体調は良くないがMETライブビューイングに繰り出す
この日曜日はMETライブビューイングで神戸にまで繰り出すことにした。実のところは昨日に行く予定だったのだが、ここのところの仕事のプレッシャーが半端なかったことで心身共に疲労の極限、土曜日は朝に目覚めたものの体が動かずに断念したという次第。本当は今日も体調は万全からはほど遠いが、METの上映期間が一週間しかないので実質的に今日がラストチャンス。体にむち打って出かけることにした。
出発は午前中。出かけるとなると映画だけというのもなんなので、途中で寄り道先も考えている。明石文化博物館でミュシャ展が開催中とのことなのでそこに立ち寄ることにしている。とりあえずは目的地に到着する前に朝食を。駅ビルの2階にモスバーガーが入っているのでそこに立ち寄る。私はファーストフードはあまり利用しないが、ケンタとモスは数少ない例外である。

明石城のお堀が向かいに見える席でユッタリと朝食を摂る。ただしどうも胃腸がスッキリせず、体調があまり良くない時に少々重すぎた感もあり。

朝食を終えると文化博物館へ。文化博物館は駅の最寄りであるが、歩くとなると嫌な高低差がある。まあ最後の一番キツい部分はエレベーターを使用できるが、足腰が弱ってきているのでそこまでの傾斜も本音では嫌。

文化博物館には結構大勢の客が押しかけている。本展は「はじめてのミュシャ」と銘打っているが、初めてどころかミュシャ展については10回以上は行っている私でも楽しめるだろうか。

そもそもミュシャ展はさまざまな理由で開催の頻度が高い。理由としては 1.誰が見ても美しいと感じる絵画なので人気が高い 2.ポスター版画という量産品なので作品が大量に出回っておりコレクションも多い 3.1の特徴からも様々な物販が期待できる 辺りである。日本で浮世絵展が多い理由とも共通項がある。で、本展もやはり物販がかなり充実している。

「はじめてのミュシャ-変わりゆくミューズへの"まなざし"」明石市立文化博物館で5/10まで

はじめてのと銘打っているだけに、ミュシャの生涯の画業を追っている。まずはデザイナーとして活躍していた初期の作品から始まって、一躍スターとなったサラ・ベルナールのポスターのシリーズ、その後に快進撃的に多数手がけたポスター類。そして祖国チェコのために描いた大作スラブ叙事詩もパネルで展示してあり、最後はチェコで発行された紙幣や切手など。一応過不足なくミュシャの生涯を網羅しているというところ。
最初のコーナーは身近なところで見られるミュシャデザインなどのコーナー。ミュシャは雑誌の挿絵なども多く手掛けているが、その中からココリコ誌の表紙やラ・ヴィ・ポピュレール誌などが展示されている。ブレイクする前のミュシャは雑誌の挿絵画家として注目されていた。



ミュシャの出世作であるサラ・ベルナールのポスターも当然展示されている。この辺りはミュシャ展では定番中のド定番であって出てこなければウソというもの。さらには商業ポスターの類。


有名な連作シリーズも展示されている。「四季」の連作、「芸術」の連作、「四つの星」の連作、「時の流れ」の連作など、4枚セット作品が多いのが特徴。




さらには装飾デザイン例。これこそがいわゆるミュシャスタイルの基礎になったものである。

チェコに戻ったミュシャは、愛国心を喚起するような作品を描くようになる。その中でライフワークともなった超大作がスラブ叙事詩。これはパネルで展示してあるが、現物はかなり巨大な作品である。これは私は東京で現物を見ているが、その時の感動を思い出す。あの時は心底感動して「今死んだとしても思い残すことはない」と感じたぐらい。実際に見たいとは思いつつも死ぬまでに叶うことはないと思っていただけに。


最後はミュシャが採用された紙幣や切手などで、これも定番ではある。なお面白かったのはチェコの音楽家を描いた作品。中央がスメタナで向かって一番右がドボルザーク、間の人物はヤナーチェクだろうか?


まあ定番品がほとんどだが、展示品は尾形寿行氏が所蔵するOGATAコレクションとのこと。個人コレクションなので保存状態はまちまち。かなり色調も良く保存されているものから、かなり退色してしまっているものまであった(多分入手時点でそうなっていたんだろう)。
正直なところ私にとっては初見の作品はほとんどなかったというところ(比較的珍しいなというのはいくつかあったが)。しかしながらそれでもしっかりと楽しめるのが、ミュシャのミュシャたる所以。しばし美麗なミュシャワールドに心を馳せることで日々のストレスを忘れることにもつながるのである。
展覧会の見学を終えると三ノ宮に向かうことにする。昼食は三ノ宮でと考えていたが、まだガッツリと朝食を摂ってから2時間ほどなので腹が減っておらず、定食などを食べられる状況ではない。かといって何も食べないと長時間の上映中にガス欠になる可能性が高い。結局は地下の「山神山人」で並盛り(980円)を頂くことにする。

とんこつのこってりしたスープに細麺の組み合わせ。特別に美味いというほどにも感じないが悪くはない。とりあえずこれを腹に入れておく。
昼食を終えると上映開始時刻近く、劇場へ急ぐことにする。観客は20人弱というところか、意外と入っている。

METライブビューイング ベッリーニ「清教徒」
指揮:マルコ・アルミリアート
演出:チャールズ・エドワーズ
出演:リセット・オロペーサ 、ローレンス・ブラウンリー、リカルド・ホセ・リベラ、クリスチャン・ヴァン・ホーン
33歳という若さで逝ったベルカントオペラの巨匠ベッリーニの遺作である。本年度は「夢遊病の娘」に続いての2作目のベッリーニ作品上演ということになる。これに「ノルマ」を加えた三作がベッリーニの代表作とされている。
舞台は17世紀イングランド、王党派と清教徒の抗争である清教徒革命を背景にした作品。清教徒の娘・エルヴィーラは王党派の騎士であるアルトゥーロと愛し合う。エルヴィーラの父は清教徒のリッカルドに娘を与える約束をするが、エルヴィーラの叔父であるジョルジョの計らいでエルヴィーラはアルトゥーロと結婚することになる。しかし結婚式の当日、護送される王妃・エンリケッタを目撃したアルトゥーロは、彼女を断頭台送りから救うべく一緒に逃亡する。アルトゥーロに裏切られたと思ったエルヴィーラはショックで錯乱してしまい・・・という物語。
その後、王妃を逃亡させたアルトゥーロは密かにエルヴィーラの元に戻ってくる。アルトゥーロが戻ってきたことで正気に返ってアルトゥーロとの愛を確認するエルヴィーラだが、戦闘の太鼓が聞こえたことで再び不安に駆られて錯乱、その騒ぎでアルトゥーロが見つかって逮捕されてしまう。裏切り者として死刑宣告を受けたアルトゥーロを見て再び正気に戻るエルヴィーラ。彼女はアルトゥーロと運命を共にすると誓う。そしていよいよアルトゥーロの処刑が実行されるという直前、王統側の敗北が伝えられてアルトゥーロも赦免されて目出度し目出度し・・・という話なんだが、本当にそれで良いのかの疑問も残る話。
実際に演出もその辺りに疑問があったのか、最後はエルヴィーラとアルトゥーロが結ばれて目出度し目出度しという結論でなく、アルトゥーロが敗北に納得出来ずにエルヴィーラを置いて行ってしまうような結論をつけていた模様。「夢遊病の娘」でも演出家が最後に目出度し目出度しというのは納得できず、ヒロインのアミーラはモラハラ気味のエルヴィーノに愛想をつかして自立するという結論をつけていたが、やはり現代人の感覚としては一言いいたくなるような部分はあるようだ。
なお本作の演出では精神的に抑圧を受けているエルヴィーラの内面を描くのに、彼女を画家として取り上げているが、果たしてこの演出が妥当かどうかは疑問。私にはどうも取って付けた感が拭えなかった。
さて作品の方であるが、「美しく歌う」ベルカントオペラだけに、アリアも重唱も美しさが際立っている。ただ「夢遊病の娘」と同様にどうも音楽全体が超高音系にシフトしており、それを超音波ボイス系のオロペーサとブラウンリーが演じているので、やはり音楽全体がキンキンとしてくる感がある。この二人の高い技術には圧倒されるのであるが、どうも音楽全体がハイ上がり感はぬぐえないところがある(「夢遊病の娘」の時と同じである)。
ここで重しとなるのがリッカルドのリベラとジョルジョのホーンなんだが、確かに彼らのドッシリとした歌声は落ち着けるところがある。ただ本作はエルヴィーラのオロペーサの登場シーンが圧倒的に多いことから、いささかその辺りのバランスは良くない。もっともこの辺りはあくまで好みの問題でもある。
とりあえずベッリーニの音楽の美しさを堪能できる作品であったのは間違いない。イタリアオペラらしくヤンヤン歌う作品なので、その意味で堪能は出来る。












































































































































































































