であることに感心しつつ、阿弥陀堂門から出てくる。この阿弥陀堂門は彫刻などが施された凝った門である。

阿弥陀堂門

かなり派手だ

扉にまで細かい彫刻

外側から

 周囲が完全に堀になっていることに関心。確かにちょっとした要塞だが、それでも明智の軍勢に包囲されたらひとたまりもなかろうなんてことが頭を過る。

周囲は堀で囲まれてちょっとした要塞

 本願寺の鬼門の方向にあるのが太鼓楼。まさに櫓のような建物だが、幕末には新選組の屯所になったこともあるとか。

隅櫓のような太鼓楼

 

 

夕食は地下のがんこ

 本願寺を5分で見学すると本願寺前のローソンに立ち寄って夜のおやつを少々調達して戻ってくる。さて夕食だが、ホテルの地下に和食がんこがあるようなので、面倒くさいのでそこで済ませることにする。HPで調べた時には3000円以上のコースしかないような雰囲気だったのだが、実際に覗いてみると1000円台のそば定食などもあるようなので普通に使えそうである。ただ夕食オープンの17時を少し回った頃に訪問したのだが、満席と言われる。18時から台湾からのツアー客団体の予約が入っており、一般客用の席は3席ほどしか残っていないのだとか。しばらく待ったがすぐに空く様子もないことから、空いたら部屋に電話してくれるように頼んで一旦部屋に戻る。

地下の「がんこ」

 部屋に戻ってしばしこの原稿を書いていたら電話がかかってきたので夕食に出向く。注文したのはまあ京都だからにしんそばの定食。

にしんそばの定食

 まあ特に美味いというほどではないが、かと言ってまずくもない。典型的な可もなく不可もなくという内容。まあ最初から特別に期待はしていなかったのでこれで良しだろう。京都は調べて選んだら美味しい店もあるんだろうが、とにかく調べるのが面倒な上に、美味しい店は概して支払いが高めであるから、結局は私の京都飯はいつも極めて適当になってしまうのである。

 

 

大浴場で入浴してから休む

 夕食を終えると大浴場に入浴に行く。このホテルのポイントの一つは大浴場があること。入浴は夜の22時までとのこと。朝風呂がないのが難点だが、まあその日の汗を手足を伸ばして流せるだけでもかなりありがたい。今日は確保した駐車場がホールよりもやや遠かったうえに、寿司屋がホールの真反対側だったことなどからなんだかんだで意外に歩いている(本日9000歩)ので足腰にダメージが結構ある。

大浴場

 汗を流してさっぱりしたら原稿執筆の続き。しかし入浴してホッとしたら眠気がこみ上げてくるのでなかなか進まない。結局は適当なところで見切りをつけることになる。

 

 

この遠征の翌日の記事

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タダ券で出かけた江陵市交響楽団のコンサートは予想外の内容であった

タダ券をもらったのでコンサートに出向く

 今日は大阪まで江陵市交響楽団のコンサートに出向くことにした。このコンサートのことは知ってはいたが、韓国の地方都市のオケとなるとS席6000円と言われても食指が動かず、パスする予定でいた。しかし私と同じ感覚の者が多いのか、予想以上にチケットの売れ行きが悪かったと見える。さすがに直前になってあまりにガラガラだと体裁が悪いと考えたか、チケットぴあなどで派手にタダ券を配っていた。そこで私はプログラムに興味があったことから「まあタダなら良いか」と応募した次第。ちなみに指揮は巨匠チョン・ミョンフンの息子のチョン・ミンだが、彼の演奏は以前に聞いたのはイタリア交響楽団の時で、その時にはあまりにオケが下手すぎる(確か、私はこの公演をその年のワーストに挙げている)せいで、チョン・ミンの真価を判断する以前の状態になっている。

 水曜日の仕事を早めに終えると阪神高速を大阪まですっ飛ばす。前回の大渋滞でギリギリという悪夢から、早め早めに動いたのだが、案に反して阪神高速は極めて順調。結局最後まで渋滞というような渋滞はなく、しかも高速を降りてからの下道も極めて順調というあり得ない事態のために、予定よりもかなり早めに大阪に到着したのだった。

 

 

夕食はいつもの通り

 まだまだ暑いので熱中症を避けるべく阪急オアシスでライフライン(麦茶)を入手すると夕食へ。最近は夏の疲労で食欲がイマイチのこともあって、洋食やラーメンという気は起こらないので、毎度毎度の「もし私が命を狙われたら、間違いなく待ち伏せを食らうだろう」いつもの「福島やまがそば」に入店する。今回は「親子丼」に温そばをつける(900円)。

福島やまがそば

あまりに腹が減っていたので、写真前に親子丼に手を付けてしまった

 ここの丼は以前にカツ丼を食べたことがあったが、明らかに親子丼の方が美味い。鶏肉はふわっとして味もまとまりが良い。これは今後のメニューの選択の幅が増えた。

 

 

ホールはあまり人がいなかった

 ゆっくりと夕食を取るとホールに入ったのは開場からしばしたった18時15分頃。しかしホール内に人影はまばら

ホールに向かう人はあまり多くはない

 とりあえず開演までを喫茶でつぶすことにするが、これも人気の公演ならこの時間なら席が全く空いていないなんてのが普通なのに、今日は客もまばらで空席だらけ。アイスコーヒーを注文したら、合わせてサンドイッチを勧められたところを見ると、売れ残る気配が濃厚なんだろう。何やらチケットぴあがタダ券ばらまいていた理由が垣間見える。果たして演奏の方は大丈夫だろうかといささか不安が過ぎる。

アイスコーヒーでマッタリする

 しばしアイスコーヒーを頂きながらマッタリした後に入場する。場内は2階席3階席は全く使用せずに、1階席だけを使用のザ・シンフォニーホール中ホール仕様。この1階席を格好がつくように埋めたというところのようである。1階席だけを見るとほぼ満席に近く入っているが、果たしてこの中のどれだけが有料客かは不明。なお私の席は前から3列目というかぶりつき席。私の基準ではかなりクソ席だが、人によっては良い席だと考える者もいよう(コンサートを聴きに行くのでなく、見に行くような類)。どらちにしてもタダ券なので不満はない。

ステージが滅茶苦茶近い

 なお現在日本では「コロナはなくなった」ことにしているが、実際は感染者数などを詳細に公表しなくなっただけで、その裏では既に以前のピークをはるかに超える感染者がでているという。それだけにこっちも要注意である。5類になっただけで「コロナはタダの風邪」とコホコホ言いながら脳天気に表を歩き回っている生物兵器のような輩も増えてきているので。とりあえず日常ではマスクを使用しない私(私はぜん息で肺が弱いので極力マスクは使用したくない)も、ここでは自衛のためにマスクを着用せざるを得ない。もっともそれでも、真後ろにゴホゴホ言っているような奴がいたらアウトだが。

 

 

江陵市交響楽団 2023年 日本公演

[指揮]チョン・ミン
[ピアノ・オルガン]チョ・ジェヒョク
[管弦楽]江陵市交響楽団

ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲
サン=サーンス:ピアノ協奏曲 第2番 ト短調 op.22
サン=サーンス:交響曲 第3番 ハ短調 op.78 「オルガンつき」

 江陵市交響楽団は、1992年に発足し、1999年に全楽団員を正規雇用として再編したとのことだから、この時点でいわゆるプロ楽団として成立したのだろう。現在は年間60公演ほどをこなしているという。

 さてまず一曲目の「運命の力」だが、正直なところイタリア交響楽団やベルリンシンフォニカーのような演奏を予想していた私は、冒頭の金管で「おやっ」と意表をつかれる。なかなかに立派な音を出しており、演奏開始と同時にズッコケた上記の楽団などとは一線を画している。

 金管に続くさざめく弦楽などもまとまりが良く、哀愁を帯びた木管の調べもなかなかに美しい。この時点で私は「すみません。嘗めてかかってました」と懺悔である。明らかに技倆的に日本のオケに劣るものではない。またチョン・ミンの指揮も細かい仕掛けもあり、この曲のロマンティックなムードを盛り上げる。

 2曲目はソリストにチョ・ジェヒョクを迎えてのサン=サーンスのピアノ協奏曲。このチョ・ジェヒョクだが、ピアニストにしてオルガニストでもあるというまさに「鍵盤奏者」。叩くピアノと押さえるオルガンでは同じ鍵盤でも奏法が違うと思うが、この両者ともに問題なくこなす器用な人物らしい。

 サン=サーンスのピアノ協奏曲は私にとっては初めての曲であるが、第1楽章は最初からやや悲劇的な哀愁をこめたメロディーだが、チョ・ジェヒョクはそれをオルガン的な堂々とした演奏で盛り上げる。中盤以降に曲想が軽やかに転じると、そこはかなり軽快に弾きこなす。バックのオケとの連携も取れている。

 ややユーモアのようなものを感じる第2楽章、怒濤のような第3楽章。テクニックをしっかりと駆使しつつも、決して機械的な演奏に落ちないのはなかなかに見事。フランス音楽的な煌めきのようなものもしっかりと現れていた。

 さらにその妙技が炸裂したのはアンコールの「白鳥」。軽妙かつキラキラとした演奏でまさにフランス音楽そのものである。またテクニックを見せつけた感がある。

 

 

 20分の休憩の後の後半がいわゆるオルガン付き。チョン・ミンの大きめの動作でニュアンスを含んでくる指揮は相変わらず。演奏の方は第1部と第2部の前半はやや早めのテンポで重くなりすぎない演奏。第1部後半はかなり歌わせてくる。そして第2部終盤の堂々たるフィナーレにつなぐというオーソドックスであるが、よく聞いているとあちこちに細かい仕掛けやアクセントが覗える小技のある演奏。またオケも指揮者とよく連携が取れている。鉄壁のアンサンブルとまではいかないが、アンサンブルが崩れるような局面は全くなかった。なお音圧バランス的に管楽器優位に感じられたが、それは私の席がかなり極端な席であるために、ホールの他の位置でもそうかは分からない。

 あえてケチをつけるなら、演奏全体にもう少し茶目っ気ややら色気のようなものが欲しいと言うことはある。まだ「遊ぶ」だけの余裕がないのか、いささか演奏がくそ真面目な印象を受ける。恐らくチョン・ミンももっと歌う演奏を志向しているのではと感じる。

 そういう点ではアンコールで演奏した「カルメン序曲」がかなり遊び心も入ったうねるような演奏で、なかなかにこのオケのダイナミックさも感じさせた。

 

 総じての感想は「やるな」というもので、最初にイタリア交響楽団レベルを想定していたのは失礼の極みであった。私はネトウヨのような韓国人に対する差別心などは微塵も持ち合わせていないつもりだが、それでもやはり偏見のようなものがあったのは否定出来ないようだ。しかしよくよく考えると半世紀前ならいざ知らず、今や韓国や中国などは次々と優秀な奏者を輩出して、彼らが世界に飛躍している状況であることを考えると、韓国のオケが侮れなくても当然である(まあ江陵市が韓国の地方都市ということも私が舐めてかかった原因だが)。

 結果としてはタダだから満足というレベルでなく、恐らく6000円払っていても損をしたとは思わないレベルの演奏であったということである。私としては諸々の認識を新たにした次第である。こういう機会を得られたことは非常にラッキーだったと言える。

 

 

びわ湖ホールで沼尻のマーラーシリーズは「夜の歌」

昨日の余波で朝からグダグダ

 翌朝は7時半に目覚ましが鳴ったが、昨晩は一晩中ウトウトとしただけであり、朝からグッタリとしてベッドから起き上がれる状態でない。結局はそのまま9時前まで再び意識を失い、結局は朝食時間終了ギリギリの9時前に慌てて朝食に出向く。

 朝食は決して品数が多くはないが、和洋両対応でまずくはない。ただ昨日は夕食をまともに取っていないにも関わらず食欲はイマイチである。やはり先日の体調と精神状態の悪さをかなり引きずっている。

朝食は良くも悪くもなし

 部屋に戻ると再びベッドの上でグッタリ。今回の宿泊プランは12時チェックアウトのレイトアウトプランにしてあり、10時からとなりの入浴施設が開くので入浴に行こうと考えていた。しかしこの状態ではそんなどころでなく、しかもまだ身体の火照りがあることを考えると、入浴する気にもならない。結局は12時ギリギリまでベッドの上でダウン。わざわざ温泉施設付きのホテルを確保したにも関わらず、結局は温泉にはほとんど入らずで、また持参していたPCも最後まで開く気力さえないままにチェックアウトすることになってしまった。

 

 

昼食は安直にイオンモール草津の和食店で

 公演は14時から。とりあえずびわ湖ホールに向かうが途中で昼食を摂っておく必要がある。昼食を摂る店を物色するのも面倒(そもそも滋賀にはあまり思いつく店はない)なので、近江大橋手前で巨大なイオンモール草津が見えたので、そこに入ってしまうことにする。

 イオンモール草津はかなり巨大な施設。これだけ巨大施設というと、私が連想するのは阪急西宮ガーデンズぐらい。ただ現在のようにへばりきっている状態では、こういう大きな施設はそれだけ歩く必要があるということで難儀でもある。とりあえずフードコートに立ち寄ってみるが、異様な混雑に食事どころの雰囲気ではないので早々に逃げ出す。

 結局は1階のレストラン街をウロウロ。こちらも結構混雑しているがフードコートほどではない(こういうのも日本人の貧困化の1つの表れではないかと感じる)。一回りしたところで「五穀」という和食店に入店することに決め、20分ほど待つことに。そう言えば西宮ガーデンズにも店名は違うが同じようなコンセプトの店があったことを思い出す。結局は日本人は最後はこの手の和食(昨日のさとのようなインチキ和食でなく)に戻ってくる。

イオンモール内の「五穀」

 

 

 注文したのは「ヒラスの粕漬けの定食」。待ち時間中に事前に注文をしていたので、ほどなく料理が到着する。実にシンプルな和食だが、本来私が食べたかったのはまさにこういう本当の和食である。かまどご飯がありがたい。ヒラスの粕漬けもなかなか良い味だが、添えてある小鉢が美味い。ようやくまともな和食にありつけたという感覚である。

キチンとした和食である

 ただかなりの体調の悪さはまだ引きずっているので、食欲の方が皆目である。結局はご飯もヒラスも1/3ほど残すという不本意な食べ方にならざるを得なかったのである。もう既に13時頃になっていたのでホールへと急ぐ。

 近江大橋を渡ってからの渋滞にややイライラしたが、そう遠い場所ではないのでほどなくホール近くの駐車場に到着する。ホールに到着したのは開演の30分前ぐらい。大ホールは上階には客は入れていない様子であるが、まずまずの入りである。

大ホールにゾロゾロと入場中

 

 

マーラー・シリーズ 沼尻竜典×京都市交響楽団

ステージを拡張していないので、やや狭苦しい感覚がある

沼尻 竜典(指揮)
京都市交響楽団

マーラー:交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」

 マーラーの比較的演奏されやすい歌なし交響曲の中でも、演奏頻度が決して高いと言いがたい作品の登場である。そもそも演奏頻度の低さは構成が悪いの、まとまりがないのとの悪評から起因しているところでもある。実際に沼尻もそのような点は演奏で何とかするという主旨のことをプレトークで語っている。

 さて第一楽章であるが、冒頭から沼尻は少々ひねってきているのを感じる。音のバランスやテンポなどに細かいひねりが見られる。ただしそれは音楽を明快にするというよりも、マーラーのこの混沌とした交響曲をそのまま混沌として披露している感がある。いかにも錯綜したカオスな世界がここに存在するといわんばかりである。

 そして第二楽章がこの曲が夜の歌と言われる所以でもある夜曲であるのだが、風情のある牧歌的な雰囲気の曲である。京都市響の緻密な弦楽陣が能力を発揮する曲調でもある。沼尻は京都市響のその特性を把握した上で効果的に演奏している。

 若干悪魔的なスケルッツオはややメリハリを効かせて、続く2つ目の夜曲は静かな曲調の中でギターの音色が地味に映えている。この辺りは沼尻はキチンとギターの音色が届くようにバランスに配慮しているようである。穏やかな美しい音楽である。

 最後は乱痴気騒ぎとも言われる第五楽章。下手をすれば野蛮な正真正銘の乱痴気騒ぎで終わりかねない危険のある曲なのだが、沼尻はそこのところは節度を持って「制御の効いた乱痴気騒ぎ」でブイブイとぶっ飛ばすという印象である。メリハリの効かせた内容で、そのまま大盛り上がりのフィナーレに持っていった。

 場内の盛り上がりはなかなかに爆発的なものがあったが、まあそれも妥当なまずまずの名演であった。


 以上、自身が体調を崩したせいもあって、かなりグダグダ感のあった今回の遠征であるが、コンサートの内容自体は共にかなり満足度の高い物であったので、それが最大の救いである。もっとも既に体力的には限界に達しており、この後の帰りの運転は気が緩んだら車が壁に寄っていくというかなりヤバい運転となってしまって、自分自身でもヒヤヒヤものだった。今年の夏の暑さは侮ってはいけないと痛感。

 

 

この遠征の前日の記事

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