徒然草枕

クラシックのコンサートや展覧会の感想など、さらには山城から鉄道など脈絡のない趣味の網羅

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アニメ関係の記事は新設した「白鷺館アニメ棟」に移行します。

白鷺館アニメ棟

板谷波山展を見学してから京都市響の「復活」、アクセルロッドの名演に心を鷲掴みにされる

今日は京都市響でマーラーの「復活」

 翌朝は目覚ましで7時過ぎに起床。起床するとまずは朝風呂で体を温めに。かなり快適。

 体が温まったところでバイキング朝食。品数はさして多くないがまずまず。パン食もあるので和洋両用で頂くことにする。朝からガッツリと腹に入れる。

バイキング朝食を頂く

 後はチェックアウトの10時まで原稿の入力やアップ及び荷物の整理。10時前でホテルをチェックアウト。昨晩遅くまで起きていたのでやや寝不足気味だが、概ね快適に過ごせたというところか。やはり新今宮の壁の薄い安ホテルとは違って静かなのがいい。

 さて今日の予定だが、14時30分から京都コンサートホールでの京都市交響楽団の定期演奏会である。と言うわけでそれまでは完全に空き時間。その間に美術館を一カ所訪問するつもりである。向かったのは泉屋博古館。板谷波山の磁器を展示している。美術館までは車でザッと20分ほど。秋の京都は下手をしたら車が動けなくなることがあるのだが、幸いにしてところどころつかえるところは概ね良好に車が流れている。美術館の駐車場に車を置くと見学へ。

泉屋博古館

 

 

「生誕150年記念 板谷波山の陶芸」泉屋博古館で10/23まで

 板谷波山は自ら窯を建造して、釉薬の研究などを重ねて独自の磁器の世界を極めた人物であり、近代陶芸家として初めて文化勲章を受章した人物でもある。とにかく作品に妥協がなく、それが故に特に陶芸家としての初期には極貧に喘いだという。

 上京して東京美術学校で彫刻科に入って岡倉天心や高村光雲の指導を受けていたことがあるらしく、その技倆が後の作陶において模様を薄肉彫で刻んでから絵付けをするという技法につながっているという。

葆光釉を使用した壺は独得の淡い色彩が魅力

 彼の研究成果であり特徴でもあるのが、葆光釉と呼ばれるつや消しされた薄い不透明な釉薬で表面を覆う技術である。その技法によって通常の磁器と異なる落ち着いて深みのある彩色表現をとっていることになる。ただしこの技法は焼成時の条件管理などがとてつもなく困難であり、勢い作品の歩留まりが悪くなるとのことで、波山自身も昭和初期以降はほとんど使用しなくなったとか。

 本展では波山の初期の作品に代表的な葆光釉を用いた作品、さらにはそれ以降の晩年の作品などを通して見ることが出来る。なかなかに見応えのある内容である。

 

 

 板谷波山展の次は常設展示の青銅器を見て回る。ここの青銅器コレクションはかなり有名であるが、とにかく質量共にすごい。

商時代の酒を貯める器

西周前期の穀物などを盛る器

これは楽器らしい、どことなく銅鐸を連想する

やけに愛嬌があるが虎だそうな。商後期の作品。

そして重文の三角縁神獣鏡

 

 

昼食には蕎麦を

 美術館の見学を終えるとホールの方に向かう。まだ昼頃なのでまずは昼食を摂ってからにしたい。アキッパで確保した駐車場に車を置くとプラプラ。まずは東洋亭に立ち寄ってみるが例によっての異常な混雑。とても開演までに入店できそうにないので諦める。どうやらこの店はランチは食べられないものと考えてかかった方が良さそうだ。

 結局は入店したのは「よしむら北山楼」。正直なところ、昨晩が茶そばだったのであまりそばの気分でもなかったのだが、進々堂は一杯だし、とんかつやラーメンの気分でもなかったので仕方なしの選択。この界隈はあまり飲食店が多くないので選択の余地が少ない。

よしむら北山楼

 しばし待たされた後に席に通される。注文したのはざるそばに丼がついた北山膳。これにデザートとしてそばプリンとアイスティーのセットを追加する。

 蕎麦は私の好みのタイプよりはややパサッとしている。意外に美味かったのが蕎麦の実を加えた大根のサラダ。

北山膳

 デザートのそばプリンが美味い。香ばしい蕎麦の実がプリンと非常にマッチする。

そばプリンとアイスティー

 昼食を終えるとホールへ。ホールはかなり入っており、9割ぐらいの入りというところか。

 

 

京都市交響楽団 第671回定期演奏会

結構大勢の観客が入場。当日券購入の行列も。

[指揮]ジョン・アクセルロッド(京都市交響楽団首席客演指揮者)
[ソプラノ]テオドラ・ゲオルギュー
[メゾ・ソプラノ]山下牧子
[合唱]京響コーラス

マーラー:交響曲 第2番 ハ短調「復活」

 冒頭からやや抑え気味のテンポで始まるが、この曲は初っ端からぶちかますような演奏が多い中で、アクセルロッドは明らかに意図的に抑制をかけているのが分かる。16型の4管編成(をさらに金管増量)というオケのパワーを暴走させることなく、むしろ美しくメロディを聴かせ、アンサンブルの正確さを表に出すようなかなり冷静な演奏。この曲に対してのこういうアプローチは初めて聞いたような気がする。

 第二楽章以降も抑え目のテンポでゆったりと美しく奏でるという印象。とにかく決して荒々しく雑にはならない音楽で、非常に緻密である。

 やがてそこにメゾ・ソプラノのソロが乗る。美しも力強く非常に迫ってくるもののある歌唱。そして半ば夢見心地のうちにこの短い楽章は終わって、長大なフィナーレに突入する。

 フィナーレになるにつれて切々とした感情が沸き上がってくる。オケの演奏は美しく切ない。そして段々と盛上がってきたところで合唱が静かに始まる。座ったまま、静かに唸るような合唱は声楽部と言うよりも楽器の1つとして聞こえてくる。通奏低音的に静かに響くオケやオルガンと一体化して静寂で荘厳な音楽空間を作り上げる。

 それが突然にクライマックス。合唱団がいきなり立ち上がったかと思うとそこから飛び出すのは天上の讃歌である。ここで心の底から熱い感情が沸き上がってきて胸をグッとつかまれるのが分かる。荘厳であり、歓喜にも満ちた何とも複雑な感情に支配される。そしてそのまま開放されるかのようなラストに突入する。

 最後まで唖然とするような演奏であった。テンポは明らかに抑え気味なのだが、そこに単なる緊張感とはまた違った張りつめたものがあり、全く弛緩することがない。しかも終わってみたら、一番のクライマックスに向けて徐々に盛り上げていって、最後に一番の山を作るという綿密な設計をしていたことが分かる。この設計力には圧倒されるのみ。

 ソリストが曲の途中でステージ脇からゆっくりと登場したり、コーラスがクライマックスで突然に一斉に立ち上がるなど、いろいろと細かい舞台上の仕掛けがあったのだが、そのような虚仮威しでなく、音楽そのものが一貫して高度に計算されており、盛上がるべくして盛り上がったというところである。

 私は完全に心を鷲掴みにされたのだが、同様の体験をした観客は少なくないようで、終演後は場内は満場の拍手に満たされた。アクセルロッドが歓呼の中を何度かステージ脇との往復して、楽団員も引き上げた後も拍手は鳴り止まず、結局はアクセルロッドがソリストやコンマスを引き連れての一般参賀。定期演奏会としては異例のこと(と言うか、このホールでこれがあることもかなり珍しい)となったのである。


 これでこの終末の遠征は完全終了。帰宅することとなった。関西4楽団の定期演奏会のハシゴとなった今回だが、いずれのコンサートも予想以上に内容が良く、実に満たされた気分となったのであった。もっとも体はクタクタである(笑)。

 

 

この遠征の前日の記事

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久石譲指揮の日本センチュリー交響楽団を聴いてから、京都の「シダネルとマルタン」展へ

今日は久石譲指揮の日本センチュリー交響楽団

 翌日は7時頃ぐらいから周囲の部屋が喧しくなってきたので目が覚める。前日は周辺には宿泊者はいなかったようだが、今日は宿泊者が多い。特に子供もいるようでこれが喧しい。昨日、新幹線が新大阪で運行休止になったとかいう話も聞いているから、その影響なんかもあるんだろうか。

 昨日買い込んでいた朝食を腹に入れると、そのまましばし原稿入力をしたり、ネットをチェックしたりしながらゴロゴロ。今日はそもそも昼までは予定がない。だから本来はもっと朝寝をするつもりだったんだが・・・。

 何だかんだで昼前まで時間をつぶすとシャワーで汗を流してからチェックアウトすることにする。今日は日本センチュリー交響楽団のコンサートが、ザ・シンフォニーホールで午後2時から。何だかんだでホール周辺には12時過ぎには到着してしまったので、もう少しホテルでゆっくりしても良かった。しばしまともな価格の駐車場を探してホール周辺をウロウロ。とにかく大阪にはまともな価格の駐車場がないのが一番の難点。ホールにも駐車場があるがそれがあまりにも高すぎて、しかも最近さらに価格が上げられたようでとても使用できない。ようやく駐車場を見つけるとホール方面に向けてプラプラ歩くが、昨日までの肌寒さが一転して、台風一過の灼熱地獄の再来で目眩がしそうである。暑さのせいかいささか吐き気がする。

 とりあえず昼食をどこかで摂る必要がある。いろいろ考えたが結局入店したのは久しぶりの「イレブン」。将棋会館の廃止とかでいずれは閉店と聞いていたのだが、目下のところはまだ営業している模様。日替わりランチ(950円)を注文する。

日替わりランチ

 内容はハンバーグとエビフライ。小さめだが、まあ価格を考えたらこんなもんだろう。可もなく不可もなくである。

 昼食を終えるとホールに。ホールは1時の開場直前。全席指定なので待つ必要もないのに行列を作って開場待ちをしている「ああ、日本人」。場内の入りはかなり多くて9割以上入っていて、ほぼ満席に近い状況。久石人気はかなりのようだ。

日本人の風景

センチュリーは定期演奏会には駅からの送迎バスを出している

 

 

日本センチュリー交響楽団 第267回定期演奏会

[指揮]久石 譲
[管弦楽]日本センチュリー交響楽団

シューマン:交響曲 第1番 変ロ長調 op.38 「春」
久石譲:2 Dances for Orchestra (管弦楽版 世界初演)
スメラ:交響曲 第2番

 一曲目のシューマンはかなりかっ飛びの演奏。やたらに前のめりの印象で、いささかせわしない。また音の粒立ちの仕方などにかなり特徴があり、相当に個性の強い演奏である。音色は色彩鮮やかでキビキビした演奏なんだが、全体的に急ぎすぎでつんのめって感じられてとにかく落ち着かない。これはこれでありなのかもしれないが、やはりシューマンらしいロマンチックさと雄大さがいささかそぎ落とされている印象。

 休憩後はまずは久石の自作曲。同じメロディを楽器を変えて繰り返していくボレロのような曲。舞踏のようでありながら一ひねりあるメロディがなかなかに面白い。単調になるのではと思っていたのだが、思いの外音色の変化があって楽しめ、なかなかに盛り上がっての面白い曲。当然のように久石は曲のツボを心得ているから、聞かせ方も上手いし、センチュリーオケもまずまずの対応を見せている。

 最後はスメラの交響曲。交響曲と言いつつも、形式通りのソナタ形式があるというわけでもなく、完全に現代音楽に属する。果たして私は大丈夫かの不安があったのだが、現代音楽ではありながらいわゆる無旋律音楽ではないので意外なほどに抵抗がない。むしろ随所で音色の美しさが際立って興味深い。久石率いるセンチュリーのキビキビした色彩的な演奏の効果もあって最後まで興味深く聞くことが出来たのである。

 全く馴染みのない選曲にもかかわらず演奏の良さがあってかなり楽しめた。場内もかなりの盛り上がり。なお満場の拍手に応えてアンコールが一曲あったのだが、これがなかなかに良い。恐らく久石の曲と思われ、多分ジブリ。とは言うものの私には何の曲かとんと分からない。曲調的には「魔女の宅急便」かと思ったのだが、全く聞いたことがない。ただこういう甘さを秘めた曲を久石+センチュリーのペアは巧みにこなす。こうして聞いていると、センチュリーはバリバリのクラシックオケでなくて、ポップスオケの方向の方があっているのかもという気もした。そういう意味では最近ドラクエコンサートに力を入れているのは正解か。

 

 

今日は京都宿泊

 コンサートを終えると京都に移動することにする。明日の最終日は京都市響の定期演奏会である。それに備えて今日は京都で宿泊する予定。

 宿泊ホテルだが京都プラザホテルを使用する。以前に一度使ったことのある駐車場付きのホテルである。駐車場はあるし大浴場も完備、近くにイオンがあって京都駅も近いということで条件は申し分ないホテルなのだが、唯一かつ致命的な問題点は、週末の宿泊料アップ幅が非常に大きいということ。京都市響などの日程的に京都宿泊は土曜日が多いのだが、そうなるともろに特別料金とぶつかって高級ホテル化したこのホテルは予算的に使用できないのである。

 そのホテルを今回使用できることになったのは、京都府民割を使用したプランが利用可能となったから。これのおかげで宿泊料に駐車場料金込みで5000円、その上に飲食などに使える京都応援クーポンが2000円付くので、実質的に宿泊3000円ということで、ようやく予算内に収まったのである。

 以前に宿泊した時には新館の部屋だったが、今回は本館。個別空調完備(これは大きい)だし、ネット速度もまずまず、難点は照明がやや暗めということ(これでシーリングライトだったら完璧)とBSが視聴できないことぐらいか。なお朝食は有料だが、ホテルHPから予約したら朝食が無料で付加してくるという特典がある。

設備的に過不足ない本館シングル

 とりあえず部屋に荷物を置くと直ちに外出する。実は京都でまだ予定がある。これから美術館を一カ所回るつもり。

 

 

「シダネルとマルタン展 最後の印象派」美術館「えき」KYOTOで11/6まで

 19世紀末から20世紀前半にかけて活躍した印象派の流れを汲む二人の画家、シダネルとマルタン。2人はお互いに親交がありながら、それぞれが独自の画風を確立した。

 共に最初は後期印象派的な点描画から始まったが、この頃からやや淡い色彩のシダネルに対して、鮮やかな色彩のマルタンと言う両者の個性は存在する。その後、19世紀末の象徴主義の影響を受けてやや幻想的な絵画となるが、その後に両者が独自の進化をする。シダネルは非常に静寂性の高い絵画へと進み。画面から人物が消え、非常に静謐な絵画へと向かっていく。そのまま落ち着いた窓辺の風景などの作品が増えたのがシダネルの特徴。

非常に落ち着いた雰囲気のあるシダネルの「ジュルブロワ、テラスの食卓」

 一方のマルタンの方はその鮮やかな色彩で人物の存在する風景などを描いていく。またマルタンの大きな仕事としては数々の公共建築の壁画を手掛けたこと。その習作なども展示されているが、非常に精緻に設計していたことが伺われる。マルタンについてシャヴァンヌは「私の後継者が現れた」と評したそうだが、公共建築などの壁画に印象派の画家が起用されることは、印象派の社会認知についても大きな影響を与えたという。なお一般的に点描の画家は大雑把な絵画が多いのだが、マルタンの点描はかなり細かくて絵画自体が精緻であるという特徴がある。

マルタンの「二番草」

さらにこれは壁画のための習作である

 一見した技法には共通項が少なからぬにも関わらず、それぞれ独自の画風を確立した印象派の流れを汲む2人の画家(共に日本での知名度は決して高いとは言えない)を扱った非常に興味深い展覧会であった。なお個人的にはこの両者の絵画には非常に好ましさを感じたのである。

 

 

夕食は茶そば

 展覧会の見学を終えると夕食を摂ることにする。しかし伊勢丹の飲食店街はいずれもバカ混みでとても入店できそうもない。結局は伊勢丹を出てから「中村藤吉本店」に入店することにするが、そこも待ち客がいる状態で、結局は30分強を待たされる羽目に。

中村藤吉本店

 ようやく入店したところで頼んだのは生茶そば(冷)のセット。ややもっちりとしたそばが美味。抹茶の風味というのが正直なところ明確には分からないのだが(私の感覚が鈍いせい)、いわゆる普通の日本そばと違うことは分かる。最初はそのまま少し頂き、次に抹茶塩を少しつけて頂くことでそばの風味が良く分かるが、やはりそばつゆをつけて頂くのが一番好み。またこのそばつゆにスダチを加えると爽やかさが立ってさらに美味。なおこのセットにはデザートの抹茶ゼリーがついており、これもなかなか美味だが、やはりゼリーよりは紀ノ善の抹茶ババロアの方が勝る。

生茶そばのセット

 抹茶そばを食べ終わったところで、追加のデザートとして抹茶のかき氷を注文する。これは白氷に抹茶のシロップをかけるタイプで、この抹茶が濃厚で実に美味。後は贅沢を言うなら、もう少しあんこが欲しいところ。

このかき氷が美味

 夕食+デザートを堪能して支払いは2900円。先ほどホテルでもらった京都応援クーポンを使用して実質900円である。まずは上々の夕食。

 とは言ったものの、実のところは私の腹は先ほどの茶そばごときで満腹になるほど上品なものではない。結局は帰りがてらにイオンに立ち寄って、高木鮮魚店で30%引きになっていた握りずしを買って帰るのである。

 

 

こうして京都の夜はマッタリと過ごす

 夕食で予定外に無駄に時間を取ってしまった。ホテルに戻ると直ちに仕事環境の構築。

仕事環境を構築する

 それが終わったところで、先ほど買い求めた寿司を出してきて、夕食パート2。寿司自体はまずまず。

30%割引の高級寿司

 夕食を終えると、とりあえず今日の原稿をある程度まとめておく。そして一息ついたところで大浴場に入浴へ。広い風呂は本当に良い。生き返るような気分である。

 入浴を終えて戻ってくるとまたも原稿執筆でこの夜は暮れていく。

 

 

この遠征の翌日の記事

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この遠征の前日の記事

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ボストン美術館所蔵の武者絵と刀剣を堪能してから、大阪フィルの名演に遭遇する。

今日はコンサート前に美術館へ

 翌朝は目覚ましをかけずに自由睡眠。眠りが浅くなってきた頃に、どこからか低周波の唸りのような奇妙な音が聞こえてきてそれで目が覚める。まあ既に目が覚めかけていた時なので寝起きは比較的良い。

 目が覚めると昨日買い込んでいた朝食を腹に入れると、シャワーで汗を流す。それからしばらくは原稿入力作業。まあ比較的作業がはかどるということは今日は体調が良い。

 昼前になってきたところで一旦外出することにする。車を出すと向かったのは兵庫県立美術館。ここで開催中のボストン美術館展を見学する予定。途中で想定外の渋滞で見込んでいたよりは時間を浪費したが、昼前には到着する。会場が混雑していることを警戒していたが(以前に刀剣展といえば腐女子が大量に押しかけて入場できなかったという悪夢を経験している)、思っていたよりは観客は少なくて普通の入りでホッとした。あの時は「刀剣乱舞」のブームが腐女子殺到の理由だったが、ブームが去ったのか、本展がことさらに刀剣乱舞などとのコラボなどをしなかったからなのかは定かではないが。

 

 

「ボストン美術館所蔵 THE HEROES 刀剣×浮世絵ー武者たちの物語」兵庫県立美術館で11/20まで

 刀剣と浮世絵を組み合わせた展覧会だが、浮世絵はいわゆる武者絵。と言うことで必然的に歌川国芳の作品が多くなり、半数以上は国芳の作品ではという印象。さらには月岡芳年の作品もという、もう私としてはそれだけでお腹いっぱいという展覧会。

 作品は扱っている年代順で展示されており、最初はいわゆる神話時代ということでスサノオ伝説などから始まるのだが、ここで国芳と芳年がいきなりそろい踏みである。なおこの時代の刀剣の特徴は、まだ日本刀出現前であり直刀であるということ。絵画でもそれは示されているが、会場にも古墳時代の無銘の直刀が展示されている。

国芳によるスサノオ

こちらは月岡芳年

この時代の刀は直刀である

 平安時代になると源頼光とか坂田金時などが登場しての酒呑童子退治などの伝説となる。この頃になると刀も進化して日本刀と言えるものが登場し、反りのある大刀となる。

歌川国芳「源頼光の四天王土蜘蛛退治之図」

月岡芳年「美談武者八景 戸隠の晴嵐 平惟茂朝臣」

酒呑童子も菱川師宣あたりだと何となくほんわかしている

それが国芳の手にかかるとこの迫力

この時代になると日本刀も太刀が登場

 

 

 源平時代には牛若丸や女武者・巴御前の活躍などのエピソードが中心となって多くの武者絵が登場することになる。この時代になるともう日本刀は完全に確立したスタイルとなっているが、この時代の刀は実用本位であり刃紋などは結構シンプルである。

国芳による義経と弁慶

国芳による義経の八艘飛び

国芳が描いた巴御前は堂々たる女武者

美人画の名手、歌川豊国による静御前

この時代には日本刀が完全に完成している

実用本位なので刃紋はシンプル

 

 

 鎌倉時代に差し掛かると、曾我兄弟の仇討ちなどのネタが中心となる。

国芳が描いた曾我兄弟の夜討ち

 以降は、室町の太平記、戦国の川中島合戦などが登場して、椿説弓張月などの物語上の人物の作品となる。なお江戸時代になると刀に装飾性が出てくるので、刃紋などの派手な刀が登場することになる。

国芳「太平記天龍川之浮橋図」

国芳が描いた信玄の本陣に斬り込む謙信

江戸時代の刀

刃紋にかなり装飾性が出る

 以上、私の好きな国芳のまるで今日の劇画を思わせるような武者絵がゾロゾロというだけで、相当に堪能できる展覧会であった。

お腹いっぱい堪能です

 

 

一旦車を置いてからホールへは地下鉄で

 展覧会を終えると大阪に戻ってくる。この後は3時からフェスティバルホールで大阪フィルの定期演奏会である。このまま車で乗り付けたら楽だが、それだと駐車場代が高い。一旦ホテルに戻って車を置いてから、地下鉄でホールに移動することにする。休日のこの時間帯だったら、地下鉄がすし詰めと言うことはないだろう。

 地下鉄は私の読み通り普通の乗車率。とりあえず地下鉄でホールに移動すると、若干遅めの昼食・・・と思ったのだが、私がイメージしていた「而今」は待ちの行列がある状態、寿司の気分でないし、キッチンジローやカレーの気分でもないしとウロウロした挙句、たまたま空きが出来た「PRONTO」に入店してミートスパを昼食にすることに。結局は麺類のイメージから抜けられなかったようだ。

フェスティバルゲート地下の「PRONTO」

SPY×FAMILYコラボ中

ミートスパを頂く

 まあスパ自体は可もなく不可もなくといったところ。とりあえず昼食を終えるとホールへ。ホールの入りは8割程度といったところか。

 

 

大阪フィルハーモニー交響楽団 第561回定期演奏会

指揮/尾高忠明
メゾ・ソプラノ/池田香織

曲目/ワーグナー:歌劇「リエンツィ」序曲
   ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集
   ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」より
       (夜明けとジークフリートのラインの旅~葬送行進曲~ブリュンヒルデの自己犠牲

 初っ端から16型という超巨大編成の大フィルが唸りを上げる。煌びやかかつ派手派手サウンド。しかしただの空騒ぎではない。とにかく尾高が躍動する。ノリノリというか、とにかく演奏のスケールが大きい。尾高のその躍動を受けてオケの方もノリノリである。

 しかも単に大音量でガンガン鳴らすだけではない。何とも音色が色っぽい。通常やや淡泊気味な大フィルのこれだけ色っぽいサウンドは初めて・・・いや、正確に言うと一度だけ聴いたことがある。デュトワが振った時のあのサウンドである。あの時のデュトワが引き出した大フィルサウンドを今回は尾高が見事に引き出していることに驚いた。

 二曲目は一転して6型という室内楽編成に再編成したオケをバックに、池田がワーグナーの歌曲集。ワーグナーにあまり詳しくない私にはこの曲は初めてなのであるが、ワーグナーといった場合に一般的にイメージする派手派手コテコテの曲ではなく、もっとシンプルな可愛らしくて美しいイメージのある曲である。こうして聞くとどことなくマーラーの歌曲集を連想させることがある。というところで、マーラーってワーグナーの影響を受けてたんだなという逆発見なんかをしたりした。

 音楽自体はワーグナーにしてはシンプルに感じられる曲を、池田が安定した抜群の表現力で聞かせる。これは流石に日本のメゾソプラノ第一人者。安定感に加えて懐の深さを感じさせる。

 後半はワーグナーの指輪の後半からの選抜。最初はオケセクションで始まり、最後に池田が加わっての大クライマックス。とにかくノリまくりでありながら、奥行きの深い演奏でワーグナーの世界を遺憾なく表現してくる。そもそも池田はびわ湖ホールオペラでもブリュンヒルデを演じた経験があり、この役はまさに自家薬籠中の物とも言える。その存在感はまさにブリュンヒルデその人そのものと言えるぐらい。

 そしてそのブリュンヒルデの圧倒的存在感を残しながら、音楽は華麗かつ荘厳に終える。池田の圧倒的表現力は見事の一言だが、さらに大編成大阪フィルの力を完全に引き出した尾高に圧倒された。どうも私はこの尾高という指揮者をまだまだ見くびっていたようである。

 思わず「これだから老人というものは侮れない」という言葉が出てしまった。池田がこのぐらいやるのは当たり前とも言えるが、今回の尾高と大フィルのパフォーマンスは全く私の予想外だった。これだからライブは分からないし面白い。

 

 

夕食に出向いた新世界はバカ混みだった

 とりあえず大満足でコンサートを終えると地下鉄でホテルに戻る。部屋でしばしくつろいでから大浴場に体を温めに行くと夕食のために出かけることにする。

 ジャンジャン横丁をウロウロするが、八重勝やてんぐには大行列が出来ている。三連休効果か明らかに先週の金曜日の人出とは根本的に人数が違う。当然のようにだるまも大行列、それどころか聞いたこともないような串カツや、とにかく評判が良くなくて地雷と呼ばれているような店にまで行列が。その中でこの人だかりが戻ってくるまで持ちこたえることができなかったづぼらやが悲しい姿をさらしている。

八重勝とてんぐの前はこの状態

だるまの前もこの様子

店を閉めたづぼらやがひたすら悲しい

 そもそも最初から今日は串カツのつもりはなかったが、この時点で完全に選択肢から消える。さらに寿司の気分でもないし、そもそも寿司屋も一杯である。こうなると表通りの店は不可能だから、必然的に裏通りのひっそりした店を・・・と思った時点でもう選択肢は一つに絞られる。私が立ち寄ったのは「グリル梵」。私の目論見通り店内には空席があるので問題なく入店できる。久しぶりに「ビフカツ」にライスをつけて頂くことにする。

裏通りにひっそりと佇む「グリル梵」」

 例によっての正しい関西のカツである。厚手の肉を使っているが、火の通り具合が実に見事である。デミグラスソースのバランスも良い。久しぶりに正しい関西のカツ(関西では単にカツと言えばビフカツのことを指す)を堪能したのである。

これぞ正しい関西のカツ

火の通りも見事

 夕食を終えて戻ってくると原稿執筆したり、ゴロンとベッドに横たわりながらネットをしたりなどで時間をつぶす。

 そうこうウダウダしている内に眠気が強くこみあげてくるので、結局ろくに作業できていないが就寝することにする。

 

 

この遠征の翌日の記事

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この遠征の前日の記事

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大阪で太郎芸術とフェルメールの話題作に触れてから、関西フィルの公演でデュメイの名演奏を鑑賞

いざ、大阪へ

 さて今週であるが、実は職場が工事停電のために私は年有休暇中である。何しろ停電になると一切の仕事ができないどころか空調も停止するので熱中症確実ということで、関係者以外は全員「休め」というお達しである。そういうわけで私は秋休み中。実はこの際に平日休暇を利用してどこか温泉でもと思っていたのだが、コロナの再蔓延の状況下でその計画は中止となり、辛うじて月曜日に読響のコンサートに出かけただけという次第。

 で、この週末だが、金曜日は夕方から関西フィルのコンサートがあることから、その前に平日を活かして今まで訪問できていなかった展覧会を一気に回る計画を立てた。いずれも先月ぐらいから開催されているが、その後のコロナの大流行で訪問できていなかったものである。いずれも結構混むことが予測されるイベントだけに、なるべく混雑を避けて平日に持ってきたという次第。

 金曜日は朝から車を出してまずは神戸に向かう。しかし朝の渋滞に加えて事故渋滞があった模様で、途中から車がほとんど動かなくなって無駄に時間を浪費する羽目に。美術館の時間帯指定チケットを取得していたのだが、結局はその予定時間よりも1時間近く遅刻する羽目になってしまう。現地は平日にも関わらず結構混雑している。テレビで宣伝も結構していたし、その影響か。

館内は結構な混雑でチケット売り場前に行列

 

 

「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」神戸市立博物館で9/25まで

久しぶりの神戸市立博物館

 エディンバラに存在するスコットランド国立美術館の収蔵品からルネサンス期から近代に至る名品を展示する。

 会場冒頭にいきなり登場するのはアメリカ側から見たナイアガラの滝を描いた壮大な絵画。作者のチャーチについては私は全く知らないが、雰囲気の良い絵画である。

 最初のルネサンス期についてはヴェロッキオとかパルミジャーノなどといった一応は聞いたことのある画家の宗教画が登場。この辺りの作品はいずれも絵画にパターンがあるので、初めて見た絵画でも「なんかどこかで見たことがある気がする」と感じるのが特徴。画家による個性も比較的乏しい。

 次がバロックになるが、ここで有名な画家はベラスケス。「卵を料理する老婆」が展示されているが、この作品は明らかにどこで見た記憶のある作品。ルネサンス期よりはいくらか自由度は増すが、まだまだカッチリと書いた古い絵という印象のある作品群である。

 階を移ると「グランド・ツアーの時代」となり、ここら辺りからやや自由度の上がった楽しい作品となる。最初に登場するのはブーシェによる可憐な「田舎の風景」の三部作である。ブーシェらしいいかにも優美な絵であるが、どことなくわざとらしさも感じられるのは相変わらず。画題が宗教から離れるので、親しみやすさを感じさせるのがこのコーナーの絵画の特徴である。

本展の表題作ともなっていたレノルズの「ウォルドグレイブ家の貴婦人たち」

 次のコーナーは「19世紀の開拓者たち」と銘打って、比較的一般にも馴染みのある絵画が登場する。最初に登場するのがラファエロ前派の可憐で優美で繊細なジョン・エヴァレット・ミレイによる「古来比類なき甘美な瞳」。引き寄せられるような美しさを感じさせるのは彼の作品らしいところ。私の見たところ、本作が本展の白眉。これ以降はコローの絵画やシスレー、スーラなどといった印象派系の絵画も登場。ここまで筆の跡を消した緻密な絵画を見てきた目には、荒々しい筆跡の見える絵画は「かなり変化したな」と感じさせ、当時の保守的な人々が「未完成の絵画」と酷評した気持ちが図らずも理解できるということになる(実際に先のコーナーに登場した未完成の展示品に近い雰囲気がある)。最後にはルノワールの小品も登場して終わりである。

本展の白眉、ミレイの「古来比類無き甘美な瞳」

 展示品が全体的に古典に偏っているので、そちらに興味のある向きには興味深い展覧会である。私の場合はあのミレイの作品だけで入場料の元は取ったと感じているのだが。

 

 

大阪に急いで移動すると、昼食をかき込んで中之島美術館へ

 最初から1時間近く予定が狂ってしまったので、それが全体に悪影響を与えている。当初プランではこの後に神戸でもう一カ所目論んでいたのだが、それは予定変更して大阪に直行することにする。次の展覧会は中之島美術館での「岡本太郎展」だが、それも時間帯指定チケット確保済みである。その時間に間に合うように車をすっ飛ばすと、確保しておいた駐車場に車を放り込む。

 入場時刻まで20分ほどあったので、その間に美術館手前の「中之島食堂」(各地にあるその地域の名を取った○○食堂というあの定食屋である)に入店して、日替わり定食を頼む。

あちこちの町に様々な名前であるあの食堂

 日替わり定食はエビフライとクリームコロッケ。まあ可もなく不可もなくというところか。典型的なサラリーマンの仕事ランチとも言える。

典型的なサラリーマンの仕事ランチ

 腹が膨れたところで美術館へ。ちょうど入館時刻である。例によってのやたらに長いエスカレーターで上にあがることになる。

美術館の巨大な建物に

 

 

「岡本太郎展」中之島美術館で10/2まで

 「芸術は爆発だ」の岡本太郎の大規模な回顧展である。最初は戦前の活動についてだが、この辺りは白黒写真しか残っていないようだ。その後、彼も戦争に駆り出されて軍隊用のつまらない肖像画などを描かされる。

最初の渡欧時代の作品は戦火で消失したという

1936年の「痛ましき腕」

従軍時代に描いた「眠る兵士」

 本格的に爆発するのは戦後になってから。かなり強烈な色彩が爆発する彼の画風はこの時点で確立しており、その後も進化は続けるものの、基本はあまり変わっていないことを感じる。

1947年の「夜」

1949年の「重工業」

1950年の「森の掟」

 その後、太郎は絵画だけでなく立体造形などの分野にもその芸術表現の幅を広げていく。ここで登場するのが有名な太陽の塔などであるが、そこに到るまでも無数の立体作品を手がけている。

太郎の立体造形

商業作品も含めて様々

そして太陽の塔

1985年の「こどもの樹」

 そして大作「明日の神話」なども登場し、最晩年の「雷神」に到るまで太郎芸術はそのパワーを衰えさせることなく突っ走ったようである。なかなかに圧巻ではあった。

大作「明日の神話」

強烈な作品の数々

最晩年の「雷神(未完)」

 なかなかにパワー溢れる展覧会だったが、笑ったのは看板にもなっている太陽の塔(それにしてもこういうスタイルが妙に似合うのがこの作品)に一階に展示されていた謎の「タローマン」。こういうネタにしやすいところも太郎芸術の特徴。なお海洋堂のフィギュアセットも物販コーナーで売り出されていたが、さすがに1セット5000円以上の高級品にはシャレで手を出せるほどに金持ちではないので断念。

妙にくつろいだ太陽の塔

そして謎のタローマン

 

 

大阪市立美術館は大変なことに

 展覧会を一回りしたところで2時ごろ、今日の最後の美術展に向かうことにする。次は大阪市立美術館で開催中の「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」である。会期の点、さらに「フェルメール」というキャッチーな表題を掲げている点などから、間違いなく今日訪問した展覧会の中では一番の混雑が予想される。本当ならここを一番最初に訪問したかったところだが、ルートの関係で最後にせざるをえなかった。ただ恐らくこの週末あたりだと死ぬほど混雑することが予測できることから、何が何でも平日訪問にしようと思っていた。チケットについては平日券(時間帯指定なし)を事前に購入している。

 天王寺公園の地下駐車場に車を入れると美術館へ。美術館前にやってくると館外にまで当日券購入の行列が続いている。それを横目に見ながら入口へ。事前にチケットを購入していた判断の正しさを感じた次第。なお現地では「今からでもwebチケットをHPから購入いただいた方が早いです」と係員がアナウンスしていたのだが、残念ながら平日昼間の客といえば高齢者が多いので、そういうのに対応できない模様。

到着した大阪市立美術館は大変なことに

 そう言えば以前に見た「ガイアの夜明け」で、若手社員が企画した現地野菜の無人販売事業において、当初は現金の盗難の危険も考えて販売をすべてQRコード払いにしたところ、ほとんど客にスルーされてしまって売り上げはほぼ0になってしまったという事例が紹介されていた。頭を抱えた彼が「現金払いをしたい」という客からの要望もあったことで急遽現金投入箱を設置したところ、急に売り上げが増加、売り上げの95%以上は現金客だったという。事業を企画した若手社員にとっては「QR払いは簡単だし手軽で今どき普通」という感覚だったようだが、どっこい一般客、ましてや産直野菜に興味を示す層にはそうではなかったらしい。

 若者がそう思った感覚も、一般客にハードルが高い感覚も私は両方が理解できる。というのも、私もQR払いを使用するが、正直なところ手軽とも簡単とも思わずむしろ面倒くさいと感じるからだ。事前の申し込みもややこしければその都度アプリを操作するのも面倒。私も今から20年たったら、その時代の最新のシステムに対応できるか自信がない。高齢者がQRチケットに対応できないのも仕方のないところであろう。

 とりあえず大行列を横目にさっさと入場する。

 

 

「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」大阪市立美術館で9/25まで

 今まで同じタイトルの展覧会に何度か行った記憶があるのであるが、この手の展覧会の内容は端的に表現してしまえば「フェルメールとその他大勢展」である。現存作品が35点しかないと言われているフェルメールはせいぜい展示されても数点が限界(今まで国内での展覧会では5点ぐらいが展示されれば「前代未聞、史上空前規模の展示」と言われるのが普通)であることを考えると、本展も修復がなった「手紙を読む女」一点のみ。ただし今回は4年をかけた修復の過程で、背後の壁にキューピッドの絵画が描かれていることが分かり、それを初登場というのが話題である。

 序盤は「その他大勢」の絵画がズラリと並ぶのだが、17世紀オランダ絵画の特徴としてとにかく精緻な絵が多く、その技倆は高い。とは言うものの、本展に関してはこれと言って私に強烈なインパクトを残す絵画はなかったというのが本音。レンブラントなども展示されていたが、これもそんなに印象は強くない。すべての作品がある一定のレベルにはいっているのであるが、傑出したものはない印象。

 標題となっているフェルメールの作品が登場するのは最終コーナー。今回、4年もかけた修復の過程も映像によって紹介しているが、まず劣化した表面のニスを取り除く作業を実施したところ、これによってやや黄ばんでいた絵画の色調が鮮やかに変化した。しかしその時に背後の壁の一部が明らかに異なる色調で塗られていることが判明したのである。つまりはフェルメールが描いた時ではなく、ニスで処理されてそれもある程度劣化してからその色調に合わせて背後を塗りつぶしたことになる。そこでその塗りつぶした絵の具を丹念に除去(細工用ナイフで後から塗った絵の具を削り取るという気の遠くなるような作業である)したところ、背後にキューピッドを描いた額絵が浮かび上がってきたという次第だという。

before 壁が塗りつぶされているだけでなく、色調もやや黄色い

after 色調が鮮やかになると共に壁のキューピッドが復活した

 この塗りつぶしの意図は明らかではないが、これによって絵画全体の印象が大きく変化するのは明らかである。修復前の絵画は非常にアンバランスな背後の巨大な壁が、絵画全体に不気味なまでの静寂さを呼ぶことになっている。それに対して修復後は明らかに絵画全体の構図が安定化している。ただその分、中央の手紙を読む女性にだけ向かっていた視点が拡散することになり、印象が弱まるところもある。

 どちらが好きであるかは好みが分かれるかも知れないが、今回、初めてフェルメールが意図した通りの状態が再現されたことは非常に興味深いところである。また絵画全体の色彩が鮮やかになったことで、この絵画のオーラが一段と増したことは感じられる。

 

 

新今宮で一泊することにする

 これで今日の展覧会の予定は終了、後は夜7時からの関西フィルの定期演奏会である。一旦ホテルに入ることにする。今日宿泊するのは新今宮のホテルミカド。この辺りにある安価なホテル群の一つで、駐車場があるのが選定理由。中央オアシスと同じグループに属するホテルだが、中央オアシスの部屋風呂に対し、共同大浴場タイプでその分食泊料金は安めである。

新今宮のホテルみかど

 少し離れたところにある駐車場に車を置くと、ホテルにチェックイン。部屋は新館の5階。なおこの新館の部屋は高速インターネット回線を売りにしているのだが、その売りに反して体感的なネット速度はかなり遅い。それが難点とも言える。

シンプルな新館シングルルーム

 部屋に入るとまずは入浴。今週になってから夏が戻ってきた感覚で、歩き回りながら熱中症になりかけていたのでかなり汗をかいた。それをゆったりと流すことにする。ようやく生き返った気分。

 部屋に戻るとリモートワーク環境を構築するが、頭がまるで回らない。昨晩が早めに床についたにも関わらずなかなか寝付けずに寝付いたのは朝方という状態だったので、今日は早朝出発で完全に寝不足。この状態ではまともな文章など思いつきもしない。諦めて夕方の外出までの時間はベッドに横になって仮眠を取ることにする。

 うつらうつらと30分強まどろんだだろうか。頭は若干スッキリはしたものの、体はかなり重い。体にむち打って起き上がると、夕食とコンサートのために出かける。

 

 

夕食はいつもの串カツで

 夕食は特に思いつかなかったので、「串カツだるまジャンジャン店」に入店する。串カツを適当に十数本選んで、コーラを頼む。やや脱水気味になっていたようだからこのコーラが生き返る。

いつもの串カツだるま

 定番の串カツを中心に適当につまむ。それにしてもこの店、向こうでガキは甲高い叫びを上げているが、カウンターのすぐ横では夫婦客が大声で会話中。仕切り板などないもおなじだから、もし誰か感染者がいたら全滅しそうだということが気になるところ。

 なお定番の串カツは相変わらずの味である。若干胃にもたれる感があるのは私の現在の体調が決して良くないせいだろう。

適当に見繕って、これで大体2000円ちょっと

 夕食を終えるといずみホールまでJRで移動することにする。車で移動することも考えたが、今日一日で駐車場代をかなり使ってしまっているので、これ以上の出費はしんどい。幸いにして環状線は普通の乗車率。久しぶりのいずみホールには30分もかからずに到着する。

夜のいずみホール

器は小さめだが、響きはなかなか良いホールである

 

 

関西フィルいずみホール定期「巨匠デュメイのベートーヴェン“2”」

指揮:オーギュスタン・デュメイ(関西フィル音楽監督)
ヴァイオリン:ロレンツォ・ガット(*)

●ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61(*)
●ベートーヴェン:交響曲第2番 ニ長調 作品36

 ソリストのロレンツォ・ガットはデュメイの弟子に当たるようであるが、そのガットの堂々たる演奏っぷりが一番印象に残るのが一曲目のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。ガットの音色は非常に美麗であるのが特徴。音色の純粋な美しさに関しては、音色にややクセのある師匠のデュメイの上を行くかもしれない。そしてその演奏は極めて流麗でありながら、それでいてなかなかに力強い。響きの良いいずみホールの特性も作用して堂々とオケと渡り合えるだけのパワーを持っている。

 ガットの音色は高音域から低音域に渡って全域でなかなかに美しいが、それがいわゆる神経質な感じにならない余裕を感じさせるのは将来の大器の予感。また技術的に見ても非の打ち所のない安定感がある。おかげで最後まで息もつかせずに曲に没頭させてくれた。単に上手く弾き流すだけでなく、十分な情感を持った演奏も行っており、これは巨大な新星登場の予感を抱かせる。

 さて後半はデュメイによるベートーヴェンの交響曲第2番。若きベートーヴェンの才気溢れるこの曲を、デュメイは鮮烈で活き活きとしたリズムで表現してくる。デュメイの手にかかると関西フィルが何とも瑞々しい音色を出すものである。やや管楽器に荒々しさがないでもないが、弦のシットリとした粘りはさすがのデュメイ節。全体としては奇をてらわないむしろ正統派な演奏ではあるのだが、それが単にガチガチの面白くないものでなく、そこから生命感を引き出してくるのがデュメイのすごいところである。


 なかなかに期待以上に堪能できたコンサートであった。危険を冒して大阪まで出張ってきた元は取ったというものである。満足してホテルに戻ると、体力を使い果たしてこの日はシャワーを浴びる気力も、当然のように原稿執筆の気力も全くないまま、ベッドに倒れ込んでしまったのである。

 

 

この遠征の翌日の記事

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最終日はピカソと塔本シスコを鑑賞してから、びわ湖ホールオペラへ

朝から中華を頂いてから佐川美術館へ

 翌朝は6時半ぐらいに自動起床してしまう。疲れがあるので本当は爆睡したかったのだが、こういう時に限って逆に眠りが浅くなってしまう。昨晩は中途覚醒が数回ある状態で、寝た感覚があまりない。

 とりあえずグダグダしていても仕方ないので風呂に湯を張って体を温める。活動できるようになったところで朝食へ。朝食はホテル隣の中華料理屋「餃子 満州園」で取れるようになっている。どうやら元々はジョイフルがあったのが、最近に中華料理屋に変わったようだ。だからホテルの案内チャンネルなんかにはまだ「朝食はとなりのジョイフルで」という記載がそのまま残っている。

ホテルの敷地内に24時間営業の中華料理屋が

 朝食メニューは酢豚定食やチャーハンなどから選択式。私は酢豚定食を選択。朝からしつこいかなと思ったが、どっこいなかなか食べられる。というか結構うまい。意外だったのは豆腐とワカメと溶き卵のスープの美味さ。これは思わぬ収穫。こりゃ昨日の夕食もここでも良かったかもなんて考えが頭をよぎる。なお後で入店してきた高校生の団体はバイキングを用意してもらっていた模様。

朝の酢豚定食

 さて今日の予定だが、まずは佐川美術館に立ち寄るつもり。これがあるから美術館から近いこのホテルを取ったのである。ただ昨晩に調べていたら、現在の佐川美術館は事前予約制になっているとのことで夜になって慌てて予約を入れることになる。その結果、本来はチェックアウト時刻の10時直後が良かったのだが、早い時間帯は既に塞がっていて予約を取れたのは10時45分から。うーん、10時にチェックアウトしてから30分ぐらいどうしよう・・・。

 結局はホテルで10時ギリギリまで粘ってからチェックアウトする。佐川美術館までは10分ちょっと。現地に到着してから若干を駐車場でつぶしてから予約時間よりもまだ早かったが美術館に向かったら、30分前から入館可能とのことなのでそのまま入館。それなら時間つぶさずにダイレクトに向かえば良かった。

久しぶりの佐川美術館

 

 

「イスラエル博物館所蔵 ピカソ ー ひらめきの原点 ー」佐川美術館で9/4まで

 イスラエル博物館が所蔵するピカソ作品を、版画を中心に展示。ピカソは創作の初期から版画作品に取り組んでいたようだが、その過程で様々な技法を試している。またピカソの作風も時代と共に変化するので、その変遷をも観察することが出来る。ピカソはキュビズムを開拓したのみならず、シュルレアリスムなどにも興味を示していたようである。

 画風の変遷と共に分かるのは、モデルの変遷などから覗えるピカソの女性遍歴である。ピカソはその生涯において複数の女性の影があり、その時の愛人をモデルにして作品を量産したりしているので、モデルが変わった時は愛人が変わった時という比較的分かりやすい人物でもある。そのような女性遍歴もピカソには創作のインスピレーションになっていたようである。

 版画やドローイングなどのシンプル作品が中心で、展示数が多数であるためにピカソという作家の創作の変化について探求したいという向きには興味深いだろうと思うが、やはり展示内容が地味かつマニアックな印象を受ける。そのために例えば私のようにピカソ個人に対してはさして興味がないという者にとっては、いささか退屈さを感じてしまったというのが事実。


 ピカソを見学した後は、平山郁夫の絵画や佐藤忠良の彫刻なども見学するが、これらについては以前に数回来た時と内容が変わっていない。別館での樂吉左衞門の茶碗などはまあ面白くはあるのだが、いささか過剰装飾で重たさを感じてしまう。私個人としてはもう少し軽やかさを感じる茶碗の方が好みである。

 佐川美術館の見学を終えると移動。今日の予定はびわ湖中ホールで14時から開催される「ファルスタッフ」。ただまだギリギリ時間がありそうなので、ホールに直行する前にもう一箇所立ち寄る。

 

 

「塔本シスコ展 シスコ・パラダイス」滋賀県立美術館で9/4まで

滋賀県立美術館

 日本のグランマ・モーゼスこと熊本出身の画家・塔本シスコの回顧展。

 彼女が日本のグランマ・モーゼスと言われるのは、まず絵画の専門教育を受けずに50才を過ぎてから絵を描き始めたこと。またその作風も身近な風景などをカラフルな色彩で描き、決してその作品自体は技巧的には感じられないという辺りもグランマ・モーゼスに通じるところがある。

初期の作品

色彩が爆発している

上下が不明な絵

 

 

 とにかく目につくのその強烈な爆発するような色彩である。絵画技術としては稚拙にさえ感じられるのだが、天性と思えるその色彩感覚には圧倒されるところで、一度見たら忘れないぐらいのインパクトがある。技巧的ではないにも関わらず、描き込みの緻密さというのもグランマ・モーゼスと共通するところ。

圧倒的なインパクトである

思い出の風景など

過去に体験した忘れられない風景だとか

 大型の画面を用いて、時にはカンバスを回転させながら描くというその作品は、方向が不明な時空を越えたようなおかしな感覚を抱かせるものもある。

強烈な色彩

身近な人々を描いた作品も

晩年の作品群

 90才を過ぎるまで作品を描き続けたとのことで、最晩年の作品は認知症も入ってきたとのことで、さらに奇妙さが増してくるのだが、それがまた味になってしまうという希有な作品。とにかく強烈なインパクトで押しまくられたのである。

これが90才での作品だそうな

 

 

昼食はホールで摂ることに

 これで美術館の予定は終了なのでホールの駐車場まで突っ走る。びわ湖ホールの立体駐車場はホールの隣にあり、3階から連絡通路が接続している。

連絡通路を通ってホールへ

 なお結局何だかんだで昼食をまだ摂っていないことから、ホールに到着してから館内のレストランでビーフシチュー(1250円)を食べる。まあこういうところではCP云々なんて言うだけ野暮である。

1250円のビーフシチューセット

 

 

オペラへの招待 ヴェルディ「ファルスタッフ」

指揮:園田隆一郎
演出:田口道子
管弦楽:大阪交響楽団
青山貴(ファルスタッフ)、市川敏雅(フォード)、清水徹太郎(フェントン)、古屋彰久(カイウス)、奥本凱哉(バルドルフォ)、林隆史(ビストーラ)、山岸裕梨(アリーチェ)、熊谷綾乃(ナンネッタ)、藤居知佳子(クイックリー夫人)、坂田日生(メグ・ペイジ)

 ヴェルディ最晩年の喜劇である。ヴェルディらしい歌手がガンガン歌う展開もあるのだが、全体を通じては非常に愉快で快活な作品となっている。オペラ入門者を対象としている本公演向きの題材とも言える。

 作品が作品だけに、歌手には歌唱だけでなくコミカルな演技も求められる。その点についてはファルスタッフの青山はなかなか怪演と言えよう。クイックリー夫人の藤居、アリーチェの山岸などもなかなかに良い味を出している。びわ湖ホール声楽アンサンブルの面々は手慣れたものというような印象であり安定感がある。

 悲劇ばかりのヴェルディとは思えないような、終始一貫楽しいドタバタ騒ぎを展開する楽しい作品であり、その軽さ楽しさを前面に打ち出した公演であった。


 これでこの三連休週末の近場遠征も終了。後は車をすっ飛ばして帰宅するだけと相成ったのである。内容的には結構充実していたが、その分結構疲れたというのも本音だったりする。それとやはりコロナがすぐそこまで迫っている感が半端ないにもかかわらず、世間の完全に緩みきっている空気など、諸々危険を感じる局面も。さて、これからコロナが本格的に再爆発したら、今後の予定はどうなるやら。

 

 

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福田美術館名品展を見学してから、大友直人指揮の京都市交響楽団の定期演奏会

朝食をとるとチェックアウト

 翌朝は7時半に起床。ここの部屋の空調は集中タイプで温度設定ができないので、昼に設定したままで就寝したら夜中に寒くなって目が覚めたことも。ベッドの上になぜかこのシーズンには違和感がある毛布を置いてあったので「?」だったんだが、夜中になってその意味を理解した。結局は布団の上から毛布を羽織って再就寝する。まあ私は元々部屋の冷房をかなり効かせて夜中はほぼ死体状態で就寝しているから、毛布さえ羽織れば問題なく眠れたが、これは冷えやすい女性なんかだったら苦情出るだろうな。

 目が覚めるとまずはシャワーで体を温めようとするが、水量がイマイチのためにむしろ寒気を感じたので大浴場に体を温めに行く。

 体が温まったところで朝食のためにレストランへ。ここの朝食は定食形式。ただ問題はレストランを一人で切り盛りしてるようなので、料理が出てくるまでにかなり待たされること。私は今回は特に急いでいないので問題ないが、中にはこれから仕事に出る予定の人もいるようだから、あまりに遅いのは問題。ただ料理の内容自体は悪くはない。

定食形式の朝食

 結局のところこのホテルに一泊しての感想は、特別に良くもないが、ボロカスに言うほど悪くはないというもの。ただ宿泊料に関してはCPは高いとは言えないと思う。これが一泊5~6千円だったら全く文句はないが、実際は7~8千円ぐらい。ルートインなんかと同クラスであることを考えると、それだとややCP的にしんどいかなという印象。一番の魅力は立地であり、それを除くと取り立てての魅力もなかったりするのがツライところである。

 

 

観光客でごった返す嵐山を抜けて福田美術館へ

 9時過ぎ頃にホテルをチェックアウトすると京都に向かう。今日の予定は京都での京都市響のコンサートだが、その前に嵐山の福田美術館に立ち寄るつもり。しかし名神は事故渋滞とのことで京都手前で停止。結局はこれを切り抜けるのに無駄に時間を浪費し、嵐山に到着したのは予定よりもかなり遅れた時刻になる。

 渡月橋周辺の観光駐車場は1日1000円が相場のようだが、それでは美術館だけが目的の私の場合は全く合わないので、渡月橋からやや離れた30分200円(上限1000円)の駐車場に車を置いて移動する。

桂川の風景には心癒されるが・・・

 渡月橋周辺は観光客で賑わっている。食べ歩きのためにマスクをしていない者や、マスクをしていても顎マスクの者など、まるでコロナは過去のもののようにかなり緩み切っているのは明らかで、これは感染爆発間違いなしというのは感じる。混雑の中をなるべくほかの連中と距離を取って歩いて福田美術館へ。

福田美術館

 

 

「開館3周年記念 福美の名品展」福田美術館で10/10まで

 開館3周年を記念して、館を代表する名品に加えて、今まで公開していない近代絵画なども展示するとのこと。

 確かに今までよく展示されていた横山大観、川合玉堂、下村観山、上村松園などの定番処以外の展示も目立つ。

下村観山「海浜乃曙」

横山大観「富士図」

川合玉堂「長閑」

上村松園「長夜」

 今回は高山辰雄、杉山寧、秋野不矩、東山魁夷など、この美術館では目にした記憶のない作家の作品なども展示されており、幻想的な高山辰雄の作品や杉山寧の大作には圧倒される。

高山辰雄「若い人」

東山魁夷「朝光」

秋野不矩「テラコッタ壁画」

杉山寧「慈悲光」

 

 

 さらに二階展示室には先に京都で大規模な回顧展のあった鏑木清方(著作権の絡みか撮影禁止)などの展示もあり、小川芋銭、小野竹喬、村上華岳、入江波光、菊池契月など蒼々たる顔ぶれの作品が並ぶ。

小川芋銭「山姥」

小野竹喬「遅日」

村上華岳「雲中散華」

入江波光「緑陰」

菊池契月「初夏之庭」

 それに加えてパノラマギャラリーでは加山又造の秀品をまとめて鑑賞可。かなり見応えのある内容で堪能したのである。

加山又造「飛翔」

加山又造「月おぼろ」

 福田美術館を後にすると車を回収して京都コンサートホール方面へ。akippaで確保した駐車場に車を入れると、昼食のための店探し。近くに東洋亭があるので立ち寄ったが、大勢の客でごった返していて待ち客が大量にいる状態。とりあえず20組ほど待ちがいる状態。一応は整理券を受け取って様子を見ることに。まだ1時間は待ちがありそうだからその間に以前から気になっていた古田織部美術館を覗くことにする。

 

 

「利久と織部」古田織部美術館で12/11まで

地下にある古田織部美術館

 茶道具店の地下にある美術館である。展示室は1室のみなので展示数はしれており、入場料金500円というのはやや高めに感じないでもない。

地下の坪庭

 展示は表題の通りに利久好みの渋い茶碗と織部好みのへうげた茶碗などを展示している。こうして並べてみると、利久の愛弟子で利休をかなりリスペクトしていたはずの織部の趣味はかなり利久と異なることが良く分かる。本展展示品はあの漫画の影響でその後の織部の作品を多く目にした私からは「説明を受けるまでもなく織部だというのが分かる」というぐらい特徴的なもの。なかなかに面白い。なお茶碗のみならず、最近は茶入れなども面白いと感じ始めた自分に驚いたりもする。

 

 

東洋亭を諦めて進々堂で昼食

 ゆったりと織部を楽しんでから東洋亭に戻るが、まだほとんど待ち客が解消されていない。しばしそのまま様子をみたが、1時間近く経っても半分にも減らない回転の遅さを見て、これでは呼び出されるのは開演の2時半直前になるのがオチと判断して、整理券を返してほかの店を探すことにする。とんかつは昨日食べたし、そばも考えたが気分が洋食になってしまっていたために「進々堂」を覗いてみる。待ち客はいたが2組ほど。今は1時でそろそろ昼食客が入れ替わる頃と考えて待つことにする。予想通り10分と待たずに案内される。ここでハンバーグを注文。

進々堂

 料理が出てくるまで結構待たされるので、その間に取り放題のパンを腹に入れておく。

まずはパンを腹に入れておく

 ようやく料理が出てくる。まあハンバーグは可もなく不可もなく。付け合わせの野菜が意外に美味い。

ハンバーグ到着

 最後はアイスコーヒーを頂いて終了。ちなみにお子様舌の私にはここのコーヒーは苦味が強すぎるのでガムシロップの追加を注文。

ドリンクはアイスコーヒー

 ようやく昼食を終えたところでホールに向かう。この頃から雨がぱらつき始めている。ホール到着時には既に開場後。ホールの入りは6~7割といったところで決して大入りとは言い難い。プレトークで大友が「今日は祇園祭のせいで来訪者が少ないのでは」なんて言っていたが、実際は地味なプログラムというのが一番効いていそうである。

雨のぱらつく京都コンサートホール

 

 

京都市交響楽団第669回定期演奏会

今回は編成が大きめ

指揮:大友 直人

シベリウス:交響曲 第6番 ニ短調 作品104
ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲 第2番「ロンドン交響曲」

 シベリウスの交響曲と言えばまずは幽玄さが出てくるものだが、大友が指揮すると美しさと華麗さが表に出てくる。初っ端から京都市響の弦のアンサンブルの美しさが魅了してくる。その後も終始一貫して圧倒的に華麗で美麗であるのは、いかにも大友流というべきであろうか。

 いわゆる北欧らしいシベリウスというのとは若干タイプの異なる演奏という。しかし内容は極めて充実しているものであり、なかなかに聞かせる演奏であった。

 後半のヴォーン・ウィリアムズは私にとっては初めての曲だ。基本的に私はターナーの絵画にしてもエルガーの音楽にしても、どうも英国流のものは好みに合わないことがあって、ヴォーン・ウィリアムズの場合はそれに加えて近代音楽ということもあって、あえて聴こうとしていなかったというところがある。しかし今回聞いた限りでは、そう奇怪な音楽でもなければ分かりにくい音楽でもない。むしろロンドンの町の風景を普通に音楽にしたという印象の分かりやすい音楽である。

 その分かりやすさは、大友の明快な指揮と京都市響のメリハリの効いた演奏によるところも大きいであろう。とにかく私に「ヴォーン・ウィリアムズって、意外と面白いじゃないか」と思わせたのは事実であり、それこそが今回の演奏のすべてだった気がする。

 なかなかの名演だったと言える。昨日の尾高忠明に続いて、今回は大友直人についてもいささか認識を改めることになった。

 

 

今日の宿泊ホテルへ

 コンサートを終えてホールから出てきたときには雨は完全に止んでいた。車を回収すると今日の宿泊ホテルに向かって車を走らせる。今日の宿泊ホテルは守山アートホテル。明日の予定などを考えたうえで、祇園祭の影響で京都近郊のホテルの価格が高騰していることから選んだホテル。

京都市内は祇園祭で大混雑

 京都市中で祇園祭の混雑に引っかかって難儀するということはあったが、概ね問題なくホテルに到着する。ここのホテルは駐車場完備だが、隣の中華料理屋と共有のためか駐車場の利用率がかなり高い。

守山アートホテル

 とりあえずチェックイン。部屋はクレストいばらきと同じくやや照明が暗めなのが気になるところ。なおこのホテルは大浴場はないが、部屋の風呂がトイレとセパレートであるホテル中央オアシス形式。大浴場も温泉などなら意味があるが、そうでないなら大浴場形式にこだわる必要がないと考えて選んだホテルである。私は狭苦しい上に便器を眺めながら水深の浅いバスタブに入浴することになるユニットバスは大嫌いだが、セパレートタイプならわざわざ部屋から出ずに好きな時に入浴できるからむしろ使い勝手が良いというのは、オアシスでつくづく感じている。

部屋の照明はやや暗め

なぜか玄関脇に洗面台

風呂はセパレートタイプ

ベッドは快適

 

 

近くの回転寿司に夕食に出向くが・・・

 部屋に荷物を置いて仕事環境を構築したところで、とりあえず夕食を摂りに一旦出かけることにする。と言っても遠出する気は毛頭なく、立ち寄ったのは近くのはま寿司。しかし行ってみると大混雑である。何やら端末で予約するシステムになっていて10組以上が待っている状態。10分以上待ってみたのだが、一向に順番が回ってくる気配がない。しかしよく見ていると私の前の番号は全員テーブル席希望で私だけがカウンター希望、そして店内を見たところカウンターはガラガラである。「?」と思った私は状況を説明して店員と直接交渉する。店員は「番号順で紹介するようになっているから・・・。」とかぶつくさ言いながら私をカウンター席に案内してくれた。どうやらどこの会社が設計したのかしれないが、システム自体があまりにマヌケに過ぎるようである。またこの予約端末自身も私が操作を戸惑うぐらい使いにくい(しかも突然に「通信中」と出て操作不能になったりする)もので、来る客全員がどう使っていいのか戸惑っていた。そのために混雑整理のための端末が余計に混雑を招いている状況。あれだと店員が自分で捌いた方がむしろ効率はアップするはずである。今どきあんな使えないシステム納入をしたのはどんな会社だろうか? 我が社がIT化を推進する際にはその会社は絶対に外すべきだから、是非とも会社名を教えて欲しいところだ。

 結局ははま寿司で2000円ほど寿司をつまんでホテルに戻る。まあ特に美味くはないが、安いのは確かなので、客が押しかけるのは分からないでもない。もっともその分、コロナ感染対策もかなり怪しい(コロナチェックはほとんどなしで、防御設備も有効性が疑問な形だけのアクリル板だけ)など問題点も多々見えたので、少なくともここの店には今後私は来ないだろう。

 ホテルに戻ると浴槽に湯を張って入浴。ゆったりとくつろぐ。しっかり汗を流して体をほぐすと、原稿執筆作業。しかしこうなると疲れが急激に押し寄せてきて作業が捗らない。昨日分の原稿をまとめてブログ作成してアップしたあたりで力尽きてベッドでダウンする。結局はその後は、寝ているとも起きているともつかない状態で翌朝までグダグダすることに。

 

 

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難所の松牟礼城を見学して、宝泉寺温泉のお洒落なホテルで温泉三昧

まずは美味い朝食を堪能してから筋湯温泉を後にする

 翌朝は7時ごろに起床すると、まずは入浴して体を温める。とりあえず体温を上げないと活動もままならない。大浴場でのんびりゆったりとくつろいでから朝食に出向く。

和食の朝食

 朝食はお約束のような和食であるが、焼きシイタケがあるのがご当地っぽいか。肉厚のシイタケがなかなかに美味い。これは日頃シイタケはほとんど食べない私が言うのだから間違いない。野菜嫌い、魚嫌いなど人によって好き嫌いはよくあるが、往々にしてその原因は「本物を食べたことがない」ということにある場合が多い。ご当地で本当に良いものを食べたら必然的に好き嫌いは減る。私も最初はかなり好き嫌いが多いほうだったのだが、各地に行っていろいろ食べているうちに好き嫌いが激減した。

焼きシイタケがご当地らしい

 朝食を堪能するとチェックアウト時刻の10時まで部屋でグダグダしてからチェックアウトする。こういうギリギリまでホテルでグダグダするのは、今回の遠征が無目的ノープランであることが大きいが、実のところ朝一番から活動する気力及び体力がなくなったというのもある。これが30代くらいのころなら、まさに寸暇も惜しんで早朝出発というのが常だった。時にはホテルに頼んで早朝の6時にチェックアウトさせてもらったこともある。あの頃はホテルといえば本当に寝るだけだったから、ビジネスホテル以外の選択肢なんてなかったが。また日本各地も刺激に満ちており、各地に未訪問の山城、美術館、名所などがあった。年を取るというのはそういうフロンティアが無くなることも意味している。

 

 

九州芸術の杜に立ち寄ることにする

 さてチェックアウトしたものの、細かい計画は全く立てていない。とりあえず思いつくのは、この近くに九州芸術の杜なる美術館があったはずという情報。俳優である榎本孝明氏の美術館を始めとして数人の作家の作品を集めた別荘美術館というようなものらしい。まあこの手のリゾート美術館には大したことのないところが多いのだが、何も予定がないよりはマシだろうと向かうことにする。

 現地にはすぐに到着する。入場料金を払って入場すると、一番手前にあるいかにも別荘風の榎本孝明美術館。俳優として有名な榎本氏だが、どうやら絵画の趣味があるのか、各地を訪れた際にスケッチなどを多数描いているようである。そのようなスケッチを展示してある。正直なところ自ら絵画を描かない私にはその技量のほどは判断できないのだが(何しろ私の画力は「鬼灯の冷徹」に登場した白澤とタイマン張れるレベル)、変に技巧的でなくて非常に素直なタッチであるのが好感を持てる。

榎木孝明美術館

 隣にあるのが小路和伸氏の美術館だが、アクリル絵の具の鮮やかな色彩で描いたやけに空に固執している風景画が特徴であり、かつなかなかに魅力的である。非常にイラスト的なので一般受けもしやすい作風。なお向かいにかなり爆発した建物が建造中であるが、それは小路氏が自ら建造中(まさに自分自身でセメント練って建てているらしい)というアトリエで、完成まであと数年かかる見込みとか。

小路和伸美術館

この爆発している建物は建設中のアトリエ

 これ以外にも洋画家工藤和男氏の美術館がある。彼の作品は濃厚な色彩で描いた漁港の人々の姿などのインパクトの強い作品が多い。

工藤和男美術館

 実に端正な日本画を描く後藤純男氏のリトグラフを展示した美術館などもありここは展示作の販売も行っている模様。

後藤純男リトグラフ館

 笑えたのは城本敏由樹氏の美術館。非常に力強い赤富士などのインパクトが強烈な作品を展示してあるのだが、その合間に「私は絵が下手だからこんな作品でごまかしてるのではありません」と言わんばかりに写実的な鯛の絵などが同時に展示してあること。なんちゃって自称アーティストの中に本当にまともな絵を描けないのがいるから・・・。ちなみに私は彼の強烈な作品には結構好感を持った。

城本敏由樹美術館

 なんだかんだで各美術館を散策しながら回っていたら1時間ちょっとぐらいを費やした。正直なところ全く期待していなかったのであるが、案に反してなかなかに面白かった。これは上々。

 

 

松牟礼城を見学することに

 九州芸術の杜の見学を終えたところではたと困ってしまう。今日はこの後が完全にノープランである。しかしまだ午前である。そこで今まで調査した諸々を頭の中でザッとひねくり回して、一つのプランに行き着く、松牟礼城を見学しよう。

 事前の調査によってここから東にかなり走った山中であるが、松牟礼城なる山城があることが分かっていた。ただ先人達の記録によると「車ですぐ近くまでいけるものの、その道路に難がある」とのことだった。正直、体力も運転の腕も自信のない私はパスかとも思っていたのだが、ここまでノープランになってしまうとこのぐらいしか思いつかなかった。

 松牟礼城は奥豊後グリーンロードから脇道を進んだ先にある。この奥道後グリーンロード、名前からするとハイウェイか何かのようだが、実際はグリーンロードの名の通り、森の中を突っ走るハイランドウェイである。しかも場所によっては1.8車線ぐらいになるところも。この道からさらに脇道へとなると不安が過ぎる

グリーンロードに脇道がある

 10分程度でその横道の入口にさしかかる。あまり目立たないが松牟礼城の案内看板も立っている。とりあえず入口は侵入に不安を感じさせるような雰囲気はない。しかしいざ進み始めると100メートルほどですぐにすれ違い困難な道幅に突入する。こうなると対向車が来ないことをひたすら祈るのみである。

分かりにくいが案内看板あり

最初はそれほどひどい道でもない

しかしすぐに道幅は狭まる

 

 

道路はついに未舗装道路に

 しかもこの道路はこれで終わらない。ついには途中で舗装が終わってしまい、その後は未舗装道路。草がぼうぼうに茂る道を車の底を草でザワザワ言わせながら走るしかなくなる。私は「傷へこみ上等」の山城アタック用ノートを持参していたので突っ込んだが、レンタカーで来ていたら引き返さざるを得なかったろう。また大型車、車高の低い車(まさかシャコタンで山城攻める馬鹿はいないと思うが)は断念するしかない。

そしてついに舗装がなくなる(と言うか、これが道か?)

 車の底やサイドをザワザワと草で擦るし、途中でタイヤが滑らないか不安になるような登りはあるしでエッチラオッチラとようやく車で行ける終点にさしかかる。事前情報でこの先に駐車場があるというので、その情報だけが頼りでここまで来たが(もし駐車スペースがなかったら転回不可能)、確かに車を4台ほど止められそうなスペースがある。恐らく作業用車両を駐車するためのものと思われる。なお現在ここの手前の分岐まではGoogleストリートビューで見ることができるが、この駐車スペースについては不明なので私のように不安を感じる人もいるだろうと思うので、その写真を掲載しておく。

この分岐のところまで来られる

このような十二分の駐車スペースがある

 

 

城内を進む

 車を置くと先ほどの分岐を150メートルほど進むと松牟礼城に到着である。最初はなだらかな登りで、本丸が近づいた最後の最後にそれっぽい急な登りがあるが、体力ガタガタの私でも問題なくたどり着ける(ただし息は切れ切れ、心臓バクバクとい情けなさ)のだが、通常の山城マニアなら何の問題もなく5分程度で到着できるだろう。

この分岐を登っていく

道はこんな感じで最初はほぼ平坦

分岐があったりするが

そういうところには案内看板

こういう削平地は明らかに曲輪跡だろう

ここから少し登り

 

 

ようやく本丸到達

 急斜面を少し登って、冠木門ならぬ倒木の下をくぐれば本丸到着である。本丸にはかなり立派な石碑が立っているが、スペース自体はそう大きくない。堅固とは言っても周りからかけ離れすぎているし、やはり最後のお籠りのための城というところか。松牟礼城の詳細は知らないのだが、この辺りを治めていた大友氏配下の田北氏のお籠もりのようの城だったとか。周りに小削平地はいくらか見られたので、数百人ぐらいは籠れそうではある。まあこんな山奥まで追っかけて攻めようとするやつが本当にいるのかは不明だが・・・と思ったのだが、城主不在のおりに島津が落としたらしい。さすが島津バーサーカー軍団、見境がない。

斜面を回り込むように登る

登り切ると冠木門ならぬ倒木門が

本丸へ到着

立派な城跡碑が立っている

 下を見るとまだ尾根筋沿いに先があるような雰囲気はあったが、これ以上降りていく気もせず、ここで引き返すことにする。コアな山城ファンならいろいろと遺構を見つけ出すのかもしれないが、私のレベルでは石碑が立っている主郭が一つで、その周辺に曲輪の可能性のありそうな箇所がチラホラという程度の感覚である。

回りはかなり切り立っている

尾根筋沿いに何やら構造がありそうな雰囲気はあるが・・・


 正直なところあの道だと「こんなところに長居は無用」という感覚の方が強い。空模様も今日はずっと朝から怪しいし(おかげで灼熱地獄にさらされずに済んだのだが)。というわけでスゴスゴと撤退。グリーンロードに出てきたらホッとしたのである。ああ、あの道から出てきたら、このグリーンロードもハイウェイに見える(笑)。

 

 

長湯温泉のかじか庵で昼食と入浴

 さてもう昼時を過ぎているし、先ほどのあの程度の移動でも汗をかいた(正直なところ、悪路走行の冷や汗の方が多い気もするが)。どこかで昼食を摂るついで一汗流したい。と思ったところでこの近くで思いつくのは長湯温泉である。以前の九州遠征でかじか庵に宿泊したが、あそこはレストランも経営していて、実際に朝食が美味かったのを覚えている。泉質抜群の温泉もあるし、そこに立ち寄ることにする。

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 長湯温泉へはグリーンロードから10分程度である。1年半ぶりにかじか庵を訪問する。まずはレストランの「食事処せり川」の方に入店すると、川魚づくしという「せり川御膳(2200円)」を注文する。

かじか庵に到着

 エノハの塩焼きにうなぎ、さらに鯉の洗いまでついていて川魚のフルコースである。エノハを頭からバリバリ頂くが、やはり川魚は美味い。そして鯉の洗い。これは私の大好物。もう涙が出そうなほどに美味い。やはり川魚は海の魚より野性味があって味が濃いのが何よりも魅力である。川魚フルコースを堪能して、満足度の極めて高い昼食を摂ったのである。思わず「ああ、生き返る」という言葉が出る。

鯉の洗いにエノハの塩焼き

さらにうなぎまで

 昼食の後はかじか庵の浴場「湯処ゆの花」で入浴することにする。ここの浴場はマグネシウム・ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩泉ということで、いわゆる炭酸泉であるが、41度のお湯を無加水・無加熱・無消毒・無循環で純粋なる源泉かけ流しを行っている。湧出温度が若干低めなのでぬるま湯の雰囲気だが、ジッと浸かっていると炭酸の効果で体がポカポカしてくる。以前の訪問時は11月だったので若干の肌寒さもあったが、今のシーズンならまさに最適である。ラムネ温泉のようなこれ見よがしの派手な泡着きはないが、湯が体に優しくまとわりついてくる感じで、通常は烏の行水で5分と入浴することのない私が、いつまでも入浴していられる。以前の訪問時に泉質の非常な良さに感心したのだが、その泉質はそのままであった。また湯の表面一面に浮いている湯の華も。

 美術品で心を癒し、山城を一つ攻略して体を動かし、そして地場の美味い飯を食い、さらに良い湯でたっぷりと体をほぐす。まさに極楽至極、「男はこうありたいね」と一昔前のアメックスのCM(今のご時世だと内容的にアウトだろう)のようなことを呟きつつ、非常に満足の高い一日を送ることができた。後は今日の宿泊ホテルを目指すだけである。

 

 

宝泉寺温泉で宿泊

 今日宿泊する予定のホテルは宝泉寺温泉の「はんなりおやど龍泉閣」。宝泉寺温泉はちょうど筋湯温泉のさらに西なので、ここまで走行した道を戻る形になる。山道を走行すること1時間ほど、ようやく宝泉寺温泉に到着。宝泉寺温泉の温泉街はかなり鄙びた雰囲気が漂っており、秘湯から秘湯に移動したという感じである。

宝泉寺温泉は川沿い

龍泉閣

 龍泉閣にチェックイン。ホテルは綺麗で女性も喜びそうな洒落た雰囲気。そこに宿泊するむさいオッサン(もう既に爺さんか?)一名。コロナ感染防止のために部屋に荷物を運ぶのは止めているとのことだが、感染防止よりも人件費削減ではないかという気も。

ロビーには洒落たカフェが

 部屋は広くてきれい。布団は既に敷いてあるというのは今どきの省力化。だが私はこの方が早めから布団の上でゴロゴロできるので好み。

部屋は広くて綺麗

窓からの風景

 部屋に入るとまずは仕事環境構築。昨日のホテルと違って大きな座卓があるので作業スペースに困らない。意外と機能性が高いのが日本間である。今どきのホテルらしくWi-Fi完備なのでネット接続もスムーズに。と、ここまで来たところで一つ困ったことに気付く。今日はひたすら山の中を走り続けていたので、ライフライン(ミネラル麦茶の意)の補給が全くできていないのだ。とりあえずまだ日が高いうちに買い出しに行くことにする。

仕事環境もスムーズに構築

 ネットで調べたら近くにスーパーファミリーマートなる怪しい食料品店(ファミリーマートなのに営業時間は7時までのようだ)があるので覗いてみるが、日曜のせいか、廃業したのかは定かではないが閉まっているので、さらに先に足を延ばすことになる。結局は九重IC向こうのローソンまで20分近く走行する羽目に。コンビニがない、これは僻地あるあるである。

 

 

とりあえず入浴である

 取りあえずライフラインを補給すると大浴場へ直行する。ここの泉質はナトリウム・塩化物系の弱アルカリ単純泉であり、そう強い浴感はない。ただホテルはメタケイ酸も多いので美肌に良いということを謳っている(やはり女性がターゲットの模様)。クセのない柔らかい湯なのでゆったりと浸かっていられる。湯上りにはナトリウム・塩化物泉の常としてやや体のべたつきを感じる。

男性大浴場

内風呂の奥には小さな露天が

 入浴を済ませるとしばし執筆作業。この宿の資料を調べていると打たせ露天風呂があり、男性は19時までとの記載がある。時間を見ればちょうど18時、慌てて入浴に行く。

庭園露天風呂とあり、屋外である

 打たせ露天とは庭園風呂と銘打ってあるだけあってまさに野外風呂。そこにお湯が降ってきているので、それを滝修行よろしく体に当てるとコリがほぐれるという趣向か。まあそれは良いんだが、正真正銘の野外風呂だけにとにかく浮遊しているゴミが多い。特に虫の死骸が大量に浮かんでいる虫風呂になっている。私は露天とはこういうものと思っているから驚かないが、これは女性は文句言いそう。

打たせ露天

 露天から戻ってきてしばし執筆作業を続けていたら夕食の時間が来るので大広間へ向かう。

 

 

夕食は綺麗し美味い

 夕食は大広間で。内容はお約束の懐石料理だが、盛り付けに美しさがあるのがこのホテルらしい。

盛りつけからして美しい

寿司に鍋に小鉢など

メインは豊後牛の焼肉

 山の中で刺身などという謎メニューもあったりするが、メインの豊後牛の鉄板焼きが非常に美味い。柔らかい牛肉が絶妙。なおこの鉄板、実は鍬になっているというところが凝っている。

この焼肉が最高

 最後は鍋を楽しんでからデザートのゆずシャーベットを頂いて終了。非常に満足のいく夕食であった。

豚肉の鍋を頂くと

最後は柚子シャーベット

 

 

最後は貸切風呂でマッタリ

 この後は部屋に戻ってしばしの執筆作業ののちに、貸切風呂の方に出向くことにする。こちらは離れにある家族風呂。まあ大浴場も常にほぼ貸切に近い状態なのであえて貸切風呂を使用する理由もないのだが、やはりあるものは体験しておこうという貧民根性。よい湯を独占してゆったりと楽しむ。

貸切風呂で湯を独占

 思い切りくつろいだらもう何か作業する気力など吹き飛んでしまった。結局は敷いてある布団の上でゴロゴロしてそのうちに眠ってしまう。

 

 

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二階堂美術館で名画を鑑賞すると、別府名物ボルシチを堪能してから筋湯温泉へ

大分上陸、まずは・・・ネカフェに籠もる(笑)

 翌朝は6時頃に目覚ましで目覚める。昨晩は疲労で爆睡していた模様なのだが、疲れが完全には取れておらずやや眠い。眠っている最中も体がずっと上下する感覚があったのでそのせいだろうか。間もなく船内に起床の合図の放送が流れると大分港が目前である。私はとりあえず昨日乗船前にコンビニで買い込んでいた朝食を腹に入れる。フェリーが完全に接岸するまで駐車場フロアには立ち入れないとのことなので、合図があるまでしばし部屋でゴロゴロしながら待つ。

 フェリーがスケジュール通りに7時20分に接岸するとゾロゾロと大移動。この船は駐車場へのエレベータが大混雑するのが難点である。船内では随所で密回避がなされているが、このエレベータだけはかなり密。

大分は気持ちの良い青空だが・・・

 早朝の大分の町に解放される。気持ちの良い青空だが、これは裏を返すと今日はまた灼熱地獄にさらされることを意味する。さて朝一番から行動開始と言いたいところだが、正直なところこの後の予定はない。そもそもこんな早くからどこも空いていない。そこで一番のダラダラプランを実行することにする。別府まで車を走らせると、快活クラブ別府店に入店する。禁煙のマットブースを確保するとそこでしばしひたすら爆睡。30代の頃と違って、朝一番から一日走り回る体力は既に今の私にはない。

 10時半頃まで爆睡してから行動を再開する。しかし外に出た途端に灼熱地獄にさらされる。車の中はサウナ状態で、朝はまだヒンヤリしていた凍結ミネラル麦茶が、完全にぬる茶になってしまっており、ダッシュボード上に放置していたタブレットは加熱のせいでスイッチさえ入らない状態に。この暑さではなおのこと行動は制限されそうである。

 一応別府のプランで考えてあるのは、日出にある二階堂美術館の訪問。焼酎で有名な二階堂酒造がコレクションを公開している美術館である。日出には今まで数回行っているが、どうもこの美術館のことは失念していたので、今回は初めての訪問である。

 

 

二階堂美術館

二階堂美術館

 日本画の掛け軸を中心に収蔵している美術館だが、コレクションについては横山大観を初めとして、川合玉堂、下村観山、菱田春草、幸野楳嶺、村上華岳、橋本雅邦に冨田渓仙に小川芋銭など非常に多彩かつ蒼々たる作品が並んでいてレベルが高い。

横山大観「海邊」

菱田春草「雪後」

橋本雅邦「臨済一喝図」

冨田渓仙「隠者」

川合玉堂「長閑」

村上華岳「天人図」

 二階展示室には横山大観の特集がされており、いわゆる朦朧体の時期からそれ以降の作品までこれまた多彩な展示である。

横山大観「月、四題」より

横山大観「瀧」

横山大観「観音」

 正直なところ予想以上の秀品にかなり堪能した。企業収蔵品でここまでのコレクションとは驚いた次第。これは全く予想外だった。

 

 

別府名物(個人認定)ボルシチを昼食に

 美術品で心を満たすと、今度は腹を満たすことにする。別府に舞い戻ると昼食はこれは最初から予定していた「馬家溝」へ。別府名物(私の個人的認定)ボルシチを食べにである。ある意味では、これは今回の全く何の目的もない遠征の中の唯一の目的とも言える。

 馬家溝にはちょうど営業開始時刻の12時に到着。私が最初の客のようで貸し切り状態である。いつもは満席の印象のあったこの店だが、しばらくしてやって来たのは2組。何かあったのか? と勘繰りたくなったが、やっぱりこの灼熱地獄下で熱々のボルシチという発想は、流石にかまど地獄に入りに行くようなものなので、別府の人でもあまり考えないか。

 しかし最初からボルシチ目当ての私は迷わず「ボルシチ(サラダ付き)」を注文。これに「自家製タンサンド」を加える。いわゆるいつものお約束である。

 最初にサラダが登場するが、これがなかなかボリューミーであるだけでなく美味い。キュウリもトマトも本来は大嫌いである私が言うのだから間違いない。

ボルシチの付け合わせのサラダ

 その後に登場するのが自家製タンサンド。やはりこの絶妙の塩味がたまらない。派手に発汗して塩分が不足している時にはちょうど良い。

絶品の自家製タンサンド

 最後がボルシチ。思わず「ああ、この酸味だよな」という言葉が出る。トマトの酸味が心地よく、さらに旨味がある。まさにこれを食べに別府まで来たのである。

絶品のボルシチ

 一渡り腹に入れたところで、デザートは「プリン」を注文する。いわゆる蒸しプリンであるが、これが意外と難しいと聞く。今回はやや舌触りが硬い感がある。

デザートはプリン

 

 

大分温泉ツアー開始

 満足して昼食を終えるとこれで別府での課題は解決である(笑)、まだ昼過ぎだが今日の宿泊ホテル目指して移動することにする。今日宿泊するのは筋湯温泉の九重悠々亭。今回の遠征はさすがに別府内をウロウロするのではあまりに芸がないので、九重高原の温泉をウロウロするつもりでいる。

 九重高原へは高速経由で、途中で別府湾SAに立ち寄って風景を観賞。下り側SAの向こうに展望台が見えるが、この灼熱地獄の中をそこまで歩いて行ったら途中で死にそうなのでやめて引き返す。日中まともに外で活動できるような状況ではない。

別府湾SAには私を遠ざけるかのような「恋人達の聖地」が

別府湾を望む

 高速を九重ICまで突っ走ると、そこを降りて山道を南に向かって走行することになる。道路はシッカリ整備されているので決して走りにくい道路ではないが、やはりアップダウンは激しいので非力なノートだとエンジンパワーを振り絞るような感じになる。

九重ICまで突っ走る

 

 

高原の茶屋で一服

 筋湯温泉が近づいてきたところで時間を見るとチェックイン時間よりも早くなりそう。そこで途中で見つけたあいのせ茶屋で冷やし甘酒を頂いて一服。優しい甘さが実に心地よい。甘酒は冷やで飲めるかどうかが本物かどうかの一つの判断基準になる。コンビニなんかで売っているような加糖したまがい物は、冷やにすると甘ったるくて胸が悪くて飲めたものでなくなる。

あいのせ茶屋

これがあまがたに渓谷とのこと

夏の甘酒は冷やで

 

 

筋湯温泉に到着

 かなり鄙びた風情の漂う湯坪温泉街を走り抜けると、一山越えて先が筋湯温泉である。こちらも湯坪温泉に負けず劣らず鄙びた風情だが、民宿が多かった湯坪温泉よりは、本業の旅館が多い印象。目的の九重悠々亭は橋で川を越えた対岸の小高い丘の上にある。規模的には多分この界隈で一番大きなホテルだろう。

九重悠々亭

 ピーク時には多くの観光客で賑わい、大勢の従業員を雇用していたのだろうと推測する。しかし今は数十室ある客室の稼働率はかなり寂しい状況で、経費節減のために従業員を最小限人数にしているようで、館内に人影自体がほとんどなくて閑散としている。大規模な浴場などを備えているのだが、客の数に比べると明らかに設備が過剰になっている。おかげで私はこの日は数回入浴したが、いずれもほぼ貸し切りに近い状態だった。コロナの直撃の影響もあるだろうが、全国における温泉旅館の衰退の波をもろに被っているのではという印象である。もっとも冬のスキーシーズンになるともっと大勢の客が来るのかもしれないので、この閑散とした雰囲気はシーズンオフだからと思いたいところである。

立派な部屋に通される

 ホテルにチェックイン手続きをすると、近くのうたせ湯の入場コインを渡すとのことなので、温泉街に外湯入浴に行く。うたせ湯は公衆浴場で日帰り入浴客が結構来ているようだ。3メートルの高さから落ちてくるうたせ湯があり、一応自称日本一とのこと。湯はアルカリ泉のヌルっとしたもので、硫黄とは違う何か独特の匂いがある。湯の質はなかなかなんだが、ただ入浴客が多くてやや落ち着かないので早々にホテルに引き上げる。なおこのうたせ湯の隣に九重の名水が湧いており、これは優しい美味い水。

共同浴場のうたせ湯

隣には名水が

 

 

ホテルで入浴することにする

 ホテルに戻ると暑さのせいか看板犬のエンジェル君はへばり気味の模様。私も少し外を歩いてきただけで疲れた。またこのホテルの前の坂がかなりキツイ。

看板犬のエンジェル君はお疲れの模様

ホテル内はエンジェル君だらけ

部屋にあったお菓子もこれ

 とりあえずホテルに戻ってきてから入浴。このホテルは一階と二階に大浴場がある。どちらもアルカリ泉であるが、一階の方はナトリウム・塩化物のアルカリ泉とのこと。最初にこちらから入浴したのだが、ややアルカリ泉のヌルっとした感触に、ナトリウム・塩化物泉のネチャッとした肌触りが加わっている。内風呂とその先に露天風呂があるのでその露天でしばし入浴。疲れてあちこち凝っている体をほぐしておく。

やけにものものしい大浴場アプローチ

 

 

 部屋に戻ると仕事環境構築だが作業用デスクがないのでせまっ苦しいうえに椅子の高さが作業に適していない。その上にマシンがやけに不安定(なぜか無線マウスを全く認識しなくなってしまったので、使い勝手の悪いパットを使用せざるを得ないのだが、それが不安定でしょっちゅう暴走する)な上に、私自身が今日の暑さに当てられていささか脱水症状気味になったのか体がグッタリとしてしまって起き上がること自体が困難。結局はベッドでゴロゴロしながら、たまにpomeraを触るという程度になってしまい、そのうちにしばし意識消失。

仕事環境を構築はしたものの・・・

 1時間ほど完全に意識を失っていた。活動再開すると今度は2階の大浴場に行ってみる。こちらも内湯に露天の構成は同じだが、露天が変わった構成になっていて、グルッと回り込んだ離れた場所にも露天が隠れているという構造。まるで探検のような趣だが、全裸でウロウロするのはいささか心細い。一応は衣服には防具の働きもあるんだななんてことを感じたりする次第。

2階の大浴場

この手の露天風呂がある

実はこの奥にもさらに露天風呂が

 こちらの浴場の湯はアルカリ泉。シットリとした湯で、一階のものよりはサッパリした肌触り。私的にはこちらの方が好みか。

 入浴して部屋に戻ってくるとしばしまたゴロゴロする。もう今日はどうしようもないようで、こういう時に無理をしてもろくな文章は書けない。この日は徹底的にゴロゴロすることに決める。

 

 

夕食を堪能

 しばらくゴロゴロしていたら夕食の時間が来たので食事処に出向く。

 夕食はいわゆるお約束の会席料理。ちなみに食前酒のようにグラスに入っているのはカボチャスープ。

夕食の会食膳

 ご飯はかまど炊き豆ごはん。これがまた美味い。

かまど炊きごはんが美味い

 焼き物は豚肉である。これがボリューミーである。

豚肉を焼く

 煮物の鉢なども出てくるが、こういう煮魚は美味い。

煮物

 なお汁物は大分名物のやせうま。もっちりしてこれがなかなか。

大分名物やせうまの汁

 で、デザートで締め。なかなか満足できる夕食であった。

デザートの抹茶ムース

 この後は寝る前にもう一度入浴してから早めに就寝する。

 

 

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日本センチュリー交響楽団定期演奏会でカーチュンと牛田の妙技に感嘆

西宮で4度目の正直ランチ

 疲れがあるので翌朝は10時近くまでゴロゴロすると起き出してまずは入浴。変温動物が活動開始のための不可欠の行動である。この風呂のためにこの高級ホテル(新今宮基準)を選んだのだから、最大限有効に活用したい。

 体が温まると外出することにする。今日の予定は夜の日本センチュリーのコンサートであるので時間はかなり余裕があるので、美術館を少し回りたい。

 しかしその前にまずは昼食である。大谷美術館に向かうついでに西宮のレストランを訪問する。訪問したのはダイニングキノシタ。実はここは以前から訪問しようと何度か訪れたのだが、たまたま臨時休業だったり、渋滞のせいでランチ時間中にたどり着けなかったり、たどり着いたものの車を止めるスペースがなくて断念したりなどで、実のところ今回が4度目の正直である。平日だし、開店直後の11時半に時間を合わせて訪問したら大丈夫だろうとの読みのあってのことである。

阪急高架下のダイニングキノシタ

 店に到着したのはドンピシャで開店準備を始めた時。私がこの日の最初の客である。ランチメニューはいろいろあるが、その中で「ハンバーグとミニ海老フライのランチコース(1480円)」を注文する。

 最初にスープ登場。カボチャのスープとのことだが、何やらカボチャ以外の味がすると思ったら海老の出汁を取っている模様。よくあるこってりタイプのカボチャスープと違い、結構サッパリした印象である。

サッパリした味わいのカボチャのスープ

 次にサラダ登場。ドレッシングが合っていてなかなかに美味い。

このサラダ、なかなか美味い

 メインのハンバーグは柔らかくて肉汁タップリのもの。ただ私の好みよりはやや柔らかすぎるのと、切ろうとしたら大量の肉汁が溢れるせいでソースが薄まるのが考え物。海老フライはミニと銘打っているにも関わらず十分なサイズでなかなかに美味い。ランチの店として人気が出るだけの実力は持っている。いつも入店できないぐらい客がやって来ていたのも納得は出来る。

メインはハンバーグにエビフライ

 昼食を終えると大谷美術館に向かうことにする。車でほんの10分ちょっとである。

 

 

「西宮で観る至高の美術 和泉市久保惣記念美術館展」西宮市大谷記念美術館で7/24まで

大谷美術館

 大谷美術館開館50周年記念及び久保惣記念美術館開館40周年記念とのことで、この機会に両館の館蔵品の交換展を実施とのこと。

 久保惣記念美術館の所蔵品から金属工芸品、中国美術、日本美術、浮世絵の4ジャンルのコレクションを展示している。金属工芸品は古代中国の青銅器など。また帯留めのコレクションが豊富であり、工芸としてなかなか面白くはある。

 中国美術はいわゆる山水画。精緻な山水画は嫌いではないのだが、正直なところ個性に乏しく、ジャンル全体ではともかくとしてここの作品の魅力はやや薄い感もある。日本美術は大判の屏風が数点だが、それよりも応挙の写生図が展示されていたのが興味深かった。

 浮世絵についてはいわゆる超有名作は国芳の「相馬の古内裏」ぐらいか。有名作と言うよりは地味な秀作を集めていた印象。比較的色鮮やかな作品が多かったのは驚いた。


 それにしても暑い。少し車を表に置いておくと灼熱地獄になってしまって、エアコンを全開してもなかなか冷えない。車の中はちょっとしたサウナで、おかげで体力の消耗が激しい。実は当初予定では後2カ所ぐらい美術館を回ることを考えていたが、このままだと途中で体力が尽きて倒れそうである。そこまで行かなかったしても、ボーッとして鑑賞に身が入りそうにない。これはさっさと諦めてホテルに引き返すことにする。なおこの日が記録的な真夏日で、各地で熱中症が大量に発生していたのを知ったのは、ホテルに戻ってテレビをつけてからである。

 

 

灼熱の中、夕食を摂りに新世界へ

 ホテルに引き返すとベッドでグッタリしてしまう。昨晩やや睡眠不足の上に、先程の灼熱地獄巡りの中でどうやら熱中症寸前になっている。困ったことに体は火照っているのに汗が全く出ない。明らかに熱中症の症状である。しばらくそのままベッドの上でグロッキーで1時間ほど寝るとも寝ないともつかない状態で送ることに。

 4時頃になるとそろそろ夕食も気になってくるので出かけることにするが、身体の異常な怠さとボンヤリする頭は相変わらず。そこで夕食よりも先に喫茶でクールダウンすることにする。見かけた「喫茶通天閣」に入店。本当は宇治金時ドーピングをしたいところだが、かき氷がメニューにないのでピーチパフェを注文する。

喫茶通天閣

 黄桃タップリのパフェは悪くはない。ただ店の選択を間違えた。この界隈には今時にも関わらず喫煙OKの店が多いのだが、この店もそのようで店内が煙草の臭いで吐き気を催しそうになる。仕方ないのでパフェをさっさと掻き込むと退散する。

パフェ自体は悪くはなかったのだが

 

 

夕食は軽く寿司で済ませる

 さて夕食だが、通常なら串カツってところなんだが、さすがにこの暑さにあたられたのとまだ時間が早めであることで食欲は皆無。そこで軽く腹に入れておこうと「大興寿司」を訪問、寿司を数皿つまむことにする。

ジャンジャン横町の大興寿司

カンパチとトリ貝

マグロ

イワシ

 とりあえずの夕食を終えるとホテルに帰還。再び暑気あたりでグッタリとしてしまう。しばしそのまま死んだ状態で、再び生き返ったのは6時前である。

 

 

いざホールへ

 さてホールへの移動だが、車は意外に時間がかかる上にこの時間は渋滞もある。さらには駐車場代も高い上に空いているかは運試し。今日の公演はチケット完売とのことなので、駐車場確保に不安がある。と言うわけでJR環状線で移動することにする。車内はそこそこの混雑なのでほとんど息を止めているような状態。

 久しぶりに福島駅から歩くが、「あれ?こんなに遠かったっけ」というのが正直な感想。人間堕落する時はとことん堕落するようである。昔は大阪駅から灼熱地獄の中を汗だくになりながら歩いたというのに。

ホールの前には早くも大勢の観客が

 完売と言うだけあってホール内はほぼ全席が埋まっており、さらに中央通路のところに補助席まで出来ている。大抵ガラガラだった日本センチュリーとは信じがたい光景だが、やはりソリスト人気だろうか。観客の構成をザッと見渡せば、明らかに通常のコンサートよりもいわゆるおばさま方が多い。恐らく牛田ファンと思われる。ちなみに私の目的はカーチュン・ウォン。私が期待する若手指揮者の筆頭存在が彼である。彼が指揮するとオケの音色が華麗に一変するのは今まで何度も経験しており、彼がセンチュリーをどこまでドライブするかに興味があったところ。

編成はセンチュリーにしては大きめ

 

 

日本センチュリー交響楽団 第265回定期演奏会

[指揮]カーチュン・ウォン
[ピアノ]牛田智大
[管弦楽]日本センチュリー交響楽団

ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 op.11
リムスキー=コルサコフ:交響組曲 「シェエラザード」 op.35

 ショパンのこの曲はピアノ協奏曲にしてはピアノが入るまでのオケの前奏がかなり長いのであるが、カーチュンはそこでいきなりぶちかます。極めてロマンチックで表情豊かな演奏を繰り広げるのである。日本センチュリーの演奏は、当初はアンサンブルの微妙な乱れを感じさせて不安があったのだが、それは曲が進行するにつれて解消した。非常に表情豊かな演奏を展開する。

 それを受けての牛田のピアノなのだが、ここまで背後でロマンティックにやられると大変だぞと思っていたのだが、牛田の演奏もオケに負けないだけの表情豊かでニュアンスが豊富な演奏。また上手い意味での弾き崩しなども行っている。

 私はかつて牛田の演奏を数回聞いたことがあるが、最初はまだ少年の頃である。その時にはシッカリしたテクニックには驚いたが、タッチの弱さがいささか気になったのだが、それは既に立派な青年へと成長して体力もついたであろう彼の前には当然のように解消している。ただそうなっても未だに「上手いんだが優等生的で面白くない」という印象は抱いていた。しかし今回の演奏はそのような私の思い込みを打破するものであり、「ああ、彼はこんな演奏も身につけたんだ」と感心した次第。

 ショパンのこの曲は、曲の構成自体にはやや難があることが指摘されていることから、いわゆる棒演奏だととことんまでつまらなくなる。そんな懸念を払拭するロマンティックで見事な演奏に元々牛田ファンの多い場内は大興奮であり、結局彼はアンコールを2曲演奏した。

 後半はカーチュンによるシェエラザード。場内のおばさま方の多くは今日の目的はもう終わりと言うところだろうが、私の本命はむしろこちらである。

 演奏はいきなり心の中で「おおっ」という声が出たぐらいのかなり情熱的なのもの。今日のカーチュンはいつもにも増して派手な演奏をしているなという印象を一曲目から受けていたが、まさにその通りの演奏が炸裂する。

 センチュリーの演奏もカーチュンの細かい指示に応えて整然と力強く反応する。正直なところ「センチュリーってこんな華麗な音色出してたっけ」と感心するような内容。非常にピリリと引き締まった音色を展開している。オケ内での各楽器のバランスとかまでカーチュンが計算しているのは明らかであり、細かい点でいろいろと手を加えているのが感じられた。

 カーチュンの指揮は動と静の対比が明快で、コンマスによる繊細なソロとダイナミックなオケの演奏との変化が非常に際立つ。それ故にガンガンとこちらに迫ってくるような実に印象に残る演奏である。リムスキー=コルサコフの名人芸とも言われる華麗なるオーケストレーションの世界が遺憾なく発揮されている。

 まさに圧巻の演奏であった。この曲でこちらにここまでヒシヒシと迫ってくる名演というのは、札響でのエリシュカのラストコンサート以来である。演奏終了後に思わずため息が出てしまった。牛田目的のおばさま方が中心の場内でも、演奏終了後に爆発的に盛り上がったのもさりなん。


 財務状況が悪くてもう倒産カウントダウンが入っているとか、とかく良くない噂の多いのが日本センチュリーである。最近はまさそれを反映してか、今ひとつ演奏の方も冴えない印象が多くなっていたのだが、それを吹き飛ばすような名演であった。この辺りはさすがにカーチュン・ウォンと言うべきだろうか。やはりこの男はただ者ではない。

 満足してホールを後にするとホテルに戻る。入浴で汗を流してサッパリすると、帰りに買い込んだ夜食のサラダとサンドイッチを腹に入れ、さあこれから原稿の執筆・・・と思ったのだが、昼間の熱中症のダメージなど諸々が体に積もっていて、体も重ければ頭も完全に活動を停止している。これでは埒があかないので早々と就寝してしまう。

 

 

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藤岡幸男指揮関西フィルで松村禎三のピアノ協奏曲とラフマニノフ

週末コンサート連荘のために大阪へ

 この週末は大阪方面でのコンサート連荘である。まず土曜日は関西フィルの定期公演。翌日はPACの定期演奏会で下野によるレニングラードである。

 出発は土曜日の午前中。ホールに直行しても良いところだが、一カ所だけその前に立ち寄っておくことにする。目的地はBBプラザ美術館。年中渋滞の阪神高速は例によっての日常的渋滞だが到着予定時間が大きく遅れるほどではない。生田川ICで高速を降りると、車はBBプラザの駐車場へ。

 このまま美術館へ直行と言いたいところだが、既に11時を回っているので昼食を先に済ませることにする。立ち寄ったのはここの最寄りの「洋食SAEKI」。かなり久しぶりの訪問となる。この店はいつも行列だからそれが心配だったが、私の到着時はちょうど11時の開店時刻に待ち客が全員入店した直後で行列なし。さらに幸いにもちょうどカウンター席が1つだけ空いていたのですぐに入店する。

私が店を出る時には既にこの光景

 注文は迷ったが無難に「ミックスフライランチ(1100円)」にしておく。店内はアクリル板などは立てて、換気のために入口ドアを開け放っているが、元々人気店なだけに客は多いし、客が密集している状態でのアクリル板なんてそもそも気休めにもならないので、もしコロナがいたら多分全滅だろうなということだけは少々気になる。

ミックスフライランチ

 フライはここの看板の1つである有頭海老フライにチキンカツ、クリームコロッケ、小さなミンチカツ。以前からやや塩っぱいドレッシングだけが好みからズレることを除いては概ね良好である。マニュアル通りに有頭海老をばらして頭までしっかりと頂く。こうしていたらエピの足がこんなに香ばしくて美味いというのはこの店で始めて知った。

 久しぶりの洋食ランチを終えるとBBプラザ美術館へ。

 

 

「辰野登恵子 ー身体的知覚による版表現」BBプラザ美術館で6/19まで

ビル内の美術館

 平面での抽象表現を追究した画家とのことで、展示作は大判の絵画作品である。本店では彼女が絵画を追究する上で取り入れたという版画による作品を展示している。

初期作品には具象の影もある

 最初は具象から抽象に行った画家ということで、初期のころの作品には具象の影も残っている。

この辺りになると完全に抽象だろう

 ただ彼女にとっては具象、抽象という区分は大した意味はなかったようで、版画作品などを創作しながら抽象の道を突っ走ったようである。

抽象街道を驀進し

最晩年のリトグラフ

 正直なところあまり面白いとは感じられなかったのだが、何とはなく作者が目指しているところは感じられた。

 

 

コンサート会場へと向かう

 展覧会の見学を終えると今日の目的地に向かうことにする。今日のコンサートはザ・シンフォニーホールで開催されるが、土日のこのホールでのコンサートになると困るのが車の置き場である。何しろホールの駐車場は土日になると上限金額が大幅に上昇してぼったくり駐車場になるので、それが嫌なら他で探すしかないのだがそもそもこの界隈は駐車場価格が常軌を逸して異常に高い地域である。勢い、アキッパなどに頼ることになるが、それも近くの良いところには妥当な駐車場はないと来ている。今回確保したのも、ホールから徒歩で10分以上離れた民家の軒先である。家の前に自転車を止めてあるので駐車に神経を使う。

 生憎の雨がぱらつき始める中をホールまでトボトボと。私も駐車場料金なんて考えずに「ああ、2000円ぐらい? まあそんなもんだろうね。」とホール近くの駐車場に車を止められる身分になりたいものだが、自民党の庶民貧困化政策のもろに直撃を食らっている以上、そんな境遇は遙か夢の夢。それとも市長にでもなって公用車で乗り付けるか。どうやら大阪は公務中に公用車でスパに通うのはOKらしいので。

 ホールに到着した時には開場直前。雨がぱらついているので皆、ホールの軒先でたむろしている。それにしても毎回感じるが、コンサートに来る客の服装はまちまちだ。下は私のような見るからに小汚い服装もいるが、中には完全正装の者もいたりする。またもっと遅い時間になるとハイヤーで乗り付けるいかにもの連中もいたりする。私は早々とホールに入場すると、ロビーでこの原稿をpomeraで入力している。

 

 

関西フィルハーモニー管弦楽団 第329回定期演奏会

雨のザ・シンフォニーホール

[指揮]藤岡幸夫
[ピアノ]渡邉康雄
[管弦楽]関西フィルハーモニー管弦楽団

松村禎三:ピアノ協奏曲 第1番
ラフマニノフ:交響曲 第3番 イ短調 op.44

 一曲目は日本人作家の作品の紹介に力を入れている藤岡らしい選曲。松村禎三が50年前にNHKの委託で作曲され、野島稔の独奏、岩城宏之の指揮で初演されたという。

 ピアニストは渡邉康雄。藤岡幸男が小さく見える巨漢のベテランピアニストである。何となく風貌に見覚えがと思ったら、指揮者渡邉暁雄の息子とのこと。

 さて曲の方であるが、やはり現代音楽というところで捉えどころのないところはあるのだが、旋律皆無というような尖った曲ではない。キラキラと弾かれるピアノをベースにオケが音を重ねていっているような曲。正直なところ私個人としてはあまりしっくりこない曲ではあったのだが、かといって全く面白みを感じないという曲ではなかった。

 後半はラフマニノフの交響曲。ラフマニノフはピアノ協奏曲も交響曲と同様で3番よりは2番の方がメジャーなのであるが、この曲もピアノ協奏曲と同様に2番よりは難解で分かりにくい曲である。曲自体はところどころ美しい旋律を秘めているのであるが、2番のようなそれが表面に出てくる感じがなく、常に埋没している感がある。やはり私の感想は「難しいな」というもの。

 正直なところ、2曲とも残念ながら私の好みとは違うので、理解できて感動するというところまで行かなかったのは正直なところ。ただそれでもそこに繰り広げられた関西フィルのサウンドからは、しっとりとしたものを感じられて、その辺りは先のデュメイ効果も残っているのかななどと感じた次第。

 

 

初めてのホテルに宿泊する

 コンサートを終えると車を回収して今日の宿泊ホテルへ。雨の中を駐車場までトボトボ歩く羽目になるが、やはりやや遠い。かといってまさか駐車場だけに2000円近く払う気もしない。今日の宿泊ホテルはいつもの定宿・ホテル中央オアシス・・・と言いたいところだが、今回はあえて別のホテルにしている。それはビジネスホテルみかど。風呂、トイレ共用の新今宮ではミドルクラスのホテルである。あえて私がこのホテルを選んだのは、世間でコロナがなかったことになってくるにつれて、ホテル中央オアシスの宿泊料金も通常モードに戻りつつあり、つまりは本来の高級ホテルになりつつあると言うこと。それでも月に2回程度宿泊するぐらいのペースならまあ許容範囲の料金だが、私のコンサート巡りの方も通常モードに戻りつつあり、必然的に月に5,6泊ぐらいのペースで宿泊となると、高級ホテルの宿泊料は私にはキツいという次第。そこでもう少し安価なホテルを探している。ただ問題は、この界隈は安価なホテルはいくつかあるが、事前に駐車場が確保できるホテルがほとんどないということ。そんな中で浮上したのが、ホテル中央グループのこのホテルである。

ビジネスホテルみかど

実は振り返るとホテル中央オアシスである

 ホテル前に到着すると、駐車場はやや離れた場所にあるのでそこに案内される。ちなみにホテルの場所はオアシスの真向かい。だから私はこのホテル自体は何度も玄関までは見ているのだが、入るのは初めてである。狭いところに荷物が多いので雑然とした雰囲気はあるが、明るいし不潔な印象はない。私の宿泊するのはとなりの新館。こちらは1フロア5室で、各フロアごとにトイレとシャワーがある。

新館の1階には簡易キッチン

1フロア5部屋のようである

 

 

部屋に収まるととりあえずマッタリ

 部屋は機能的な1ルーム。オアシスから風呂とトイレを省いた印象。ベッドは恐らく元々は二段ベッドだったのを上を外したようである。元々はドミトリー形式だったんだろうか。

機能的な洋室

 とりあえず荷物を置くと毎度のように仕事環境の構築。簡易ではあるがデスクとチェアがあるので作業は行いやすい。インターネット接続も問題なくつながり、仕事環境はすぐに構築できる。

仕事環境の構築は問題なし

 しばらく作業の後、本館の大浴場に入浴に行く。このホテルは各フロアにシャワー室が備えられているが、それとは別に大浴場もある。なかなか広い浴場で快適に体をほぐす。

大浴場

洗い場も十分

 風呂で体をほぐすと部屋に戻ってきてマッタリ。7時前になったところで夕食に出かけることにする。

 

 

夕食は久しぶりの「グリル梵」でビフカツ

 じゃんじゃん横町は完全に人通りがコロナ前レベルに戻っている。「八重勝」や「てんぐ」の前には行列もできている。これでインバウンドが回復したら・・・。店の方はありがたいだろうが私はゾッとする。

雨の通天閣

 夕食だが、やはり久しぶりに「グリル梵」に立ち寄りたいと考える。昼食がミックスフライだったので少し考えたが、やはり久しぶりの新今宮で立ち寄りたいと言えばここしか思い浮かばなかった。

数年ぶりの「グリル梵」」

 裏通りの店は変わらず元気に営業中。入店した私が注文したのは「ビフカツ」これにライスをつける。なお店は変わっていなかったが、価格の方は変わっており、1割ほど価格が上がっている。これも岸田インフレのせいである。

ビフカツ

火の通りも妥当

 相変わらず肉は柔らかくて美味い。これこそ関西の正しいビフカツ。そもそも本来は関西ではカツと言えばビフカツのことである。久しぶりのビフカツを堪能したのである。

 夕食を終えると明日の朝食を買い求めてホテルに戻る。その後は構築した環境で原稿執筆・・・のはずだったんだが、とにかく体が異常にしんどくて頭が全く回らない。そこで諦めてベッドに横になる。と、そのまま意識を失ってしまったのだった。時間は明らかではないがまだ10時になっていなかった気がする。

 

 

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「鏑木清方展」「山元春挙」などを見学してから、読響大阪公演で曲者・上岡敏之の「悲愴」

二日目は京都方面を回る

 翌朝はいつもよりゆったりと8時前に目覚ましで叩き起こされる(笑)。かなり爆睡したはずだが体にいささか怠さが残っている。昨日に買い求めておいたサンドイッチを朝食として腹に入れると、入浴して体を温める。老化のせいか最近すっかり変温動物に成り下がった私が朝から活動するにはこれは不可欠。

 体が動くようになるとHuaweiのパッドを家のレコーダーとリモート接続して昨晩のアニメ視聴(「パリピ孔明」と「勇者、辞めます」)。どちらもそろそろ大詰めが見えてきたのか、転機となるエピソードである。このソフト、通信環境では接続不可の場合が多いのだが、今朝はスムーズに接続出来る(回線が空いているのか)。

 10時前になるとホテルをチェックアウト。とりあえず今日の目的地である京都を目指すことにする。今日の最終予定は午後7時からの読響のコンサートだが、それまでは京都方面の美術館を回るつもりである。まず最初は観光地嵐山の福田美術館。

 嵐山周辺の駐車場は1日1000円というところが多いが、丸一日観光するわけでないのでそれだと全く合わない。と言うわけでやや離れた場所に1日600円の駐車場を見つけたのでそこに車を置く。

 そこからプラプラと福田美術館を目指す。平日だというのに嵐山は観光客が多い。平日であるためか修学旅行生と思われる団体が多い。

平日の嵐山は団体客が多い

 

 

美術館の前に蕎麦屋で早めの昼食

 歩いてる内に、朝食が軽すぎたせいか空腹が身にしみ始める。どうもこれでは美術館内でガス欠になりそうだ。そこで美術館に入る前に途中のそば屋「嵐山よしむら」に入店。そばと天ぷらがセットになった膳(2200円)を注文する。

嵐山よしむら

天ぷらとそば

それにご飯類が付く

 店内では桂川の風景を眺めながらマッタリ。そばはマズマズ。例によって京都ではCPを言えばツラい店が多いが、単純に味だけを言うと結構美味い店は多い。もっとも嵐山は観光地だけに価格相場がかなり高い(団子1本300円の店が普通にあるのには度肝を抜かれた)。

店内からは渡月橋が見える

 とりあえずの昼食を終えるとプラプラと美術館に向かう。

福田美術館

 

 

「やっぱり、京都が好き ~栖鳳、松園ら京を愛した画家たち」福田美術館で7/1まで


 京都ゆかりの画家の作品を集めた第一部と、京都の観光地案内のような作品を集めた第二部から構成される。

 いきなり登場の金屏風は竹内栖鳳による「雨景・雪景図屏風」。暈かしなども効果的に使用する栖鳳であるが、この作品では墨の濃淡で見事な表現を行っている(金屏風では暈かしは使えないだろう)。

竹内栖鳳「雨景・雪景図屏風」

部分拡大

 そして精密描写写実表現と言えばこの人の円山応挙による「牡丹孔雀図」。何度見ても見事と溜息の出る作品である。

緻密さに溜息の出る円山応挙の「牡丹孔雀図」

 品のある美人画と言えば上村松園の「人形遣之図」。人形浄瑠璃の光景を描いた面白い作品である。

上村松園の一風変わった「人形遣之図」

 どことなく楽しげな冨田渓仙による「竹林七賢図」。典型的な文人画である。

冨田渓仙の文人画「竹林七賢図」

 西村五雲はイタチを描いた「明けやすき頃」。動物画の名手としても知られている五雲らしい作品。

獣の西村五雲による「明けやすき頃」

 

 

 京都観光案内の二部に登場するのは、これも文人画である富岡鉄斎の「嵐山・高雄図」。自由にして奔放な筆致はさすがに鉄斎。

富岡鉄斎の「嵐山図」

そして「高雄図」

 そしてまさに京都名所案内の菊池芳文による「嵐山桜花/下鴨杜鵑」「平等院紅葉/修学院雪朝」。春夏秋冬の京の名所を描いている。いかにも日本画にありがちなシチュエーションではある。

菊池芳文の「嵐山桜花/下鴨杜鵑」

さらに「平等院紅葉/修学院雪朝」

 最後はまるで絵はがきのような下村観山の「鳳凰堂図」。

下村観山の「鳳凰堂図」

 京の大家達の名品を腹一杯堪能である。なお別コーナーには京の老舗のために大家達がデザインしたパッケージが展示されている。これらはまだ使用されているとのことで、この辺りは流石に京都である。

京の老舗菓子屋などのパッケージ

 福田美術館の見学を終えると車を回収して次の目的地に向かう。そもそもは次の目的地が京都までやって来た主眼である。目的は京都国立近代美術館で開催中の鏑木清方展。清澄なる美人画で知られる大家で、私は以前から彼の凜として品のある美人画を好んでいる。今回かなり大規模な回顧展とのことで、これだけは外せなかったところ。とりあえず美術館近くの駐車場に車を置くと美術館へ。

 

 

「没後50年 鏑木清方展」京都国立近代美術館で7/10まで

京都国立近代美術館

 京都画壇の上村松園と並んで、東の美人画と言えばこの人というぐらいに有名な鏑木清方の没後50年に開催された大回顧展。清方の初期の作品から晩年の作品まで一堂に会して展示している。

 清方は日本の変わらない風景というものに執着した画家でもあるようである。そのためか初期には江戸時代の風景を未だに引きずっている東京の風景の中に生きている人々を生き生きと描いた作品が多い。その中には単に人々の姿を映したと言うだけではなく、その人物の内面や背景まですべてを見通すように活写した作品が多い。

 それだけに関東大震災の発生は、清方自身には大きな被害はなかったようであるが、見慣れた風景がことごとく破壊されたことに強い衝撃を受けることになったという。これ以降の清方の作品は、まるで全く別物に生まれ変わってしまう東京を否定するかのように、かつての自身の思い出の中にある東京の風景を甦らせようとするかのような作品が増える。

 そんな中の1つが本展の表題作でもある「築地明石町」である。古き良き明治時代の町を背景に、いかにもその風景にびったりの当世風美人が颯爽として存在するまさに清方らしい美しい作品である。これらは後に描かれた「新富町」「浜町河岸」と三部作とされており、清方芸術の最高峰として高い評価を受けたのだが、永らく行方不明となっており、2018年にようやく再発見されたという。これらの心洗われるような清々しさは確かに清方芸術の真骨頂であると感じられる。

表に看板として出ていたのがその三部作

 なお若き日の清方は挿絵なども手がけており、その頃に樋口一葉の「たけくらべ」に傾倒したとのことである。そのことから一葉の内面まで描こうとしたかのような肖像画や、さらには一葉の墓所を訪ねた時に見たという美登利の亡霊を描いた「一葉女史の墓」など印象深い作品も展示されている。

 東京国立博物館所蔵品や鎌倉の鏑木清方記念美術館所蔵品など、関西の人間には目にしにくい名品が多数展示されているので、関西人にとってはそれだけで訪問するべき価値のある展覧会である。私も清方の名品を多数鑑賞することが出来て非常に満足である。

 

 

灼熱地獄の中、喫茶で一息

 展覧会を堪能したが、正直かなり疲れた。それにしてもやっぱり展覧会鑑賞は思いの外体力を消耗する。またやはり夏(本番はまだまだ先のはずだが)の京都はかなり蒸し暑い。あまりにグッタリきたので、近くの喫茶「茶ろん 瑞庵」で宇治金時ドーピングをすることにする。夏場はやはりこういうかき氷が一番ありがたい。

茶ろん瑞庵

やはり夏はこれに限る

 宇治金時ドーピングでようやく復活したところで、本日の美術館最後の目的地へ。今度は長年の工事を終えて改装なった滋賀県立美術館である。名神高速で瀬田まで突っ走る。京都市内の美術館と違って、こういう地方美術館は駐車場の心配をしなくてよいのが助かるところである。もっともここは文化ゾーンという公園の中なので、美術館まではプラプラと散策気分で結構歩く必要はある。

公園を散策

 

 

「生誕150年 山元春挙」滋賀県立美術館で6/19まで

改装なった滋賀県立美術館

 大津出身で京都画壇を代表する日本画家である山本春挙の作品を集めた大回顧展。日本画の伝統を汲む画風の一方で、取材にカメラを使用するなどの先進性も示したという。京都画壇では竹内栖鳳と並ぶ重鎮であり、帝室技芸員に選定され、東の川合玉堂と共に昭和天皇大嘗祭の屏風の製作を行うなど、巨匠として活躍しており、今後さらにどんな芸術を花開かせるかと期待される中で61歳で急死している。

 本展では初期の独学で絵を学んでいた時代、さらには円山派の流れを汲む野村文挙の元で修行をし、さらには森寛斎に師事した時代の作品などから、晩年の巨匠となった時代の作品までを展示している。

 初期の頃から一貫しているのは写実的表現であり、この辺りは明らかに円山派の流れを汲んでいる。墨絵などの執拗な細かい線描などは見事の一言である。

 その一方で清澄で明快な色表現なども冴える。特に魅力的なのは水の表現である。透き通るような碧色には強く心惹かれるものがある。この色彩表現は特に晩年になって冴えてきたものであり、若き頃は水墨の基本に徹したということだろうか。確かにそのような変化を見ていると、61歳というまだ若すぎる死が惜しまれてならないのである。


 山本春挙の名は今までに何度も聞いていたが(多くの弟子を持ったようなので、○○の師という形でしょっちゅう名前が出ている)、意外と彼の作品を集中して鑑賞する機会というのは今までなかった。それだけに今回の展覧会のように彼の作品及び人となりを理解できる機会は非常に貴重であったと感じる。

 このようにどのような画家であったかまでが見えてくるという点で回顧展の類いは有用であり、私が好むところである。○○派展とか○○時代展というのはその時代や流れを知るには有用なのだが、各画家の作品はせいぜい数点なのでその背景が見えないことが多く、初心者には良いが、そこから一歩踏み込むとやや食い足りない感が出るというのは常々感じているところ。まあ私も美術館通いを始めてからはや20年以上、最早初心者ではない(自身に絵の心得が全くないという点では永遠の初心者だが)ということだろうが。よくよく考えると私の場合、音楽も全く同じである。

 

 

大阪に戻るが、途中で一休み

 これで本日の美術館予定は終了、コンサートに向けて京滋バイパスから第二京阪道路を経て大阪に戻ってくるが、時間的に駐車場に車を入れるまでは1時間ほどの空き時間が出来そうである。2日続けて駐車場近くの路上でガイア鑑賞というのもツラいので、今日はホールに向かう道すがらにあるネカフェで一休みすることにする。立ち寄ったのは快活CLUB。特にコミックを読むでもなくフラットブースでゴロンと横になる。段々と面倒臭くなってきたので、ついでだからそのまま炒飯を頼む。数分後、いかにもレンチンしましたという炒飯が到着。こんなものでも一応食べられるというのは、まさにこの数十年の冷凍技術の進歩を感じるところである。結局はこれが本日の間に合わせ夕食となる。

レンチン夕食

 今日はとにかく車で走り回った上に美術館回りで体力を極度に消耗している。1時間ほど横になっていくらかでも体力を回復してからホールに向かうことにする。

 昨日に続いてのフェスティバルホールであるが、読響の公演は毎度のことながら黒服がズラリと居並んだ物々しい空気がある。なお読響の大阪での人気は高いようで、昨日のデュトワ・大フィルを凌ぐかというようなほぼ満席の状況である。

昨日に続いてのフェスティバルホールへ

 

 

読売日本交響楽団 第32回大阪定期演奏会

指揮/上岡敏之
ヴァイオリン/レナ・ノイダウアー

曲目/メンデルスゾーン:序曲「ルイ・ブラス」
   メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
   チャイコフスキー:交響曲 第6番「悲愴」

 曲者・上岡敏之を迎えて読響がどのような演奏をするかが興味深いところであるが、もう一曲目のルイ・ブラスから上岡が曲者ぶりを発揮する。最初の第一音から「あれ?この曲ってこんな曲だったっけ?」というような音色を出してくる。しかも実に変化の幅の大きな演奏である。おどろおどろしいまで絞ってくる場面があれば、かなりぶっ放してくる場面まで変化は激しい。まあ休符の引っ張り方に独得の溜がある。場合によるとオケがつんのめるのではないかと思うぐらいに休符を引っ張る場面がある。とりあえず初っ端からぶちかましまくりの演奏である。

 ソリストのノイダウアーを迎えてのメンコンは、ノイダウアーの音色が非常に美麗で繊細な面があるので、ややバックの上岡のアクの強さに負け気味なところがある。上岡はバックを務めてもアクの強さが滲み出るので、それをノイダウアーが薄めているようなバランスになっている。そのためか曲調もあってノイダウアーの演奏は終始オーソドックスな印象を受けた。むしろ彼女の真髄はアンコールで見せた(曲名は私は知らない)ような超テクニシャンである面のように思われるので、それを遺憾なく発揮できるプログラムにした方がバックと渡り合えたのではという気がする。

 休憩後の悲愴は、これは完全に上岡節と呼ぶべきか。とにかく濃厚な演奏である。いきなり死にそうに始まった序盤は、聞いているこっちが思わずのけぞれそうになるぐらい休符で引っ張るものだから、開始1分でいきなり曲が終わったこと思ってしまった(笑)。とにかくその調子でかなりクセの強い演奏で始まる。

 第一楽章前半はかなりテンポも抑えた重苦しい演奏であり、後半も思い切り盛り上げて来る演奏が多い中で、上岡の盛り上げはやや抑え目。むしろ爆発的に盛り上げてくるのは第三楽章で、終盤になるとノリノリのぶちかましなので、もうこのまま満場の拍手と共に曲を終わらせた方が正解ではないかと思わせる内容。

 なお客層によってここで本当に拍手がかなり出る(特に辻井公演なんかだったらかなりの拍手が出る)ところであるが、さすがに読響に来る客層は心得ていて、場内は静まりかえって物音1つ無い。そこから始まる第四楽章だが、一点しての沈痛な響きで来るのかと思えばさにあらず、上岡の演奏は思いの外力強い。途中で盛り上がる場面などは、人生の最期を迎えつつ過去の思いを回想するという趣ではなく、第三楽章で華々しい人生を送った英雄が、我が人生を満足と共に振り返るという趣で、悲痛な中に力尽きるわけではなく、満足の中で「我が人生に一片の悔い無し」と堂々と人生を終えるという印象の音楽になっていた。つまりはチャイコフスキー交響曲第6番「大往生」である。

 とにかく上岡らしくかなり個性の強い演奏であり、これは好みが二分されるところであろう。まあ根っこが下品な人間である私は、こういうゲテモノもありとは感じるところであるが。


 これで今回の遠征は終了。明日からまだ仕事があることもあるので、家に向かって夜の阪神高速を慌てて突っ走るのである。かなり疲れたが、コンサート、美術展共に非常に実りの多いものであり、実に満足している。まさに命の洗濯であった。

 

 

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京都の近代日本画展を鑑賞してから、岡山フィルの定期演奏会へ

久方ぶりの岡山方面遠征へ

 この週末は岡山方面に繰り出すこととした。目的は久しぶりの岡山フィルの定期演奏会だが、そのついでに岡山方面の美術館に立ち寄ることも考えている。

 午前中に家を出ると山陽道を笠岡まで突っ走る。最初に立ち寄るのはかなり久しぶりの笠岡の美術館である。ここで京都画壇の画家の展覧会をやっているというのでそれが目的。

竹喬美術館に来るのは久しぶりだ

 

 

「開館40周年記念 栖鳳と京都の近代日本画」笠岡市立竹喬美術館で7/10まで

栖鳳の作品が看板になっている

 竹内栖鳳は竹喬の師匠に当たるが、その栖鳳の作品を初めとして、京都の近代日本画の名品を集めて展示するとのこと。

 まず最初に登場するのは竹内栖鳳の作品だが、幻想的に西洋の古城を描いた「羅馬古城図」に、如何にも獣の栖鳳らしく暈かしや滲みを生かして水鳥を描いた「秋興」などは印象深いところ。また幸野楳嶺の「関公暁月聴蟲図」なんてのも如何にもの作品。

 他に印象に残ったところでは山本春挙の「山村密雪図」の極めて緻密な表現。これに大正デカダンスの空気をかすかに感じさせる木村斯光の「清姫」辺りか。この境地をもっとおどろおどろしくししたら甲斐庄楠音辺りになりそうである。

 展示室を移って、いきなり目につくのは戸田北遙の大作「群蟲図」。あからさまに若冲の「動植綵絵」を意識していることを感じさせる。

 また吹田草牧の濃厚な「日向土々呂」はインパクトがあるが、同じ画家が大正から昭和に変遷すると「梅雨霽」のようにあっさりとした典型的な日本がタッチに変異しているのは非常に興味深いところ。また非常に洋画的な空気のある梅原藤坡の「円山公園」なども印象に残る。

 さらに時代が下ると個性の強い画家が増えるが、そんな中で澤田石民の「豚(習作)」などは不快に見える寸前のリアルな描写が目を惹く。この同じ画家が10年ほどを降った「木瓜に鳥」では伝統的な日本画様式の図案的な作品を描いているというのがこれまた面白い。

美術館の中庭の風景

 マイナーな展覧会であるが、なかなかに面白い作品を見ることが出来た。わざわざ出張ってきた甲斐を感じさせて満足である。

 

 

 竹喬美術館を後にすると、岡山方面を目指す。高速はさして混雑していないが、やはり岡山に降りてくると混雑はひどい。以前から私が言っている岡山ダンジョンは相変わらず健在である。

 岡山シンフォニーホールの近くまでやって来ると、目を付けていた最寄りの駐車場に。しかし目的の駐車場は既に満車となっている。しかも周辺の駐車場に目を配ってもことごとく満車表示。少し車を流してみたが空いている駐車場は皆無である。

 一体何があったんだと頭が疑問符で一杯になる。やけに子供連れの行楽客のような連中が多いから、後楽園で何かイベントでもあったかと思ったが、花見時でも紅葉シーズンでもない今時分に思いつくイベントはない。

 その内に岡山県立美術館の前を通りかかるが、そこで理由が判明する。県立美術館に親子連れが大挙して入場している。県立美術館では本日は「ドラえもん展」の最終日。どうやらそれに駆け込み入場している家族連れが多いようだ。元より私はドラえもんには興味は皆無なので、最初からアウトオブ眼中だったのだが、世間的にはまだまだドラえもん人気は根強いようだ。

 とにかく震源が県立美術館と分かったことから、大通りよりも北の駐車場はほぼ満車と判断し、大通りの南側に降りることにする。予想通りこの辺りの駐車場には普通に空きがある。そこで12時間900円の駐車場に車を止める。

 駐車場の位置は林原美術館から徒歩数分というところ。実は岡山到着が予定よりも遅れていたので、私は林原美術館はカットと思っていたのだが、ここまで来たのだからついでに立ち寄ることにする。

林原美術館の櫓門

 

 

「GOLD-永遠の輝きを探しに-」林原美術館で6/19まで

林原美術館は石垣の上

 昔から金はその輝きによって人を引きつけることから、富や権力の象徴ともなってきた。だからこそ、それを示すべき絢爛豪華な金細工などの工芸品が発達した。またその一方で錆びない金は不滅の象徴として信仰的畏怖も払われてきた。よって金で記した経典なども存在する。

 そのような様々な側面を持つ金を用いた工芸品その他を集めて展示したのが、今回の展覧会。出展作は蒔絵細工の工芸品から鎧甲に刀剣に、さらには金糸を用いた打ち掛けなど多種多様である。

 驚くのは本来は戦の武器という実用的で無骨な武具にまで装飾の類いが施されてきたこと。これこそはまさに権威の象徴だったのだろう。

 黄金の国ジパングというのは東方見聞録で描かれた日本のことだが、工芸品から生活用品まであらゆるものが金装飾されているのは、まさに黄金の国さながらの風景ではある。日本と金との関わり合いを感じさせる点では面白い。

敷地内に何やら櫓のようなものが見えるが

外から見るとこうなっている

 

 

 林原美術館を後にすると周辺の散策。この辺りはかつての岡山城の城内だった地域で、未だに地形の起伏や随所に残る石垣が往時の姿をとどめている。そもそも林原美術館自体が明らかに曲輪の中にある。

随所にこの手の遺構が残る

ここにあった石山門は天守と共に空襲で焼失した

 

 

昼食を摂ることに

 昼食を摂る店を求めて商店街をフラフラ。しかし閉まっている店も少なくないし、行列が出来ている店も多い。そうこうしているうちに段々と探すのが面倒くさくなってくる。そこでみつけた「じゃんがらラーメン」に入店、「つけ麺(900円)」を注文。

じゃんがらラーメン

 出てきたラーメンを見た途端に「濃そうだな」と感じる。確かに魚介系のかなり濃厚なつけ汁である。また平打ち玉子麺はかなりシッカリとした味の強い麺。懸念したほどの塩っぱさはなかったが、全体的に濃厚なラーメンであり、これが好みの分かれるところ。

かなり濃厚なつけ麺

 商店街をホールに向かってプラプラ歩いていると、パン屋「キムラヤ」を見かけたので、抹茶フェアとかの抹茶パンを購入。抹茶サンライスの中に抹茶クリームを入れた物で抹茶の苦味も感じられる風味があってなかなか美味。

キムラヤの抹茶サンライズ

抹茶クリーム入り


 ところで全国的にパン屋と言えば、やたらにキムラヤが多いのだが、やはりこれはあんパンを発明したことで知られる木村安兵衛にちなんだものなのだろうか。全国各地のキムラヤにはその弟子筋なんかのところもあるだろうと思われる。ちなみに私の故郷である神戸の長田にも木村屋パン店があったが、経営者は木村氏ではなくて川崎氏だった。

岡山シンフォニーホール

 

 

 ホールに到着した頃には開場時刻となっていた。私の購入したのは3階の貧民席。このホールは貧民はとにかく長い階段を登らされる構造になっているというバリアフリーの対極を行くというチャレンジングな設計のホールである。座席に到着する頃には大概疲れ果てることに。

それにしても高い

 

 

岡山フィルハーモニック管弦楽団 第72回定期演奏会 ~蘇る、興奮の時~

12-10-8-8-6編成だった

指揮/秋山和慶
ピアノ/松本和将

ラフマニノフ/ピアノ協奏曲 第3番
ムソルグスキー/禿山の一夜(リムスキー=コルサコフ版)
ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)

 松本をソリストに迎えて、ラフマニノフの有名な2番ではなく、若干マイナーな3番を演奏。なおこの曲は演奏するにはかなりの難曲であるらしいが、松本はその難曲を難なく弾きこなしてしまうのはお見事。2番などと比べると全体的に旋律的でなくて捉えどころのない曲なのだが、それを軽快かつ堂々と弾ききった。

 なお演奏中に観客の誰かが補聴器を発振させるというトラブルが発生し、第一楽章終了後にしばし演奏が中断するというトラブルが発生。松本としては集中力が削がれるところであろうが、よくぞ気分を持ち直して演奏しきったものだというところ。なお今回は全体的に観客のマナーが悪く、演奏中に雑音も多いし、松本のアンコール後にもまだ曲が続いているのに拍手を始めるバカが一人。しかも回りが誰も追従してこないのに、意地になったかのように拍手を続けていた。こういうバカは出禁にでもしないとホールのレベルが低下する危険性がある。

 後半は有名な「禿山の一夜」と「火の鳥」。なかなかに華麗にして派手な曲であるが、岡山フィルの金管陣は頑張ってはいるのだが、いささか音色が軽すぎてやや喧しい傾向がある。これがもう少しドッシリとした音色を出せるようになれば全体の印象ももっと変わるのであるが。禿山の一夜などは、どことなくまだまだ腰高な感がある。

 秋山は例によってオケにブイブイと自由にやらせている雰囲気。殊更に統制をかけるような様子は見られなかった。おかげでまあノリは良い演奏ではあるのだが、細部ではややばらけ気味に聞こえた部分も散見された。

 

 

「ポンペイ展」「兵馬俑展」「サロン展」をハシゴする

2日目は京都の美術館を回る

 翌朝は7時前に目が覚める。起床するととりあえず体温が下がりきっている体を入浴で温める。体が温まると動けるようになるので、しばし原稿入力。

 本来は朝食を取るべきなのだが、昨日に今日の朝食を購入するのを忘れていた。仕方ないので、朝食は思い出した時にすることにして(こういうパターンは大抵は結果的に朝食抜きになるのだが)、チェックアウトする。

 今日は京都方面の美術展を見学するつもり。しかし車で行くとなると問題となるのは駐車場だ。今日は京セラ美術館や国立近代美術館のある東山地域を回るつもり。しかしこの辺りは駐車場は少ない上に価格相場が異常に高い。GWとなるとまず空きの駐車場を探すこと自体が絶望的な可能性が高い。

 そこで対策としてはパーク&ライドを使用するつもりである。京阪浜大津の駐車場に車を置いて京阪で京都入りすると、パーク&ライド割引で1日駐車券が500円になる。地下鉄も京都駅の周辺は激混みの可能性が高いが、東山以東がそう混雑するとは思いにくい。

 という辺りでプランを立てて京都に向かったのだが、GWは京都の手前で早くも牙を剥いてきた。何と京都東ICの出口辺りから大津までの間が渋滞とのことで、そこでしばし車が動かなくなる。私が予想していたよりも多くの観光客が京都に殺到している模様である。結局は浜大津へは予定よりも30分以上遅れて到着する。

いきなり京都手前で渋滞に引っかかる

 浜大津駅の公共駐車場に車を置くと、東山までの京阪の切符を購入して、パーク&ライドの1日駐車券をゲット。そのまま京阪で東山に直行する。

京阪びわ湖浜大津駅

地下鉄で移動

 東山界隈も異常に人が多い。おかげで私が昼食(というかそもそもまだ朝食も摂っていないのだが)を摂ろうと思っていた店は店外に長蛇の列。それどころか土産を買い求めようかと思っていた店まで長蛇の列。話にならないので美術館に直行することに。京セラ美術館に到着すると「ポンペイ展」と「兵馬俑展」の当日券を購入する。

京セラ美術館に到着

 

 

「ポンペイ展」京セラ美術館で7/3まで

この笑える看板は何なんだ?

 ヴェスヴィオス火山の突然の噴火で、それまで普通に生活していた状態で町ごと火山灰に埋もれて古代ローマ都市のタイムカプセルと化したポンペイ。18世紀以降になってこの悲劇の都市の発掘作業は進行し、多くの遺跡や生活用品、美術品などが発見されている。本展は膨大な遺物を収蔵するナポリ国立考古学博物館の所蔵品より、逸品を集めて展示したものである。

火山の犠牲者

 第一部は町の風景に関わるもの。ブロンズの鏡像や日常風景のフレスコ画、さらには見事な彫刻から水道バルブまで様々なものが展示されている。さすがにかなり技術レベルが高かったことが覗える。

アウグストゥスの胸像

広場の風景のフレスコ画

青銅製の水道バルブ

アポロン像

ヘラクレス像

美神のフレスコ画

剣闘士も活躍していた

 

 

 第二部が市民の生活に纏わる品で、上流階級が用いていた豪華な食器やテーブル、装飾品から金庫まで展示されているが、奴隷の拘束具のような奴隷制社会であったことを示す品も存在している。その一方で、どんな階級の者にも死は等しく訪れるということを示す「メメント・モリ」を記したテーブル天板のようなものも存在する。

豪華な食器類

装飾テーブル

装身具類

金庫

奴隷の拘束具

メメント・モリ

 第三部は日常生活に密着した品で、ワインを貯蔵したツボや、さらには炭化した当時のパンまで見つかっている。まさに日常生活の場がそのまま埋まったことを示している。

ワインの入っていた壺

日常道具類

当時の食事

 

 

 第四部はポンペイの繁栄を示す豪邸の壁画やそこに存在した彫像など。富裕層はかなり立派な屋敷を構えていたようである。

ブロンズ彫刻

装身具

フレスコ画の壁画

邸宅のイメージ

壁はフレスコ画で飾られていた

 第五部はポンペイの反対側に位置する都市で、やはり同じくヴェスビオス火山の噴火で溶岩に沈んだソンマ・ヴェスヴィアーナで発掘された彫像などを展示。要するにポンペイと同様の悲劇に直面した都市が他にもあると言うことである。

ソンマ・ヴェスヴィアーナで発掘された女性像

同じくディオニューソス像

 以上、ポンペイ展は今まで何度か見たことがあるが、今回の展示物は立派な彫像に見事なフレスコ画、モザイクなどが多く、かなり見応えのあるものであった。なお物販部門も例によって力が入っている模様。

このクッションは笑える

 ポンペイ展の見学を終えると続けて「兵馬俑展」に入場する。こちらの会場は2階である。

 

 

「兵馬俑と古代中国~秦漢文明の遺産~」京セラ美術館で5/22まで

 兵馬俑展と言われているが、実際は兵馬俑のみならず秦漢文明に纏わる文物を広く展示している。最初は西の野蛮国と言われていたところから中国統一に及んだ秦帝国の文明を示す文物、主に青銅器の類いを展示してあり、素朴な辺境国から戦国最強の国へと進化したこの国の技術を示す。

 次のコーナーが漢帝国に纏わる文物である。秦帝国に比べると技術も進んで洗練された部分もあるが、簡略化された部分もあるようである。秦帝国の等身大の兵馬俑に対し、漢帝国の兵馬俑は小さなものになっているのが興味深い。またハッキリと彩色されているものが多い。

 後半は兵馬俑展示のコーナーとなり、ここからが撮影可能エリア。個性豊かな兵士の像に将軍像まで存在している。

いきなり復元馬車

で、壁面にはお約束通りの「キングダム」

 

 

弩を構えていた兵士

装甲騎兵

そして騎馬

一般兵

将軍像

鎧甲軍吏像

 兵馬俑については今まで何度か展覧会が行われているので、正直なところそう驚いたという感はない。また規模で言えば以前にあった展覧会でもっと大規模なものもあった。それよりも秦と漢のつながりを見せて、その相違を示すという観点の方が面白いところである。なお劉邦は楚の国の出身なので、秦と漢の違いには秦と楚の違いが反映しているとのこと。なるほど、そういうこともあったのかと納得。


 そろそろ腹も減ってきたが、向かいの近代美術館に向かうことにする。ここは一階にレストランがあるので、展示を見る前に立ちよろうかと思ったが数人が店外にまで並んで待っている状態だったので諦めて展覧会の方へ。

向かいの近代美術館へ

 

 

「サロン!雅と俗-京の大家と知られざる大坂画壇」京都国立近代美術館で5/8まで

会場は3階

 江戸時代、京都画壇では池大雅に与謝蕪村などの文人画家、さらには写生の円山応挙など多彩な画家が大活躍し、一方の大坂では町人の画家がサロンを形成して独自のネットワークを構築していたという。これらの画家たちの作品を展示。

 前半の京都画壇については円山応挙に呉春、長沢芦雪などかなり馴染みのある画家の作品が展示されていてなかなかに楽しめる。相変わらす芦雪はなぜか楽しそうである。

 一方の大坂画壇となると、やはり画家の知名度が低くなる。正直なところ浦上玉堂、田能村竹田、谷文晁あたりなら私でも何とか知ってはいるが、それ以外は全く聞いたことのない画家が少なくない。またかなりバラバラの展示なので各画家の個性を把握するところまでは及ばない。どうしても私のようなド素人には文人画の山水図の類いはどれも一緒に見えてしまうきらいがある。それよりもサロンでの交流を反映して、多くの画家による寄せ書きのような共作が多いののが特徴。その中にはまさに寄せ書きで各人がバラバラの画題で好きに書いているような作品もあるが、中には複数人の共作でありながら雰囲気の統一感があって一貫性のある作品なども存在し、その辺りが面白いところ。

 江戸時代のこれらの交流がそのまま近代にもつながって、その流れを受けた画家として北野恒富などが現れるのだが、ここまで来るとようやく私のテリトリー。恒富の作品数点に島成園が1点。結局この辺りが私には一番無難に楽しめるところになってしまうようである。

 

 

館内のレストランで昼食

 展覧会の見学を終えて降りてくると、ちょうどレストランの待ち客がはけていたところなので入店することにする。気分としてはパスタが欲しいところだったので、春パスタのタケノコとイカのスープパスタを注文する。

館内にあるレストラン

 最初に前菜とパンが登場するが、このサラダが美味い。フルーツがアクセントになっていて実に爽やかである。

パンとサラダ

 その後にメインのパスタが登場。具材はタケノコとイカに加えてサヤエンドウとアサリのようである。非常にあっさりしたパスタであり、スープパスタであることから和風ラーメンという趣。なかなかに優しい味が心地よく、タケノコの甘味が良く分かる。

スープパスタ

 最後はアイスセイロンティーを飲んで一服。これで大体2000円というのはCPとしてはしんどいところがあるが、そもそも京都で食事をする時にはCPを求めてはいけない。まずまず楽しめたらそれで良しとすべきだろう。それにそろそろガス欠で動けなくなりそうだったところである。

アイスセイロンティーで一服

 

 

 ようやく一息つくともう帰宅することにする。正直なところ美術館巡りは意外に歩くのでかなり疲労が来ている。今日はまだ7000歩ほどだが、昨日は大阪周辺を歩き回ったことで1万4000歩も歩いていてそのダメージは大きい。これ以上京都をウロウロしていたら帰りの体力が尽きる。それにまだコロナが沈静化からほど遠い状況で、完全に緩みきっている京都の町をウロウロするのも危険性が高い。

 結局は東山から京阪で浜大津に戻ることにしたのである。京都の菓子店は帰りに覗いた時もまだ大行列だったので、京都での土産物購入は諦めて、大津で「三井寺力餅」を購入して帰ることにする。しかしこの店も店内は大混雑していて驚かされることになったのである。こりゃGW後にコロナの再爆発は必至ではという気がしてきた。結局はこの後、結構混雑している高速をヘロヘロになりながら長駆して帰宅と相成ったのである。

浜大津の「三井寺力餅」で土産を購入する

 

 

遠征1日目(前日)の記事

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関西フィル定期演奏会に「庵野秀明展」「バンクシー展」など

GWの大阪へ出向く

 この週末からGWということで民族大移動が起こりそうなところ。こういう時は私は家で静かにしておくに限ると思っていたのだが、関西フィルの定期公演が29日に開催されるとのことなので、出ていかないわけにはいかなくなった次第。ではどうせ出ていくなら大阪で一泊して、大阪や京都方面の未訪問の美術館訪問も併せようと考えた次第。

 例によって大阪までは車で移動するが、今回は立ち寄り先が多いので、車を東梅田近郊に一日借りた駐車場に放り込むと、谷町線で移動することにする。今まで地下鉄も避けていたが、とにかく移動先が多いとそのたび駐車料金がバカにならないし、GWには大阪地区は逆に人口が減るのが常なので、昼時の谷町線がそんなに混雑しないだろうとの読み。実際に地下鉄内はガラガラとまでは言わないが、十分に余裕がある状況だった。

 生憎の大雨なのでなるべく地下を移動しながら、最初に向かったのは天王寺のハルカス美術館。ここで開催されている「庵野秀明展」を見学しようという考え。行列でもできてたら嫌だなという考えがあったが、幸いにしてそこそこ混雑してはいたがそれほどでも。さすがに庵野秀明だとジブリ程の一般人へのアピールはないか(かつてジブリ展が開催されたときは、エレベーターの前から行列が出来ていた)。

 

 

「庵野秀明展」ハルカス美術館で6/19まで

混雑はそれほどでもなかった

 エヴァンゲリオンで一躍一般人にまで名がとどろくことになった庵野秀明の原点からこれからを紹介する展覧会。

本展のイメージボードはこんなものか

 庵野はいわゆる特撮オタク少年だったということで、序盤はまるっきり特撮資料展。私には懐かしい作品が多いが、平成生まれの若者には訳が分からない可能性が高い。基本的に庵野と同世代の者なら理解はできるが、そうでない者はかなりオタク以外お呼びでない感じ。

懐かしのポスター

これは海底軍艦

ウルトラセブンに登場したウルトラホーク号

タロウのこれらのメカは実は私も子供のころにプラモを持っていた

そしてウルトラマン

 

 

 そして特撮オタク少年はついには自ら作品を作成する。8ミリで撮影した伝説の顔出しウルトラマンの映像が登場する。ハンドメイド感満載だが、カメラワークなどにもう既に将来の庵野の特徴が現れているのに注目。また細かいギミックへのこだわりは既にこの頃から現れている。ハッキリ言ってゲテモノなのだが、思いのほか本気でしかも出来も良い。

伝説の顔出しウルトラマン

これを紙で作ったとか

 また自ら絵を描くこともできた庵野はついにアニメーションの制作に乗り出す。ここで登場するのがこれまた伝説のDICONフィルム。あらゆる作品のパロディ満載のショートムービーである。これも細かい書き込みなどに庵野の作風が窺われるし、既にここでいわゆる板野サーカスも実践している。

絵の才能はあったようです

 その後は作画で参加した「風の谷のナウシカ」が登場。確かにあの巨神兵シーンには私は圧倒された記憶があり、庵野のことは全く知らなかったが、あのシーンのクオリティには感心したのを鮮明に覚えている。そして私が作画面では高評価しているが、ストーリー面において「結局何が言いたいのかが全く分からない」と評価の低い「オネアミスの翼」が登場。

 さらに伝説となった「トップをねらえ!」ことガンバスターである。私はこの作品には強烈なインパクトを受け、この頃に雨後の筍のように登場していたOVAの中では群を抜いていると感じたものである。そしてこれも庵野の名をメジャーにした「ふしぎの海のナディア」につながる。

庵野の出世作「ふしぎの海のナディア」

 

 

 そして真打ちがエヴァンゲリオン。私が庵野秀明の名を認識したのはこの作品の時であり、そこで今まで強いインパクトを受けた作品がことごとく彼の手になるものだったことを知った次第である。絵コンテなどの資料が大量に展示されているので、マニアなら興味深いところだろうが、そっち系のマニアではない私にはフーンで終わり。

エヴァの初期デザイン

設定資料や絵コンテなど

 その後は突然に実写映画に走ったりなどの迷走期がある。エヴァの明らかに途中で逃げ出したと思える結論は当時もかなり叩かれて、庵野も精神的に追い詰められてアニメから遠ざかったのだという(庵野は常に作品のテーマよりも描きたいディテールが先にあって、それのために話を作るから、結局は話自体に結論をつけるのが極めて下手なのが最大の弱点と私は見ている)。

私も現代芸術美術館で見た「巨神兵東京に現る」

 そしてその迷走の果てに特撮オタの原点に回帰したシン・ゴジラが登場、そして途中で放り出したエヴァにようやく30年越しで決着をつけるのである。

シン・ゴジラ

そしてシン・エヴァンゲリオン

メカのデザイン

資料等

 

 

 最後は今後ということで、例によっての趣味丸出しでシン・ウルトラマンシン・仮面ライダーのプロモが登場。またもかなりディテールにこだわっているのが良く分かる作品である。

シン・ウルトラマン

キャラのイメージ

シン・仮面ライダーのイメージボード

頭部造形

ライダーはやはりサイクロンに乗らないと

 オタク少年が一流のクリエイターへと成長していく過程が良く分かる展覧会であり、なかなかに予想以上に興味深かった。クリエイターになりたい気持ちもありつも、それに十分な才能とそちらに進む勇気もなかった古い少年には、いろいろと考えさせられるところもあった展示でもある。ちなみに物販部門にも力を入れていたようだが、著作権絡みか「庵野秀明展」の文字を極太明朝でいれただけのグッズが大半で、果たしてこれはどうだが。

そんな中で面白かったのはこれ

 どうせサクッと眺めて終わりだろうと思ってたのだが、思っていた以上に見応えがあって、1時間以上と私の展覧会鑑賞としては異例の長さを要したことでスケジュールが狂ってきた。関西フィルはザ・シンフォニーホールで2時から開演なので、それを考えると立ち寄れて後1カ所が限度。結局は谷町線で移動して歴史博物館で開催されている展覧会に立ち寄ることに。ハルカスと違って地下で接続しておらず、建物の前で地上を歩く必要があるのが、こんな雨天には恨めしい。

こんな天候はこの距離が恨めしい

 

 

「~浮世絵師たちが描く~ 絶景!滑稽!なにわ百景!」大阪歴史博物館で6/5まで

これで記念撮影ってか

 大阪を題材にした浮世絵を展示して、当時の大阪の風景や人々について観察しようということらしい。

 最初に北斎や広重などの超メジャー画家の描いた大阪の風景が登場するが、メジャーどころはそこまで、後は比較的マイナーな画家による大阪の名所絵のようなものが登場。ただ大阪の地理に詳しい者なら興味も持てるんだろうが、大阪について詳しくない私にはフーンで終わり。驚いたのは天保山が一応山と言えるだけの高さがあったことぐらい。

 後半はいわゆる「滑稽」シリーズになる。名所を舞台にしての登場人物の珍騒動を描いたシリーズで、いきなり乗馬が放尿を始めて微妙な表情の侍とか、着物の裾を踏んづけてすってんころりんする人物とか、いわゆる漫画である。当時のユーモアのコテコテのセンスが窺える。

 最後は名所絵シリーズだが、いわば絵葉書のようなところがある。ここで異常なまでに建物の巨大さをデフォルメする歌川国員の絵がやけに印象に残ったのだが、この極端な表現はやはり幕末という時代が関係しているのだろうか。


 展覧会の見学を終えた時には1時前になっていた。慌てて梅田に移動する。考えてみると、ここ数年は車でばかり来ていたせいで大阪駅の地下を歩くのは数年ぶりである。広い通路が出来ていたりなどかなり様変わりしていて面食らう。おかげで道に迷う羽目に。

こんな広い通路はかつてはなかった

 また昼食は移動がてらにどこかでと思っていたのだが、頭にあった店がことごとく休みだったり閉鎖されていたりで、結局はそのまま開演30分前にザ・シンフォニーホールに到着してしまう。今からこの近辺で30分以内で昼食を終えることができる店に心当たりがないことから、諦めてまずはホールに入場してしまうことにする。

 

 

関西フィル第327回定期演奏会

[指揮]下野竜也

ドヴォルザーク:序曲三部作「自然と人生と愛」
「自然の中で」op.91
「謝肉祭」op.92
「オセロ」op.93
ドヴォルザーク:交響曲第6番 ニ長調 op.60

 珍曲マニアとも言われる下野らしい一ひねりのあるプログラム。

 前半はドヴォルザークの序曲三部作だが、「謝肉祭」以外は演奏頻度は決して高くはない曲である。しかし最初の「自然の中で」はドヴォルザークらしい魅力的な旋律あふれる美しい曲。それを下野は特製の高めの指揮台の上で低身長の全身を駆使しての大きな指揮でキビキビとした音楽を描き出す。

 二曲目の「謝肉祭」は明るくて華やかな曲、さらに三曲目の「オセロ」はかなり劇的な要素を含んだ曲である。これらもグイグイとくる印象。下野は関西フィルからかなり元気な音を引き出している。

 休憩後はドヴォルザークの第6番。これはこれでドヴォルザークらしさの溢れる興味深い曲なのであるが、やはり作品としての完成度は7番以降に比べると落ちるという感想を抱かざるを得ない。構成に甘いところがあるし、内容的に冗長に感じる部分が少なくない。下野はこの曲をしっかりとメリハリをつけて明確に描いており、関西フィルの演奏も切れの良いものであった。それだけにこの曲のネガティブな印象をかなり払拭するのには貢献しているが、それでもやはりラスト3曲に迫るものとまでは感じられなかったのも事実。

 場内はなかなかに盛り上がっていたが、確かに演奏は非常に良かったと感じる。関西フィルのこういう派手さが正面に出た音色というのも珍しい気がしたし。なかなかに興味深いものを聞いたという印象である。


 コンサートを終えるとガス欠気味なので、とにかく何かを腹に入れたいと思うが、ここでも頭にあった店はことごとく閉まっている。どうも今日は店に対する運がないようだ。仕方ないのでとりあずモスバーガーで一時的に間に合わせを腹に入れておく。

間に合わせの昼食

 コンサートも終わったしこのままホテルに向かってもいいんだが、その前にもう一カ所だけ立ち寄りである。次はグランフロント大阪で開催中のバンクシー展を見学して行く。大阪駅周辺は人で溢れかえっている。もう知事自身が「コロナはないことに」と言い出している状況なので、世間は完全に緩みきっている。これはGW後の反動が恐い

 

 

「バンクシーって誰?展」グランフロント大阪で6/12まで

グランフロントの地下ラボで開催中

 彗星のように現れて、一躍有名人となった謎のストリートアーティスト・バンクシー。彼の作品とその精神に迫る展覧会。

どうやらこれが本展のコンセプトか

 バンクシーの作品はその描かれた環境が重要であるだけに、一体どのような展示をするのだろうというのが実は一番の興味だったんだが、「まるで映画のセットのような展覧会」と銘打っているように、彼の作品が描かれた環境そのものを再現しての大規模な展示であった。

彼の初期作品

国家による個人情報収集を皮肉っているとか

この作品は既に塗りつぶされて存在しないという

フェルメールのパロですな

これはレ・ミゼラブルか

極彩色の象

 

 

 イラストレーターとしてのバンクシーの技量はまあ一般レベルだと思うのだが、やはりその風刺精神と神出鬼没の行動力が彼の最大の魅力であろうか。戦争に対する批判や、権力に対する皮肉と取れる作品などを、タイムリーに象徴的な場を選んで制作しており、そのセンスがもっとも魅力的なところである。

個人所蔵の作品も

なんとなくメッセージは見える

スティーブ・ジョブズも元々は移民の息子だったということを意味してるとか

ガザ地区の瓦礫の壁に描かれた猫

平和の象徴の鳩が防弾チョッキを装備

バンクシーと仲間たちが分離壁の真ん前に作ったホテルとか

 バンクシーは日本では最近になって急に注目を集め、一種の社会現象化している。昨シーズン放送されたアニメ「東京24区」なんかは、明らかにバンクシーを彷彿させるようなストリートアーティストを主要キャラの一人に設定していたりなど、その存在感がクローズアップされているところである(もっとも「東京24区」自体は、そのストリートアーティストというキャラの設定さえ十分に活かしきれないグダグダな作品になってしまったが)。ただこれに変な刺激を受けて、芸術性のない単なる落書きをしまくる輩も登場しているのは弊害ではあるが。

かなり有名な作品

結局バンクシーって何者なんだろうか?

 

 

新今宮で宿泊する

 これで今日の予定は終了である。車を拾いに東梅田に向かう道筋で映画館に立ち寄ってMETのムビチケを購入すると車を回収、宿泊ホテルに向かうことにする。今日は新今宮で宿泊である。

 ホテルには30分もかからずに到着する。今日の宿泊ホテルは新今宮での私の定宿ホテル中央オアシスである。個室でトイレ風呂付、風呂がセパレートになっているのが最大の魅力。一泊3000円以下のホテルも存在するこの界隈では高級ホテルに属する。なお最近、星野リゾートがこの界隈に進出して、問題外クラスのホテルを建設したらしく、例によってのマスコミを総動員しての大宣伝がテレビでなされていたが、星野リゾートなど私と無縁の世界なのは言うまでもない。私にとってはやはり新今宮の高級ホテルと言えばホテル中央オアシスである。

ホテル中央オアシス

 車を駐車場に入れてチェックイン。部屋は例によってシンプル極まりない機能性の高い部屋である。

機能的かつシンプルな部屋

風呂とトイレはセパレート

 部屋に入ると早速仕事環境の構築。なおここのLAN環境は既にデバイスに入力されているので接続はスムーズに行われる。ただしiPadとの接続はうまくいかず。どうもネットの速度が速くないのがネックになってる模様。(結局は使用者が減ったのかLANの調子が良くなってきた夜に突然につながる。)

何とか仕事環境を構築したが、ネット接続はやや不安定

 

 

ジャンジャン横町に夕食に出かける

 環境構築が出来たところで夕食のために外出することにする。向かうは数年ぶりのじゃんじゃん横町。既に人通りは通常モードに戻りつつあり、八重勝やてんぐの前には行列が。私は「だるま」に行くつもりだったが、だるまジャンジャン横町店にも十人以上の行列が。

 そこでここよりも大きくて回転の速い動物園前店に行くことにする。私が到着した時には十数人が待っていたが、私の睨んだ通りに次々と捌けていって数分で入店できる。

だるま動物園前店

何やらタイアップだろうか?

 店内はコロナ対策でアクリル板などがセットされており、二度付け禁止ソースは容器に入った形になっている。これは一つの文化の消滅でもある。まあ以前から衛生面はいろいろと言われていたから時代の流れと考えるしかなかろう。なお最近になって密かに政府が認めたコロナは空気感染するという話だったら、こんなアクリル板は気休めにもならないのだが・・・。まあ目の前で厨房の換気扇がガンガン回っているから、そちらの方を頼りにすることにしよう。

アクリル板装備

二度漬け禁止ソースは容器に入っている

 さて何を頼むかだが、セットの類を頼む手もあるが、そんなに好きでないものも含まれているので、やはり個別にアラカルトで注文することにする。メニューを片手にまず元祖串カツ2本、トントロ、トンカツ、鱧、タコ、キス、餅、うずら、アスパラ、ジャガイモ、レンコンの計12本にコーラをつける。

コーラが到着

そして串カツ12本セット

 久しぶりの串カツであるが、からっと揚がっていて実に美味い。記憶にあるよりも意外とあっさりしていて軽い。最近は胃腸の調子が良くないので脂っこい串カツは無理かと思っていたのだが、案に反して普通に美味い。

目の前にはネタの数々が

 12本を食べきったところでまだいくらか欲しい気もあるが、ここで串カツでの経験を思い出す。串カツはまだいくらか食べられるという状態で打ち切るのが吉。この後に追加したら後で間違いなく胸が悪くなるというのが経験則である。さっさと支払いを済ませることにする。以上で2000円ほど。まずまずのCPであり、これこそが新今宮。

 串カツを食べ終わると本当は千成屋のミックスジュースが欲しいところだったが、残念ながら千成屋はコロナの影響か臨時閉店中。ハルカスに出店している千成屋フルーツパーラーは営業中とのことなので、もしかして高級店シフトを狙っているのか?

 仕方ないのでファミマに立ち寄ってからホテルに戻る。

 部屋に戻ると浴槽に湯を張って入浴。大浴場と違って手足を伸ばしてとはいかないが、洗い場付きの風呂で肩まで浸かれる水深に湯が張れるのが良い。これがユニットバスだと肩まで浸かるのは困難だし、何よりも便器見ながらの入浴は落ち着かん。また部屋風呂だからコンサートなどで帰還が遅い時にも時間を気にせず入浴できるのもメリット。

 入浴してサッパリすると夜のお仕事(つまりはこれを書いている)で、この日も暮れていくのである。

 

 

遠征2日目(翌日)の記事

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10年ぶりに山形城を見学してから山形交響楽団のコンサート。宿泊はかみのやま温泉で。

今日は山形まで移動である

 翌朝は7時頃に起床。起き出すと目覚めるために風呂へ。貸切風呂が空いていたのでヒノキ風呂でしっかりと身体を温める。お湯が体に染みいるという感触である。

貸切のヒノキ風呂でゆったりと身体を温める

 風呂からあがってしばしマッタリすると朝食。野菜中心の和定食で、この年になるとこういう朝食が一番落ち着くし食が進む。朝からご飯が美味い。ところで焼き鮭って、夜に出てくると何となく貧相に感じてしまうが、朝に出てくるとこれが滅法美味かったりするのが不思議。

朝は和定食

こういう小鉢の数々が実に美味い

 朝食を終えると再び軽く入浴してから荷物をまとめてチェックアウトする。今日は再び長駆することになる。山形まで舞い戻って山形交響楽団のコンサートに行ってから、今日はかみのやま温泉で宿泊する予定。まずは昼過ぎまでには山形に戻る必要があるのでしばし車で突っ走ることに。身体には少々疲れは残っているが、昨日散々寝たせいか(結局はあの旅館ではほとんど寝ているだけで終わってしまった)具合は悪くはない。

 とりあえず予定通りに昼前には山形に到着。山形美術館のところの駐車場に車を置きにいくが、辺りは何やら渋滞模様。どうやら山形城が桜が満開で花見客が殺到している模様。一応駐車場に車を置くと、まずは山形城の前に山形美術館の見学。

 

 

「描かれたやまがたの四季」山形美術館で5/8まで

山形美術館

 山形には各地の名所があるが、それらを描いた地元画家による作品を展示。山形銀行のコレクションで、同行はそもそも「県内風景画シリーズカレンダー」を40年近く作り続けているらしく、その原画作品などらしい。

 そういうわけなので、単純に観光案内的に楽しい。見ていて「ふーん、こんな観光名所もあるのか」と改めて認識することも。またネタがら尖った現代アートはほぼないので、その点でも見ていて単純に楽しめる。それにやはり同じ風景画でも画家によって個性があることも良く分かる。特に水の表現などは多彩。川の水の透明感を実に巧みに表現している画家もいれば、そういう細かいところにはこだわらずにベッタリと全体を画く画家など十人十色。そういう点の面白さも本展にはある。


 特別展もそれなりに楽しめたのだが、やはりこの美術館の凄みはコレクションの方だろう。地元ゆかりの彫刻家の作品や日本画などもあるが、出色はフランス近代美術作品。吉野石膏コレクションとして有名だが、ルノワールやモネなどの傑作が複数点。ゴッホの初期作品やピカソ、シャガール、キスリングなどの作品も印象に残るが、一番印象が強かったのはピサロの作品。一連の印象派の画家の中では、知名度の点で一段落ちる感のある彼の優れた作品が複数展示されていて「ピサロってなかなか良いじゃん」と見直した次第。

 

 山形美術館の見学を終えると、館内の喫茶でケーキセットでしばしくつろぐ。最近はこういうゆったりとした時間が無くなっていることを痛感する。命の洗濯という奴である。

館内喫茶でゆったりとケーキセットを頂く

窓の外は桜が咲いている

 

 

10年以上ぶりに山形城を見学

 山形美術館での用を済ませたところで数年ぶりに山形城を見学することにする。近くの東大手門から線路と堀を橋で跨いで入城。この辺りは桜も多く咲いているので多くの花見客で賑わっている。中にはその桜をバックに山形新幹線の写真を狙っている撮り鉄の姿も。

東御門前には花見客が殺到

確かにかなり立派な桜が咲いている

これは見事だ

 東大手門はかなり大規模な枡形門である。手前にかなり深い堀があることを考えると、まさに鉄壁の防御である。なお現在大手門櫓が見学可能とのことなので、後で見学することにする。

東大手門

かなり大規模な枡形となっている

 山形城の内部では現在は桜が満開で、桜の甘ったるい匂いが辺りに立ちこめている。その中に立つのはこの城ゆかりの最上義光の騎馬像。

中は桜が満開

そして最上義光像

 

 

復元工事中の本丸を見学

 山形城は最上義光の城であったが、江戸時代に最上氏が改易になるとその後の城主は転々として、弱小大名化することで段々と荒れていったという。さらに明治になると売り出されて山形市が陸軍の駐屯地を誘致したという。その結果、すべての建物が破却されて本丸の堀も埋め立てられることになったとか。その後は運動公園化されて現在の体育館や野球場まである惨状となっているが、近年になって再び史跡公園として復元する方針となって東大手門が再建され、さらには本丸の堀なども復元されたという。

本丸土塁や堀が復元されている

かなり気合いの入った復元

 さらに現在は本丸御殿を平面復元しようという工事中であり、そのための調査も進められているとか。目下のところは本丸の一文字門が復元されているが、その奥はただの工事現場である。また本丸の北側の一部が球場で破壊されている状態なので、いずれはこの球場にも移転頂いて本丸を丸ごと復元してもらいたいところである。

復元された一文字門

 

巨大な枡形にはなっているが

その内部はまるっきり工事現場

石垣の石だろうか

本丸御殿平面復元イメージ

あちこちで発掘工事中

 

 

南大手門を見てから土塁上を回る

 本丸を回った後は南大手門に抜ける。ここは今は完全に道路になっているが、虎口の形態がまだ残っている。またこの周辺の堀はかなり立派であり、山形城の南の玄関の風格がある。

南大手門は車の通路になっている

南大手門を外から

この辺りは堀も立派

 この南大手門のところから二の丸の土塁上に登る。ここは一番桜の木が多いので格好の花見の散策コースになって大勢の観光客が闊歩している。東南の隅に巽櫓の土台も残っている。

南大手門を土塁の上から

土塁上は完全に花見コース

この石はかつての城壁の礎石

巽櫓跡

巽櫓から外を眺めると、やはり防御の拠点

 

 

東大手門櫓を見学

 土塁上を東大手門のところまで戻ってくると、公開中の大手門櫓内を見学。意外と広いという印象である。またここから枡形内を狙い撃ちできる上に、もし門を突破しようとしたら上から攻撃できるような仕掛けも施してある。さすがの鉄壁防御である。なおここに至る石段が石段と呼べないような段差の大きい険しいもので、高齢者などはエッチラオッチラと必死で登っていた。これもやはり門を突破された後に一気に駆け上がれないようにとの細工なんだろうか。

土塁上を東大門に向かう

大手門櫓に登るこの石段が実は意外な難所

東大手門櫓内

立派な木組みだ

枡形内の敵を狙い撃ち

さらに門に取り付いた敵は上から攻撃する

 

 

最上義光展示館に立ち寄る

 かなり久しぶりに山形城を回った後は駐車場に戻ってくる。そろそろ昼時もとうに過ぎているのでどこかで昼食を摂りたいのだが、事前に目をつけていた店はことごとくコロナの影響か閉店中。仕方ないので車を出して移動することにするが、その前に永らく閉館中だった最上義光展示館が開館中とのことなので見学していく。

最上義光展示館

平服の義光像

 入場無料は太っ腹。内部の展示は最上家に纏わる文書の類いや甲冑類。正直なところかなり渋い内容である。正統派の歴史マニアがじっくりと見て回ればなかなかに見応えがあるのだろうが、私のような中途半端なミーハーマニアにはやや地味すぎる内容。時間もないこともあるし、早足でザッと見て回っただけで終わる。

建物前には庭園が

 駐車場から車を出すと昼食を摂る店を探すことにする。なお私が到着した時には駐車場はまだ空きがあってバンバンと次々車がやって来ているところだったが、今になると満車で前では空き待ちの車の列がもう少し動きが遅かったらドツボっていたところだった。

駐車場は満車です

 

 

昼食はラーメン

 昼食を摂る店だが、山形城南の「ラーメン中村屋」に立ち寄ることにする。前の駐車場がほぼ満車で、一番端に無理矢理止めようとしたら車の前をぶつけそうになったので、諦めて他を当たろうかと思ったところでちょうど車が一台出たので、周辺を一回りしてきてもう一度駐車する。人気の店なのか店内にも待ち客がいてしばし待たされることに。なお私が頼んだのは「鯛チャーシュー麺(830円)」

 何やら非常にさっぱりとしたラーメンであるが、鯛出汁ということは無化調だろうか? そこのところは定かではないのだが、あの化調タップリのラーメンに特有の舌に突き刺さるような刺激がなくて、化調で誤魔化すところの強いベースとなる味を鯛出汁で取っているという印象。非常に懐かしい雰囲気のあるラーメンである。サッパリしているがコクが不足しているというわけではなく、なかなかに美味い。なるほど、これは人気店であるのも理解できる。

鯛チャーシュー麺

縮れ麺を使用している

 実際に私が最後で後は売り切りになったようだが、それでも数組が訪れていた。妙にクセになるところのあるラーメンなので地元でも人気なんだろう。私は正直なところ場所で選んだだけ(ここの真っ直ぐ南が山形テルサである)なのだが、この店は正解だった。

 

 

山形テルサへ

 ラーメン屋で待たされたこともあり、食べ終わった時には開場時刻の14時を過ぎていたのでテルサに直行する。1つだけ気になっていたのは山形城周辺の駐車場がことごとく満車だったので、駐車場が塞がっていないかだが、山形城から若干距離があるのが幸いしてか駐車場は十分に空いていた。車を停めるとホールへ。

駐車場側の入口から入場

会場入口

 山形テルサは800人収容のホールとのことでちょうど一昨日に行った日立システムズホールと同規模のホールである。10型編成の山形交響楽団には大きすぎないちょうどの規模のホールと言える。比較的建築が最近であるようで綺麗で、しかもコンサート用に音響設計したようであるので、音響がなかなか良い。確かに山形交響楽団が本拠するのに最適のホールである。

なかなか良いホールだ

二階席あり

 日立システムズホールと違うのは、あちらは一階席のみだったのに対し、こちらは二階席もあること。二階席にも登ってみたが、見通しはよくていわゆる見切れ席はなさそうである。ホールとしてはなかなかよく出来ていると感じる。

二階席からの見通しも問題なし

 

 

山形交響楽団第300回記念定期演奏会

指揮:村川千秋・阪哲朗
ソプラノ:林正子
メゾソプラノ:小林由佳
ソプラノ:石橋栄実

シベリウス 交響詩「フィンランディア」
シベリウス カレリア組曲
R.シュトラウス 楽劇「ばらの騎士」

 第300回の記念公演とのことで、指揮は前半のシベリウスが山形交響楽団の創生から携わっているという功労者でもある村川千秋。後半のR.シュトラウスが常任指揮者の阪哲朗という豪華ダブルキャストになっている。

 村川千秋は御年89才とのことであるが、それに比して非常に若々しい。ステージにも颯爽と現れてそのまま指揮をしているし。先の飯守泰次郎80才が足許が覚束なくなっていたのとはかなり差がある。

 そして演奏の内容も若々しい。よくあるいかにも北欧的な曖昧模糊なところがある演奏ではなくて、いささかシャープな演奏である。金管などもかなり鋭く鳴ってくる。しかしそれにも関わらず全体を通じて北欧の空気は壊れない。どうも指揮者の村川にかなり深いところでのシベリウスに対する共感のようなものがあるのを感じられる。また楽団員の村川に対するリスペクトのようなものも音楽から滲んできている。そのような感情のやりとりがあって初めて成立する音のように感じられる。

 結果としてフィンランディアは思わず聞いていて握り拳を作ってしまうぐらいに盛り上がる演奏となったし、カレリア組曲はまさに情感深い音楽となった。久しぶりに心から揺さぶられるシベリウスを聴いたという感じがする。なかなかに深い。ラインハルトではないが「これだから老人は侮れない」。

 休憩後の後半は全く気分を変えて阪による「ばらの騎士」。山形交響楽団にとってこういうオペラの演奏会形式での公演というのは初めての試みとのことで、東北でこの曲が演奏されるということも初めてではとのこと。

 こちらはやはり3人の歌手の圧巻の歌唱に尽きるだろう。前半は林と小林の絡みが、後半は小林と石橋の絡みが実に華麗に音楽を盛り上げる。

 また阪の指揮もノリノリという雰囲気であった。10型編成の山形交響楽団が、その編成の小ささを感じさせない壮大な音楽を奏でたのは、オーケストラの規模にマッチしたホールの音響の効果もさることながら、阪によるスケールの大きな指揮も影響しているだろう。


 なかなかの演奏を堪能した。またやはり本拠のホールの方がオケとの相性も良いようである。とにかく驚いたのは10型編成と感じさせない山形交響楽団のパワー。ホール一杯を音響が包むような迫力があった。以前に大阪で聴いた時には、室内楽的でアンサンブルの良いオケという印象で、どちらかと言えば古楽器オケに近い印象を受けていたのだが、かなりイメージと異なる意外な面を見せてもらった。なかなか興味深い。

 

 

かみのやま温泉へ

 山形交響楽団の演奏を堪能した後は、今日の宿泊先であるかみのやま温泉まで車を飛ばす。かみのやま温泉は上山城の城下町の温泉街である。実は以前に上山城自体は訪問したことがあるのだが、その時はかなり駆け足の見学で、上山城と周辺の武家屋敷を回っただけで、かみのやま温泉には浸かっている暇はなかった次第。そこで今回、長年の宿題を果たそうという思いもある。また実は蔵王温泉での宿泊も考えていたのだが、コンサート終了後に蔵王までの移動だと結構時間がかかることと、何よりも蔵王温泉のホテルは相場が高くて私の予算に合致するホテルを見つけられなかったというのがかみのやま温泉になった理由。

 今日宿泊するのはかみのやま温泉の「ステイインホテル材木栄屋」。昔ながらの温泉旅館を最近になってリニューアルしたようで、シングル客も迎え入れる和風ビジネスホテルと銘打っているので、そのコンセプトはまさに私のようなものにピッタリである。

ステイホテル材木栄屋

 通された部屋は本館2階の和モダンツイン。畳敷きの部屋にベッドが2つ並べてあるという部屋である。和風ビジネスを謳っているだけあってWi-Fiも完備。シャワーブースにトイレありという仕様。至れりつくせりなのだが、デスクがないのだけが私には残念。私はもっとバリバリのビジネスシングルで良いようである。

和モダンツイン

窓の外には桜

早速仕事環境構築

 

 

大浴場でしっかりと入浴する

 何はともあれ大浴場で入浴である。さすがに露天はいささか寒いのでまずは内風呂で身体を温めてから露天へ。露天は頭がシャッキリして長湯ができる。泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉とのこと。クセのない素直な湯で肌当たりも柔らかい。この数日の温泉巡りで身体の表面に皮膜でもできてきたのか、どことなく湯を弾くので肌当たりがサッパリとしている。

 露天(と言っても半地下みたいな雰囲気で眺望は皆無である)でゆったりとくつろぎながら、思わず「ああ、いいなぁ」という声が出る。ここ最近は本当にこんなにゆったりとくつろいだことがなかった。まさに命の洗濯である。しかしこれが終わったら、またあの慌ただしく神経を磨り減らす日常に戻るのかと思うと逃げ出したくなる気持ちもある。

 とりあえず思った以上に足にダメージが来ている。ここのところ連日1万歩レベルで歩いているので(今日は山形城周辺ウォークが効いた)足の太股が張っているし、また長時間運転の疲労は地味に腰に来ているので、足腰を中心によくほぐしておく。

 部屋に戻るとしばし原稿作成。昨日は疲労でダウンして全く文章をまとめられなかったが、ようやく少しは仕事ができる状態になってきたようである。とにかく仕上げるべきテキストが膨大にある。何かこれだから私は遊びの時の方が仕事みたいだと言われるんだが・・・。

気がつけば窓の外は夜桜に

 

 

夕食はすき焼き

 そうこうしている内に日が暮れて夕食の時間となったので、レストランに夕食に出向く。かみのやま温泉に夕食を摂る店がないことも考えて夕食付きプランにしてある。夕食はすき焼きである。なおコロナ対策で食堂に机は一列に並べてあり、家族連れも横一列で「家族ゲーム」状態である。

夕食

小鉢類

そしてすき焼き

 なかなかに美味い。ただこれは先日の肘折温泉でもあったが、やはり東北は基本的に味付けが塩っぱい。特にすき焼きの味付けにどうしてもそれが出るので、関西人の私にするとその辺りがやや残念なところ。肉は申し分なく良い肉なんだが。

 夕食を堪能すると部屋に戻ってまた作業。そして合間に再び入浴。そして疲れが出て来たところで就寝する。

 

 

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